「高等学校日本史A/第一章 明治維新」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
10 行
これについで英仏露とも同様の条約を結んだ。このうち、ロシアとの条約を'''日露和親条約'''といい、日露の国境は択捉島と得撫島の間とし、樺太(サハリン)は両国民の雑居地とすることを決めた。また、下田と箱館に加えて'''長崎'''も開港することを決め、最恵国待遇により、他国にも長崎を開港することになった。
 
==2 安政の改革==
従来、幕府の政治は将軍と譜代大名で主に行っていた。しかし、ペリーの来航によって日本全体が外国の脅威に晒されることになり、老中'''阿部正弘'''は方針を変えて朝廷や外様・親藩大名を含む幅広い人から意見を聞くことにした。そして、前水戸藩主'''徳川斉昭'''(親藩)を'''海軍参与'''として幕政に参画させた。また、江戸湾に海上砲台('''台場''')を築き、長崎に'''海軍伝習所'''を設置した。さらに、江戸に'''蕃書調所'''(前'''洋学書''')や'''講武所'''をもうけ、大艦建造の解禁、製鉄所の建設(横須賀、長崎)、造船所の建設(江戸石川島)を行った。この頃、'''勝海舟'''(幕府海軍創設)、'''江川英龍'''(伊豆韮山に反射炉建設)、'''高島秋帆'''(砲術の指南)らが登用された。この一連の改革を'''安政の改革'''という。