「小学校社会/6学年/歴史編/国際社会に進み出す日本-明治末期から大正時代」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
131 行
</small>
|}</div>
;<refspan nameid="国際社会"/>国際社会での地位の向上
: 1912年(明治45年・大正元年)大正天皇が即位し、元号が「'''大正'''」となりました。
: 1914年(大正3年)にヨーロッパの国々を二分した'''[[小学校社会/6学年/歴史編/戦争への道と現代の民主国家日本の誕生-昭和から現在まで#|全世界を巻き込む戦争 - 第一次世界大戦|第一次世界大戦]]'''が始まりました<ref>第一次世界大戦については[[小学校社会/6学年/歴史編/戦争への道と現代の民主国家日本の誕生-昭和から現在まで|次の章]]で詳しく説明します。</ref>。日本は、イギリスやフランスの属する協商国に参加し、敵対する同盟国の一つであるドイツが租借する中国の{{ruby|青島|チンタオ}}<ref name="中国地名"/>や南太平洋の島々を占領しました。1919年戦争は協商国の勝利に終わり、翌年、平和を維持するための'''国際連盟'''が設立、日本は英仏などとともに常任理事国の一つとなりました。
: 第一次世界大戦は、今までに見られなかったほどの大規模な戦争で、戦場が全国土に広がり多くの工場設備なども失われ、工業生産が止まってしまったりしました。しかし、主な戦場はヨーロッパで、日本への被害はほとんどなかったため、日本は、ヨーロッパの工業生産に代わって、綿糸や綿布といった繊維製品や化学肥料など、さまざまな工業製品を輸出しました。また、日本へのヨーロッパからの輸入が止まったため、それにかわる重工業などが起こるきっかけにもなり、国際取引においても機械など高度な工業製品を輸出できる国となりました。第一次世界大戦の影響で日本の経済は急速に成長しました。
;明治後期から大正にかけての人々の生活や文化と学問
160 行
</small>
|}</div>
:日本の経済力が大きくなることにともなって、人々の暮らしもだんだん豊かなものになっていきましたが、この時期に、大きな災害に見舞われてもいます。
:まず、<span id="スペインかぜ"/>1918年(大正7年)から1920年(大正9年)にかけて世界中で流行した'''スペインかぜ'''といわれるインフルエンザの大流行です。当時は第一次世界大戦の交戦中であったため、軍人を中心に広く行き来し世界中で流行しました。全世界で30%にあたる5億人が感染し、少なくとも1700万人の死者がでたものと推定されています。日本においてもこの3年間で約40万人程度の死者が出ました<ref>最近のコロナ禍で、2020年から2022年7月現在の死者の累計数が約3万人であることと比較してみてください。</ref>。
:もう一つは、1923年(大正12年)9月1日、南関東一円を襲った'''関東大震災'''です。マグニチュード7.9〜8.3と推定される大地震<ref>1000年に1度と言われる2011年東日本大震災のマグニチュードは9.0で特別ですが、1995年阪神淡路大地震のマグニチュードは7.3くらいです。</ref>で、約1万人が建物の下敷きになって亡くなり、約9万人が、地震ののちに発生した火災で亡くなりました。
 
== 脚注 ==