アイヌ語 > 入門編 > 音の変化

アイヌ語では、ある状況の時に音が変化することがある。

i. 音交替

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アイヌ語では、特定の音が連続したときに、発音が変わることがある。これを「音交替」という。ただし、必ず起こるというわけではない。また、交替する音には地域差もある。

音交替
地域 変わる場合の例
t+s t+c 全域
k+p p+p 北海道北部
t+k k+k 北海道北部
p+t t+t 北海道北部
r+s s+s 北海道東部 エコㇿ セタ e⹀kor seta экор шэта エコㇲ セタ(エコッセタ) e⹀kos seta э⹀кош шэта
r+c t+c 全域 クコㇿ チㇷ゚ ku⹀kor cip ку⹀кор чип クコッ チㇷ゚ ku⹀kot cip ку⹀кот чип[1]
r+t t+t ほぼ全域 コㇿ チセ コッ チセ[2]
r+t n+t 北海道北部

と樺太

コㇿ チセ  チセ[2]
r+r n+r 全域 アコㇿ ルスィ アコ ルスィ[3]
r+n n+n 全域 エコㇿ ニマ エコ ニマ[4]
n+s y+s 全域 ポン セタ ポィ セタ[5]
n+y y+y 全域  ユㇰ pon yuk пон йук ポィ ユㇰ poy yuk пой йук[6]
n+w w+w 主に樺太  ワ wen wa ўэн ўа ヱゥ ワ wew wa ўэў ўа[7]
n+w n+m 北海道南部  ワ wen wa ўэн ўа  マ wen ma ўэн ма[7]
m+w m+m[8] 北海道南部 イサㇺ ワ isam wa ишам ўа イサ マ isam ma ишам ма[9]

ii. 音の渡り

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イ段音やウ段音の後に母音が続いたとき、後の母音がイ段音やウ段音に引きずられてヤ行音やワ行音に変化することがある。これを「音の渡り」という。日本語でも(多くの場合無意識に)似たような現象が起こる。

例)イオマンテ(i:それを + oman:行く + te:させる。熊などの霊送り)は、よく「イヨマンテ」と発音される。

iii. 樺太アイヌ語での音節末子音

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北部のタライカ(敷香郡)やナヨロ(内路村)、ニイトイ(新問郡)、西海岸南部のタラントマリ(広地村多蘭泊)を除く樺太の多くの方言では音節末に立つ子音は限られ、音節末子音ㇺ/m/мは/n/нとの区別を失い、k, t, p, およびrの一部は摩擦音化しx/hになる。

例えば北海道のsések(「セセㇰ」のように発音。「熱い」の意)は樺太ではsêsex/шээшэх(「セーセㇸ」のように発音)となる。ただ、この場合も元の子音の意識は残っていて、後ろに母音が続いたとき、その子音が蘇る。itak→itaxに人称接辞がついてitak=anとなる等。

尚、音節末子音x/hは通常は日本語の「ハ行」を強くささやいた発音に似る[x][10]に、iの後ろでは[ç](日本語の「ヒ」を声を出さずに言った音)またはㇱに近い音に、uの後ろでは[ɸ](日本語の「フ」を声を出さずに言った音)にそれぞれ近い音で発音される。

音節末のrはxに変化するほか、前の音の母音と同じラ行音に変化することもある。(例:ウタㇻ/utar/утар「同胞・隣人」→ウタㇵ/utax,utah/утахまたはウタラ/utara/утара)

iv. 連声とh音,y音の抜け

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音節末子音の後にア行、ヤ行、ハ行の音が来た時、子音と後の音が繋がって一塊になって発音されることがある。

子音+母音と続いたとき、音が繋がる。

子音+h+母音と続いたとき、h音が抜けて繋がる。(例:ア ヒネ an hine → アニーネ anine)

子音+y+母音と続いたとき、y音が抜けて繋がる。

注釈

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  1. ^ 私の舟
  2. ^ 2.0 2.1 意味:彼の家。
  3. ^ 私達は(〜が)欲しい
  4. ^ あなたの皿
  5. ^ 小さな犬
  6. ^ 小さな鹿
  7. ^ 7.0 7.1 悪くて
  8. ^ 起こることが少ない。というか、本当に起こるのか確認できていない。
  9. ^ せずに
  10. ^ 『世界言語学大辞典』には「息を吐くときのようなやわらかい音」とある。