「大学生活ガイド/理系」の版間の差分

2016年5月15日 (日) 14:26‎ 126.27.62.185 が削除した記述をいったん復活。彼 126.27.62.185の主張内容は、数学科と情報工学科など、数理系のごく一部の学科でしか成り立たない主張をしているので。
(投稿ミスのため、取り消し。すじにくシチュー (トーク) による版 114117 を取り消し)
(2016年5月15日 (日) 14:26‎ 126.27.62.185 が削除した記述をいったん復活。彼 126.27.62.185の主張内容は、数学科と情報工学科など、数理系のごく一部の学科でしか成り立たない主張をしているので。)
 
また、文科系の博士課程の場合だと、卒業時の年齢の高さ(30歳近く)等の理由により、一部業種では敬遠される可能性があります。しかし、理系の修士課程では、そういう事はありません。
== 教養部廃止の混乱 ==
かつて80年代後半ごろまで、日本の大学には「教養部」という課程があり、1〜2年生の時には数学や理科や語学を中心に勉強し、3年から専門科目を教える、という時代がありました。
 
90年代に入り、教養部が廃止され、入学1年目から専門科目を教えるようになりました。かつて教養部で教えていた数学や物理などは、「教養課程」の「自然科学分野」という科目グループに分類され、1年生から教えています。
 
 
この教養部廃止による科目改組の際、本来なら、1年から専門科目の負担が増えたぶん、数学や理科や語学の学習負担を減らす必要があったのですが、しかし理系の大学の多くでは、そのような改革がされずに、負担の過大になったカリキュラムが放置されている場合が多くあります。
 
例えば、数学のカリキュラムは、教養部の時代のまま(線形代数 + 偏微分・重積分)の負担どころか、さらに学習内容(+ 離散数学)が増えています。物理や化学なども同様です。
 
なのに、上記の数学や理科に加えて、早ければ1年生から(遅くても2年から)、機械工学科では材料力学、電気工学科では電磁気学(教養レベルではなく国家試験上級レベルの電気工学科の専門科目レベルの電磁気学)、土木工学科では構造力学など、各学科の専門科目を教える、というアリサマです。
 
 
文科系の大学では、教養部廃止にともない、語学・数学や理科・社会などの負担軽減があったのかもしれませんが、しかし理系の大学では、そのような改革が行われませんでした。
 
このため、現在、大学1年生が普通に5教科をバランスよく勉強しようとしても、学習時間が不足がちになり、不合格になる事もあります。
 
しかたなく、学生は防衛上、なるべく、合格のラクな科目を優先的に、選択履修する必要があります。
 
困ったことに、文部省などが、このような理系大学の問題を認識しておらず、2010年代の今だに、過大負担なままのカリキュラムを是正せずに放置しています。
 
 
このように、カリキュラムの過大負担が是正されてないので、学生はなるべく、暗記科目で単位を取得していくのが、オススメです。
 
基本的に、計算のある科目は、計算のない科目と比べて、計算練習の必要なぶん、合格が困難です。
 
なので、なるべく、暗記科目を単位取得していく必要があるのです。
 
それほどまでに、現在の日本の理系大学はヒドイ状況であるのに、是正されずに放置されている。
 
 
また、就活でも、アナタがせっかく計算の難しい科目に合格して単位取得していても、企業側からは、その科目の計算の難度は分からないのです。
 
 
== 履修科目の選択 ==
大学では、必修科目のすべてを履修するとともに、選択科目を規定の単位数以上履修する必要があります。選択科目のどれを何単位履修すべきか、という規定を自分でよく理解し、その規定に沿うように選択する必要があります。科目ごとの単位数は明示されているはずですが、授業時数が同じならば異なる科目でも同じ単位数を取得することになるのが普通です。つまり、むずかしい科目に合格しようが、簡単な科目に合格しようが、授業時間の量が同じなら、合格でもらえる単位数も同じということです。
 
理系は文系と比べて必修科目が多い傾向にありますので、専門外の科目を履修するには限度があります。この現状は広く教養を身につけるという観点では不適切なのですが、修士までのわずか6年間で高度な専門教育をしなければいけない中ではしかたないのかもしれません。
 
 
=== 第二外国語について ===
理系では、大学で第二外国語が必修の場合もあります。(大学によっては、必修でない場合もある。)
 
もし、それなりに身につけようとすると、学習にかなりの時間が掛かるので、必修科目でないのなら、なるべく履修しないほうが安全である。(いちおう、試験対策のための最低限の勉強だけしても単位は取れるだろうが、あまり精神衛生的に、よくない。)
 
何語を選択するかについて、理系の読むべき文献は英語以外ではドイツ語が多い、ただし数学ならフランス語が多い、いやこれからビジネスに役立つのは中国語だ、などいろいろと言われることがありますが、特に理系の学生の場合、第二外国語が使えるレベルでものになることはほぼ期待できませんので、好きなものを履修すればよいです。どうせ、たかが学校で週に2時間程度習ったくらいでは、流暢な語学なんて身につきません。
 
英語ですら、中学高校あわせて6年間も学んでも、なんとか英語文献を読めても、自分で英語で書いたり話したりするとなると、とても難しいのです。ましてやドイツ語やフランス語なんて、まず、書いたり話したりするようになれるのは絶望的です。また、せっかく第二外国語をより深く習得しても、実用性はかなり限定的です。
 
 
以下に、各言語の大まかな特徴を述べます。
 
 
* ドイツ語
ドイツ語は、英語より文法が難しいものの、フランス語よりは文法がかなり簡単です。また、ドイツ語の単語は、歴史的経緯から比較的英語に近いです。すくなくともロシア語と英語との遠近と比べたら、はるかにドイツ語は英語に単語が近いです。また、単語の発音はローマ字通りに近いので、そういう意味でもなじみやすいでしょう。医療系などの学部や学科では、第二外国語にはドイツ語を必修にしている場合もあります。昔の医学用語で、ドイツ語に由来する用語が多いからです。明治以降の近代の大学教育で、ドイツ語が第二外国語として必修的に教育されてきたという歴史もあり、教える大学側にもノウハウが蓄積されています。
 
 
* フランス語
まず、フランス語は文法が不規則で、とても覚えることが多いので、手間がかかります。そしてフランス語は、単語があまり英語とは似ていません。発音も、ローマ字とは程遠く、一般的な日本人にはハードルの高い言語でしょう。歴史的に、数学の世界では他の理系分野とは違ってフランスが先進国であり、数学専攻の場合はフランス語が役に立つ場面がある、かもしれません。
 
 
* ロシア語
ロシア語は、文字がキリル文字で、とっつきづらいです。文法も、英語やドイツ語よりは難しいです。単語も、英語とはかなり違います。
 
冷戦時代の物理学者ランダウなどソ連側の科学者の文献がロシア語で書かれることもありましたが、現代では旧ソ連の主要な科学者の文献は日本語訳や英訳をされてるので、原書で読む必要はありません。
 
 
* スペイン語やイタリア語やポルトガル語など
スペイン語やイタリア語やポルトガル語なども、文法が複雑です。イタリア語はラテン語の影響があったりして興味ぶかいかもしれませんが(ラテン語は中世では学問の共通語だった)、しかしイタリア語の習得には時間が掛かり、理系学生には負担が大きいでしょう。
 
 
* 中国語
漢字を使用するのでとっつきやすいですが、発音は難しいといわれます。もっとも、定期テストに限るならば筆記試験にはスピーキング問題は出せないわけですが。なお、大学によっては、理系の学部では、中国語が履修不可能の場合もあります。日本の科学の世界では、あまり中国語を使う機会が無かったからです。これからの時代は多くの人口を抱える中国に進出することがビジネスチャンスになる、ということで学生への人気が高まっていますが、そこまで使えるレベルでものにするのはかなり難しいでしょう。
 
 
== 学習の仕方 ==
=== 総論 ===
大学での学習は高校までのような「受験」を意識したものではありません。
各自がそれぞれ身につけたい内容を学ぶというのが、大学教育の建前とされています。
 
注意する点として、入学してから四年後(留年しなければ卒業年度)の成績は、進級基準に考慮されません。また、大学院の入試問題を解く能力は、学部の各学年(1〜3年)の進級基準および卒業基準には、まったく考慮されません。
 
つまり、どんなに入学4年後に学力が高くても、大学院入試問題が解けても、もし1年目のときに合格科目が足りなければ、入学1年後には留年になります。
 
また、定期テストの後の復習は、評価されません。大学受験ではありませんので、定期テスト本番(あれば追試)で合格点を取らないと、どんなに勉強熱心に復習をする人でも、不合格となります。
 
悪くいうと、極端なハナシ、現状の大学では、履修科目だけを勉強していれば、済んでしまい、前学年の履修科目の復習はする必要がありません。むしろ、履修してない前学年の科目の復習をすると、現在履修中の科目の勉強時間が不足してしまい、そのせいで不合格になってしまう可能性が高まります。
 
あまり理想的ではない状況ですが、しかし現状として、現在の理系の大学では、このような状況が放置されており、そのうえ問題点として認識すらされていなかったり、また、改善運動の機運なども、ありません。
 
 
では、どう学習すればいいかというと、基本的には、履修中の科目を優先的に、それぞれの科目のシラバスや授業内での指示に従って学習することになります。
 
 
出席を重視するか否かも授業によります。傾向としては、日本の多くの理系大学では、多くの科目で、出席を重視します。
 
どういうことかというと、例えば、定期試験における不合格者への救済措置として、合格点より数点少ない学生などに、授業中の小テストなどの点数を加味して加点して合格にする場合がありますので、なるべく出席をするのが有利です。
 
 
理想としては、そもそも筆記試験とは学力を確認するために行うのですから、試験だけで合格/不合格を決められるのが理想ですが、しかし残念ながら、日本の大学教員のなかには、適切な試験問題をつくる能力の乏しい教員もいます。そのため、このような救済措置が必要になるのです。(当該科目の教授は、学生を不勉強だとして批判するだろうが、しかし、単に教員の問題作成能力が低いだけであったりする。)
 
 
ただし、数学の授業は出席を取らないことが多いです。講義を聴いているかいないか等どうでもよく、数学の内容を身につけたかつけていないかを重視したい、ということのようです。対照的に、実験実習の科目は(授業の性質上当然ですが)出席していないのに単位が取れるということはまずありえません。
 
 
また、試験は、慣習として、授業で紹介した話題から、試験問題は出題されます。
 
大学入試とは違って、授業で紹介されてない話題を出題する事は、大学学部の定期試験では、ほぼありません。
 
 
理想的には、たとえ大学で習っていない事でも、自発的に学術書などで、どんどんと勉強することは奨励されるべきでしょうが、しかし残念ながら日本の大学の現状では、進級基準や定期試験などは、そうなっていません。
 
現在の理系の大学では、大学で習っていない事を自発的にどんどんと勉強すると、試験対策の時間が足りなくなる場合があり、留年などの危険性が高まります。
 
=== 履修の順序 ===
専門科目の履修では、なるべく低学年の科目から履修していくのがオススメです。
 
なぜならば、高学年の専門科目の中には、使用頻度の低い知識をあつかう科目もあったりします。いっぽう、低学年の専門科目は、なるべく使用頻度が高い知識が多く紹介されています。
 
