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競馬を見る/皐月賞
編集中山競馬場で行われるGⅠレース、皐月賞を見るための教科書です。
概要
編集皐月賞は、3歳クラシック路線の第1戦として有名です。このレースは中山競馬場で行われる芝2,000mのレースで、4月の第3週日曜日に行われます。
皐月賞はスピードや成長度合いが重視されるので「最も速い馬が勝つ」というキャッチフレーズが有名です。
前述の通り、クラシック路線の一番最初のGⅠです。実際、この競争で5着以内の馬には東京優駿(日本ダービー)の優先出走権が与えられ、クラシック路線を順当に進めば東京優駿、菊花賞と出場していきます。
分析
編集中山競馬場
編集中山競馬場は直線の短さと起伏の厳しさが特徴的です。直線について、GⅠレースが行われる競馬場の中では310mと最も短くなっています。起伏については、スタート直後から第2コーナーまで登り坂そこからしばらく下り坂[1]、ゴール残り180mから70mには高さ2.2m最大勾配2.24%の急坂が待ち受けています。
しばらく続く下り坂で全体的にペースが他のレース場よりも早くなりがちで、馬が固まるいわゆる団子状態で進行することも多いといえます。また、坂の厳しいコースでスタミナが求められることから逃げ馬には実力が求められ、差し馬にはチャンスが訪れやすいと考えています。また、最後の坂で失速する馬も少なくなく、最後の直線が荒れやすい競馬場ともいえます。
トライアルレース
編集レース
編集第3回は1941年3月30日、セントライトが勝利しました。後にセントライトは三冠馬となっており、セントライト記念(GⅡ)という菊花賞トライアルレースの名前にもなっています。
第11回は1951年5月13日、トキノミノルが勝利しました。後にトキノミノルは無敗の二冠馬となっており、共同通信杯(GⅡ)の副称がトキノミノル記念となっています。
第24回は1964年4月19日、シンザンが勝利しました。後にシンザンは三冠馬、五冠馬となっており、シンザン記念(GⅢ)という競争の名前にもなっています。
第43回は1983年4月17日、ミスターシービーが勝利しました。後にミスターシービーは三冠馬となっています。
第44回は1984年4月15日、シンボリルドルフが勝利しました。後にシンボリルドルフは三冠馬となっています。
第51回は1991年4月14日、トウカイテイオーが勝利しました。後にトーカイテイオーは無敗の二冠馬となっています。
第52回は1992年4月19日、ミホノブルボンが勝利しました。後にミホノブルボンは無敗の二冠馬となっています。
第54回は1994年4月17日、ナリタブライアンが勝利しました。後にナリタブライアンは三冠馬となっています。
第58回は1998年4月19日、セイウンスカイが勝利しました。後にセイウンスカイは二冠馬となっています。
第60回は2000年4月16日、エアシャカールが勝利しました。後にエアシャカールは日本ダービーを7cm差で敗北しており、準三冠馬と呼ばれています。
第61回は2001年4月15日、アグネスタキオンが勝利しました。アグネスタキオンはこのレースを最後に計4戦で引退していますが、幻のダービー馬と呼ばれるほどの走りを見せており、このレースは2012年JRACMの題材になっています。
第65回は2005年4月17日、ディープインパクトが勝利しました。後にディープインパクトは無敗の三冠馬となっています。
第71回は2011年4月24日、オルフェーヴルが勝利しました。後にオルフェーヴルは三冠馬となっています。
第72回は2012年4月15日、ゴールドシップが勝利しました。この日のレース場は馬場が荒れており、特にコーナー内側はほとんどの馬が大きく避けるほどでした。最終コーナーに差し掛かると最後尾殿に位置していたゴールドシップが荒れた内側を走行し、一気に前へ、直線一気で見事勝利まで走り切りました。後にゴールドシップは二冠馬となっています。
第80回は2020年4月19日、コントレイルが勝利しました。後にコントレイルは親子二代での無敗三冠馬となっています。
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- ^ 主要競馬場最大の高低差5.3mとなっている。