「高等学校日本史B/律令国家への道」の版間の差分

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== 天智天皇の即位 ==
孝徳天皇が死去すると大王を退位していた宝皇女(からのひめみこ、皇極天皇)が重祚(ちょうそ、天皇が再び即位すること)し、'''斉明天皇'''となった。引き続き中大兄が政権を率いたが、白村江の戦いのさなかに斉明天皇が死去した。中大兄は大王に即位せずにそのまま政務をみた('''称制''')。667年に、中大兄は都を今の滋賀県近江付近の'''大津宮'''(おおつのみや)に移した。この遷都は唐と新羅の連合軍の攻撃に備えてのことだと考えられる。
 
668年に中大兄皇子は大津宮で大王に即位し、のちの'''天智天皇'''(てんじてんのう)となる。同年、法典である'''近江令'''(おうみりょう)が成立したとされる。近江令は天智天皇が中臣鎌足に命じて編纂(へんさん)させたものであった。また天智天皇は、670年に日本最初の全国的な戸籍である'''庚午年籍'''(こうごねんじゃく) を作成する。
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