「高等学校美術I」の版間の差分

→‎日本の小学校、中学校、高等学校における一般的な美術教育の傾向について。: いやー結局あまりうまく書けなかった…兎に角すじ肉が提出するリファレンスは、糞みたいなコンテンツばっか。
(→‎日本の小学校、中学校、高等学校における一般的な美術教育の傾向について。: いやー結局あまりうまく書けなかった…兎に角すじ肉が提出するリファレンスは、糞みたいなコンテンツばっか。)
表現の自由の議論などとも関わりのある表現規制の話をするなら、たとえば、90年代前半に「暴力シーンが教育に悪い。犯罪を増やしてる!」などと評論などで批判され始めた映像ジャンルは、漫画やアニメなども含まれますが、しかし主にはホラー映画などの、ホラー作品でした(洋画『13日の金曜日』(いわゆるジェイソン)とか『エルム街の悪夢』(いわゆるフレディ)とかです)。当時の時事評論マンガ『ゴーマニズム宣言』(小林よしのり 作)で、90年代前半の当時ホラー映画などに規制の動きがあったことが、作者小林によって批判されています。
 
== 日本の小学校、中学校、等学までる一般的な美術教育の傾向について ==
日本の普通の学校における美術教育は、世界的にみるとかなり特殊らしい。前編集者がまず示した出典、2010年におけるニコニコ動画の投稿<ref>[https://www.nicovideo.jp/watch/sm12926060 村上隆の芸術闘争論#2 日本の美術教育はどう特殊なのか(vs森川嘉一郎)] 投稿日時 2010/12/03 17:11、2021年9月8日に確認</ref>によると、二人の美術関係者がかなりクドクドと現状の学校美術教育を批判している。
情報科教科の教員用研修資料「情報2」に、アーツ・アンド・クラフツ運動 および 独国バウハウス について言及あり。<ref>[https://www.mext.go.jp/content/20200609-mxt_jogai01-000007843_002.pdf 高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材 第1章 - 20200609-mxt_jogai01-000007843_002.pdf] 『情報社会の進展と情報技術』 P40、2021年9月8日に確認</ref>
 
はっきり言って現編集者にとっては、吐気がするほど気色悪い動画だったので、全52分を見通すのは不可能、具合悪くなりながらかろうじて切れ切れに見たが、要するに現状の日本のごく普通の専門的ではない美術教育は、感性重視、印象重視で、美術の技術についてはあまり語らない傾向がある、という事だろう。
西洋では、印象派のブームの時代がくる前に、実は アーツ・アンド・クラフツ運動という芸術思潮によって、産業技術と芸術を統合しようという運動があったわけです。西洋美術の「印象派」とは、その上での印象派です。
 
情報科教科の教員用研修資料「情報2」前編集者はさらに、アーツ・アンド・クラフツ運動 および 独国バウハウス について言及あり。しているが<ref>[https://www.mext.go.jp/content/20200609-mxt_jogai01-000007843_002.pdf 高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材 第1章 - 20200609-mxt_jogai01-000007843_002.pdf] 『情報社会の進展と情報技術』 P40、2021年9月8日に確認</ref>、前者は工業製品、大量生産品のオブジェクトとしての安易さ、粗悪さを批判しそれを改善することを目的としていただろうし、後者はデザインに合理性、機能性を求めた美術教育の話だが、どちらにせよ、日本の美術教育の傾向に絡める必要もない話だろう。
近代西洋では産業革命が起こり、それによって、機械によって作られた工芸品が急速に増えたので、美術の意義が問い直されたのです。(なぜこれを美術教科書で教えないんだか。あるいは、美術2や美術3あたりの検定教科書に書いてあるのかもしれんが・・・。)
 
最初の動画では、学校の美術のペラペラの教科書が批判され、然しこの人物のくどい説明に眩暈がしてきたので、結局どういう美術教育が良いと考えているのかわからなかったので、興味のある方々はリンク先のこの動画の方を観ていただきたい。
さて、日本の小中高の美術教育は、(「アーツ・アンド・クラフツ運動」ではなく)「印象派」という立場の芸術思潮です。「印象派」というのは、単純に言えば要するにゴッホやピカソ的な抽象画です。
 
明治時代の日本における小中高の美術教育の方針は、工場労働者などの職人を育てるため、手先の器用さを育成したい、という意図があったようだ。特に当時の軍部が、美術教育によって、手工業職人的な手先の器用さ、物づくりの技術育成の教育が必要、重要だと考えていたようですね。
なので芸術家の中には、アーツ・アンド・クラフツ運動などを教えずに印象派を教えるのは偏ってるのではないかと批判する人もいます(たとえば村上隆など<ref>[https://www.nicovideo.jp/watch/sm12926060 村上隆の芸術闘争論#2 日本の美術教育はどう特殊なのか(vs森川嘉一郎)] 投稿日時 2010/12/03 17:11、2021年9月8日に確認</ref>)。
 
おそらく前編集者やこの動画の登場人物たちは、感性や印象についてクドクド文学的なあいまいなことを言うより、具体的な技術論や、方法論をちゃんと教えろよと言いたいんだろうが、まあ現編集者も、それほどその主張に反対であるわけではない。
まあ、アーツ・アンド・クラフツ運動を知らなくても、ダヴィンチの解剖図あたりからでも想像できるのかもしれないが。
 
1990年代までの普通の学校での美術教育は、写実画を重視していたようですが、2000年以降は、あまり写実にこだわらず、奔放に絵を描くように指導しているようです。
別に日本流の印象派中心の教育を否定する必要はありませんが、自分たちが受けた教育がどういうものであるのかを知るのは、美術の学習において必要なことです。
 
これをもって前編集者は印象派と呼んでいるのかもしれないけど、印象派の画家たちだって、写実の練習は常にしていただろうし、結局前編集者の文章は手前味噌を誉めたいだけにしか見えない。
 
なお、明治時代の日本における小中高あたりの美術教育の方針は、実は、工場労働者などの職人を育てるための目的であり、手先の器用さを育成するための目的です。出典は忘れましたが、たしか、科学史家の村上陽一郎(むらかみ よういちろう)だったか、あるいは教育学者の天野郁夫(あまの いくお)の著作で、そういう事が書いてあります。
 
明治初期、国家の中央政府での教育内容を考える会議の際、いろんな省庁の幹部に聞いたところ、当時の軍部がそういう美術をもちいた器用さ育成の教育方針に賛成だったとの事です。
 
 
明治から昭和の第二次世界大戦までの間、美術教育は色々と変わりましたが、話が長くなるので説明を省略します。
 
さて、1990年の前と後で、美術教育のブームが変わりました。1990年以前では、写実模写が、実は2000〜2010年代よりも多かったのです。
 
1990年代までの美術教育は、小学校の高学年の図画工作あたりで、写実画の練習をする事が過去の時代はありました。しかし2000年以降の現在、写実画よりも、印象を強調するような絵柄が小中の教育界では好まれますし、小中の美術教育でも、そういう指導法が中心的です。このように、現代の日本の美術教育はより、「印象派」を重視しています。
 
== 出典など ==
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