「高等学校国語総合/漢文/鶏口牛後」の版間の差分

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蘇秦は、鬼谷先生<sup>[[#4_3|3]]</sup>を師とす。初め出遊し、困しみて帰る。妻は{{ruby|機|はた}}を下らず、{{ruby|嫂|あによめ}}は為に{{ruby|炊|かし}}がず。是に至り、従約の長となり、六国に并せ相<sup>[[#4_4|4]]</sup>たり。行きて洛陽を過ぐ。{{ruby|車騎輜重|しやきしちやう}}、王者に擬す。昆弟妻嫂、目を{{ruby|側|そば}}めて敢て視ず、{{ruby|俯伏|ふふく}}して侍して食を取る。蘇秦笑ひて曰はく、「何ぞ前には{{ruby|倨|おご}}りて後には恭しきや」と。嫂曰はく、「季子の位高く金多きを見ればなり」と。秦{{ruby|喟然|きぜん}}<sup>[[#4_5|5]]</sup>として歎じて曰はく、「此れ一人之身なり。富貴なれば則ち親戚も之を畏懼し、貧賎なれば則り之を軽易す。{{ruby|況|いは}}んや衆人をや。我をして洛陽負郭の田二頃<sup>[[#4_6|6]]</sup>有らしめば、豈に能く六国の相印を{{ruby|佩|お}}びんや」と。是に於いて、千金を散じ、以て宗族朋友に賜ふ。既に従約を定めて趙に帰る。粛侯封じて武安君と為す。其の後、秦犀首<sup>[[#4_7|7]]</sup>をして趙を欺かしめ、従約を破らんと欲す。斉魏、趙を伐つ。蘇秦恐れて趙を去り、{{ruby|而|しかう}}して従約解けぬ。
 
魏人に張儀といふ者有り。蘇秦と師を同じくす。嘗て楚に遊び、楚相の辱しむる所と為る。妻{{ruby|慍|いか}}りて語有り。儀曰はく、「吾が舌を視よ、尚ほ在りや否や」と。蘇秦従を約せし時、儀を激して<sup>[[#4_8|8]]</sup>秦に入らしむ。儀曰はく、「蘇君の時、儀何ぞ敢へて言はん」と。蘇秦趙を去りて従解けぬ。儀専ら横<sup>[[#4_9|9]]</sup>を為し、六国を連ねて以て秦に事へしむ。