「高等学校現代社会」の版間の差分

 
=== 科学技術の発達と生命の問題 ===
現代の、医学の発達によって死の定義が心臓死、脳幹死、脳死の3つになったり、臓器移植が問題になっている。医の倫理が問われているが、シュバイツァーの生命の畏敬や、フランクルの「夜と霧」は参考になる。 さて、国債乱発による国家破綻が起こりそうだ。医者になれば、一族の者を助けられるし、何かになりたいと志したらまず医者を考えるべきなのだそうである。穏やかで無ければ、道は無く、学問が無ければ、志は無い。とは諸葛孔明の言葉である。日本は国策により医学部定員を増加させている。需要と供給の考え方なら医療費は下がってもおかしくはないが現実には医療従事者の人件費、高度先進医療、投薬費、諸経費(材料・資源費)の増大があり、医者の人数以上に日本の医療費は増大している。実はこれは日本において最大の社会問題である。国家からしたら診療報酬の点数を下げたり、高度先進医療を保険制度に組み込んで料金を制限してしまえば良いのであるが、医療・バイオ産業の研究は日々進歩しており、抗体医薬のような非常に強力な技術も完成しているが、商業化には需要と供給の考え方や、製品ライフサイクルが尽きるまでは従来の製品ラインを維持しようとするだろうから、たいていの場合、先進医療は異常に高額かつ稀少になる。そういった技術を料金設定しても、実際には国家の主権の範囲内であるので、政治家の権力の強さ次第である。医者もピンキリであるので、名医という存在の権威が傷つけられるのでは点数は下げようがない。「名医」たちは医師会を通じ自由民主党(かつての与党)への根回しによって点数を維持しようとしたであろう。国家公務員の給料以上に医師の報酬は安定して伸びるので、莫大な医療費を支えていく為には、医薬品や医療品・機械の国内自給でもまだ足りないであろう。結局賃貸オフィスで言う床の利回りの考え方に基づいて(市場の原理)、病床の超高齢の入院患者に点数の高い医療を過剰に供給しているのが、医療費増大の原因である。代表的なのはガンの告知をせずに入院治療をすると言う場合である。つまる所現在では病床に入りきらず自宅外来積極的な治療を様々な理由により諦めざるを得ない高齢者が相当数存在し、個々の死生観に基づいて治療を選択している。かつての様にその医学界は国境を越えて先進国水準(コスト)の医療を実現するが、日本とフランスは突出して平均年齢が高く、それより10才以上短いUSの超高齢者(80才代)で【高額所得者並みの医療】を、日本においては国民皆保険により実現する。その意味では医療費高騰は妥当である。しかしながら、わが国の医療費はバブル時のGNPの様でもある。
 
=== 日常生活と宗教や芸術とのかかわり ===
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