このため、低学年の科目から順に学習していくことで、効率的に専門知識を学習できます。
 
ただし、高校の数学3C未履修者のための補修科目などは、高校の科目が分かっている人は、わざわざ履修する必要がありません。
 
あくまで、大学レベルの範囲内で、なるべく低学年の科目から、履修をするのが、オススメです。
 
 
残念ながら日本では、大学によっては、それぞれの科目どうしの教育バランスの調整がとれてない学校もあり、他科目の学習時間をうばいかねない高難度の科目が、ろくに是正されずに、大学がその科目を放置している場合もあります。
 
なので学生は、防衛上、なるべく単位取得のラクな科目から履修していかざるを得ないのです。
 
 
また、基本的に高学年の科目になるほど、合格に必要な学習量(自習や予習復習など)が増えます。なのに、合格によって得られる単位数は、基本的に高学年の科目も低学年の科目も、ほぼ同じ単位数です。
 
特に、高学年になるほど、そのような、やたらと難しくて、他科目の学習時間をうばうような科目の存在確率も、高くなっていきます。なので防衛上、卒業要件を満たして可能なかぎり、低学年の科目により、単位取得をしていくのがオススメです。
 
 
現状の大学教育では、理系は、かなり学習負担が大きく、そのため、なるべく合格しやすい低学年の科目から、履修して単位数を稼ぐ必要があります。
 
単位数が不足すると、留年する可能性が高くなり、危険です。
 
また、せっかく高学年の難度の高い科目を履修しても、就活のさいの企業側には、その科目の難度は分かりません。
 
 
難関科目に挑戦したあげく、不合格になり、他科目の勉強時間も失ってしまって他科目も不合格になり、留年してしまっては、就活で不利になります。
 
企業側からは、まったく、その科目の難度は分かりません。
 
また、もし志望企業に企業に大学OBが居ても、OBの学生時代とは科目担当の教授が別人物に変わっていることもあり、科目の難度も違っています。
 
大学のカリキュラムは、数年で頻繁に変わるので、企業側が内情を把握するのは無理なのです。
 
ともかく、なるべく低学年むけの、簡単な科目から、履修していってください。
 
 
=== 物理学の履修に注意 ===
理系の多くの学科では、物理学が基礎的な科目です。そのため「物理」が1年生の選択科目になっていても、工学部などでは、機械工学科や電気工学科などの、ほとんどの学科で、1年生は「物理」科目を履修するように、推奨するでしょう。
 
 
ですが、残念ながら、現状の大学教育制度では、1年生の「物理」科目の履修には、やや問題点があります。
 
教養部廃止にともなう過大負担化の混乱です。
 
多くの大学で、「物理」の教科書や定期試験の難易度が、教養部のあった時代のまま(つまり、1〜2年で専門科目のなかった時代のまま)だったりする事もあり、そのため、「物理」科目が不合格者を出しやすい難関科目になっている場合があります。
 
なので、なるべく、卒業要件のための理科の単位は、化学や生物などの、いわゆる「暗記科目」で単位取得するのがオススメです。
 
 
=== 実験科目について ===
大学では、実験科目は、レポート作成などに、授業の時間とは別に、調べごとなどで、かなり長い時間が掛かります。
 
そのため、他科目の学習時間をうばう可能性があります。
 
なので、必修科目以外の実験科目は、なるべく最小限に済ませるのがオススメです。
 
 
たいてい、1学年に「物理実験」や「化学実験」などの科目があります。しかし、これらの科目ができても、たったの8単位です。
 
特に物理実験は、レポートに数学的な考察が必要だったりして、調べごとも多く、しかも、レポートが手書き指定されている場合がほとんどのため、かなりレポート作成に時間が掛かります。
 
数学的な考察が分からないと「物理実験」科目が不合格になる場合もあり、かなり時間をかけてレポートを書いたあげく、不合格になりかねません。1年の物理実験をせっかく合格して単位取得しても、たったの4単位です。
 
なので、他科目で単位取得したり、どうしても学校の進級基準で実験科目の単位が必要なら、なるべく化学実験で、単位を取得していくのが、オススメです。
 
 
=== 定期試験 ===
理系特有の事情として、理系科目の定期試験では、低学年でも高学年でも、計算問題を含む筆記試験があります。
 
試験問題は基本的に、100点満点中、60点以上で合格です。
 
 
試験では、たとえ自己採点で60点未満でも、なるべく、多くの問題に解答してください。
 
なぜなら、教授のなかには、試験作成の能力が低い教員もおり、例えば、計算時間が足りないのに大量の計算問題を出すなどの不適切な出題をして、そのため多くの学生が試験時間内に解き終わらず、大量の不合格者を出すなどして教授会でその科目の教授が問題視されたりして、教授会の決定により追試験の行われるような場合も、しばしば、あります。
 
追試を行う場合、「本試験で40点以上」などの受験条件のつく場合がありますので、たとえ自己採点で60点未満でも、なるべく、60点近くをめざして解答するのがオススメです。
 
 
さて、定期試験の問題は、基本的に、過去数年間の過去問のパターンどおりに出されます。ひとりの教員の思いつく問題のパターンは限られています。サークルの先輩後輩の間などで、そのような教員の情報や、過去問そのものが受け継がれることも多いようですので、入手しておいてください。
 
このため、なるべく可能なかぎり、なんらかのサークルや部活動に入ることをオススメします。
 
=== 教科書 ===
大学には学習指導要領はありませんので、どこの大学でも使われる共通の教科書というものはありません。よく使われる定番教科書のようなものはありますが、かといってそれを使わず教員が自分で執筆した教科書を指定することもあります。これも、基本的には授業での指示に従うことが無難でしょうが、どうしても合わないようならば、その科目の定番教科書を知り、併読するのも手です。
 
なお、実験科目は、その大学の教員が共同で作った各大学のオリジナル教科書を使うことが多いようです。
 
 
 
== 学習ノウハウ ==
=== 大学教育の理想は1990年代前半に破綻しました ===
かつて、大学の学習で重要な事は、「知識獲得の速さではなく、理解の深さ」と言われました。
 
しかし残念ながら、現在の日本の理系の大学教育は、もう、そうなっていません。もしかしたら、昔から、そんな事は出来てなかったのかもしれません。
 
そのような理解を重視するような教育は、1990年代の教養部解体のときに、消滅しました。
 
 
現在、理系の大学では、なるべく暗記科目のように、理系科目を勉強する必要があります。
 
定期試験で計算問題を出題する科目でも、短時間で大量の問題を解かせる試験問題が続出するなど、暗記しないと解けないような問題が続出します。
 
 
また、大学の理系科目の教育内容を評して「大学では、生物は化学になり、化学は物理になり、物理は数学になり、数学は哲学になる」などと言われます。
 
かつては、物理を学ぶときも、単に物理の公式として暗記するのではなく、なるべく数学的に理解するように努めようとか、そういう理想があったのです。
 
 
ですが、もうそれも、過去の理想です。消滅した理想です。
 
専門の物理は、最低限の公式と証明だけさえ暗記できればいいし、むしろ定期試験は、公式などは暗記しないと解けないような問題ばかりです。物理学科の証明・導出とやらを問う試験問題も、その証明・導出を暗記する科目に、変貌しました。
 
 
数学は、数学科以外では、計算公式を暗記して、試験のときに、それを吐き出す科目になりました。もちろん、短時間で大量の計算問題が出題されたりするので、公式暗記してないと、試験時間のうちに、解き終わりません。
 
数学科でも、数学の証明を暗記する学問になりました。
 
化学も同様で、もう、物理の理解なんてしてるヒマはないし、せっかく物理を勉強しても、それが評価されるようなシステムには、なっていません。化学の公式を暗記するために、最低限の物理の公式を暗記するだけの科目になりました。
 
 
もとから暗記科目だった生物科目が、相対的にいちばんマトモ、というような惨状です。
 
 
大学教員は、口先では否定するかもしれませんが、口先だけです。
 
 
== 課外活動について ==
大学生は学業と並んでサークル活動などに力を入れる人も少なくありません。それ自体は悪くはないですが、学業との優先順位をひっくり返してはいけません。特に理系の場合、現状では、かなり厳しめの評価基準で単位認定をする科目(つまり、不合格者の多い科目)もあります。
 
当然のことですが、大学側は課外活動を進級基準には組み込んでくれません。学業といかに両立させるかは完全に自己責任です。
 
 
== 研究室選び ==
工学系では、3年の後半ごろから、おそくても4年生になると、研究室に配属されます。いずれ企業の技術職として働くことを意識するのであれば、基本的には、志望業種に近いテーマを選ぶべきでしょう。
 
「他分野、あるいは学際的な研究が思わぬところで役に立つかも」なんて事を考えても、企業に志望の意志をアピールしづらくなってしまいます。学際的なテーマは、研究室選びではなく、自分の趣味の範囲で勉強しましょう。
 
大学に残って研究者としてやっていくというのなら遠回りも役に立ちますが、なにしろ一握りの優秀な人にしか関係のない話です。
 
研究分野を大くくりに見ると、実験系か理論系かという分類ができます。実験系は、手を動かせばある程度成果が出る、という部分でわかりやすい分野です。
 
ただし、機材がなければ実験はできませんので、その大学が保有してない設備を用いる実験は、出来ません。
 
いっぽう、理論系の研究は、外部の人にとっては分かりづらい研究になりがちです。そのため、就活の際、アピールしづらいというデメリットがあります。
 
また、レベルの低い学生では、理論系では、まともなことは何もできないまま終わりますので、もし学力に不安がある学生なら、なるべく実験系をするのがオススメです。
 
 
== 大学院への進学について ==
大学院に進学をする事により、2年間近く、確実に研究を進められるというメリットがあります。
このため、もし実験系の研究室なら、ほぼ確実に実験データを積み重ねるなどの成果を獲得できます。
 
なお、就職後に会社に籍を残したまま大学院へ進学する、という人が少数ながら存在するため、「大手企業なら、もし学力が高ければ、大学や大学院に進学させてもらえる。しかも奨学金として学費を出してくれる」などという噂が流れることもあるようですが、現実にはかなり困難です。社内で指折りの幹部候補生に対してそのような待遇をすることはありうるでしょうが、果たしてあなたは、大手企業の社内で指折りの幹部候補生になれるのでしょうか。
 
 
また、デマ的な噂で、「大学院に進学すると、就活が不利になる」などと噂もあります。
 
しばしば、保護者が、文科系の場合や博士課程と混同して、理系の大学院(修士課程)の進学に反対する場合があります。そのような場合、保護者の誤解を解いてください。
 
文科系の場合、あまり大学院進学が評価されないという風潮もありますが、しかし理系の場合、現状では、そういう事はありません。
 
また、文科系の博士課程の場合だと、卒業時の年齢の高さ(30歳近く)等の理由により、一部業種では敬遠される可能性があります。しかし、理系の修士課程では、そういう事はありません。
 
