「ゲームプログラミング」の版間の差分
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池田信夫の出典を明記 |
→ゲーム業界は産業のエンジン役?: 我々は品質管理人ではない。たがあんた(すじ肉しちゅ~)がこのサイトに居座って、自己満足のオナニー駄文を書き続ける限り、 Wikibooks参加者として、地獄のように不愉快だし、気持ちよく活動できないので、多少、馬鹿馬鹿しいあんたに関わらざるを得ないだけだ。はっきり言ってあんた(すじ肉しちゅ~)がここで今まで書いた全文章、このWikibooksから全て消え去ったほうがよっぽど世のため人のためだね。あんたの文章読まなくても、はるかに有用な、学問・科学・知識・知恵・教育・文化・技術に関するコンテンツ、書籍、文章はこの世界に溢れているよ。 |
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書籍『メイド・イン・ジャパンは終わるのか』にも、引用文「家庭用ゲームは日本がその本格的立ち上げを主導し」<ref name="m91">青島矢一ほか『メイド・イン・ジャパンは終わるのか』、東洋経済、2010年8月12日発行、P.91 </ref>と書かれているぐらいで、1990年代は日本のインパクトが強かったようです。
なお、携帯電話の分野で、日本は国際的な地位を喪失したのに対し、デジタルカメラとゲームは「現代」(参考文献の著作時2010年ごろ)でも日本が主要な地位にある<ref name="m91" />。
{{コラム|読書について| ゲーム業界と関連のない文献も、この教科書では出典として書かれていますが、これはこの頁の主要執筆者Sが、多量の市販本を読む以外に知的活動の方法を知らないことと、自分自身の文章の権威と信頼性を、著名人の威を借りて確立したいからでしょう。
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{{コラム|ゲーム
ゲーム機が産業のけん引役かと語られた時期は、おおむね2000年以降~2010年あたりまで、です。
現・経済評論家の池田信夫(いけだ のぶお)は、1980年代の当時NHK記者だったのですが、彼は当時のIT業界やゲーム産業も取材しており、80年代当時は経済界などから未来技術として本命視されていたのは人工知能だったが、実際に流行した技術はゲーム産業だった、というような内容のことをブログで発信したことがあります<ref>
1998年頃、
岡田の東大での講義は東大生のその後の進路、官僚や大企業のビジネスマン達に大きな影響を与えただろうし、
▲実際、2008年(リーマンショックあたり)くらいまでの日本の家電業界の投資は、ソニーがゲーム機のCPUを作ったりと、岡田の予想を参考にしているような面もありました。
ですが実際の2001年以降の家電業界の結果は予想とは少し外れました。まず
▲:* そもそも、冷蔵庫もエアコンも全然デジタル化(IoT化)されず、家電のほとんどが外部からのコンピュータ制御を必要としない状況。
▲:* 個々人が持ち歩いているデジタル家電は、携帯ゲーム機ではなくスマホになった。
:* パソコンは多くの家庭にいまだにインターネット用端末などとして残り続けている。▼
一方岡田は東大オタキングゼミで、98年当時の時点で任天堂が莫大な現金資産(たしか数千億円ほど)を持っていることに注目しています。
一般の大企業は、現金ではなく株券や不動産などの形で資産を蓄えています。しかし任天堂は、銀行口座の現金だけで数千億円という、非常に資金力の高い企業でした。今や日本を代表する世界的なゲーム大企業になっています。▼
また、日本だけでなくマイクロソフトのXBOXなど、実際に欧米の企業も昔はコンピュータゲームが産業の牽引役だと思って、先をこぞってゲーム機に参入していたわけでもある。ここらへんの雰囲気は、動画サイトなどでXBOXの開発談などのマイクロソフト開発動画を見れば(見る必要はないですが)、マイクロソフト内でもなんとなくゲーム技術が単に市場だけでなく技術としてもし凄そう、と感じられている雰囲気がつかめると思います。▼
▲一般の大企業は、現金ではなく株券や不動産などの形で資産を蓄えています。しかし任天堂は、銀行口座の現金だけで数千億円という、非常に資金力の高い企業でした。今や
▲また、日本だけでなくマイクロソフトのXBOXなど、実際に欧米の企業も
そして90年代の岡田が先ほどの著書で言うには、おおむね「よく
しかしすじ肉しちゅ~はなぜこんなに岡田を誉めそやしたいのかね? 岡田のパシリ? 腰ぎんちゃく?
また
▲そして90年代の岡田が先ほどの著書で言うには、おおむね「よくオジサンたちはスーパーコンピュータみたいな大型コンピュータに未来を夢見るけど、これからの技術はむしろ小型、軽薄短小な端末の開発こそが未来技術だ」といった感じの内容です(手元に書籍がないので言い回しは多少は違いますが内容はこうでした)。
とは言え実際、パソコンゲーム出身のゲームでも、「信長の野望」など人気作は、スーパーファミコンやプレステに移植されています。
▲また、ゲーム業界出身の評論家の阿部弘樹(あべ ひろき)が指摘しているのですが、90年代の当時の少なくないゲーム消費者は汎用機(パソコン)を不信していました。つまり、おおむね「汎用機から出るゲーム機はクソゲーが多い」という消費者に認識されている、という論です。岡田も同様の認識であり、「ゲームに限らず汎用機で例外的に優れたソフトがあっても、需要があるなら専用機が開発されているはずだし、その専用機に移植されるのが傾向」というような感じの認識であり「だからパソコンではなくゲーム機こそが未来技術だ」という感じの認識です。実際、パソコンゲーム出身のゲームでも、「信長の野望」など人気作はスーパーファミコンやプレステなどに移植された過去があります。
だからゲーム機というのは、本来はデジタル家電の中枢端末を目指しているのだが、表向きはゲーム専用機だと言い張る、相変わらず金にしか興味のないインチキ大人の口先だけの茶番が続けられているわけです。
▲だからソニーからプレステ2が出たときも、当時のソニー経営者はDVDも見れる汎用機としてインタビューなどで宣伝しましたが、しかし数日後にすぐ広報・宣伝などがプレステ2をゲーム専用機として宣伝しなおしたのだと、阿部弘樹によって論じられていました。このように、ゲームハード会社の内部ではゲーム機をデジタル家電の中枢端末を目指していながらも、外部に対してはゲーム専用機として宣伝する、という本音と建前の違いがありました。
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