動詞の鎖構造について
編集シュメール語の動詞は最初は少々難物と言えます。シュメール語は膠着語であり、多くの分離した語を並べるかわりに接頭辞や接尾辞の付着により単語の意味を形作ります。複数形標識.eneや所有接辞、格助詞などこれまでいろいろ見てきましたから、接尾辞にはずいぶんお馴染みになってきたことと思います。
さて、動詞の形成には接尾辞だけでなく接頭辞も使います。例を見てみましょう。
- mu.na.(n.)du(.Ø)
動詞の形を説明するために、まずは基本となる語du「建てる」に付着している接辞の連鎖について見ていきましょう。ちなみにシュメール語を読んでいるとき、この例のように括弧をつけた語が出てくることがあります。これは原文にはない語なのですが、翻字の際に意味を取りやすくするため便宜上付加されたものです。
動詞の目的語(Patient)の人称の表示
編集まずは唯一付着している接尾辞.Øについて見てみましょう。これは他動詞の目的語(Patient)が三人称単数の場合を示すものです。この場合はゼロ(つまり実際には接尾辞は存在しません)ですが、他の人称の場合は別の接尾辞が付きます。
動詞の主語(Agent)の人称の表示
編集次に接頭辞を動詞から近い順に見ていきましょう。(n.)は他動詞の主語(Agent)が三人称単数であることを示すものです。同じように、他の人称の場合は別の接頭辞が付きます。
与格(Dative Case)の表示
編集続いて、na.は文中にある名詞句が与格であることを示してくれるものです。 (この節翻訳未了)
Next, na. is basically a reference -- it tells us that somewhere else in the sentence we had a noun phrase that was in the dative case. This is typical in Sumerian -- for many of the cases, we will "resume" the presence of a phrase in that case with a prefix to the verb chain. More on this later.
来辞法(Venitive)の表示
編集最後に残ったmu.' ですが、現在のところ言語学者たちはこれが来辞法(Venitive)[1]を表示するものであるという見解を示しています。別の人達は「活用前置詞(Conjugation Prefix)」と呼んでおり、その解釈は明らかにしていません。つまりはよくわかっていないのです。
全体図
編集ふう!これで私達はすべての接辞をみてきたので、動詞の形を分析するには接頭辞と接尾辞を分解してそれぞれを順番に調べればいいということがわかりました。それぞれが動詞や文に対して少しずつ情報を提供してくれるわけです。より正確な分析はまだこれからですが。
このように動詞を構成要素に分解する習慣はシュメール語にとって非常に重要なことです。この動詞の連鎖は語幹に8か9の接辞がつくような、とんでもない複雑なものになることがあります。言うまでもなくこれは重要な研究分野であり、私達はすべての接辞の相互作用についてまだまだ学ぶことがあります。
それではそれぞれの部分の詳細について見ていくとしましょう。
シュメール語の動詞の鎖
編集シュメール語の動詞の鎖のそれぞれの輪について見ていきます。
動詞の語幹
編集シュメール語では動詞は通常単純な一音節からなります。典型的にはCVC(子音‐母音‐子音、例えばdug)かCV(例えば上で見たdu)のようなものです。
畳語(Reduplication)
編集このような動詞のシンプルな構造はふたつの興味深い概念を導きます。ひとつめはシュメール語の言語自体に取り入れられている概念で、単純な修正により動詞の意味を変化させられるというものです。dugのような短い動詞を二つ重ねて(畳語といいます)dug.dugとしてみましょう。これは動詞をĥamtuと呼ばれる形からmaruという形に変化させるものです。これについてはまた後で記すことにしますが、ここで重要なのは語幹が単純な形式に制限されていることでこの種の改変がかなり自然に可能になるということです。(例えば英語の"reduplicate"という動詞を重複させてみるとして、"reduplicatereduplicate"なんていうのは誰にとっても簡単なことではありません!)
