中学校社会 地理/日本の諸地域 関東地方

都心編集

17世紀に江戸幕府が開かれ、今の東京のあたりの開発が本格的になった。明治時代以降は、東京が日本の首都である。このため、東京に国会議事堂や最高裁判所など、多くの官庁がある。

各国の大使館も東京にある。日本銀行も東京になる。

大企業の本社や銀行の本店なども、東京に多い。東京証券取引所は、日本での主要な証券取引所のひとつであり、世界的にもロンドンやニューヨークと同じように取引額の大きい取引所のひとつである。


鉄道は、東京都心から、放射状に伸びて開発された。高速道路など自動車道も、これにならい、東京を中心に交通が開発されている。

高度経済成長期には、都心の地価が上がったこともあり、中心部から離れた東京都八王子(はちおうじ)周辺や千葉県などの郊外には、多くのニュータウンなどが建設された。

しかしこれらのニュータウンは高度経済成長の後半ごろの時代に作られた街が多く、そのため近年では老朽化や人口の流出などが問題になっており、「オールドタウン」などと皮肉られてもいる。※ 検定教科書にもニュータウンの「オールドタウン」化の問題が取り上げられている(教育出版の中学地理の教科書にある)。これらは中学生があまり深く念入りにする方ではない。


東京都心は周辺から働きに来る人も多く、東京都心の人口は、夜間人口よりも昼間人口のほうが多い。

大学も、東京に多い。東京には、文化や情報が集められていると、一般的に考えられている。

東京の産業では、出版業・印刷業が発達している。近年ではコンピューターソフトの会社も、東京や大阪などの都会に集まっている。

このように第三次産業が、東京では盛んである。まとめると東京は情報量が多いから出版業・印刷業などの第三次産業が発達している。

※ 検定教科書に無い記述だが、いちぶの資料集では、アニメ会社や映画会社や放送局、ゲーム会社もまた、東京に集中していると主張しているらしい。東京に集中する理由として、これらの会社では情報を扱っているため、東京に集中していると分析している。また、そのアニメや映画に出資するスポンサー企業もまた東京に集中していると分析している。


千葉県に成田国際空港(いわゆる成田空港(なりた くうこう))があり、また東京に東京国際空港(羽田空港(はねだ くうこう))があり、これらは国際的な空港として機能している。

仕事などを求めて都心に人口が流入していることもあり、近年では高層マンションが臨海部などに増えている。

覚え方編集

これらの事は、けっしてバラバラに覚えるのではなく、仮説でいいので、関連づけて覚える。

たとえば、あくまで仮説だが、

  • 日本銀行があり、証券取引所がある。→よって、銀行の本店がある。
  • 東京と千葉に空港がある。→外国人の来日が多い。→よって大使館が東京にある。
  • 人口が多い。→その人口を利用した産業が発達。→出版やコンピューターソフトなど、あまり土地を必要としない産業が東京で発達。→自動車工場など広い土地を必要とする産業の工場は、茨城や群馬などに移転した。
  • 高度成長の時代に地方から労働者が関東に集まってきた。 → 東京都心には既に先住がいるので、住宅地が不足したので、東京西部の多摩地域などの郊外にニュータウンなどの団地が開発され、千葉や埼玉も開発された。東京では土地代が高いので、団地など集合住宅が多く建てられた(仮説)。いっぽう、一戸建てマイホームは千葉や埼玉で多かった(あくまで仮説)。→ そのような高度成長時代の団地が、今や老朽化してきた。また、産業構造も変わり、かつてほどニュータウン周辺地域には工業の仕事がなく、ニュータウンからの人口が流出して問題になっている。
  • 丸の内(まるのうち)などの東京都心は住宅地ではなく、企業の本社や、店舗などの土地であるため、住民は少ない。よって、都心では、昼間人口のほうが夜間人口よりも多い。

などのように、仮説で関連づけること。

地形と気候編集

関東の土は、火山灰が積もって出来た 関東ローム層 からなる。関東ロームからなる台地と、利根川など川や谷の周囲にできた低地からなる地形である。

関東平野が広がっている。

気候は温暖である。関東の大部分が、太平洋側の気候であり、梅雨には、雨も多く降る。他の太平洋側の地域が冬に乾燥しているのと同様に、関東の冬も乾燥している。ただし、関東北部の山間部などは、気候が異なる。

