「高等学校世界史B/WW I 後のアジア情勢」の版間の差分

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レザー=ハーン
タキン党
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== 中東諸国の独立 ==
ヨーロッパ諸国は、中東では、パレスチナを除いて、ほとんどの国の独立を承認した。
 
=== サウジアラビア ===
アラビア半島では、イブン=サウードがイギリスの支援を受け、アラビア半島の大部分の領域を統一し、1932年に'''サウジアラビア王国'''を建国した。
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1935年には国号を「ペルシア」から「イラン」に改めた。
 
=== 形式的な独立 ===
第一次大戦後、英仏は大戦中の英仏の密約にしたがって、イラクとトランスヨルダンはイギリスの委任統治領になり、シリアはフランスの委任統治領になった。
 
その後、イギリスは、サウード家と対立していたハーシム家をイラクとトランスヨルダンの王位につけ、1920年代から1930年代のころに、それぞれ形式的な独立国としてイラク王国とトランスヨルダン王国となった。
 
イランやイギリスの石油利権は、イギリスが握りつづけた。
 
=== その他 ===
アフガニスタンは1919年、イギリスからの独立に成功した。
 
== インドの独立運動 ==
[[ファイル:Marche sel.jpg|thumb|250px|塩の行進(1930年)]]
イギリスによってインドで1919年に制定されたローラット法の内容は、令状なしでテロリスト容疑者を逮捕できるという内容であった。
 
これに対し、インドの民族運動の指導者'''ガンディー'''は、暴力をもちいないで独立運動すべしという主張を国民会議でして、不買運動などの形で意志を示す運動を主張し、'''非暴力・不服従'''というスローガンの運動になった。
 
しかし、実際の運動のなかで暴力事件が多発してしまい、ガンディーは運動の中止を主張した。
 
しかし、インド人の独立運動の意志はおさまらず、インド国民会議は指導者を急進派の'''ネルー'''に変えて、独立運動をつづけた。
 
そしてネルーひきいる国民会議は1929年、'''プールナ=スワラージ'''(完全な独立)を決議して、独立運動をつづけた。
 
いっぽう翌1930年、ダンディーは、塩の専売に反対する「'''塩の行進'''」を行った。
 
イギリスは妥協をさがすため、ロンドンで開催する円卓会議に独立指導者をまねき、結果的に1935年に自治を認める'''新インド統治法'''が制定された。
 
== 東南アジアの動向 ==
ヨーロッパ諸国は中東では多くの国に独立を認めたが、しかし東南アジアでは独立運動を弾圧した。
 
インドネシア(「オランダ領東インド」)では、コミンテルンの指導により結成されたインドネシア共産党が1926〜1927年に独立をもとめて蜂起したが、オランダ軍により弾圧されて失敗に終わった。
 
いっぽう、1927年に'''スカルノ'''によってインドネシア国民党が結成され、独立運動を主張したが、1930年代にオランダの弾圧が強まり、指導者の大部分が逮捕されてしまった。
 
(その後、1942年に第二次世界大戦により、日本軍がインドネシアを占領する。)
1933年にオランダの弾圧によりスカルノは流刑にあっていたが、のちの1942年の日本の軍政によりスカルノは運動に復帰し、スカルノは日本軍と協力して(オランダからの)独立運動をつづけた。
 
[[File:Nguyen Aïn Nuä'C (Ho-Chi-Minh), délégué indochinois, Congrès communiste de Marseille, 1921, Meurisse, BNF Gallica.jpg|thumb|フランスでのホー=チミン(1921年)]]
 
ベトナムでは(「フランス領インドシナ」)、'''ホー=チミン'''がインドシナ共産党を結成し、蜂起した。いっぽう、これとは別に国民党も蜂起をした。しかし、共産党、国民党とも、フランス軍によって弾圧された。
 
(その後、1940年に第二次世界大戦により、フランス本国がドイツ軍に占領されたことにともない、ドイツの同盟国の日本軍がベトナムを占領する。)
 
 
タイ(シャム)は、もともと独立国であり、1932年にはクーデタにより立憲君主化され、憲法が制定され、議会が開設された。
 
 
ビルマ(現: ミャンマー)では1930年、サヤ=サンの指導による蜂起が起きたが、イギリス軍に弾圧された。同年、ラングーン大学の学生を中心に'''タキン党'''が結成された。1935年、ビルマはインドから分離した。その後、アウンサンの指導により独立運動はつづいた。
 
 
フィリピンについては、宗主国のアメリカ本国で植民地放棄論が高まり、1934年にアメリカ合衆国が10年後のフィリピンの独立を約束した。これにともない、独立準備政府が発足した。
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こうした情勢のもと、1941年に東南アジアは太平洋戦争に突入し、日本軍がイギリス軍やオランダ軍と争って各地を侵攻していき、各地を占領していく。