「高等学校日本史B/律令国家への道」の版間の差分

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[[ファイル:Yakushiji Nara11s5bs4200.jpg|thumb|left|薬師寺 東塔<br>三重(さんじゅう)の塔である。]]
 
天武・持統のころの文化は、宮廷を中心とした仏教調の文化であった。この時代の文化'''白鳳文化'''(はくほう ぶんか)という。
天武天皇の時代に大官大寺(だいかん だいじ)、薬師寺(やくしじ)が建設された。
絵画では、法隆寺金堂 壁画や、高松塚古墳(たかまつづか こふん) 壁画がある。
 
天武の時代に、大官大寺(だいかん だいじ)、薬師寺(やくしじ)が建設された。
 
絵画では、法隆寺金堂 壁画や、高松塚古墳(たかまつづか こふん) 壁画がある。
[[Image:Triad of Yakushi Nyorai.JPG|thumb|薬師三尊像]]
 
彫刻では、薬師寺の三尊像(さんぞんぞう)や、興福寺(こうふくじ)の仏頭(ぶっとう)がある。
 
[[File:Buddha Head Yamadadera.JPG|thumb|center|興福寺<br>火災で胴体を消失し、頭だけになった。]]
彫刻では、薬師寺の三尊像(さんぞんぞう)や、興福寺(こうふくじ)の仏頭(ぶっとう)がある。
[[File:Buddha Head Yamadadera.JPG|thumb|center|興福寺の仏塔<br>火災で胴体を消失し、頭だけになった。]]
文学では、漢詩文をつくるのが流行し、大津皇子(おおつみこ)がすぐれた作品を残した。
 
文学では、漢詩文をつくるのが流行し、大津皇子(おおつみこ)がすぐれた作品を残した。
また、和歌もこの時代に五七調(ごしちちょう)の型式を整えた。歌人でもある額田王(ぬかたの おおきみ)や柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)は、この時代の人物である。
 
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