群馬県では、冬には北西の山間部から吹き降ろす、冷たい風の「からっ風」が有名。

だが、べつに特に関東全体が冬は寒いわけでもない。東京・千葉・神奈川・埼玉の気候は東海地方などと同様に温暖である。関東の都心でも、冬には雪も降る場合もあるが、たとえ雪が降っても雪の量は少ない。

工業編集

京浜工業地帯や京葉工業地域編集

明治時代には、東京と神奈川を中心とする京浜(けいひん)工業地帯から発達した。沿岸部の埋め立て地には、重化学工業の大工場が多い。

「浜」とは、神奈川県の横浜の「浜」である。

第二次世界大戦後、東京湾の沿岸が過密になったこともあり、千葉の沿岸部の埋め立て地などに重化学工業の大工場が出来るようになって京葉(けいよう)工業地域が発達していった。

  • 覚え方

仮説で関連づける。

  • (仮説) 明治時代から貿易のため、沿岸部に工場などがつくられた。 → 明治〜昭和はまだ自動車産業も半導体産業もなく、重化学産業が主要産業だったので、関東南部の沿岸に重化学工場がつくられた。 → 昭和の第二次大戦後から、商業が発達し、東京湾沿岸では工業用地が不足したため、千葉県の沿岸部が工業用地として開発された。→千葉の沿岸部もすぐに用地不足になり、埋立地がつくられた。→こうして京葉工業地域が現在の形になっていった・・・

・・・という仮説などを、建てる。

その他の工業団地編集

第二次大戦後に、東京が住宅地が増えるなどで過密になって、また東京の土地の値段も高くなったこともあり、埼玉県や栃木・群馬あたりの比較的に土地の広くて安い場所に、自動車工場などの機械工業などの工場が進出して、関東内陸工業地域(かんとう ないりく こうぎょうちいき)が発達した。関東内陸工業地域のうち、特に、埼玉より北の、群馬や茨城などの工業地域を指して北関東工業地域とも言うことも多い。(※ 北関東工業地域に埼玉をふくめるかは、あまりハッキリした決まりがないので、中学生は深入りしなくてよい。)

関東内陸では、高速道路ぞいに工業団地が多く作られた。

群馬県の大泉町(おおいずみ ちょう)には日系ブラジル人などの外国人労働者が多く、大泉町の人口の15%は外国人だと言われている。

かつて第二次大戦前、群馬県に富岡製糸場(とみおか せいしじょう)があったように、戦前は、繊維産業が(北関東に限ったことではないが)盛んであった。つまり戦後、北関東の工業は、繊維産業から機械工業などに交代したことになる。

茨城県には、大手電機メーカーである「日立」(ひたち)の設立地が茨城県の日立市(ひたち し)であるため、茨城県に「日立」(ひたち)の工場と、その取引先や系列の工場が多い。戦前には、茨城県に銅山(日立銅山(ひたち どうざん))があり、ここから産出された銅が、戦前の工業化に利用された。

これら北関東の工業団地とはべつに、東京の西部でも八王子や日野(ひの)、府中(ふちゅう)などにも機械工業や電気機械などの工業団地が多い。

また、東京都の大田区(おおたく)の工業団地には、熟練した技能をもつ職人たちが集まっている工場が多いと言われている。

また、大手製造業の研究所が、東京や神奈川などに多いと言われている。

農業編集

  • 近郊農業(きんこう のうぎょう)

農業では、野菜の近郊農業が、関東平野の畑で、さかんである。 東京などの大消費地に近いため、輸送費が安く、短時間で届けられる。そのため、野菜や乳製品など、新鮮さが重視されて、関東でも生産しやすい農産物が、関東の農業では生産されている。

このように、消費地の近くで農業をする農業手法を近郊農業(きんこう のうぎょう)という。

  • 群馬

群馬県の嬬恋村(つまごいむら)ではキャベツやレタスなどの高原野菜がさかんである。 なお、群馬県は、こんにゃくの産地としても有名。

人口過密の問題と対応編集

東京の人口集中を解決しようとするため、1970年代には東京から科学系の研究所のいくつかを筑波に移転させて、筑波研究学園都市(つくば けんきゅう がくえん とし)がつくられた。また、近年の埼玉県に、東京から行政機関のいちぶを移した さいたま新都心 がつくられた。さいたま新都心はオフィス街になっている。