 
== 大学のテスト対策は、「学問」と思うよりも「受験勉強」のようなものと思ったほうが良いです。 ==
タイトルのとおりです。ごく一部の学科では例外もあるかもしれません。(たとえば数学科などは例外的) 
ですが、ほとんどの学科では、まるで私大受験の受験勉強のような定期テストのテスト対策が、1年生から4年生まで、ずっと必要です。
 
「私大」受験と言ったのは、専門科目ばかりが大学で教育されるからです。専門外の教育は、文科省が教養課程として定めた、最低限の授業時間しか、大学側は学生に勉強させないような進級基準を組んでいます。後の節で説明しますが、専門分野以外の学問なんて、ほとんど教えられません。そもそも教授自身の学力ですら、教授の専門外の学科の学力なんて、せいぜい大学の教養課程レベルの学力でしょう。
 
 
== 過去問の必要性 ==
テスト対策では、過去問を入手する必要があります。また、過去問入手のために、友達づきあいや、部活への加入、サークル加入などをする必要があるでしょう。
 
もし高校時代のテスト対策のように、過去問を用いず、まともに授業の予習復習などで定期テストに挑むと、テストの成績が不合格点になってしまう可能性が高く、留年や退学をするハメになる可能性が上がります。
 
なぜなら、日本の高校では30点以下が赤点(不合格点)だが、日本の大学では60点以下が赤点であるからです。
 
本来なら大学は赤点の基準が上がった分、高校の定期試験よりも大学の定期試験は授業と比べて問題を易しめに調整してないとオカシイかもしれない。しかし、すくなくとも理系大学の場合、そのような難度調整はされていません。
 
外国の高校などでは赤点の基準が60点である国も多い。日本の30点という赤点基準よりも高いが、その分、外国の高校の定期テストは授業とくらべて問題がやさしくなっている。しかし、日本の大学の赤点基準が60点であっても、授業と比べて難度が高くなっています。
 
したがって、大学の定期テスト対策では過去問などを入手する必要があります。
 
多くの学生は、留年をいやがりますから、当然、過去問を手に入れようとします。そして普通の大学では、学生間で過去問が出回ります。
 
 
このような過去問を前提にした難度のテストを出している、という大学教育の問題点は昔から教育評論などでも指摘されていますが、いっこうに日本国の大学教育では改善のきざしがありません。日本の大学教員たちは、自分たちが悪いとは思っていないようです。
 
また、文科省などの定める、日本の大学での各科目単位基準は、授業時間の2倍の予習復習で合格する程度が基準とされていますが、実際に1日の時間を計算すると、授業時間の1倍の予習復習ですら、きついスケジュールです。過去問を入手してテスト対策をしないと、現実的には無理です。
 
大学教授の学力ですら、専門科目以外の知識は、高校レベルか、せいぜい大学低学年レベルでしか無く、教授たちが専門以外の理系分野を学生時代の授業時間の2倍も勉強したように見えないでしょう。
 
 
大学の単位基準は授業の2倍の予習復習というが、仮に9時から午後3時まで授業があるとして、1日あたりの時間配分を計算すると、休憩時間と昼休みを除いて、授業に要する時間は4時間。睡眠時間は8時間。1日の残り時間は12時間しか無いです。そのうち、通学で往復2時間(12ー2=10 より、残り10時間)としましょう。下宿などで一人暮らしするなら、家の炊事・選択・掃除などで2時間(10ー2=8 より、残り8時間)。1日の残り時間が授業時間の2倍ピッタリの8時間ほどしかなく、なんと、1日の時間には余裕がありません。
 
 
だから、仮に大学の単位設定の基準である「授業時間の2倍の自習を、単位数の基準にする。」を仮に実施すると、学生の1日あたりの学習時間が12時間(4+8=12)ちかくになります。これは、サラリーマンの法定労働基準である1日8時間の労働基準を超えていおり、もはや重労働に相当する勉強時間でしょう。大学教授ですら民間企業のビジネス競争では通用しそうに無いというのに、学生が「授業時間の2倍の自習」という建前を真に受けてマトモに授業時間の2倍も自習で勉強していては、過労になってしまいます。
 
いくつかの大学では、このような現実離れした単位基準に気付いており、学生に授業時間の2倍の自習時間を余裕を持って確保させるため、履修科目数に制限を掛けている場合もある。だが、最終的な卒業単位数(4年で通常は120単位ていど)が減らないかぎり、計算上では、事実上の自習時間が足りなくなります。
 
したがって、過去問を入手して定期テスト対策をする必要があります。
 
 
== 科目の履修は、なるべく簡単な科目を履修しよう ==
また、大学の単位数では、授業時間しか考慮されず、科目の難度は考慮されません。むずかしい科目に合格しようが、簡単な科目に合格しようが、授業時間の量が同じなら、合格でもらえる単位数も同じなのが一般です。
 
たとえば大学1年の数学の偏微分・重積分と、大学2年の数学の微分方程式・複素関数論が、同じ単位数な大学が一般です。学習負担を考えたら、高学年の科目のほうが負担が重いですが、しかし1科目あたりの単位数は同じです。
 
 
これは、そもそも高校の単位基準からして、似た現象があります。高校でも、たとえば文理のコース別の高校数学の履修でも、文系コースの数学の授業時間あたりの単位数と、理系コースの授業時間あたりの単位数が、普通は同じです。たとえ、文系コースの数学が簡単であろうが、授業時間が同じなら、単位数は同じというのが、普通の高校です。
 
したがって大学の科目履修では、なるべく簡単な科目をさがして、単位数をかせぐ必要があります。必修科目でもないのに、難しい科目を履修してしまうと、テスト対策に多くの時間を取られます。その時間を取られた分、他の科目のテスト時間が減り、多くの科目で単位を落とす可能性が増えます。
 
 
このような非現実的な単位基準の問題点は昔から指摘されていますが、いっこうに改善のきざしがありません。当面は、このような単位基準の時代が続くでしょう。
 
== 出席を重視する学科も多い ==
理学部の数学科では、伝統的に、なるべく「出席点」を取らない方針が多いと言われています。「出席点」というのは、授業に出席していると、そのぶん、定期テストの成績に加味されて得点が上がるというものです。
数学科では「勉強というのは、図書館などで自分で調べて頭を使って自分で考えるものだから」という発想らしく、また「意欲の低い学生に出席されて、授業中に私語をされると、数学的思考のさいの邪魔であるので、出席点を取らない。」という発想らしいです。なるべく自分で調べて勉強する態度を身につけて欲しいようです。そのように自分で勉強しないと、数学のプロとしての能力は身につかないと考えているようです。
 
ですが、この数学科のような方針は、例外です。他の多くの学科では、出席を重視しています。むしろ出席してない時点で、「何も勉強していない」と決めつける学科のほうが多いのです。数学科の常識は、他の学部・学科での非常識なのです。
 
 
出席を重視する学科で、実際に授業の前後などに出席を取ることは無いのが通常ですが、ときどき授業中に小テストなどを行い、そのテストの結果を定期テストの結果に加味する場合も多くあります。小テストが抜き打ちの場合も多くあります。つまり、小テストが、事実上の出席点なワケです。
 
 
べつに工学部や農学部などの実務系の学部だけで、事実上の出席点があるのでは、ありません。
理学部などでも、物理学科や化学科など、数学科以外では、出席点を取ることは多くあります。
 
このように、出席点は、べつに実験などの科目だけではありません。理論系の科目でも、出席点を取る場合があります。
 
 
日本国の世間の多くの人は、数学科のように、自分で勉強するという学風なんて、知りません。世間の多くの人は、「勉強とは、学校で教員から習わないと身につかない」と考えています。卒業後の就職先であろう民間企業でも、従業員は世間の多くの人たちです。学校教員なども、世間の多くの人たちです。
 
教育行政は文部大臣など、国会の政権与党の国会議員などによって管理されます。(選挙で国会議員を選ぶ)有権者も、世間の多くの人たちに過ぎません。
 
出席点を取る講義を擁護すると、教科書では教えきれないこともあります。たとえば教科書では著作権などの理由により、掲載できない映像などもあります。また、講義の授業であっても、教員が、ちょっとした実験(もちろん、一般教室でも安全に行えるような実験)を見せる場合もあります。これは、高校までも、同様にあったことでしょう。教員の個人的な研究ノウハウなども、教科書だけでは教えきれません。
 
== 教授によっては、市販の教科書に書いていない知識を定期テストに出題することも ==
*オリジナル教科書
教授によっては、市販の一般の教科書に書いていない知識を定期テストに出題することもあります。授業中だけに説明した問題をテストに出すこともあります。教授の書いた教科書が、その大学の指定の教科書として採用されていることも多く、その教授の教科書以外の市販の一般の教科書では、ほとんど書かれていない場合もあります。また、実験科目は、設備が大学ごとによって違うので、各大学のオリジナルの教科書が多くあり、それは仕方の無いことです。
 
しかし、実験系以外の講義科目や練習問題の科目でも、各大学オリジナルの教科書がある場合もあります。
 
大学院の科目なら、研究テーマごとに大きく違うので、大学オリジナルの教材があるのも仕方ないかもしれません。しかし、学部の低学年(1年・2年生ていど)ですら、大学オリジナルの教科書を出すこともあります。
 
オリジナリティーあふれる難問を定期テストで出すべきとする教員の主張と、そのようなオリジナル問題を出さないべきとする教員の主張の、どちらの主張が正しいのかは、ウィキブックスには分かりません。
 
大学とは研究機関でもありますから、オリジナリティーあふれる研究者育成のため、オリジナリティーあふれる試験問題も出る場合もありるるのかもしれません。
 
大学オリジナルの教科書が、かならずしも、市販の教科書に書かれていない知識を紹介するものばかりとは限らないです。ですが、どちらかというと、市販の教科書に書かれていない知識を、教員が定期テストに出したいので、大学に出版させた教科書のほうが多いでしょう。定期テストでの、このようなオリジナリティーあふれる問題の、比率が少ないなら、まだしも、たいていは、このタイプの教員の場合はオリジナリティーあふれる問題の定期テストでの比率は大きいです。
 
オリジナル教科書で解説され定期テストに出される問題が、まったく、どの市販の教科書・問題集にも書かれていないワケではないです。難関の問題集などを見れば、チラッと書いてある問題もありますし、国家試験などに出されるタイプの問題のこともあります。もし、まったく、どの市販の教科書にも書かれていない問題を出すと、さすがに世間から教員が批判されるので、いちおう、教員が出題の根拠として参考文献を挙げられる程度には、大学生用の教材に書かれている問題を出します。
 
 
教員が定期テストに出したい問題は、たいてい、授業中に時間をかけて説明します。このため、学生は授業に出席し、教員の解説する問題をノートに取っておいて、テスト前に復習する必要があります。
 
 
大学入試では、市販の参考書に書いていないことを出題すると、受験生の多くは解けないので世間から批判されますが、大学では、そのような批判の外部勢力はありません。
 
 
なお、大学用の教科書は、市販の教科書でも、かなり難しく情報量も多いです。高校卒業までの教科書とは違います。高校は文系・理系の両方の学生が学ぶので、高校の教科書は、情報量を減らしてあります。ですが、大学の教科書では、専門とする学生が学ぶので、情報量は、かなり多いです。
 
