「微分幾何学」の版間の差分

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ここでは、微分幾何学について解説する。まず最初に、可微分多様体に関する理論の初歩について解説す述べる。
 
== 可微分多様体 ==
=== 可微分多様体の定義 ===
多様体とは、これから我々が相手にしようとする幾何学の対象のことである。これまでは、主にユークリッド空間の部分集合を幾何学の対象としてきたが、実はもっと広い範囲で幾何学を考えることにより、より豊かな理論を得ることができる。そこでここではユークリッド空間に似た構造を持ったもののことを多様体と名づけ、多様体の幾何学を考えることにしたい。
 
さて、そうは言ったものの、どのように考えたらよいだろうか。まず、幾何の対象にするのだから、少なくとも位相空間、さらに言えば第二可算公理を満たすハウスドルフ空間であることは要求しよう。第二可算公理を満たさなかったり、ハウスドルフでなかったりする空間は、少し込み入っていすぎる。さらに、「微分幾何」と銘打ったからには、微分を考えたいので、ユークリッド空間の座標にあたるものがあったほうが便利である。そういうわけで、以下の条件をすべて満たすものを(可微分)多様体と呼ぶことにする。
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# <math>U_\alpha \cap U_\beta \ne \phi</math>のとき、<math>\varphi_\beta \circ \varphi_\alpha^{-1} : \varphi_\alpha(U_\alpha \cap U_\beta) \to \varphi_\beta(U_\alpha \cap U_\beta)</math>は<math>C^\infty</math>級写像である。
 
簡単に言えば、局所的にユークリッド空間と同じとみなせる位相空間部分を貼りあわせたもの位相空間、ということである。組<math>(U_\lambda,\varphi_\lambda)</math>を、座標近傍とか、局所座標とかいう。ある多様体の座標近傍(局所座標)の全体を、座標近傍系(局所座標系)という。3番目の条件の写像を座標変換という。座標変換はユークリッド空間からユークリッド空間への写像なので、微分を考えることができるのである。
 
2つの多様体を考えて、その間の写像を考えたとき、その間の「微分」の概念を考えることも自然である。多様体M,Nと写像<math>f:M \to N</math>を考え、<math>x \in M</math>の周りの局所座標を<math>\varphi</math>、多様体<math>f(x) \in N</math>の周りの局所座標を<math>\psi</math>とする。このとき、写像<math>\psi \circ f \circ \varphi^{-1}</math>(もちろんユークリッド空間の間の写像である)が<math>C^\infty</math>級ならば、fは<math>C^\infty</math>級であるという。
 
これによって多様体の間の写像が「微分可能」であるという概念を手に入れることができた。続けて微分の概念を定義してしまいたいところだが、そのためには少し準備が必要である。それは次節に譲ることにして、まずは簡単な多様体の例をいくつか挙げておく。
 
=== 簡単な例 ===
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'''例''' <math>S^n=\{ (x_1,...,x_{n+1}) \in \mathbb{R}^{n+1} | x_1^2+...+x_{n+1}^2=1 \}</math>はn次元可微分多様体である。
 
'''問''' <math>S^n2</math>の局所座標系を構成せよ。
 
もちろん、ユークリッド空間の部分集合ではないものも、可微分多様体になりうる。
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'''例''' <math>\mathbb{R}^{n+1} \setminus \{ 0 \}</math>の同値関係~を、<math>x \sim y \Leftrightarrow \exists \lambda \in \mathbb{R} \setminus \{ 0 \} \ s.t. \ y=\lambda x</math>で定める。この同値関係で割った商集合<math>(\mathbb{R}^{n+1} \setminus \{ 0 \})/ \sim</math>をn次元射影空間といい、<math>\mathbb{R}P^n</math>と書く。これはn次元可微分多様体である。
 
直感的な言い方をすると、<math>\mathbb{R}P^n</math>とは<math>\mathbb{R}^{n+1}</math>の原点を通る直線全体という集合のことである。このような一見よく分からない集合にも、位相と局所座標を定め、幾何学の対象とすることができるのである。
'''問''' <math>\mathbb{R}P^n</math>の局所座標系を構成せよ。
 
'''問''' <math>\mathbb{R}P^n1</math>の局所座標系を構成せよ。(ヒント:曲線の「傾き」を考えよ)
 
また、可微分多様体の直積は可微分多様体となることが容易に検証できる。
 
'''例''' <math>T^n=S^1 \times S^1 \times \dots \times S^1</math>(n個の直積)をn次元トーラスという。
 
'''問''' T<sup>2</sup>を絵に描いてみよ。
 
== 接空間 ==
ユークリッド空間の曲線や曲面には、接線や接平面というものが存在した。一般の可微分多様体に対しても同様の概念を考えることができるが、まずはユークリッド空間の場合について振り返ってみることにする。
 