人口の多いのは東京だけでなく、周辺の神奈川・千葉・埼玉にも人口が多いので、東京・神奈川・千葉・埼玉を東京大都市圏という。

高度成長時代、東京の土地が高いことなどもあって、人口が周辺の千葉や埼玉などに流出するという、いわゆるドーナツ化現象が関東では起きていた。

しかし近年、東京の再開発などもあり、東京に人口が流入している。(※ 検定教科書では、「ドーナツ化現象」の用語を紹介してない。いっぽう、市販の参考書では紹介されている。)


関東の工業と農業についての仮説編集

(※ 仮説は、おぼえなくて良い。)
・ 茨城県は、たぶん明治時代の昔から、海に面しているため輸送が便利であったので、機械工業がそこそこ栄えていた 。(「日立銅山があったから」というのが、参考書では、戦前の茨城が工業化した定説である。)→ 埼玉は、その東京〜茨城間の中継地点だったのだろう。 → 高度成長時代、高速道路などで輸送網が発達したこともあり、機械工業が東京から埼玉をとおって群馬・茨城へと北上していったのだろう。
・ どこかの企業が「○○県に工場を進出する」ということは、もとからその県にいた他の企業が「○○県から撤退した」ということでもある。土地の広さには限りがあり、埋立地をつくらないかぎり、土地の広さは変わらない。 → かつて、東京向けの農産品加工や繊維産業などで栄えていただろう埼玉の工場は、高度成長時代には、国外からの輸入品や、県外からの製品との競争にやぶれ、埼玉の農産品加工は衰退したのだろ。→その埼玉で衰退した農産品加工工場などと入れ替わる形で、高度成長当時の新興産業である自動車産業の工場などが埼玉などに進出したのだろう。
・ 交通網といえば、輸送網としては明治時代〜昭和戦前は鉄道が主流だったが(そもそも明治は国産車をつくる技術がたぶん無かったり、昭和戦前は自動車が高価なため普及してない)、高度経済成長からは自動車道路によるトラック輸送が輸送の主流となった。→だから、高度成長時代に自動車道路を整備する必要が生じて、高速道路も普及した。


・ いっぽう、茨城の臨海部の重化学工場や、千葉の臨海部の重化学工場は、けっこう古くからあり(仮説)、2016年の今でもそれが引き続いているので(設備の更新などは、あるだろうが)、とくに重化学工場は撤退していないので、茨城では、あまり産業の入れ替わりが見られない。
・ 埼玉県は高度成長の時代には、かつて工場の移転先として考えられていたが、しかし埼玉は現在では住宅地となっており、工業地域ではない。(埼玉の奥地などに農地や山林はあるが、農地として既に有効活用されてたり、あるいは自然保護地域のため、工業用地としては使えない。)埼玉や千葉には人口も流入しており、住宅地が減る気配もない。→そのため、近年の東京など他地域からの工場移転先は、茨城や群馬などが移転先として選ばれている。特に茨城が、海に面していることから貿易にも有利である。→いっぽう、栃木は農業を重視してる。

なお、さいたま新都心は、鉄道跡地である。

・ 千葉県には農地が広くあるが、それらは農地として有効活用されているので、もはや工業用地としては使えない。→なので、工場は、近年では茨城や群馬に進出している。→そもそも埼玉県が高度成長時代に工業の進出地として有望視される前の時代は(つまり戦前の昭和ごろは)、千葉県が同様の進出先として有望視されていたのだろう(推測)。→なので、戦前のとっくの昔から、千葉では工業用地・商業用地の不足が起きていた。 → ところが戦後、埋め立ての技術が発達したので、千葉では埋め立て地による土地開発が歓迎された。
・ 群馬や茨城にだって農業はあるから農業用地が必要なのに、工場が進出するのは、どういう仕組みだろうか? 工業用地が増えたぶん、農業用地や住宅地は減るはずである。 → もしや、群馬・茨城では農業用地が減っているのでは?
・ 千葉や埼玉に人口が流入している(と言われている)という事は、つまり、住宅地がそのぶん必要であり、つまり、そのぶん工業用地や農業用地が減っているか、あるいは集合住宅が増えているはずである。 → 仕事の用地は、どうするのだろうか? 東京などに出稼ぎに行ってるのだろうか? だとしたら、東京に近い千葉北部や埼玉南部などで集合住宅が増えているのだろうか?

などのような仮説が、考えられるだろう。