その市販の大学用の難しい教科書ですら紹介されていない知識を、定期テストで出題する教員も、多くいるのです。
 
市販の教科書に書かれないということは、その教科書の出版社の執筆陣が、教科書で紹介する価値が低いと判断したわけです。大学生向けの一般の教科書の執筆陣も、ふつうは大学教員です。大学用教科書の教科書出版社は、日本中の多くの大学に教科書を販売している実績があります。
 
 
いっぽう、教科書に書かれていない内容をテストに出す教授は、自分の大学の授業以外は、他校の授業のやり方をあまり知りません・・・という場合もあります。ですが、市販の一般の教科書に書かれていない知識を定期テストで出題する大学教員も多いのです。しかも、そういう問題を出す教員は、大学内で権力を持っているか、あるいは、他の権力を持っている教授が後ろ盾をしています。だからこそ、市販の教科書に書かれていない問題でも、定期テストで出せるのです。
 
しかも、このようなオリジナリティーあふれる難問を出すタイプの教員の場合、「学生を鍛えてあげている。」と、教員自身のことを思っています。けっして、「もしや、自分の教育は、他の大学とズレているのでは?」とは心配してなんて、いないでしょう。実際に学生が鍛えられているのどうかは、ウィキブックスは関知しません。鍛えられている場合もあれば、そうでない場合もありうるでしょう。
 
ともかく大学生は、そのようなオリジナリティーあふれる教授にも合わせてあげて、テスト対策をする必要があります。
 
== 第二外国語の履修はドイツ語か中国語を最低限だけにしよう ==
=== 何故なのか ===
大学によっては、第二外国語の履修が必修の場合があります。その場合、理系の学生なら、'''ドイツ語'''か'''中国語'''を選択すべきでしょう。それ以外(フランス語やロシア語など)は選択しないほうが無難です。
 
現代の大学では、低学年から専門科目を教わるため、専門科目の予習復習で忙しくて、語学にあまり充分な時間をとれません。
フランス語やロシア語は、入門的なことを学ぶのですら、ドイツ語よりも何倍もの時間が掛かります。
 
それと忠告ですが、けっして、ドイツ語やフランス語などの第二外国語を、「英語のように深く学ぼう」とは、'''してはイケマセン'''。
 
現代の日本の大学の理系の学部では、せっかく第二外国語の科目を設置してても、じゅうぶんな学習時間が、学生に確保されていません。なので、難しい語学科目のせいで時間不足になり、いくつかの科目の単位を落としたりして、留年の原因になります。もし就職希望先が文系の業界の場合、そういう理系の事情を知らないかもしれません。
 
なお、大学によっては、フランス語やロシア語が難しいことを考慮して、定期テストなどには、ドイツ語よりも易し目の問題を出す場合もあますが、考慮してない場合もあります。あるいは教員が考慮したつもりになっただけで、実践できてなかったりする可能性もあります。
 
言っときますが、けっしてドイツ語が簡単なわけではありません。理系の専門科目を学びながら英語科目を学んだ上で、ドイツ語の科目を学ぶのは、かなりスケジュール的にはキツいです。つまり、ドイツ語のかわりにフランス語やロシア語を履修すると、さらにキツいスケジュールになる場合がありうる、ということです。
 
=== 各言語の難度、および履修制度のパターン ===
* ドイツ語
ドイツ語は、英語より文法が難しいものの、フランス語よりかは文法がかなり簡単です。また、ドイツ語の単語は、比較的英語に近いです。ドイツはイギリスとは海をへだてているものの、距離が近いため、単語も近いのです。すくなくともロシア語と英語の遠近と比べたら、はるかにドイツ語は英語に単語が近いのです。
 
いっぽうフランスの場合、距離的にはイギリスに近いものの、フランス国内の伝統主義などの理由により、フランス語は単語が独特なので、英語からは単語が遠く、フランス語の習得には時間が掛かります。
 
また、医療系などの学部や学科では、第二外国語にはドイツ語を必修にしている場合もあります。昔の医学用語で、ドイツ語に由来する用語が多いからです。
 
明治以降の近代の大学教育で、ドイツ語が第二外国語として必修的に教育されてきたという歴史もあり、教える大学側にもノウハウが蓄積されています。
 
* フランス語
まず、フランス語は文法が不規則で、とても覚えることが多いので、時間が掛かります。なので毎年、フランス語は単位を落とす人も多いと、ほとんどの大学では有名でしょう。そしてフランス語は、単語があまり英語とは似ていません。そのため、フランス語の習得には、かなりの時間が掛かります。
 
* ロシア語
ロシア語は、文字がキリル文字で、とっつきづらいです。文法も、英語やドイツ語よりかは難しいです。単語も、英語とは、かなり違います。距離がイギリスから離れてることもあり、単語が似てません。
 
* スペイン語やイタリア語やポルトガル語など
スペイン語やイタリア語やポルトガル語なども、文法が複雑です。イタリア語はラテン語の影響があったりして興味ぶかいかもしれませんが(ラテン語は中世では学問の共通語だった)、しかしイタリア語の習得には時間が掛かり、理系学生には時間が足りません。
 
大学によっては、理系の学部の場合、イタリア語やスペイン語やポルトガル語などは履修できず、ドイツ語かフランス語かロシア語だけの場合もあります。
 
なおスペイン語が第二外国語として用意されていたりするのは、南米諸国の多くの国でスペイン語が使われてるので、世界ではスペイン語の話者人口が多いという背景事情があるのですが、理系大学生の学習には当分は無関係な事情です。科学の研究の世界では、スペイン語圏の科学者なら英語を使えますので、英語が通用します。
 
* 中国語
もし中国語がドイツ語のかわりに第二外国語として履修可能なら、それでも良いかもしれません。中国語の発音は難しいですが、どうせ定期テストの筆記試験には、スピーキング問題は出せません。なお、大学によっては、理系の学部では、中国語が履修不可能の場合もあります。日本の科学の世界では、あまり中国語を使う機会が無かったからです。
 
=== 解説 ===
そして、どの言語を第二外国語の履修として選択するにしても、けっして深入りしてはいけません。現代の理系学生には、そこまでの時間がありません。また、せっかく第二外国語をより深く習得しても、いまや実用性もありません。
 
いまや国際的な科学論文のほとんどは、英語で書かれており、わざわざドイツ語やフランス語で読む必要が少ないのです。もし科学史家なら、古い時代のヨーロッパの文献を、ときどきドイツ語やフランス語で読む場合もあるかもしれませんし、冷戦時代のソビエト連邦の科学書をロシア語で読む必要もあるかもしれませんが、しかし現代の理系の大学生には不要な技能です。
 
それに、学生用の、たいていの科学書は、英語に翻訳されてます。
 
たとえばアインシュタインはドイツ出身のスイス育ちのユダヤ人ですが、アインシュタインの著作での言語は、たいてい英語に翻訳されて出版されてますし、日本語にも翻訳されて出版されてますから、わざわざドイツ語で書かれた著作を読む必要がありません。
 
ドイツ人数学者ヒルベルトの著作は、とっくの昔から、日本語で翻訳出版されてます。ドイツ人技術者ディーゼルの著作も、日本語で翻訳出版されてます。
 
フランス人数学者ブルバキの著作も、とっくの昔から、日本語で翻訳出版されてます。
 
ロシア人の物理学者ランダウの著作も、材料力学の工学者チモシェンコの著作も、数学者スミルノフの著作も、とっくの昔に、日本語に翻訳されています。もはやロシア語でランダウやチモシェンコやスミルノフの著作を読む必要がありません。
 
それに、単に日本国内で、ドイツ語やフランス語などの外国語で書かれた専門書や論文などの文献を読むだけなら、べつに科目の単位を履修するほどの学力がなくても、必要なら、辞書で調べれば済みます。
 
もし科学史家などが研究のためにドイツやフランスなどの海外現地で直接、過去の科学者の著作などを読む必要があるなら別ですが。しかし、現代の日本人の大学生には、そこまでの作業をする機会はないでしょう。
 
このように、現在の日本での第二外国語の教育には、いろいろと問題点があります。しかし、大学にとっては、昔から第二外国語を教えてきたという伝統と権威とメンツのため、必修科目だったりする場合もあります。
 
どうせ、たかが学校で週に2時間〜3時間ていどを習ったくらいでは、流暢な語学なんて身につきません。
 
大学側の教育目的の本音は、きっと、ドイツ語やフランス語の語学そのものよりも、英語の理解を深めさせるために、ヨーロッパ圏の言語を第二外国語として新入生が学ばされる・・・、というのが大学側の教育目的の実態でしょう。
 
英語ですら、中学高校あわせて6年間も学んでも、なんとか英語文献を読めても、自分で英語で書いたり話したりするとなると、とても難しいのです。ましてやドイツ語やフランス語なんて、まず、書いたり話したりするようになれるのは絶望的です。
 
文科系の学生に、ドイツ語やフランス語を流暢に話す技能の習得は、まかえておきましょう。ドイツ文学科・フランス文学科とか、外国語学部とかの学生に、まかせておきましょう。
 
=== 就職活動でも第二外国語が評価されない ===
また、就職活動でも、ドイツ語など第二外国語の学力は、まともに評価されません。
 
就職活動のとき、企業によっては、TOEICなどの'''英語'''の検定試験の成績は参考にされる可能性がありますが、しかしドイツ語など第二外国語を参考にしていません。
 
企業は、少なくとも理系学生の就職志望者に対しては、ドイツ語など第二外国語の語学を期待していません。
ドイツ語検定などの資格を持ってれば別ですが、理系学部では忙しいので、資格試験の受験勉強のための時間が足りません。
なので、もし資格試験の受験勉強をしてると、大学の単位を落とす可能性が増えます。
 
また、もし企業が、せっかくそういうドイツ語の学力を評価して採用してあげたところで、就職後にドイツ語を使う機会なんて、現代の技術者には、まず、ありません。海外のたいていの科学書・技術書や製品マニュアルや国際論文などは、英語で書かれています。
 
なので、せっかく企業が理系学生のドイツ語の学力を評価しても、企業にとっては無駄なのです。ドイツ語ですら、こうなんですから、フランス語やロシア語などは、もっと非実用的なのです。
 
そして、もしどうしても実務などでドイツ語の文献の読解が必要なら、辞書を読んで調べて翻訳すればいいだけです。
 
== 日本の世間の権威主義・経歴主義 ==
日本国民の世間の多くの人々は、大学教育の権威や、大学教員などの権威を信用しています。企業も同じように、大学の権威を信用しています。
 
したがって、たとえ大学の単位基準が、前節で説明したように非現実的であっても、「留年は不勉強」と世間の多くから見なされます。なので、もし留年したり退学すれば、就職などでも不利になります。
 
 
企業を擁護すると、ほかにまともに信頼できる、就職志望者の選別手段が少ないのです。いちおう大学は、日本全国の各都道府県にありますし、また大学入試の出題範囲は全国ほぼ共通の文部省指導要領カリキュラムに基づいているので、公平感もあるのでしょう。
 