=== ユークリッド空間の場合 ===
<math>S^1= \{(x,y)| x^2 +y^2 = 1\}</math>を考えよう。この曲線の任意の点について、その点における接線というものを考えることができる。例えば、点<math>(1/\sqrt{2},1/\sqrt{2})</math>における接線は、<math>x+y-\sqrt{2}=0</math>と書ける。当たり前のことであるが、この直線の方程式はベクトル方程式の形で書くこともできることにも注意しておく。すなわち、この線上の点の座標(x,y)は実数sを用いて<math>(x,y)=(1/\sqrt{2},1/\sqrt{2})+s(1,-1)</math>とも書ける。
 
さて、この直線の傾き-1というのはどのようにして求めたのだっただろうか?もちろん、以下のような計算である。y>0なので、<math>y=\sqrt{1-x^2}</math>と書くことができ、これをxについて両辺微分すると<math>y'=\frac{-x}{\sqrt{1-x^2}}</math>を得る。これに<math>x=1/\sqrt{2}</math>を代入すると、y'=-1を得る。
 
S<sup>1</sup>の場合はこのようにして簡単に接線を得ることができたが、少し簡単すぎて、これをどのように一般化すればよいのかは分かりにくい。引き続き、今度はS<sup>2</sup>の接平面を考えてみよう。もちろんユークリッド空間なのは同じなので基本的な考え方は同じである。
 
<math>p=(1/\sqrt{3},1/\sqrt{3},1/\sqrt{3}) \in S^2= \{(x,y,z)| x^2 +y^2 + z^2 = 1\}</math>における接平面を考える。無論f(x,y,z)=0という形で書くこともできるが、ここではその形で表すことは考えず、ベクトル方程式の形で表してみよう。先ほどと同様に計算してみる。
 
z>0なので、<math>z=\sqrt{1-x^2-z^2}</math>と表せる。これをxについて偏微分すると、<math>\frac{\partial z}{\partial x}=\frac{-x}{\sqrt{1-x^2-y^2}}</math>となり、<math>(x,y,z)=(1/\sqrt{3},1/\sqrt{3},1/\sqrt{3})</math>を代入すると<math>\frac{\partial z}{\partial x}=-1</math>を得る。yについても同様の計算ができるので、合わせると接平面のベクトル方程式<math>(x,y,z) = (1/\sqrt{3},1/\sqrt{3},1/\sqrt{3}) + s(1,0,-1)+ t(0,1,-1)</math>を得る。
 
計算は上のとおりである。しかし、このようにして得られた接平面とは、ではいったい何なのだろうか。ここで、ベクトル方程式を考えたことに着目する。つまりこの平面は、pを基点とする、ある条件を満たすベクトルの全体、として表現されるものなのである。そしてそのある条件とは、平面の満たす方程式をpにおいて座標で微分したものであること、言い方を変えると、pを通るS<sup>2</sup>上の曲線を座標について微分したものであることである。この考え方が一般化の手がかりとなる。
 
=== 一般の多様体 ===
一般の多様体では、大域的な座標というものを考えることはできない。しかし、[0,1]から多様体への連続写像を曲線とみなすことはできるし、局所座標を取れば局所的には微分もできる。よって、上の考え方が実はそのまま適用できるのである。
 
'''定義''' Mを可微分多様体とし、<math>p \in M</math>の周りの局所座標を<math>\varphi</math>とする。pを通る<math>C^\infty</math>曲線(すなわち<math>C^\infty</math>写像<math>[0,1] \to M,t \mapsto c(t)</math>)の全体を<math>\mathcal{C}_p</math>とする。<math>\mathcal{C}_p</math>の同値関係~を<math>c_1 \sim c_2 \Leftrightarrow \frac{d(\phi \circ c_1)}{dt}(p)=\frac{d(\phi \circ c_2)}{dt}(p)</math>で定める。このとき、<math>\mathcal{C}_p/\sim</math>をMのpにおける接空間といい、T<sub>p</sub>Mと書く。T<sub>p</sub>Mの元のことをpにおけるMの接ベクトルという。
 
少し複雑な定義に見えるかもしれないが、ユークリッド空間の場合において、接ベクトルの集合を考えたことと同じことである。ただ、ユークリッド空間内の場合はたまたま接ベクトルを同じ空間内に埋め込んで表すことができたが、一般の多様体においてはそれはかなわないので、新しい空間を定義してその空間の元として接ベクトルを定めた、というだけである。
 
つまりはベクトルを集めたものである、ということから考えれば自明なことであるが、この空間はn次元線型空間の構造を持つ。具体的には、<math>c \mapsto \frac{d(\phi \circ c)}{dt}(p)</math>というユークリッド空間への全単射を考えることで、演算を定義することができる。<math>\varphi (p)=(x_1,\dots,x_n)</math>のとき、この線型空間の基底は<math>\frac{\partial}{\partial x_1},\dots,\frac{\partial}{\partial x_n}</math>と書く。詳しくは次で述べるが、この記法にはもちろん根拠がある。しかしとりあえず今は、ユークリッド空間内で考えたときも偏微分を計算したので、偏微分記号をシンボルとして採用したのだ、という風に考えているだけでも差し支えない。