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平等権 とは編集

自由権だけがあっても、生まれによる差別があっては、民主主義は達成できません。 もし、生まれによって、法律にしたがわなくてよい人がいては、憲法や法律による民主主義は、機能しません。

また、性別を基準としての、不合理な差別があっても、民主主義は達成できません。第二次大戦後の日本では、参政権によって、男女とも20歳以上の選挙権を認めていますが、日本国憲法では、さらにふみこんで、性別による差別をゆるさないというような主張を憲法14条などで決めています。

このように、人間は、生れながらにして、誰もが個人としての尊厳を保障されなければ、なりません。

そこで、日本国憲法では、人はだれもが、法の下(もと)に平等であることを確認しています(いわゆる「法の下の平等」(ほうのもとのびょうどう). ※「下」の漢字に注意、「元」(×)ではない)。

しかし、これは、けっして、すべての格差をみとめないという意味での「平等」ではありません。

たとえば、親と子ども、先生と生徒とのあいだには、平等はありません。子どもは原則として(親が子育てにおいて、法律違反をしてないかぎり)親の監督にしたがうべきですし、生徒は原則として(先生が教育において、法律違反をしてないかぎり)先生の教えにしたがうべきです(※ 育鵬社の見解。検定合格する見解でもある)。

しかし、子どもといえども基本的人権があります。子どもにも生命の権利はあり、子どもの生命をうばう事は、許されません。このように、子どもといえども、基本的人権の例外ではありません。

しかし、子どもは、飲酒・喫煙の制限を受けるなど、さまざまな制限を受けます。このような、子どもへの制限は、法律的に許されます。

また、学力試験や適性試験などの成績・得点によって、公立学校などへの進学先が変わってきたりすることは、認められています(※ 帝国書院 の見解)。そのかわり、公的機関への進学先・就職先などを決める試験の機会は、日本国民なら、だれもが生れながら均等に与えられていなければなりません。

つまり、「平等」といっても、専門知識、知力・体力などの能力のちがいによって、就職先がちがったり、進路がちがうことを認めないという意味ではありません。(「つくる会」の見解。検定合格する見解でもある)

また、職場の上司と部下とのあいだの、仕事中の上下関係をみとめないという意味での平等ではありません。(「つくる会」の見解。検定合格する見解でもある)

憲法が保障する平等とは、おもに、法は、だれに対してでも強制力をもつという意味の、法の下の平等(ほうのもとのびょうどう)のことです。

男女の平等編集

たとえば、男女において、就職や進学の機会や、義務教育の内容が、もし仮に、特別な理由(健康上の理由など)もないのに、機会が大きくちがっているとしたら、きっと、平等に反する行為でしょう。(※ 実際には、女子校などもあるので、ややこしいが。なので、ときどき、国公立の女子大のあつかいで、男性からの裁判も起きている。)

労働についての法律においては、男女雇用機会均等法(だんじょこようきかい きんとうほう)が定められています。97年の均等法の改正により、募集や採用において、男女で賃金や採用条件などの格差をもうけることは、差別とされ、許されなくなりました。

家庭においても、夫婦間の家庭内暴力(かていない ぼうりょく、ドメスティック・バイオレンス、DV)は、許されません。夫から妻への暴力がゆるされないだけでなく、妻から夫への暴力も許されません。

そもそも、日本国憲法では、結婚の法律的な条件は、成人していれば、結婚をしようとする男女本人の双方の合意だけが必要であり、夫婦どうしの結婚の機会は、対等です。


身分のない、平等編集

なお、大日本帝国憲法の時代にあった華族(かぞく)や貴族(きぞく)などの制度は、日本国憲法では認められていません。つまり、第二次世界大戦後の日本には、法律のさだめている貴族や華族はいません。

民族、人種の平等編集

アイヌ民族などにも、差別があってはいけません。

また、黒人などに、肌のいろを理由とした差別があってはいけません。

在日韓国・朝鮮人への差別もあってはいけません。意志に反して日本に連れてこられ働かされた人達とその子孫も多くいます。そんななか、今これらの人達に対する就職や結婚などでの差別がなくなっていません。歴史的事情に配慮して人権保障を推進していくことが今後求められます。

外国人について編集

外国人に対しては、その外国が、日本と国交のある外国なら、どこの国籍の外国人でも、原則として、外国人としての等しい扱いを受けるべきでしょう。(※ 検定教科書によっては、在日朝鮮人・在日韓国人への差別があってはいけないと聞こえるような主張もあるが、しかし彼らは外国人であり、日本国民と等しい扱いを受けさせるべきというのは無理筋だろう。)

なお、日本国は、韓国とは国交があり、北朝鮮とは国交がありません。

また、韓国・北朝鮮のある朝鮮半島は、第二次世界大戦に日本が敗戦する前までは、日本国の植民地であり、事実上の日本領土であったので、在日韓国人・在日朝鮮人は単に不法入国した外国人とはちがうが(そういう人も中にはいるかもしれないが)、特別な配慮が必要です。

また、出かせぎ労働などで、日本に来ている在日ブラジル人や在日中国人などは、不法入国でないとすれば、正式な法手続きをふまえて来日してるわけですから、権利は、それなりに保障されなければなりません。

たとえば、外国人の子どもの教育などでも、日本の公立の小中学校に進学してる場合は、教育の機会を保障するために、特別な配慮をすべきだろうと、現状では考えられています。

障害者への平等編集

最低限度の生活の保障をしている社会権(しゃかいけん)とも関わることなのですが、身体障害などの障害者であっても、義務教育を受ける権利は、保障されなければなりません。たとえば、学校の検定教科書には、視力がよわい人のために、とくべつに文字の大きい教科書も、存在しています。

また、公共機関は、車イス利用者などの身体障害者でも利用できるように、なるべく、入り口にはスロープ(ゆるやかな坂)などをつけるべきだとされています(いわゆる「バリアフリー」)。

もし、その公共施設の建築構造上の理由で、どうしても車イス利用などのためのスロープを追加することが困難な場合には、その施設の人が介助者となって、入場などを手伝う必要があるでしょう。