アラビア語便覧:文の構造/コピュラ
اَلْعِمَادُ (اَلْدِعَامَةُ) فِي الْعَرَبِيَّةِ |
コピュラとは
編集コピュラ[1] (英 copula[2], 仏 Copule, 独 Kopula) とは、名詞どうし または 名詞と形容詞や前置詞句などを連結させて、主語と述語の関係を作り出す語のことを指す。英語のbe動詞、フランス語のêtre (エートル)動詞、ドイツ語のsein (ザイン)動詞などがこれに該当するとされ、「繋辞(けいじ)」「連結詞」などと訳されている。例えば、
- 英 語 「He is a student.」
- フランス語 「Il est un étudiant.」
- ド イ ツ語 「Er ist ein Student」
- 日 本 語 「彼は、(ある一人の)学生です。」
という文の 「is」「est」「ist」「~は~です」 がコピュラに相当するとされている。
現代言語学の概念であるコピュラは、アラビア語では 支柱( عِمَادٌ あるいは دِعَامَةٌ など) と訳されるが、アラブ固有の文法学にはない概念であり、言語学者たちの見解は、以下の立場に分かれている。
- アラビア語には、コピュラはない。
- 主語と述語の間に置かれる人称代名詞 ( هُوَ あるいは هِيَ など) がコピュラとして機能する。
- 存在を表わす特殊な動詞 كَانَ や 否定を示すلَيْسَ などがコピュラとして機能する。
ここでは、言語学的な厳密さ、見解の相異などには立ち入らず、コピュラ的に機能するものを扱うことにする。
ゼロ・コピュラの構文
編集以下に、アラビア語に特徴的な、コピュラのない構文 「ゼロ・コピュラ」(Zero copula [3][4]) の例を示す。
述語 | 主語 | |
---|---|---|
例文 | .تِلْمِيذٌ | زَيْدٌ |
品詞 | 男性名詞・ 非限定・主格 |
男性名詞・ 限定・主格 |
和訳 | 生徒 | ザイドは |
ザイド(男)は、生徒です。 |
述語 | 主語 | |
---|---|---|
例文 | .جَادَّةٌ | سَارَةُ |
品詞 | 形容詞・女性形・ 非限定・主格 |
女性名詞・ 限定・主格 |
和訳 | まじめ | サーラは |
サーラ(女)は、まじめです。 |
述語 | 主語 | |
---|---|---|
例文 | .كِتَابٌ | هَذَا |
品詞 | 男性名詞・ 非限定・主格 |
指示代名詞・ 限定・主格 |
和訳 | 本 | これは |
これは、(ある1冊の)本です。 |
述部 | 主部 | |
---|---|---|
例文 | .فِي طُوكِيو | مَنْزِلِي |
品詞 | 前置詞 +非限定名詞・属格 |
男性名詞+人称代名詞・ 限定・主格 |
和訳 | 東京に | 私の家は |
私の家は、東京にあります。 |
上に挙げた四つの簡単な例文は、いずれも主語となる名詞や名詞句が限定・主格であり、(前置詞句以外は)述語となる名詞や形容詞は非限定・主格である。これらは、コピュラ(繋辞)を必要としない文型であり、名詞文(الجملة الاسمية)に分類される。
述語 | 主語 | |
---|---|---|
例文 | . | |
品詞 | ||
和訳 | ||
分離人称代名詞
編集アラブでは、アラビア語においてコピュラとして機能するものは、分離人称代名詞( ضمير الفصل )だと考えられる場合がある。⇒ w:ar:عماد (لغة) などを参照。
前項で、例文1-1、1-2、1-3において、述語を限定させようとすると
- .زَيْدٌ التِّلْمِيذُ 「(男子)生徒であるザイド」
- .سَارَةُ الْجَادَّةُ 「まじめであるサーラ(女性)」
- .هَذَا الْكِتَابُ 「この(一冊の)本」
となり、文ではなく、単なる名詞句になってしまう。これを回避するために、主語(主部)と述語(述部)の間に、以下の3人称の分離人称代名詞が置かれる。
- هُوَ 男性・単数 「彼は」「それ(男性名詞)は」
- هِيَ 女性・単数 「彼女は」「それは(女性名詞)は」
- هُمَا 双数 「彼ら二人は」「彼女ら二人は」「それら二つは」
- هُمْ 男性・複数 「彼らは」「それらは」
- هُنَّ 女性・複数 「彼女らは」
述語 | 主語 | ||
---|---|---|---|
例文 | .التِّلْمِيذُ | هُوَ | زَيْدٌ |
