「日本史/近代/戦前」の版間の差分

日本史Bの一部をこつらへ。高校生よりも一般向けだろう。
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(日本史Bの一部をこつらへ。高校生よりも一般向けだろう。)
* 天皇は「大元帥」として軍の総司令官であり、戦争の開始と終了は天皇が宣言した。開戦と終戦に際しては、天皇・総理大臣・陸軍大臣・海軍大臣などが集まる御前会議を開いて、最終的に天皇が決定した。
* 現役武官が陸軍大臣や海軍大臣に就く「軍部大臣現役武官制」が布かれており、陸軍首脳や海軍首脳は「天皇は陸海軍を統帥す(第11条)」「天皇は陸海軍の常備兵額を定む(第12条)」と明記した大日本帝国憲法を盾に政治力を行使した。
 
=== 対外戦争 ===
日清戦争は日本vs清国の戦争だが、代理戦争としてみると、イギリスvsドイツとの代理戦争のような様相もある。清国の軍制改革をしたお雇い外国人のドイツ出身軍人コンスタンチン・フォン・ハンネケン (Constantin von Hannecken)は、日清戦争中でも李鴻章の側近である<ref>[http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/66505.pdf 『日清戦争と中国近代海軍』、立命館経済学、546 ]</ref>。当時の清国の保有する最新式の大型軍艦である定遠(ていえん)と鎮遠(ちんえん)も、ドイツ製である。さらに、この軍艦・定遠(ていえん)にすら、日清戦争における黄海回線中、ハンネケンは定遠(ていえん)に乗り込んでいる[http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/66505.pdf 『日清戦争と中国近代海軍』、立命館経済学 ]。
 
== 帝国主義 ==
== 第二次世界大戦 ==
1937年、北京郊外の[[w:盧溝橋|盧溝橋]]において日中の軍事衝突である[[w:盧溝橋事件|盧溝橋事件]]が発生する。日本の[[w:近衛文麿|近衛文麿]][[w:近衛内閣|内閣]]は派兵を決定。[[w:日中戦争|日中戦争]]へと発展する。約2カ月後、国民党と共産党は[[w:抗日民族統一戦線|抗日民族統一戦線]]を形成し、日中戦争は泥沼化を始める。日本の軍部では、拡大派が不拡大派を抑えて戦線は拡大の一途をたどることとなる。そして、この頃から、当時首都であった南京への爆撃が本格化し、のちの南京事件への一歩を踏み出す。
== 註 ==
 
<references/>
[[category:日本の歴史|せんせん]]
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