「民法第709条」の版間の差分

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[[法学]]>[[民事法]]>[[民法]]>[[コンメンタール民法]]>[[第3編 債権 (コンメンタール民法)]]
 
== 条文 ==
([[w:不法行為|不法行為]]による[[w:損害賠償|損害賠償]])
;第709条
: [[w:故意|故意]]又は[[w:過失|過失]]によって他人の権利又は'''法律上保護される利益'''を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する[[w:責任|責任]]を負う。
 
== 解説 ==
債権の発生原因の一つである、不法行為の成立要件を規定している。
 
=== 要件 ===
==== 故意または過失 ====
不法行為においては加害者に「故意または過失」があることが要件とされている。この点で[[w:債務不履行|債務不履行]]([[民法第415条|415条]])や[[w:物権的請求権|物権的請求権]]とは異なる。故意・過失の立証責任は原告側にあるので、請求権が競合する場合には、債務不履行責任の追及や物権的請求権の行使のほうが認められやすいといえる。
===== 過失 =====
'''過失'''とは、予見可能な結果について、結果回避義務の違反があったことをいうと解されている。いいかえれば、予見が不可能な場合や、予見が可能であっても結果の回避が不可能な場合には過失を認めることができない。
 
結果回避義務については、専門的な職業に従事する者は一般人よりも高度の結果回避義務が要求されると考えられている。医療事故における医師の場合などがこれにあたる。
 
===== 特別法による修正 =====
;責任の軽減:[[w:失火ノ責任ニ関スル法律|失火ノ責任ニ関スル法律]](失火責任法)は「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定する。
:この規定により、失火の場合は故意または重過失がない限り不法行為責任は負わない。木造家屋の多い日本では、失火による不法行為責任が過大になりやすいことにかんがみた立法である。
;無過失責任:「故意または過失」を要件から省く立法的解決もあり、無過失責任と呼ばれる。無過失責任の代表例として、[[w:製造物責任法|製造物責任法]]がある。製造物責任法3条は「製造業者等は(…)その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体または財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる」と定めている。これにより製造業者は、製造物から生じた拡大損害については無条件で責任を負うことになる。
 
==== 権利侵害(侵害の違法性) ====
侵害の対象となる権利は、明治以来判例によって拡大されてきた。生命、身体、有形の財産が侵害の対象となることは当初より争いはなかったが、著作権や人格権などの無体財産権の扱いは判例上変遷している。'''桃中軒雲右衛門事件'''においては、法律上規定のない権利は侵害対象にならないとされたが、'''大学湯事件'''においては「法律上保護される利益」が侵害対象であるとされ、老舗銭湯ののれんは法律上保護される利益に当たるとされた。
 
その後、学説からは「権利侵害」とは侵害行為の違法性をいうのであり、「違法な侵害」であるかどうかに関して、「被侵害利益の重大性」と「侵害の態様」との相関関係によって判断すべきであるとする相関関係説が唱えられた。この理論に従えば、侵害が軽度のものであっても、被侵害利益が(生命など)重大であれば違法性が肯定されることになる。
 
また、適法な権利行使(例えば工場の操業)であっても、周囲に与える影響が被害者にとって社会観念上の受忍限度を超える場合には不法行為になるという'''受忍限度論'''も提唱され、公害事件を通じて判例法理として定着している。
 
現在では、所有権、担保物権、債権、知的所有権、人格権など幅広い権利が被侵害利益となっているが、パブリシティー権や環境権など、未だその権利性が争いの余地がある「権利」もある。
 
==== 損害の発生 ====
財産的損害と精神的損害がある。
 
財産的損害は、積極的損害(直接の被害額)と消極的損害(不法行為がなければ得られたはずの利益=逸失利益)がある。
損害の内容については学説上対立がある。差額説は、不法行為によって減少した価値を金銭評価したものが損害の実質であるとする。損害事実説は、ある損害それ自体の内容を金銭評価したものが損害の実質であるとする。
 
精神的損害は、被害者の精神的苦痛である。
==== 因果関係 ====
侵害行為と損害との間に因果関係があるか、という要件である。
===== 相当因果関係 =====
不法行為において因果関係が持つ意味は、因果関係を認めうる範囲で加害者に賠償責任を負わせる点にある。ここで、いわゆる事実的因果関係(「あれなくばこれなし」の関係)を前提にすると、因果関係の範囲が広くなりすぎ、損害賠償の範囲が過大になりすぎることになる。
 
