「著作権法/概論」の版間の差分

憲法の「表現の自由」 などとの兼ね合いについて
(半導体チップの模様が、どんなに美しくても、著作権法の保護対象にならない。)
(憲法の「表現の自由」 などとの兼ね合いについて)
つまり、ある著作物が、著作権法で保護されるためには、その著作物が、思想や感情を(小説や絵画などの)創作的手法で表現したものである事が必要である。だが、その思想や感情そのものの創作性は、いっさい要求されない。つまり、すでに充分に知られた思想であっても、それを(小説や絵画などの)創作的手法で表現さえしていれば、著作権法での保護に値する。
 
なお、美術思想や音楽思想などの思想(アイデア)そのものは、著作権では保護されない。著作権で保護されるのは、作品だけである。保護されうる作品は、必ずしも画集や音楽CDなどの物体の形でなくとも、構わない。演劇や歌謡の公演などであっても、それを作品として披露すれば著作権は発生し、著作権法によって保護される。
 
また、工業図面や企業の社内マニュアルは、著作権法では保護されない。それらを保護する法は、不正競争防止法などの、著作権法以外の法律である。営業秘密は、防競争防止法により保護される。(※ 個人的意見: 民法の不法行為で損害賠償などの請求の可能性もあるかも?)
著作権の保護期間は、日本では、原則として、公表後から著作者の'''死後50年'''まで、である。ただし映画は、公表後から著作者の死後70年まで、である。
 
 
== 言語の著作物 ==
:(10条1項1号)
 
著作権法では「小説、脚本、論文、講演その他」を言語の著作物とすると規定している。文字によって固定されている必要はなく、口述であっても、言語の著作物になる。
 
 
=== 新聞記事 ===
事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、著作権法の保護する「著作物」に該当しない、と規定されている。(著作10条の2)
 
ただし、この規定は、簡単な死亡記事(日時、死因、享年など)や人事異動など、誰が書いても同じ文体になってしまうような事実を書いただけの記事にのみ適用される、と考えられている。つまり、記者の個性が文体に入るような記事は、著作権で保護されるだろう。
 
そもそも、誰が書いても同じになるような出来事なら、創作性が否定されるのであり、そして、創作性が否定されているものを著作権法は保護しないのである、と考える事も可能である。(法学書でも、そういう考えを紹介している。)
 
 
== 「表現の自由」との兼ね合い ==
著作権法による規制は、創作者の著作権という権利を守るためとはいえ、創作者以外の他人に、真似(まね)とはいえ表現を禁止するものであるので、著作権法は「表現の自由」を規制するものでもある。「表現の自由」は,憲法でも想定されている理念でもある。
 
もちろん、著作権法によって、けっして正当な言論活動や報道活動などが禁止されないように、著作権法による表現規制の要件として、たとい先の著作者の真似を禁止しても、かわりの表現方法がたくさんあるということ、のような要件が事実上はある。
 
つまり、その分野において、かわりの表現の「選択の幅」があることが、ほぼ事実上の要件となっているようだ。(※ 参考文献: 有斐閣『著作権法』中山信弘、第2版、65ページ)
 
そして、「創作性」とは、選択の幅が無数になる分野において、創作者が特定の表現をした場合に、その「創作性」が認められる、と一般的にみなされている。
 
さきほど、著作権はアイディアを保護しない、と述べたように、たとい他人のアイディアをつかっても、著作権法違反にはならない。
 
また、著作権法の対象では代わりの表現方法という選択の幅が無数にあるので、特許権の(最長の)保護期間20年よりも長く、著作権では50年という長い期間の保護がされる、とも考えることもできるだろう。(※ 参考文献: 有斐閣、高林龍、5ページ)
 
また、著作権法ではアイディアを保護しないことによって、「表現の自由」や「学問の自由」をけっして著作権法で禁止してしまわないように、防いでいるとも考えられる。(※ 参考文献: 有斐閣、中山信弘、57ページ)
 
== 美術の著作物 ==
しかし、実際にこのようなプログラム著作権が運用されてくうちに、しだいに、当初に予想したよりも著作権ではプログラムの権利保護の効果が弱い、という事が分かってきた。
 
なにが分かってきたかというと、そもそも、著作権ではアイデアは保護されないという原則にもとづき、プログラム著作権でもアイデアはまったく保護されない。(※ 参考文献: 『ビジネス法務検定3級』、著:東京商工会議所、出版:中央経済社、)なので、たとい、どんなに画期的なアイデアがそのプログラムに使われても、そのアイデアはいっさい著作権保護の対象には、ならない。(しかし、プログラムを用いた発明の特許を特許法で保護する事は可能である。)
 