少なくとも、出身地や家柄で就職の採用/不採用が判断されるよりかは、出身学校名による判断のほうが、大多数の国民感情からすればマシです。
 
 
さて、多くの企業は、採用では、学歴などの肩書きしか見ません。採用試験での学力テストなんて、企業の採用試験での数学の試験なんて、ごく簡単な中学レベルの数学の試験くらいであり、実質的に学力試験なんて企業採用では行っていません。しかし、英語は、むずかしい長文などが出される場合もあります。英語の長文読解だけは勉強しておいたほうが良いかもしれません。
 
 
したがって学生のおくるべき大学生活では、経歴に傷がつかないように、なるべく留年しないで、卒業する必要があります。
 
就職志望者の学生の(企業就職後での)実務能力なんて、採用試験では、まず評価してもらえませんし、そもそも新卒学生に実務能力なんて期待されてません。そもそも学生が実務経験を積もうにも、なかなか、そういうチャンスがありませんし、時間も足りなければ、設備も足りず、実務教育のための人員も足りません。
 
大学教育では、工学部などの実用的な学門の学部ですら、企業で働いたことの無い教員が多く授業をしています。
 
たとえば、工場の実務では、そもそも短時間で問題を解くことは、まず、ありません。そもそも、答えの知られていない未知の問題が実務で出てきます。仮に決まりきった計算処理の手続きが必要なら、コンピュータで計算処理を自動化すれば良いだけです。
 
 
しかし大学の授業科目が、たとえ企業の実務とずれた授業をしている科目であろうが、その科目の定期テストに不合格になって、単位数が不足して留年すれば、経歴に傷がつきます。
 
多くの民間企業は、たとえ大学が実務とずれた教育をしてることを知っていようが、学歴を信用し、留年や退学を就職での企業採用では不利にあつかいます。
 
そして、「実務が評価されない」というと、「じゃあ、学力は評価されるのか?」というと、それも違います。企業は、学歴しか評価しません。肩書しか、企業は見ません。出身の大学名と、卒業時の年齢(若いほうがイイ)しか見ません。
 
 
企業は、たとえ学生が実務的な勉強をしても(企業は)評価しないし、たとえ学生が基礎的な学問をしても(企業は)評価しないし、学生が実務と学問を両立しようと試行錯誤しても(企業は)評価しません。
 
肩書しか、企業は見ません。面接官は、肩書以外のことを見てるつもりかもしれませんが、きっと面接官の勘違いです。何故なら、採用試験時に、数学や物理の学力テストすらしなんだから、すくなくとも学力関連の能力については調べようがありません。そのことから派生的に、実務的な勉強と基礎的な学問を両立しようと努力しても、それも評価されません。
 
 
たとえば、電機メーカーや半導体メーカーですら、高校物理レベルの電気物理のテストすら行いません。同様に、化学メーカーも、高校化学のテストを行いません。自動車部品メーカーや鉄鋼メーカーなど他業種に電気技術者や材料技術者として就活しようにも、もちろん、物理学の採用テストもなければ、化学の採用テストもありません。
 
そして、たとえ実務的な勉強に専念しようとしても、それも、日本の教育制度では無理です。
 
 
結局、日本の就活システムは、肩書だけを評価しています。
 
 
ということは、普通科高校と文科系の大学を出た人が、どんなに技術者として企業に採用してもらおうとして、自分で物理を勉強しても、日本ではそのような進路は、事実上は無理です。
 
つまり日本の就活システムでは、理系の大学への入学が、機械技術者や電気技術者や土木技術者としての就活への、1次審査です。
 
たとえ文科系の人が技術者になろうとしても、コンピューター業界で独立系のプログラマーのように、元手の資本が少ない分野に、自費で(バイトなどでカネを貯めてパソコンを買って)参入するしかありません。
 
 
=== 外国の大学も経歴主義 ===
外国に留学しようが、外国の大学も経歴主義です。そもそも、外国の大学受験では、日本と違い、学校ごとの入試での学力試験が無いという国も多くあります。そのような国では、推薦などによって、評判の良い人気の大学に進学します。
 
しかし、推薦をもらうためには、良い経歴が必要です。そのため、外国の高校生は、まず評判の高い「名門」的な高校に進学する必要があります。なぜなら、そうしないと、高校生は、評判の高い「名門」大学への推薦をもらえないからです。そして、そのような名門の高校に進学するためには、さらに中学の時代から経歴を磨かないといけません。
 
外国の大学もまた、経歴主義・成績主義です。もっとも外国では、大学受験を経歴で判断するぶん、たとえば高校側が学力の低い自校の高校生に良い成績をつけるなどは、不正と見なされ、その高校の今後の推薦を打ち切られるなど、外国は、とてもキビしいです。
 
*成績や経歴が悪いと、留学できない場合も
日本から、海外に留学するにしても、良い経歴が必要になります。日本の大学に所属している大学生として留学する場合、そもそも日本での大学の成績が良くないと、相手国の大学からも留学させてもらえないかもしれませんし、日本側の大学も留学を許可しないでしょう。
 
英語の検定試験のTOEICやTOEFLなどの成績と言った経歴も、留学で必要になる場合が多いのが一般です。実際に英語が出来るかどうかは、二の次です。そもそも先程も言ったように、外国では、学校ごとの大学入試がありませんので、学校ごとの大学入試の英語科目も存在していません。
 
== 文系学問や体育や芸術を学ぶヒマはありません ==
仮に高校時代の全教科の勉強みたいに、理系の学問と両立しようとして、文系の学問や、体育、音楽や美術などの勉強をしようとしても、しかし日本の大学では、できません。
 
そもそも一般の大学では、美術や音楽などの実技の授業がありません。せいぜい、芸術史の授業が選択科目であるくらいです。体育の授業はありますが、スポーツの熱心な練習に時間を割くだけの余裕は、理系の大学にはありません。文系の科目の授業は教養課程でありますが、高校時代のように文系科目に予習復習に時間をかけることが、理系の大学では無理です。
 
理系の大学では、最低限の教養科目と、学科の専門科目にしか、学習時間を割けません。そのような縦割りな学習スケジュールを前提にした進級基準、卒業基準が、理系の大学では組まれています。
 
ましてや、理系の同じ学部の学問どうしですら、他学科の授業を学ぶヒマが無いほど、縦割り主義的で過密な進級基準が組まれています。
 
あまりにも、縦割り主義的すぎで問題があるという批判の評論は昔からありますが、あまり改善されません。縦割り主義にも、良い面があります。すばやく専門課程の学習に入れるという長所があります。また、設備投資の費用などが比較的少なくて済みます。
 
最近では、たとえば機械工学科と電気工学科を共通化しようというような、関連する学科をまとめる大学もありますが、そのぶん、それぞれの学科分野の専門課程の進度は遅れるという短所もあります。
 
欧米の大学では日本と違う場合もあります。たとえばイタリアの工業大学では日本と違い、工学部では、機械工学・電気工学・土木工学などのすべてを学ばされると言います。しかし、日本の大学では、そのような他学科の科目を学ぶような学習スケジュールは、組めません。
 
== 教授自体が他学科の教育を受けていない ==
日本国の大学教員たちは、そもそも教員自体が、他学科の教育は、あまり受けていません。たとえば、工学部の電気工学科の教授なら、機械工学すら満足に教育を受けておらず、ましてや土木工学なんて、ほとんど知りません。そのような縦割りの人物が大学教員に出世します。そういう縦割りのキャリアを積まないと、そもそも大学教員自体に出世できない場合が多いのです。
 
いっぽう、企業の製造業の研究・開発の実務では、縦割りではない分野横断的な知識も必要ですし、実際に、そのような分野横断的な研究をしている研究者もいます。しかし、このような企業の研究者は、大学には、あまり就職したがりません。そもそも、日本国の理系の大学には、そのような分野横断的な研究が続けられそうな学科や研究室が、ロクにありません。
 
もっとも、企業の研究者だって、べつに何でもかんでも幅広く知ってるワケではありません。大学社会での縦割りには企業人は捕らわれてなくても、企業社会での縦割りに、企業の研究者は囚われざるを得ません。企業での研究には、お金が掛かるのですから。
 
 
ともかく、大学では、大学的な縦割り主義のキャリアをもつ大学教員が、自己の勤める大学の進級基準などを組んでいます。
 
教員は、同じ学部の他学科の教育すら、教員自体が満足に教育を受けていないのです。ましてや、ちがう学部の教育なんて、教員は、ほとんど何も知りません。
 
だから学生は、留年しないためにも、学生時代は縦割りのキャリアを目指すような勉強をせざるを得ません。当分のあいだ、学生は、縦割り主義的な勉強が続きます。
 
== 部活に打ち込めるだけの時間がない ==
同じような理由で、部活やサークル・同好会の活動にも、あまり本格的には打ち込めません。たとえば工学部などにあるロボット技術同好会とか自動車技術同好会などのような専門分野に関係しそうな部活ですら、部活動の時間の余裕が少なく、たとえば、その分野の全国コンテストなどの競技会に各大学が参加しても、学期末などのテスト期間前になるとコンテストに出席する大学生が減るとかいう現象が起きているのです。
 
なぜなら学生は定期テスト対策に多くの時間をかけないと、留年してしまうような進級基準が組まれているからです。大学側は、べつに部活動を進級基準には組み込んでくれません。なので、学科の専門分野に近いサークルですら、サークル活動の時間が、なかなか取れないのです。
 
かといって部活動を進級基準に含めたら、それはそれで、不勉強の抜け穴として部活動が悪用されかねないので、やや仕方のない面もあります。
 
例では、工学部を例にあげましたが、べつに工学部だけではありません。理系のすべての学部で、似たように、部活動の時間がありません。
 
専門分野に近い活動内容の部活・サークルですら、なかなか時間が取れないのですから、ましてやスポーツや芸術関係の部活・サークルなんて、ほとんど時間が取れません。
 
定期テストの過去問を入手するために部活・サークルなどに入部するのは有効です。しかし、けっして部活動などに熱心に打ち込まないのが日本国の理系大学での教育の現状です。
 
== 大学院への進学について ==
=== 大学院は修士課程までは進学したほうが有利かも ===
==== 概論 ====
研究職を目指すなら、理科系の場合は、大学院に進学したほうが良いです。また、たとえ研究職を目指さなくても、設計・開発とかを目指すなら、研究職と似たような理由で、大学院に進学したほうが有利です。ただし、あくまでも、ほんとうに本気で研究職を目指す場合、です。
 
なぜなら、企業では、たとえ製造業などの技術系の企業でも、大卒として入社した社員であっても、なぜか高卒と同じ仕事をさせられる事が多くあります。(工業高校でも電子回路計算を習うし、材料力学も流体計算も習う。)このため、大卒で入社しても、高卒でも出来る仕事を命令される事があります。なので研究職につきたい人は、なるべく大学院で研究の経歴と実績を積んで研究者のタマゴとしての経歴を積んだほうが、就職には有利です。
 
