「小学校社会/6学年/歴史編/歴史の始まり」の版間の差分

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:「くに」は、「むら」と同様に、となりの「くに」とあらそうなどして、大きくなっていきます<ref name="人口">弥生時代の日本の全人口は60万人くらいだったのではないかといわれています。次の古墳時代の終わりころになって、ようやくその10倍くらいになります。紀元前1世紀頃は100数カ国あったとされる(これは、九州北部から近畿地方までと考えられていますから、おそらく200以上はあったでしょう)ので、「くに」といっても、人口数千人から数万人の規模であったと考えられます。</ref>。このころになると、朝鮮半島をはじめとする大陸としばしば行き来するようになります<ref>稲作や金属器製法の伝来は大陸からなので、それ以前も行き来はあったでしょうが紀元前1世紀くらいから特にふえます。</ref>。「王」の中には大陸から渡ってきたものもいるかもしれませんし、大陸にわたって王になったものもいるかもしれません。
;中国との交流
:中国には、約5000年前から青銅器を作り、約3500年には文字(漢字)を使っていた古い文明をもった人々が住んでいました。紀元前3世紀には、大きな国となって、それを{{ruby|皇帝|こうてい}}が治めていました。
:日本の「くに」の王は、皇帝に{{ruby|貢|みつ}}ぎ物をおくり、関係をもちました。これは、皇帝に貢ぎ物をおくると、そのお返しに数倍の価値の品物を与えられ<span id="朝貢"/>、また、皇帝によって「くに」の王としての地位が認められたからです。
:中国の歴史書には、日本の「くに」が貢ぎ物をおくったことが記録されています。