「分子生物学」の版間の差分

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==遺伝子・ゲノム・DNA==
生命は、細胞が体をつくり生かすのに必要な遺伝情報を保ち、取り出し、読み取る力をもつおかげで成り立っている。生命を形づくる全ての起源となる生殖細胞が分裂することで、それが担ってきた遺伝情報は全身に行き渡り、また生殖細胞を通じて次の世代へと引き継がれていく。“gene”という英語の名称は、その遺伝子の様相を正確にあらわした言葉である: そこには“遺伝”という概念は存在しない。このように自らを複製し、継承することを至上の目的とすることから、[[w:見田宗介|見田宗介]]は、“生成子”という言葉を提唱した。[[w:リチャード・ドーキンス|リチャード・ドーキンス]]は、“生成子”としての遺伝子が、しばしば選択の単位として働くことに着目し、[[w:利己的遺伝子|利己的遺伝子]]理論を提唱した。
 
どの生物でも遺伝情報は[[w:DNA|DNA]]によって担われている。これは厳密に正確である;ある種の[[w:ウィルス|ウィルス]]は遺伝情報を[[w:RNA|RNA]]によって伝えているが、ウィルスは生物とは見なされない。遺伝情報を担う物質を[[w:遺伝子]]と呼んでおり、これゆえに“DNAは遺伝子の本体である”と言われる。
 
DNA鎖は、'''[[w:ヌクレオチド|ヌクレオチド]]'''が長くつながることによって作られる。ヌクレオチドは糖とリン酸、塩基から構成されていて、この糖はDNAでは[[w:デオキシリボース|デオキシリボース]]、RNAなら[[w:リボース|リボース]]である。塩基はDNAでもRNAでも4種類あるが、それらは完全に同一ではない;すなわち、DNAにおいては'''[[w:アデニン|アデニン(A)]]'''、'''[[w:グアニン|グアニン(G)]]'''、'''[[w:シトシン|シトシン(C)]]'''、'''[[w:チミン|チミン(T)]]'''の4種類の塩基が使われるが、RNAにおいてはチミンに代わり'''[[w:ウラシル|ウラシル(U)]]'''が使われる。このとき、塩基の違いに従って4種類のヌクレオチドがあることになるが、それらは塩基が異なるのみであるから、ヌクレオチドの種類はその塩基によって区別される。
 
このヌクレオチドの5’末端が、他のヌクレオチドの3’末端と共有結合することによって長いポリヌクレオチド鎖が形成され、その配列は5’側から3’側へと表記される。そして、このようにして形作られたポリヌクレオチド鎖が2本、相補的な塩基間で水素結合を形成することで、あの有名なDNA鎖の[[w:二重らせん|二重らせん]]構造が形作られるのである。この「相補的な塩基」とは、AとT,CとGの組のことで、それぞれその組の相手としか水素結合を作らない。この'''[[w:相補的塩基対|相補的塩基対]]形成'''は、DNAのコピーを作るうえで重要であるのだが、その詳細は3章で述べる。なお、このときどの塩基対も、らせんの二本鎖が逆平行(鎖の向きが互いに逆向き)になっているときのみ、らせんの内部にうまく収まるようになっている。
 
しかし、これらDNAのすべてが遺伝子であるというわけではない。これが、「DNAは遺伝子の本体である」という回りくどい表現がされる所以である。核内の全DNAを'''[[w:ゲノム|ゲノム]]'''と言い、ヒトでは約30億塩基におよぶ。一方、遺伝子とは'''タンパク質(あるいはRNA)を作るための指令を含んだ部分'''であるのだが、これはわずかに30,000塩基に過ぎない。そして遺伝子以外のDNAの機能については、まだよく分かっていないのが現状である。
 
==真核細胞の染色体==
 真核細胞では、こうしてできた長い長いDNA鎖は[[w:細胞核||]]に収められる。ヒト細胞の核には実に2m2メートルものDNAが入っているが、これはテニスボールに40km40キロメートルもの糸が入っているようなものである。これをうまく収容するため、DNAは'''染色体'''にきっちりと詰め込まれる。それぞれの染色体は、1本のDNA鎖とこれに結合したタンパク質でできており、このタンパク質がDNAを折りたたんで小さくまとめている。このDNAとタンパク質の複合体'''[[w:クロマチン|クロマチン]]'''と呼ぶ。クロマチンはおおむね線維のように見えるが、これを部分的にほどく処理をすると、“糸に通したビーズ”のような形が見える。この糸はDNA,ビーズは'''[[w:ヌクレオソーム|ヌクレオソーム]]'''である。8個の'''[[w:ヒストン|ヒストン・タンパク]]'''(ヒストンH2A,H2B,H3,H4それぞれ2分子ずつ)によって形成され、+に帯電している円盤状の'''ヒストン八量体'''に、-に帯電したDNAが巻きつくことでヌクレオソームが形成され、これがクロマチンの基本単位となる。
 