なお、大企業に研究開発の志望で就職しても、入社後に設計に回される場合もあります。中小企業ではそもそも研究職で募集しません。
 
 
==== 大手メーカーでは、マーチ日大の理工学部の学部卒の何割かは、現場の工員に配属 ====
具体的に言うと、マーチ(明治・青山・立教・中央・法政)以下、日大以下の偏差値の私立大学の卒業生の何割かは、実は大手企業では現場工員として採用されます。「設備設計」「生産技術者」とかの肩書ですが、実態が工員だったりします。「設備設計」と聞くと、てっきり「設計」の文字があるので、てっきり大学レベルの工学知識を活用する仕事のように思えますが、本当にその場合もありますが、多くの場合、設備設計の実態は工員です。高卒の現場社員でも、ベテランの工員なら図面を書けますし、英語を読める人も多くいます。単に、図面も書けて、英語も読める、便利屋の工員です。
 
大手や中堅以上の製造業では、たとえ東大や京大や早慶や東工大の卒業生の新入社員でも、彼らを「下積み期間」として現場で工員として数年ほどの一定期間、高卒社員とともに働かせるのが一般的です。なので、マーチや日大の卒業生は、ほぼ確実に、生産現場で現場工員として、さらに長い年月、働かされ、場合によっては、そのまま現場に「生産技術者」「設備設計」などとして配属されます。
 
就職時に、エントリーシートなど応募用紙に志望職種を書く欄があって、大卒の場合は「設計・研究」を志望職種にするのが一般的ですが、そうエントリーシートに志望職種を「設計研究」と書いても採用されますが、しかしマーチ・日大卒の就職後の配属先は、現場の工員です。
 
新卒社員の研修期間中が終わって数年間は、マーチ・日大卒は、設計や研究の仕事を手伝わされる場合はあるかもしれませんが、その期間が終わったら、現場工員に異動の場合があります。
 
「設計には、製造現場の知識も必要」と、よく大卒を現場に工員として配属させるタテマエが言われます。たしかに製品からすれば量産方法なども必要な知識なのですが、実際には現場の知識が無くても、学歴が高くて、物理や化学の専門知識があれば、研究職をしている人も、います。たとえ研究者が知らない作業ノウハウなどが必要でも、必要なときに現場の工員に教えてもらえばイイだけです。そもそも、現場技術は多岐に渡るので、すべての技術に精通するのは不可能です。
 
営業あがりの社長が、あまり現場を知らないのと同様に、研究者も、あまり現場を知りません。
 
馬鹿正直に「製造現場の知識も必要」タテマエを聞き入れると、そのまま工員として、低賃金で利用されてしまいます。
 
 
さらに私立の4工大(芝浦工業、工学院、東京電機、旧・武蔵工業)は、偏差値の高い芝浦工業以外は、マーチよりも就活で不利です。図面を書かせてもらえる機会が、マーチ卒よりも少ないです。
 
マーチや日大ですら、大手では、高卒社員とともに現場工員などを長くさせられるのですから、4工大の卒は、大手では、ほぼ確実に現場工員として採用させられます。大手どころか、名前の知られていない中堅企業でも、現場工員として4工大卒の採用の場合があります。
 
そういう大学卒エンジニアの使い捨ての実態が知られると困るので、そもそも、ここら辺の学歴の人は大企業では採用せず、せいぜい子会社などで設計などとして採用する場合もあります。
 
つまり、そのエンジニアの適正とかを企業は無視して、学歴順に配属先を「高偏差値大の院卒→本社や研究所で研究開発や設計」「高偏差値大の大学学部卒→本社でエンジニアまたは生産管理など」「低偏差値大の大卒→せいぜい子会社でエンジニア」みたいな事を企業はしてます。
 
マーチ卒・日大卒の場合、「生産技術者」「設備設計」などのような、一応は形式的には管理的な職種名を与える場合があります。しかし、4工大の卒はそのような形式的な役職名すら、与えられず、ずばり「製造」など工員としての職種に、4工大の卒は、異動させられ配属させられる場合があります。
 
新卒社員の研修期間中が終わって数年間は、4工大卒は、下働きで、設計や研究の仕事を手伝わされる場合はあるかもしれませんが、その期間が終わったら、現場工員に異動の場合があります。
 
すでに4工大への進学している人が、就活で、大手企業でないと研究開発できない分野での設計職・研究職を志望する場合、芝浦工業以外の学生は、よほど条件の良い就職先が内定した場合でない限りは、とりあえずは学部の卒業研究では志望業種の研究室に進み、大学院の修士課程まで進学したほうが、安全でしょう。企業の採用活動は、それほどまでに偏差値と学歴という肩書でしか、学生を見ていません。
 
 
なぜ、わざわざ基本給が高卒よりも割高な大卒を雇ってまで、高卒でも出来る仕事をさせるかは謎ですが(この謎解きは経済学部にでも任せましょう)、現実として、そういう謎な採用活動をする企業が多いので、就職を目指す学生は対策しないといけません。
 
また、大企業の採用活動での書類選考などは、とても肩書き主義ですから、有名大卒などの高学歴でない場合は、学歴が院卒とかでないと、研究職としてスタートラインに立ちづらいです。特に大企業の採用では、募集者が多い事もあり、学歴でふるいを掛ける必要があるので(俗に「'''学歴フィルター'''」と言います)、数の多い学部卒よりも、数が少なくて高学歴である院卒のほうが、研究者になるには有利かもしれません。
 
 
もし大学院に進学すれば、すくなくとも学会論文の書き方とかはそれなりに教わるし、学会などでの発表経験も積めます。実験なども、大学の高価な実験装置を使って、実験が出来ます。しかし、学部卒では、そのような経験が、あまり積めません。
 
もし、就職後に、企業側が、高卒でも出来る単純作業や現場仕事ばかりを仕事させたら、まったく研究開発的なキャリアを積めないまま、社会人生活を送るリスクもあります。
 
もちろん企業の中には、たとえ院卒でなく学部卒でも、きちんと適性や能力を評価して、研究者としての能力がある社員なら研究の仕事を与える企業も少しはあるでしょうが、しかし、たぶん、そういう企業は少ないです。多くの企業は、肩書きだけで書類選考的に研究職につけるかどうかを判断する企業のほうが、残念ながら、多いでしょう。
 
 
==== 学部卒の就職活動では、研究テーマの詳細を評価されないのが一般 ====
理系の大学院生卒の就活の場合は、少しは研究テーマを面接で聞いてくる場合もありますが、しかし学部卒では、まず学生の研究テーマの研究レベルを企業は調べません。学部卒にも研究テーマについて面接中に聞いてくる場合もあったり、企業の用意するエントリーシート(インターネットでの応募用紙みたいなもの)の記入欄に、研究テーマとその概要について記入する欄があったりしますが、'''単に聞くだけ'''です。だいたい、就活開始の時期である学部3年後半〜4年前半には、まだ卒業研究がほとんど始まっていませんので、企業側も深く調べようがありません。インターネットでは、「大手企業の技術職志望なら、研究レベルを調べるはず」とかデマが出回る場合がありますが、もちろんデマだと思ったほうが良いです。
 
:(なので、学部生の3年生が卒業研究の研究室を決める時は、志望業種に近い研究室を選ぶのが安全です。せいぜい、その程度しか、企業には卒業研究を評価されないのです。)
 
==== その他 ====
また、たとえ日本の企業のオカシな採用方法に愛想をつかして外国企業や外国の大学に進む場合でも、大学院の経歴はあったほうが有利です。世界的に、大学学部卒よりも大学院卒のほうが就職などが有利です。
 
ただし、日本では、博士課程まで進むと、年齢の高さにより、一部の大企業をのぞいて就職先が見つかりづらくなってしまう傾向があります。なので、とりあえずは修士課程までは、理系なら進学したほうが有利です。
 
==== 就職後は、大学院には進学させてもらえないのが一般 ====
よほどの大手メーカーの研究職に就職したのでないかぎり、企業に就職後は、大学・大学院には進学させてもらえないのが、普通です。
 
もし、あなたが就職後、大学や大学院に進学したければ、「会社を解雇させられるかもしれない」という覚悟で、自分で学費を出して、進学する必要があります。
 
たとえ勤務先に「学業中の給料がいらないので、自分で学費を出しますから、大学院に進学させてください、卒業後に勤務先に復職させてほしい」と言っても、勤務先企業から、あなたの大学院進学の許可をもらうのは、きっと難しいでしょう。
 
 
学生時代を思い起こしてください。あなたの大学生時代、まわりに社会人学生は、何人、いましたか?
 
ほとんど、社会人学生が、いなかったはずです。ましてや今の時代、夜間学校ですら少ないです。(少子化の影響もありますが。)
 
 
インターネットでは、デマで「大手企業なら、もし学力が高ければ、大学や大学院に進学させてもらえる。しかも奨学金として学費を出してくれる。」などの流言飛語がありますが、もちろんデマであり流言飛語です。
 
もしかしたら高度経済成長のころの時代には、社員に半導体やらコンピューターなどの最新技術(当時)を勉強させるために大学進学させてもらえるような、そういう時代もあったかもしれませんが、とっくの昔の話であり、現状とは違います。
 
=== 大学院の一般受験は難関 ===
理科系の場合、大学院の修士課程の卒業後の就職率が良いことなどもあり、大学院に進学する人も多いです。
 
大学院の入学には、一般入試と、学部からの内部進学などや、推薦があります。ほとんどの大学院進学する学生は、内部進学や推薦など、一般入試以外で、大学院に進学します。
 
一般入試で大学院に合格するのは、理系の場合、かなりの難関です。なぜなら、大学院受験の受験勉強をしているヒマがありません。そもそも授業の通常の科目の定期テスト対策が忙しいです。学部の定期テストですら、過去問が無いと太刀打ちできないような難問を出すテストが多いのです。大学院試験は、過去問集は公開されている場合もありますが、けっして過去問通りになんて出題しません。
 
大学院の受験勉強どころか、そもそも学部の編入学試験ですら、解こうとしてみると、かなりの難問である場合もあります。学部編入学試験の問題ですら、その大学の学部生や卒業生ですら、あらかじめ受験勉強なしでは、ほとんど解けないでしょう。
 
大学院の入試問題は、それら学部の定期テストや学部の編入学試験よりも、さらに難しい問題が出ます。
 
多くの学生は、大学院受験の受験勉強にまで、あんまり勉強の時間を割けません。
 
また、大学4年になったら、たとえ院に進学する人でも就職活動を始めて、企業訪問をしたり、企業研究をしたりするのが一般的です。就職活動もあり、なかなか大学院受験の受験勉強が出来ません。
 
 
よく、評論家(自称「教育通」)や大学教授などが「大学院の大衆化で進学率が高くなって、院の教育レベルが下がった。」などとシタリ顔で評論したり、ビジネス評論家などがソレを真に受けて「大学院なんて簡単。」などとデタラメな教育評論(自称)をしたりしますが、院に進学するのが(比較的)簡単な場合とは、内部進学とか推薦で進学できる場合のみです。
 
