「小学校社会/6学年/歴史編/江戸幕府の成立と安定した社会-江戸時代Ⅰ」の版間の差分

:#生糸・絹織物については、江戸幕府や各藩が、改良に努め、江戸時代の中期には輸入を制限できるほど品質が上がりました。明治になると日本の代表的な輸出品になります。
:#陶磁器については、朝鮮出兵で多くの朝鮮人陶工を日本に連行し、{{ruby|有田焼|ありたやき}}・{{ruby|薩摩焼|さつまやき}}など、薄く固い陶磁器の技術を確立しました。
:#永楽通宝など貨幣については、1636年幕府は{{ruby|銭座|ぜにざ}}を開いて、'''[[小学校社会/6学年/歴史編/江戸時代の文化-江戸時代Ⅱ#寛永通宝|{{ruby|寛永通宝|かんえいつうほう}}]]'''を発行し国内の通貨だけで取引ができるようになりました。
:一方で、日本からの輸出品は、金や銀、人(奴隷、戦国時代敵国の領民をさらって売った)、海産物加工品({{ruby|干|ほ}}し{{ruby|鮑|あわび}}、干しナマコなど)でした。秀吉の天下統一以降は、奴隷の輸出はほとんどなくなり、金や銀ばかりになったのですが、日本国内でも商業が盛んになるなどして、金や銀を国外に持ち出すと貨幣が足りなくなり困るようになりました。
:こうして、江戸時代になると、中国との貿易の必要がなくなって、江戸幕府は明が清になったのちも、朝貢貿易はやりませんでした。中国との取引は、金銀銅と言った貴金属を支払いなどに使わないようになり、長崎における、その他の取引も次第に規模が小さ重要なものではなくなっていきました。
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