 なお、''上記はすべて真核細胞についての記述である''。細菌にも“染色体”と呼ばれる構造はあるが、その実態は真核生物ほどには分かっていない。
 このようにしてできた染色体は細胞分裂のたびに複製され、そのコピーは2個の娘細胞に受け継がれる。この過程で、染色体は[[w:細胞周期|細胞周期]]に応じて異なった形で存在する。細胞周期の間期はG1期,S期,G2期に分けられるが、そのうちのS期においてDNAとクロマチンの複製が行われる。そして、M期に染色体が形成され、細胞が分裂する。
 
 間期には、染色体は核内で長く伸びて絡まった細長い糸状のDNAとして存在し、これを間期染色体と呼ぶ。間期染色体が効率的に複製できるように、あらゆる真核生物のDNAには複数の特殊な塩基配列が存在している。1は'''[[w:複製起点|複製起点]]'''で、この部分でDNAの複製が開始される。2は'''[[w:テロメア|テロメア]]'''で、これは末端の複製と保護に関与している。また、複製されて2倍になった染色体を娘細胞に分配する際には、第3の配列である'''[[w:セントロメア|セントロメア]]'''が使われる。
 
 さて、分裂期にはDNAは高度に凝縮され、整然と配置されるのに対して、間期にはその凝縮度は小さくなる。しかし、間期染色体のすべてが同じような凝縮度ではない。そこには凝縮度の高いクロマチンと低いクロマチンが共存していて、その凝縮度の高い“きつい”ものを'''[[w:ヘテロクロマチン|ヘテロクロマチン]]'''と呼ぶ。ヘテロクロマチンの部分で転写は不活発で、この部分にある遺伝子は少なく、またあっても発現されない。間期クロマチンの残りの部分は、これより凝縮度の低い“ゆるい”状態にあり、[[w:ユークロマチン|ユークロマチン]]と呼ばれる。
 
 このように、DNAは極めて緻密にたたまれてクロマチンとして収納されているが、その一方で、DNAは必要に応じて読み出されなければならない。このため、真核細胞には、クロマチンの局所構造を調節して、必要な部分を取り出すしくみがいくつかある。その1つがヌクレオソームの構造を変化させる'''クロマチン再構成複合体'''(Chromatin Structure Remodeling; RSC)を利用する方法で、また'''ヒストン尾部の可逆的な修飾(アセチル化・メチル化)'''による方法もある。
 
==DNAの複製==
 細胞が分裂するとき、それが担ってきた膨大な遺伝情報は正確に複写されねばならない:さもなければ、連続性という生命の重要な要素は失われ、複雑多様な環境のなかにあって細胞の秩序を維持することはできない。そのために、細胞にはDNAを迅速に複製し、またそれを校正するしくみが備わっている。
 
 [[#遺伝子・ゲノム・DNA|1章]]で、「相補的塩基対形成は、DNAのコピーを作るうえで重要である」と述べた。相補的塩基対形成のおかげで、2本鎖の双方は正確に相手の塩基配列と相補的になっているので、どちらの鎖も、新たな相補鎖を形成するためのテンプレート鋳型となる。つまり、DNAの二本鎖を分離してから、それぞれを鋳型として、それまでの相補鎖とまったく同じ新しい相補鎖を作るという単純な方法で、DNAの遺伝情報が正確に複写されるのである。この過程を'''DNAの複製'''と呼び、複製後のDNAの2本鎖は、鋳型となったDNA鎖と、新たに作られたDNA鎖からできていることになることから、これを'''半保存的複製'''と呼ぶ。
 
 このようにして、細胞は自分の遺伝子を複製して子孫に伝えることができる。しかし実のところ、この作業は極めて困難である。複製は迅速に、正確に行なわれねばならない。ヒトの細胞では、1分間に1000のヌクレオチドがコピーされる:これは、1分につき『Essential細胞生物学』(A4変形版、本文のみで831頁)2冊分の情報がコピーされるのに匹敵する。さらに、より単純なバクテリアでは、その速度は10倍に達する。この離れ業を可能にするのは、多数のタンパク質による複合体である。