理系の場合、一般入試での大学院進学は、大学にもよりますが、かなりの難関です。
 
* けっして他大の学部課程に進学しないほうがイイ
だからといって、けっして他大の学部課程(院ではなく学部)に再受験なんて、しないほうがイイでしょう。もし大学院進学したいなら、とりあえず、自校の内部進学でも何でもいいので、志望校の偏差値を落としてでも大学院を受験して合格した学校に進学するほうがイイでしょう。高校3年時の大学受験とかと同じです。「偏差値のたかい高校(○○大学附属高校とか国立○○高校とか)に再受験」なんて、しなかったでしょう(そもそも年齢制限とかで、私大附属高校への再受験は不可能ですが)。
 
たとえ専攻を変更したい場合でも(ただし医歯薬看護や生物学志望以外は)、たとえば物理系から電気系へと専攻を変更したくなっても、ひとまず進学先は、その志望専攻の学科の大学院に進学したほうがイイです。たとえば「物理系から電気系へと専攻を変更したく」の場合なら、電気系の大学院へと進学したほうがイイってことです。
 
工学部や物理学科・数学科・化学科の場合、ふつうは大学院受験者の学科制限は、「理系大学の学部を卒業または卒業見込みであること」以外の制限をしてません。
 
ただし、生物学の場合、生き物を実験などで扱うなど特殊な技能が必要なため、「生物学科・農学部など、生物系出身であること」などの学科制限を大学院入学などでしてる場合があるかもしれません。大学院が学科制限をしてる場合、学部に編入学するしかありません。
 
医学部や薬学部の場合については、よく知りません。
 
いまどきの多くの工学系の大学院および物理学科・化学科・数学科の大学院の修士課程は、他学部出身者のための補習などの手段をキチンと用意してますので(欧米の大学もそうであり、もはや国際常識)、なので選考変更時の進路志望は学部課程ではなく大学院に進学したほうがマシです。もし工学系で他学部出身者のための補習を用意できない大学院が今時あれば、そんな大学、目指さないほうがイイでしょう。
 
つまり、人生で一度でも理系大学の学部を卒業していれば、それ以降は、たとえ専攻を変更する場合でも、(ただし生物系や医療系学部を除く)通常の理系の大学の学部を受験するという「大学学部の再受験」の必要は、まず、ありません。
 
もし特定の大学に志望の研究室があるなら、まずは、その志望研究室のある大学院への受験勉強をして受験するべきでしょう。もし合格しなくても、その志望に近い大学院を志望したほうが良いでしょう。修士課程の進学の段階では、とにかく、志望校でなくとも、近い分野の研究室の大学院に進学するべきです(博士課程については自己責任で判断してください)。
 
けっして「第1志望校の学部課程を再受験して、そこから大学院へ内部進学だ〜」なんて、しないほうがイイって事です。
そういう手段が必要な場合とは、とりあえず、どこか別の大学院の修士課程を卒業して実績を積んだあとに、それでもどうしても、設備などの問題で、その第一志望の大学院でないと研究できない事がある場合とかで、とりあえず他大の院生が自校の移動教員を通して他大に設備の使用要望とか代理実験依頼などを出しても他大院生には使わせてくれなかったし代理実験すら受けてくれないとかの場合で(もっとも国立大の場合、税金で運営されてるので、正当な理由もなく他大の院生の正当な研究に使用させないのは、国有財産の不当な占有に当たると思うが)、最終手段でしょう。
 
学部への編入が必要な場合ってのは、たとえば文科系の大学を卒業した人が理系に進路変更する場合とか、あるいは理系の大学在学中に理系学部内で転学科する場合とかの場合でしょう。高校では大学の学問の内容がよくワカラナイので、進路選択を間違う場合もあるので、そういう事情の人に、用意してあるわけです。
 
== 物理学科以外の物理では、公式暗記の計算力が求められる ==
数学だけでなく、物理学などの他の理学系の科目も同じです。公式を覚え、短時間で大量の問題を解けるような計算力が要求されます。これは物理学科以外だけでなく、物理学科でも、そのような計算力が要求されます。
 
たとえば電気磁気学なら、「どのようにして、電気磁気学の公式が導かれたのか?」という考察や理論よりも、実際に電気磁気学の公式を用いて、多くの練習問題を解く能力が、物理学科でも他の学科でも要求されます。
 
しかも、多くの産業では、電子機器を用いているので、専門科目や教養科目で電磁気学を扱う学科も多いです。
 
== 国家試験のような難度の問題が、定期テストに出ることも ==
国家試験の問題は、ブランド化しやすく、多くの学科で、その分野の難関の国家試験問題が、定期テストに出ます。もっとも、医学部・薬学部などの国家資格が必要な仕事の学部では、仕方ないかもしれません。ですが、工学部などの他の学部ですらも、国家試験がブランド化しており、国家試験のような難度の問題が、定期テストに出ることも、けっこう多くあります。
 
理系の場合、べつに国家試験のような難度でない通常の難度ですら、かなり難しい問題が多いです。国家試験レベルの出題は、さらに難しいわけです。
 
当然、定期テストに合格するためには、まず定期テストの過去問を手に入れ、そして授業には出席し、さらに教員の説明を鵜呑みにして熱心にノートに取っておいて、試験前に復習しておかないと、まず解けないような難度の問題です。
 
== 研究室のテーマ選び ==
=== 研究室は、志望業種に近いほうが有利 ===
3年の後半ごろから、おそくても4年生になると、研究室に配属されます。
 
企業の採用活動は、大学の偏差値のほかは、学科名と、研究室のブランドとかで採用します。
なので、研究室選びは重要です。
 
基本的には、志望業種に近いテーマを選んだほうが、就職に有利です。
けっして、「志望外のテーマを選んでみて、視野を広げよう」だなんて、思わないほうが良いです。企業の人間の多くは、そこまで想定しません。
たとえば化学業界に就職するなら、化学反応とか材料とかを研究している研究室を選ぶのが、たぶん就職に有利です。
 
けっして、「化学業界でも機械を使うだろうから、4年生の研究では機械工学に関係のあることを研究しよう。」とか、「化学業界でもコンピューターを使うだろうから、コンピューター・サイエンスに関係しそうな研究をしてみよう」だなんて思わないほうが、就職活動は安全です。
 
企業は、とても近視眼的なのです。企業の多くは、けっして「化学業界でもコンピューター・サイエンスを!」とか、そこまで想定していません。たとえ面接でアピールしようにも、面接の前の段階で書類審査で落とされる可能性もあります。
 
とくに志望業種が人気職種の場合、あえて志望業種外の研究テーマ選びをすると、大学が名門大学でないかぎり、むしろ志望業界と違う研究テーマを選ぶことは、その業界への志望の意欲が低いとみなされかねません。つまり、直接的に志望業種そのものの研究テーマ選びをした他の学生よりも不利になり、書類審査で落ちる可能性が高まります。
 
あなたの学歴が、一流ブランドの名門大学なら、あえて専門外の研究テーマを選んでも、企業側が「そういう発想もあるよね」とか合わせてくれるかもしれません。ですが、平均的なブランドの大学の場合、企業は、もっと単純に学生の研究室と志望業種を結び付けた発想をします。
 
化学業界に限らず、他の業界を志望する場合も同じです。
 
たとえば、半導体業界に行きたいなら、半導体そのものの研究実験をしている研究室を選ぶのが、とても就職的には安全です。
けっして「半導体製造装置を作るのにも、どこかの加工段階で機械加工が必要だから、機械工学を研究しよう。」とか、「半導体製造装置では、反応ガスの制御も重要だから、流体力学や流体機械を研究しよう。」とか、思わないほうが良いのです。
 
電機メーカーの多くは、そこまで就活学生に対応できません。たとえ電機メーカーの採用担当が、そういう機械加工やらガス制御の実務を知ってても、しかし、書類審査や面接などの段階では学生がそういう発想を自己アピールするのが困難です。
 
企業は近視眼的かもしれませんが、人材教育にも費やせる金銭や時間が限られてるし、あまり専門外の研究の応用まで想定している余裕は企業に無いのです。
 
=== 実験系のテーマの研究室が就職に有利 ===
基本的に、理論研究よりも、実験系の研究のほうが有利です。
 
はっきり言って、理論研究は、研究に負担が大きい割りには、あまり就職活動では成果が報われません。それでも、あなたの在学する大学が有名ブランド大学なら、企業の採用担当は「高学歴だから、きっと高度な研究をしてるだろう。」という発想で話を聞くかもしれません。ですが、いわゆる低学歴だと、そういうふうに見てもらえずに、書類審査など初期の審査で落ちる可能性が高まります。
 
 
==== 実験系の研究は、研究成果や教育効果が出やすい。実験系はアピールしやすい。 ====
実験系の研究なら、基本的には、まじめにコツコツ実験結果を確認して検証していけば、成果は出ます。たとえ満足な成果が出なくても、すくなくとも実験装置を扱う技能は上達します。
 
企業は近視眼的かもしれませんが、しかし企業にも教育費に限りがあり、企業で新入社員に実験装置の使用法を教育するための社内教育に費やせる金銭は、限られてるのです。
 
 
いっぽう、理論系の研究は、ありとあらゆるアイデアを、研究者が考えなければいけません。検証方法も、研究する学生が自ら考えなければいけません。検証したくても、学校の設備が不十分だと、検証実験が出来ない場合もあります。
 
このような理由のため、理論研究は就職活動でアピールしづらい場合もあります。
 
たとえ理論研究で研究成果が出ても、その成果を説明するには、相手に、それなりの量の予備知識と理解力が必要になります。しかし、そのような、特定の研究テーマの予備知識を多く持っている相手は、少ないです。なので、理論の研究成果のアピールは、とても難しいです。
 
就活では、研究テーマを分かり易く説明する能力も求められます。なぜなら、就職後に社外営業活動などで取引先に商品説明などをする場合だってありうるし、よって説明能力が求められるのです。
 
==== 実験系の研究は、就活でアピールしやすい。 ====
実験系の研究は、就職活動での企業へのアピールが楽です。
基本的に、実験結果は目に見えたり、物を動かしたりするわけですから、なので説明がラクです。
 
一方、理論系の研究をアピールする場合、その理論を知らない部外者に、理論を説明するわけですから、とても説明が大変です。学生時代の自分の数学の勉強を思い出しましょう。たとえば、あなたは日本の数学者の研究を、何人の数学者の研究を、知っていますか。アナタが数学科の学生でもない限り、おそらく日本の数学者の研究内容を知らないでしょう。
 
理論を説明する、という事は、このように手間の掛かる大変なことです。
 
 
テレビの科学番組などで説明する科学研究も、たいてい実験系の研究です。数式などを用いることの多い理論系の研究は、あまりテレビでは紹介されません。
 
企業の人間も、その企業の製品を買う消費者も、テレビの視聴者と同じく、一般大衆ですので、実験系の研究のほうが理解されやすいです。
 
==== 理論系の研究テーマの学生が、どうしても理論を評価してもらいたい場合 ====
いっぽう、理論系の研究テーマの学生が、どうしても理論を評価してもらいたい場合、大学院に進学するなどして'''肩書き'''を獲得するのが手っ取りばやいです。テレビでも、理論系の学者を紹介するときは、その学者の肩書きと、趣味とか、そういう話題ばかりを紹介します。
 