品詞 | 男性名詞・ 限定・主格 |
男性名詞・ 限定・主格 | |
和訳 | その(男子)生徒 | ザイドは | |
ザイド(男)が、その(男子)生徒です。 |
述語 | 主語 | ||
---|---|---|---|
例文 | .الْجَادَّةُ | هِيَ | سَارَةُ |
品詞 | 形容詞・女性形・ 限定・主格 |
女性名詞・ 限定・主格 | |
和訳 | そのまじめな女性 | サーラは | |
サーラ(女)が、そのまじめな女性です。 |
述語 | 主語 | ||
---|---|---|---|
例文 | .الْكِتَابُ | هُوَ | هَذَا |
品詞 | 男性名詞・ 限定・主格 |
指示代名詞・ 限定・主格 | |
和訳 | その本 | これは | |
これが、その(1冊の)本です。 |
コピュラ動詞①
編集コピュラは、一般的には、主語と述語を結びつける動詞(فِعْلٌ يَرْبُطُ بَيْنَ الْمُبْتَدَأِ وَالْخَبَرِ [5])だと考えられ、これを特に コピュラ動詞(copulative verb)または連結動詞(linking verb [6])、アラビア語では اَلْفِعْلُ الرَّابِطُ [7] などと訳される。
欧米や日本では、アラビア語におけるコピュラ動詞は、「~であった」「~である」を意味する特殊な動詞 كَانَ や否定を表わす特殊な動詞 لَيْسَ であると見なされる傾向が強い。
#ゼロ・コピュラの構文で挙げた名詞文の時制は 現在 であるが、過去時制を表わすためには كَانَ (完了形)が用いられ、未来時制を表わすためには سَيَكُونُ (未完了形)が用いられる。
補語 | 動詞 | 名詞文の主語 | |
---|---|---|---|
例文 | .تِلْمِيذًا | كَانَ | زَيْدٌ |
品詞 | 男性名詞・ 非限定・対格 |
動詞・3人称・ 単数・完了 |
男性名詞・ 限定・主格 |
和訳 | 生徒 | だった | ザイドは |
ザイド(男)は、生徒だった。 |
補語 | 動詞 | 名詞文の主語 | |
---|---|---|---|
例文 | .تِلْمِيذًا | سَيَكُونُ | زَيْدٌ |
品詞 | 男性名詞・ 非限定・対格 |
動詞・3人称・ 単数・未完了 |
男性名詞・ 限定・主格 |
和訳 | 生徒 | であるだろう | ザイドは |
ザイド(男)は、生徒であるだろう(未来)。 |
- 例文3-1(b)´: .زَيْدٌ سَيَكُونُ تِلْمِيذًا مُجْتَهِدًا「ザイドは、勤勉な生徒になっているだろう。」
例文3-1(a)、例文3-1(b) は、伝統的な文法学では「名詞文」として扱われるが、実質的には 動詞文(جملة فعلية )の主語を文頭に移しただけのもので、述語は動詞の補語に変わっている。
否定を表わすためには、 لَيْسَ (語形は完了形だが、過去時制ではない)が用いられる。例文1-3から、次のような否定文が作られる。
補語 | 動詞 | 名詞文の主語 | |
---|---|---|---|
例文 | .كِتَابًا | لَيْسَ | هَذَا |
品詞 | 男性名詞・ 非限定・対格 |
動詞・3人称・ 単数・完了 |
指示代名詞・ 限定・主格 |
和訳 | 本 | ではない | これは |
これは、本ではない。 |
- 例文3-3´: .هَذَا لَيْسَ كِتَابًا جَدِيدًا「これは、新しい本ではない。」
コピュラ動詞②
編集脚注
編集参考文献
編集アラビア語におけるコピュラの有無について、日本語で解説したものに、次の論文がある。
Soliman, Alaaeldin (2008)
編集- Soliman, Alaaeldin 「標準アラビア語における繋辞(コピュラ)の欠如について--分離人称代名詞の機能」、
- 「言語情報科学」 (ISSN 1347-8931) 第6号、2008年3月発行、
- 編集・発行=東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
- ※エジプト人言語学者アラーエルディーン・スライマーン( علاء الدين سليمان )が日本語で論じている。
参考記事
編集- 英語版ウィキペディア
- 英語版ウィクショナリー
- フランス語版ウィキペディア
- アラビア語版ウィキペディア