したがって、不法行為法では、事実的因果関係が成立していることを前提にしつつ、損害賠償させるべき範囲をより狭く限定している。これを相当因果関係という。
 
===== 因果関係の立証責任 =====
不法行為に基づく損害賠償請求を行うためには、原告側が侵害行為と損害の間の因果関係を立証しなければならない。しかし、公害事件や医療過誤事件など、一般市民である被害者には挙証が難しいケースも多い。このため、判例法理や立法的解決によって立証責任の軽減が図られてきた。
 
;蓋然性説:因果関係の100%までを原告側で立証する必要はなく、蓋然性が認められる範囲まで立証すれば、その時点で因果関係が推定され、その後は被告側が反証に成功しない限り因果関係は肯定されるとする理論。
 
;疫学的因果関係:公害など、多くの因子が被害に絡む場合に、侵害行為と被害発生との間に統計的な有意性が認められれば因果関係を肯定しようという理論。[[w:四日市ぜんそく|四日市ぜんそく]]訴訟で用いられた。
 
=== 効果 ===
==== 損害賠償の内容 ====
損害賠償は金銭でなされるのが原則である([[民法第722条|722条1項]]で[[民法第417条|417条]]を準用)。ただし、名誉毀損の場合は例外的に謝罪広告等の原状回復措置も請求できる([[民法第723条|723条]])。
 
賠償されるべき損害には財産的損害と精神的損害がある。
 
財産的損害には物理的な損害のほか、生命侵害、身体侵害などがある。著作権、特許権、債権などの財産権一般への侵害もある。それぞれについて積極損害と消極損害を観念しうる。
 
精神的損害からは、慰謝料請求権が生ずる。
==== 損害賠償の範囲 ====
不法行為から生じた全損害について賠償させるのは、被告にとって過酷であることから、相当因果関係説によって損害賠償の範囲が制限される。
 
判例は債務不履行責任における損害賠償の範囲の規定([[民法第416条|416条]])を不法行為に類推適用し、原則として「通常生ずべき損害」の賠償で足り、「当事者がその損害を予見し、または予見することができたとき」は「特別の事情によって生じた損害」まで賠償する必要があると考えている(富貴丸事件:大連判大正15年5月22日)。
==== 損害賠償額の算定 ====
物の滅失に関する損害賠償額は、物の交換価格による。交換価格の算定基準時が問題になるが、原則として物の滅失時とする。ただし被害者があらかじめその物の転売を予定していて、滅失後に高騰することを「予見し、又は予見することができたとき」([[民法第416条|416条2項]])のであれば、騰貴時とすることも考えられる(富貴丸事件判決)。
 
生命侵害の場合には、積極損害(葬式費用など)よりも、消極損害(逸失利益)のほうがはるかに大きくなる。逸失利益は、被害者が生きていたならば得られた収入から、生活費を控除し、ここから中間利息を控除して(現在価値に割り引いて)算出する。中間利息の控除方式には、ホフマン式とライプニッツ式とがある。基準となる収入は、被害者の収入が明らかであればその額を用いるが、児童など、収入が明らかでないときは、賃金センサスに基づいた平均賃金を用いる。
 
なお、過失相殺など損害賠償額の調整については[[民法第722条|722条2項]]を参照。
 
==== 損害賠償の請求主体 ====
財産的損害であれ、精神的損害であれ、第一義的な請求主体は被害者自身である。被害者が死亡した場合は、慰謝料請求権は当然に相続されると解されている。
 
生命侵害の場合、被害者の父母・配偶者・子は固有の慰謝料請求権を有する([[民法第711条|711条]])。
 
胎児も請求主体になる。胎児は、損害賠償請求権については「既に生まれたもの」とみなされる([[民法第721条|721条]])。これにより、たとえば父が不法行為により死亡した場合、死の時点で母胎にいた胎児は、出生後、損害賠償請求権を獲得する。権利能力の始期を定めた[[民法第3条|3条]]の例外を定めたものである。
 
==== 不法行為による損害賠償債権の性質 ====
悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務、または、人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務であれば、相殺の受働債権にならない([[民法第509条|509条]])。
 
== 参照条文 ==
* [[民法第710条]](財産以外の損害の賠償)
* [[民法第711条]](近親者に対する損害の賠償)
 
== 判例 ==
# [http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57289 所有権移転登記抹消等請求](最高裁判決 昭和30年5月31日)[[民法第177条]]