つまり、志望者の学生が、もし偏差値の低い大学にいる場合、そもそも企業側の採用担当の視点では、さいしょっから理論家志望としては見てもらえませんし、せっかく理論の話をしてもまったく聞くつもりはないのです。学生側の対策として、大学院に進学するか、ほかの偏差値の高い学部に編入学しないと、相手企業からは理論家として見てもらえません。
 
だいたい、もし志望者の研究の理論について、採用担当が本気で聞くつもりがあるなら、そもそも4年生の夏ごろまでに大手企業の採用を決めるような就活なんて、しないはずです。なぜなら4年生の夏ごろの段階では、まだ研究がほとんど進んでいないんですから。でも、現状は、ちがいます。つまり、はなっから理論を聞くつもりは無いのです。大企業の採用方法は、はなっから、学歴だけで、大半の採用を選ぶつもりです。
 
==== 実験系では、高価な装置を用いる研究のほうが就職に有利 ====
大学の実験装置の値段は、一個人の収入では買えないような高価な設備が多いのです。中小の企業でも、なかなか、実験設備は買えません。
 
高価な実験装置を使う研究の場合、その研究テーマを選ばないと、その学会・分野への参入そのものが難しいです。
 
安価な設備を用いて実験できる事を研究するのは、競争相手が多く、とても大変です。
 
 
つまり、最新の研究設備や高価な実験設備で、実験・研究するほうが、基本的に就職活動は有利です。
 
中古の古い設備でも上手に使いこなして実験する事は、学習が難しい割りに、就職活動では、やや学習成果が報われません。
 
なお、企業には、機械工場の古い工作機械のように、古い設備もあるので、それらを理解できるだけの能力は学生に要求されます。昭和の時代に設計された工作機械などもあります。他の業界でも、たとえば古いプログラム言語などで動いているソフトウェアも、あるかもしれません。しかし、古い設備だからといって、けっして安価では無いのです。たとえば工作機械なんて、学生個人の貯金では、まず買えませんし、たとえ買えても保管場所などに困ります。
 
結局、金を払って、学校の実習などで設備の使い方を勉強することになります。たとえば古い機械の使い方などは、学校の実習科目で既に習っています。企業で古い設備を使う場合もあるので、実習科目での設備は、古めの設備の使用法を教育している場合もあります。既に実習で古い設備の使い方を習ってるので、だったら卒業研究では新しい設備を習ったほうが、新たな経験を積めるので、就活自己アピールもしやすいでしょう。
 
このように企業は近視眼的かもしれませんが、しかし企業の設備費に費やせる金銭が限られてるのです。
 
 
==== 企業は体育会系が好き、なので実験系のほうがアピールしやすい。 ====
企業の多くの人材の好みは、知識のある人間よりも行動力のある人間を好みます。なので、実験系の研究のほうが、行動に移しやすいので、企業から好まれるのです。また、協調性のある人間が企業は好きです。やはり実験系の研究のほうが協調性をアピールしやすいのです。
 
仮に理論系の研究テーマを選んで、せっかく理論を研究しても、企業から「浮世離れした研究」とか見なされる可能性もあります。
 
体育会系の人間が「根性がある」とかの理由で企業に好まれやすいのと同様、実験系の研究のほうが、次のような理由で、好まれやすいのです。
 
 
研究成果のアピールで、自分の根性をアピールしようとして、「実験をしていて、なかなか成果が出なかったけど、あきらめずに頑張ろうと思って、いろいろな組み合わせでデータを取ったら、こんな意外な実験データが見つかりました!」とか言えば、企業に好まれそうでしょ?
 
「実験データを取るため、時には夜おそくまで実験する日もあったけど、あきらめずに実験しました! こんな実験データを発見しました!」とかアピールすれば、企業が好みそうでしょ?
 
この実験成果のアピールのエピソードなんて、就職活動でのバイト経験や部活アピールとかで、「苦しかったけど、あきらめずに頑張って、○○で、乗り切りました!」とかの良くあるパターンのアピールの類似に過ぎませんが、しかし企業の多くの人間は、このパターンの科学エピソードとかが大好きです。
 
 
いっぽう理論研究の場合、もし根本方針を間違えてしまうと、どう研究しても成果が出ないので、いったん方針を変更するために既存の方針を中止する必要もあります。
 
いっぽう理論研究の場合、あまり頭が鈍ると成果が出ないので、夜更かしとかは好まれません。
 
しかし、企業は、理論研究者の好みなんか、重視する気はありません。
企業が重視するのは、その企業自身の好みです。そもそも、就職する学生を雇ってあげて、新卒学生に給料を払ってあげるのは企業なのですから、どうして企業が金を払わない他人の好みなんかに合わせる必要があるのでしょうか?
 
== 参考書の範囲はテストに出ない場合が多い ==
=== 大学側は正しい ===
大学入学後の定期テストでは、大学指定の教科書を定期テストの試験範囲とする場合が多いので、せっかく独学の参考書用として指定外の学術書を買って読んでも、その参考書の内容が試験範囲外なので、参考書は定期テスト対策としては非効率である。
 
大学を擁護すると、小中高の文部省の教科書検定と違い、大学では教科書の基準が各社ごとにバラバラだし、高校の普通科などと違って大学は学科の種類も多いので、教科書・参考書用の本の種類も多く、いちいち自校で教科書指定してない参考書まで、内容を検証してるヒマは無い。
 
日本の大学での現代の教科書は、日本の現代の実情に適しており、合理的な教科書なのである。たとえば情報工学とかバイオテクノロジーとか、進歩の急激な学問の教科書を連想すれば、分かるだろうか。たとえばDNAが発見される前の時代の古典の生物学書を読んだとしても、大学生の生物学の勉強には合わないだろう。
 
また、教科書を書く学者や出版者たちが、世界経済の現状に対応し続けた本を出し続けるには、お金が掛かる。だから、学生も、お金を出して、教科書(大学指定の教科書)を買うしかない。
小中高の検定教科書だって、じつは税金が使われている。執筆者や出版社などが、お金を掛けて、最新の知見を取材・調査などして検定教科書に反映しているのである。
 
学校の図書館で教科書を「借りよう」という方法はマズイ。「借りよう」という方法だと、定期テスト前などは「貸出中」になっていたりして、テスト対策が勉強できなくなったりする。
 
いっぽう古典的名著などは、入手こそしやすいが、現代の社会には内容が合っていない。
 
文科系の学生への教養課程の教科書や参考書などとしては、古典の文化的影響などから古典的名著が授業中に紹介される場合もある。しかし、理系学科での場合、より現代に近い学力が要求されるので、古典的名著は知名度とは裏腹に、理系大学の教科書には、なりずらい。
 
日本国民の多くは、何だかんだで、学校でテスト範囲などとして指定されない学術書は、まず読まないのである。読んだとしても、精読しない、検証しない場合が多いだろう。たとえば近所の書店の参考書コーナーに行っても、大学入試までの本しか売ってない地域がほとんどだろうし、高校生用の教科ですら入試に出ない教科の学術書は少ない。
 
あなたは、書店で、高校生用の保健体育の本とか、高校生用の美術・音楽・家庭科の本とかを、書店で見た事がありますか?
 
中学生・高校生が受験参考書を読む理由だって、しょせんは「受験の出題範囲だから」という、出題範囲かどうかという理由である。
 
そして企業が、そのような大学の卒業生を大卒待遇として高卒よりも高収入で雇い入れるのだから、結局は日本国民の学問の関心に、大学側の対応も比例してるのである。
 
わが国は民主主義国であって、よって国民の大多数は長期的には合理的だろうという主義信条であるから、そのような国民の要望に対応している企業も正しいし、そのような企業の要望に対応している大学も正しい。
 
=== 現状の解説 ===
大学入学後の定期テストでは、大学指定の教科書を定期テストの試験範囲とする場合が多いので、せっかく独学の参考書用として指定外の学術書を買って読んでも、その参考書の内容が試験範囲外なので、参考書は定期テスト対策としては非効率である。
 
ただし、教員が、授業中に紹介するなどした場合は別である。また、教科書以外の本を教員がシラバスや授業や紹介し「参考文献」「推奨文献」などとしている場合は別である。
とはいえ、たとえ教員が「参考文献」「推奨文献」などとしてシラバスなどで紹介した文献の場合であっても、授業中にその推奨文献の内容を時間を掛けて講義してない場合とか、宿題として要求してない場合、単にシラバスなどで紹介しただけであったりして、テストに出ない場合もある。
 
教員が紹介した場合ではなく、自分で選んで参考書用に買った本の場合、たとえ有名な本であっても、もし参考書が学校指定で無ければ、その参考書の内容は定期テストには出なかったりする。
 
具体的に言うと、物理学の学術書として世界的に有名な『ファインマン物理学』を勉強しても、通う大学の教科書に指定されてないかぎり、たとえファインマン物理で熱心に説明されてる物理知識でも、あまり定期テストに出ないだろう。
 
世界的な名著であっても、ファインマンの前提としてアメリカのカリキュラムが、日本の教育には合っておらず、あまり日本の理系大学ではファインマン物理は教科書に指定されない。
 
同様に、日本で大学生用の数学書として有名な『解析概論』(著:高木貞治)などを勉強しても、通う大学の教科書に指定されてないかぎり、まず定期テストに出ないだろう。
 
解析概論は明治時代ごろの数学書であり、現代の科学に関する知見は少なく、「現代の多くの学生への入門教育には適していないだろう」というような判断から、大学では教科書になりづらいのだろう。
 
それどころか、たとえ学校指定の教科書ですら、授業で習ってない範囲はテスト範囲外なので、まず出ないし、教員からしても出したくても出せない。逆に、教科書に書いてなくても、授業で紹介した問題をテストに出す。
 
たとえば1年の物理学科や工学部とかでの微分積分の前期(春~夏)のテストなら、もし授業で講義した範囲が偏微分までであり重積分をまだ習ってなければ、前期の期末テストに偏微分は出るだろうが、同じ教科書の後半に書いてある重積分はテストに出ないだろう。
 
つまり参考書よりも教科書がテストに出て、教科書よりも授業がテストに出るのである。
 
大学教授が「授業に頻繁に出てる学生ほど成績が良い」などと主張するのは、単に、その教員が授業で紹介した内容が、重点的に定期テストに出題されるからであろう。
 
数学科では、出席を取らないのが伝統らしいが、そんな学科は少数派である。
 
また大学では学校指定の教科書も厚いので、教科書の復習にも多くの時間を取られ、よって参考書用の本まで読み込んでいるヒマが足りない。大学の教育も、参考書などの活用までは対応してない。このように大学の各科目は試験範囲が狭いぶん、そのぶん定期テスト問題の難度が高い場合が多いので、ますます定期テスト対策として学校指定の教科書のみを利用する傾向が高まる。
 
大学カリキュラム改革などの仕事は教授などの仕事であり、学生の仕事ではない。学生は、教科書と授業での勉強に専念すればよい。
 
そもそも若いうちは仕事よりも学業に専念するべきだろう・・・少なくとも保護者は、そう考えて、子供に学費を出しているのだろう。
福沢諭吉だって『学問のすゝめ』を書いている。学問しないと、知識が少ないから、騙されやすくて、大変なことになりますよ。
17,695

回編集