「有限群論序論」の版間の差分

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アーベル群の交換子は必ず単位元になるので、アーベル群は可解群でも冪零群でもある。
 
==== 対称群の可解性 ====
対称群がいつ可解になるか、詳しく調べてみよう。まず、次の命題が成り立つ。
 
'''補題''' <math>n \ge 3</math>のとき、<math>A_n=\langle (i \ j \ k) | i,j,k</math>は''n''以下の相異なる自然数<math>\rangle</math>である。
:(証明)
::<math>(i \ j \ k)=(i \ j)(j \ k)</math>
:なので、<math>A_n \supset \langle (i \ j \ k) \rangle</math>
::<math>(i \ j)(i \ j)=e</math>
::<math>(i \ j)(j \ k)=(i \ j \ k)</math>
::<math>(i \ j)(k \ l)=(i \ j \ k)(j \ k \ l)</math>
:なので、<math>A_n \subset \langle (i \ j \ k) \rangle</math>
:したがって、<math>A_n=\langle (i \ j \ k) \rangle \ \square</math>
 
'''命題''' <math>D_1(\mathfrak{S}_n)=A_n</math>
:(証明)
:<math>n=2</math>のとき、<math>D_1(\mathfrak{S}_2)=A_2=\{e\}</math>である。以下<math>n \ge 3</math>とする。
:交換子の定義より、<math>D_1(\mathfrak{S}_n) \subset A_n</math>は明らかなので、逆向きの包含関係を示す。
::<math>(i \ j \ k)=[(i \ j),(i \ k)]</math>
:なので、<math>(i \ j \ k) \in D_1(\mathfrak{S}_n)</math>である。したがって上の補題より、<math>D_1(\mathfrak{S}_n) \supset A_n</math>であり、すなわち<math>D_1(\mathfrak{S}_n) = A_n \ \square</math>
 
'''系''' <math>\mathfrak{S}_n</math>が可解<math>\Leftrightarrow A_n</math>が可解。
 
つまり、対称群が可解かどうかを調べるには、交代群が可解かどうかを調べればよい。ここからは、具体的な''n''について調べてみよう。まず、<math>n=4</math>の場合を考える。
 
'''命題''' <math>V=\{e,(1 \ 2)(3 \ 4),(1 \ 3)(2 \ 4),(1 \ 4)(2 \ 3)\}</math>は<math>A_4</math>の部分群であり、
:<math>D_2(\mathfrak{S}_4)=D_1(A_4)=V</math>
:<math>D_3(\mathfrak{S}_4)=D_2(A_4)=D_1(V)=\{e\}</math>
 
証明は具体的に交換子を計算するだけである。対称群の計算練習としてちょうどよいので省略する。なお、この''V''のことを[[w:クラインの四元群|クラインの四元群]]という。
 
'''系''' <math>\mathfrak{S}_4</math>は可解群。
 
'''系''' <math>\mathfrak{S}_n \ (n \le 4)</math>は可解群。
:(証明)<math>\mathfrak{S}_n \ (n \le 4)</math>は<math>\mathfrak{S}_4</math>の部分群なので、可解である。<math>\square</math>
 
では<math>n=5</math>の場合はどうなのだろうか?結論から言えば、次のことが成り立つ。
 
'''命題''' <math>D_2(\mathfrak{S}_5)=D_1(A_5)=A_5</math>
:(証明)
:<math>D_1(A_5) \subset A_5</math>は明らかなので逆向きの包含関係を示す。3文字からなる巡回置換が偶置換の交換子として表せることを見ればよいが、実際、<math>i,j,k,l,m</math>を5以下の相異なる自然数とするとき、
::<math>(i \ j \ k)=[(i \ j)(j \ m),(i \ k)(k \ l)]</math>
:であることが計算によってわかる。したがって、<math>D_1(A_5)=A_5</math>である。 <math>\square</math>
 
'''系''' <math>\mathfrak{S}_5</math>は可解群ではない。
 
'''系''' <math>\mathfrak{S}_n \ (n \ge 5)</math>は可解群ではない。
:(証明)<math>n \ge 5</math>とすると、<math>\mathfrak{S}_5</math>は<math>\mathfrak{S}_n</math>の部分群である。したがって、<math>\mathfrak{S}_n</math>が可解ならば<math>\mathfrak{S}_5</math>は可解となり、矛盾する。<math>\square</math>
 
つまり、対称群<math>\mathfrak{S}_n</math>は<math>n \le 4</math>のとき可解群、<math>n \ge 5</math>のとき非可解群となることがわかった。
 
具体的な群について長々と考察してきたのを訝しく思う読者がいるかもしれないので、この事実の背景についても少し説明しておく。二次方程式
:<math>ax^2+bx+c=0</math>
の解は
:<math>x=\frac{-b\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2a}</math>
となることはよく知っているだろう(日本では中学校、あるいは高校で学習するはずである)。日本の初等中等教育では学習しないが、実は三次方程式や四次方程式にも、このような(平方根、立方根などの冪根と四則演算だけを用いた)公式を作ることが可能である。しかし、実は五次以上の方程式の解は一般には冪根のみでは表すことはできない。このことと、四次以下の対称群は可解だが五次以上の対称群は非可解であるということは、密接なかかわりがあり、このことの研究が群論自体が生まれるきっかけともなっている(そもそも「可解群」という名の由来はこの事実である)。このあたりの詳しい事情については群論の範疇ではなくなるので、興味のある読者は[[体論]]および[[ガロア理論]]の項目を参照のこと。これらの項目にも今は記述が無いが、いずれ書かれるだろう。