※ 発明のアイデアを保護するのは特許権や実用新案などであり、著作権ではない。
 
なので、エアコン制御などの技術的なプログラムの場合なら(ゲームソフトなど物語性のあるものは別)、他人のプログラムのアイデアだけを模倣して、プログラムを作成しなおせば、理論上は著作権侵害にならない(特許侵害などの可能性はありうるが)、・・・と考えられている。
 
結局、もはや著作権だけでは充分にプログラムをもちいた発明的なアイディアを保護できない事が21世紀の現代では分かっており、なので、特許権や不正競争防止法などを活用するによって、プログラムの発明を保護する必要がある事が分かっている。
 
 
== 言語の著作物 ==
:(10条1項1号)
 
著作権法では「小説、脚本、論文、講演その他」を言語の著作物とすると規定している。文字によって固定されている必要はなく、口述であっても、言語の著作物になる。
 
 
=== 新聞記事 ===
事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、著作権法の保護する「著作物」に該当しない、と規定されている。(著作10条の2)
 
ただし、この規定は、簡単な死亡記事(日時、死因、享年など)や人事異動など、誰が書いても同じ文体になってしまうような事実を書いただけの記事にのみ適用される、と考えられている。つまり、記者の個性が文体に入るような記事は、著作権で保護されるだろう。
 
そもそも、誰が書いても同じになるような出来事なら、創作性が否定されるのであり、そして、創作性が否定されているものを著作権法は保護しないのである、と考える事も可能である。(法学書でも、そういう考えを紹介している。)
 
== 音楽の著作物 ==
:また、他人の作品を公開するかどうかの有無にかかわらず、他人がつくった作品を「自分が作りました」という行為は、法律で罰せられる場合がある。
 
:※ 著作権は、作家のアイデアを直接には保護しません。(※ 参考文献: 有斐閣『知的財産権概論』、紋谷暢男、2012年第3版) 具体例を考えてみましょう、たとえば、アメリカのあるアニメ会社が「ネズミを主人公にしたアニメをつくったら面白いんじゃないか?」と思ったとして、そのアメリカの会社が実際にそういうアニメを作ったとしましょう。それに対して、数年後に日本のあるマンガ家が、「動物を主人公にしたマンガを書いたら面白いんじゃないか? そうだ、ライオンを主人公にしたマンガを書こう。」とか思って、そういうマンガを書いたとしましょう。一切、その日本のマンガ家の作品は、著作権を侵害した事になりません。
 
:※ 発明家のアイデアを保護する制度は、特許権や実用新案権の制度です。著作権は、アイデアを保護しません。
 
:※ (絵画を描いたり、作曲するなりして、)作品を創作すれば、たとい、その作品に大したアイデアが無くても、著作権によって保護されます。つまり、'''アイデアと著作性とは、切り離されています。'''
 
:※ ある著作物が、「著作権法によって保護されるべき」と見なされるには、要件として思想や感情が必要ですが、しかし、その思想や感情のアイデアの利用権は、著作権法では保護しません。
 
:※ 個人的な意見ですが、「著作権では、アイデアが保護されない」と聞くと、なんとなく著作者の権利が軽視されてるような印象を始めはいだくかもしれませんが、アイデア保護しない事の目的はそうではなくて'''、たとい大したアイデアが無くても作品を著作さえすれば、誰でも著作権者になれる'''、という意味でしょう。つまり、多くの人が(たとえば、たといプロの芸術家でなくても、たといプロの小説家でなくても)、作品を著作さえすれば、著作権の恩恵を受けられるようにしよう、という意味なのでしょう。
 
 
:※ ただし、'''間接的には、不正競争防止法などによって、商品のアイデアが守られる可能性があります。''' (※ 不正競争防止法については、情報科の検定教科書の範囲外。記述が見当たらない。ただし、公民科目の「政治経済」や「現代社会」のほうで、ひょっとしたら紹介されてる可能性はあるかも?) 芸術作品だって、それを販売したり商用利用すれば、りっぱな商品でしょう。不正競争防止法により、他社商品と類似しすぎている商品は、規制されます。この規制は、いわゆる「コピー商品」を規制する目的です。たとい模倣品が、完全に同じコピーでなくても、ほとんど同じ機能・形態なら、実質的なコピー商品だろうと見なされ、不正競争防止法などにより規制されます。不正競争防止法による「コピー商品」排除の保護期間は、元ネタの商品の販売開始日から3年間です。
 
== その他の権利 ==
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