同音異義語と声調の可能性について
編集第二に、このような動詞の形の乏しさはしばしば同音異義語(ここでは同じ文字で記された語が複数の意味を持つことを指します)に繋がりやすいということです。単純な文章であっても動詞は多種多様なものが必要になり、簡単すぎる動詞の形では不十分だからです。さて、通常一音節からなる非常にコンパクトな形式の単語を持つ言語には他の例もあります。例えば中国語ですが、話者は通常意味を区別するために声調を用います。例えば高く伸ばしたマーは母親を、一度下げてから上げるマーは馬を意味します。これらの意味を区別するための声調がなかったら、侮辱的な事態が発生しかねないですよね。
というわけで、幾分かの言語学者達はシュメール語が声調言語であるという仮説を立てています。良い指標はたくさんあるのですが、多くの同音異義語(特にかなり一般的な動詞)でこのアイデアを支持する十分な証拠がありません。特に私達に彼らの言語とシュメール語との間の対訳表を遺してくれたアッカド人の書記がこのような現象を知っていたなら、何らかの形でコメントを遺してくれていたはずです。また他の声調言語と同様、シュメール語の書字法も声調を記録する方法を編み出していたはずだと思えます。
いずれにせよ、たいして心配する必要はありません。大概の場合は文脈から、または他の碑文との類似から明らかにすることができます。重要なのは、シュメール語の動詞の簡単な音韻構造により、形の単純な修正を認識しやすいということです。
人称接辞
編集文中に他動詞の主語(Agent)や目的語(Patient)が存在する場合、シュメール語では動詞の鎖に接辞を挿入して問題の名詞句との相互参照を行います。どこに配置するかはいくつかの可能性がありますが、とりあえずは主語の参照を語幹の直前に置き、目的語の参照がその前に連なるとしておきましょう。次のレッスンで詳しく説明します。
The Dimensional Prefixes
編集主語と目的語の間の相互参照のように、シュメール語では他の名詞句との間の相互参照がよく行われます。文中に与格の名詞句がある場合は動詞の鎖の中に与格の接辞が相互参照され、共格の名詞句があれば共格の接尾辞が相互参照されるのです。こちらも次のレッスンで具体的な例を見ていきます。今のところはシュメール語は文中の名詞句と動詞の鎖を関連付けるのが好きだということを覚えておいてください。
叙法接頭辞(Modal prefixes)
編集信じてもらえるかどうかわかりませんが、実は上に挙げた単純な動詞にはまだもう一つ接頭辞を追加する余地があります。それは叙法の接頭辞(Modal Prefix)と呼ばれるもので、法を示すものです。言語学における法(mood)は特別な意味を持っています。直説法(ジグラットが燃えた)とか命令法(ジグラットを燃やせ)には馴染みがあるでしょう。そのどちらも、また他のものもシュメール語にも揃っています。非常に多く使われる法である直説法は、叙法接頭辞が置かれるべき場所(動詞の鎖の先頭)に接頭辞がないことで示されますし、その他の場合はそれぞれの叙法接頭辞を明示することで示されます。
接頭辞 | 法 |
---|---|
nu. | 否定(Negative) |
bara. | 否定願望(Vetitive), Negative Affirmative |
na. | 禁止(Prohibitive), Affirmative |
ga. | 勧奨(Cohortative) |
ha. | 要求(Precative), Affirmative |
sa. | <後述> |
u. | 予想(Prospective) |
iri. | <後述> |
nus. | <後述> |
<なし> | 直説法 |
今これらの全てについて知る必要はありません。このリストはシュメール語の書記がどのような種類の法を使っていたかを見せるためのものです。これらの多くは後のレッスンで詳しく説明します。 (訳注:残念ながらまだ英語版でも追加の説明はないようです)
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- ^ 吉川守, 「シュメール語のVentive ((来辞法)) とIentive ((去辞法)) について」『言語研究』 1978年 1978巻 73号 p.21-42, doi:10.11435/gengo1939.1978.21。