「高等学校数学III/極限」の版間の差分

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== [コラム]よく有る疑問とその回答 ==
 
=== 極限値の実在 ===
ここでは、上述のような極限の説明に「なんかウサンクサイ」と思う生徒を対象に、そのような疑問に少しでも応えることを目標とする。よって、そのような疑問を持たない生徒が読んでも、あまり意味はない。
 
疑問を抱いた諸君、諸君の疑問はいたって正当である。あまりこのようなことを大っぴらに書くべきではないかもしれないが、高等学校における極限の取り扱いは「子供だまし」であり、近代以降の数学では極限という概念はもっと厳密な形で取り扱われている。しかしその内容は高校生には少し難しいし、詳しい書籍はほかにも存在する(wikibooksでも[[解析学基礎]]にある程度の記述がある)。そこでここでは、高校の教科書のように「子供だまし」をするのではなく、かといって厳密な形で議論するのでもなく、諸君を納得させられるかもしれない答えを提示したい。
 
さて改めて、極限値という概念に次のような疑問を持つ生徒はいないだろうか。
=== 極限値の実在 ===
極限値という概念に次のような疑問を持つ生徒はいないだろうか。
:「限りなくその値に近づけるというだけで、決してイコールには成らないハズだ。そのようなものを考えるのはナンセンスだ。」
ここでは、この問いに対するひとつの解答例を示したいと思う。分り易さを重視しているので厳密では無いが、ひとつの考え方の例として読んでもらいたい。
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では、このコラムにおける説明はなんだったのか。実はこれは説明の方便である。はじめに述べたように、厳密な記述は難しいのであえて厳密でない書き方をしている。近代的な(非超準解析的な)立場の極限の取り扱い方は、実質的にはこのコラムの内容と同じことを、∞を表に出さず巧妙に表現したものである。
 
=== 三角関数の極限の証明について ===
本文の[[#三角関数と極限]]で示されている
:<math>\lim_{\theta\to 0}\frac{\sin \theta}{\theta}=1</math>
という式について、上で示した証明は、「[[w:循環論法]]になっていて証明になっていない」と言われることがある。それはどういうことか、興味がある人のために解説を加えておく。
 
さてここで、どのように「循環論法」が形成されているのかはっきりさせておこう。
:<math>\lim_{\theta\to 0}\frac{\sin \theta}{\theta}=1</math> を示す過程で扇形の面積を利用している←扇形の面積を求めるには三角関数の積分が必要である←三角関数を積分するには三角関数の微分が必要である←三角関数を微分するには <math>\lim_{\theta\to 0}\frac{\sin \theta}{\theta}=1</math> という結果が必要である←……
 
論理が循環している構造が分かっただろうか。「極限を求めるために、その極限を利用している」と言ってもいいだろう。
 
現代の数学では、もちろんこの循環論法は回避できる。もっと言えば、高校数学(新課程)の範囲内でよりよい証明を示すこともできる。しかしそれは今学んでいるより後に学習する内容を利用することにもなり、少々複雑である。
 
高校数学の目的は完全な論理を組み立てることではなく、むしろ数学の、高校内容の中での体系的な理解を目的としている。このような理由から、現在多くの教科書に上と同様の証明が掲載されていると考えられるし、WIKIBOOKSもこれに倣った。
 
しかしここでは興味のある諸君のために、「高校内容の範囲(新課程)でのよりよい証明」を示しておこう。面積を利用することは避けて、円弧の長さから問題の極限の値を導いてみよう。ただし、数学IIIの微分、積分(新課程のみの内容も含む)の内容を利用する。
 
まずは、「ラジアンとは何か」を考え直してみよう。というのも、ラジアンの定義には円弧の長さを利用したが、現代の数学では「[[w:弧長|w:曲線の長さ]]」も定義なしには扱えないからである。つまりわれわれは、円弧の長さを数学的に定義すればよいということだ。このあとの積分の単元(新課程)で学習することになるが、区間''a''≦''x''≦''b''で自身と''f''' (''x'' )がともに連続である関数''f'' (''x'' )について、''y'' =''f'' (''x'' )(''a''≦''x''≦''b'')で表される曲線''C'' の長さは、次の式で求められる。(証明は該当ページ参照 ※2014/02/08時点でWIKIBOOKS内では未作成)
:<math>\int_{a}^{b} \sqrt{1+\left\{f'(x)\right\}^2}\, dx</math>
ここで、''f'' (''x'' )を半円弧<math>\sqrt{1-x^2}(-1\le x\le 1)</math>とすると、円弧の長さを計算できる。ただし、この円弧の長さを求める積分の不定積分は、高校範囲ではできない。しかし確かに値は有限の値として存在しているのであるが、このあたりの話は、数学IIで学んだ定積分の定義(この後数学IIIで学ぶものもこれと変わらない)と現代の数学の一般的な定積分の定義が異なっているために話が複雑になるので、ここでは踏み込まないでおく。ただ、積分区間に''x'' =-1もしくは''x'' =1を含めると具合が悪いので、積分区間を<math>-\frac{1}{\sqrt2}\le x\le\frac{1}{\sqrt2}</math>として、その値をπ/2とし、円の対称性から円弧一周の長さを決定するとよいとだけ補足しておく。
 
さて、これでようやく円弧の長さを定義できたので、ラジアンも定義することができる。いよいよ問題の極限の値を求めてみよう。そのために一般的に、再び区間''a''≦''x''≦''b''で自身と''f''' (''x'' )がともに連続である関数''f'' (''x'' )について、''y'' =''f'' (''x'' )(''a''≦''x''≦''b'')で表される曲線''C'' を考えよう。ここで、''a''≦''x''≦''b'', ''a''≦''x''+Δ''x''≦''b'', Δ''x''≠0を満たすように''x'' およびΔ''x''をとる。また、曲線''C''上に2点P(''x'',''f'' (''x'' )),Q(''x'' +Δ''x'',''f'' (''x'' +Δ''x'' ))をとる。いま曲線PQの長さを<math>\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}</math>、直線PQの長さをPQで表すこととすると、
:<math>\lim_{\Delta x \to0}\frac{\mathrm{P}\mathrm{Q}}{\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}}=1</math>
が成り立つことを示そう。
;証明
[[w:平均値の定理]]により、
:<math>\mathrm{P}\mathrm{Q}=\sqrt{(\Delta x)^2+\left\{f(x+\Delta x)-f(x)\right\}^2}=\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta \Delta x)\right\}^2}|\Delta x|\ (0<\theta<1)</math>
を満たす実数θが存在する。また、<math>\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}</math>を先述の式により定積分で表すと、
:<math>\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}=\left|\int_{x}^{x+\Delta x} \sqrt{1+\left\{f'(t)\right\}^2}\, dt\right|</math>
であり、ここで、<math>\sqrt{1+\left\{f'(x)\right\}^2}</math>が、<math>x=x+\theta_M\Delta x,x+\theta_m\Delta x</math> (0≦θ<sub>''M''</sub>≦1, 0≦θ<sub>''m''</sub>≦1)でそれぞれ''x''から''x'' +Δ''x''の間での最大値、最小値をとるとすると、''x''から''x'' +Δ''x''の間の任意の実数''t'' に対して、
:<math>0<\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta_m\Delta x)\right\}^2}\le\sqrt{1+\left\{f'(t)\right\}^2}\le\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta_M\Delta x)\right\}^2}</math>
が成り立つ。各辺''x'' から''x'' +Δ''x''まで積分することにより、
:<math>0<\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta_m \Delta x)\right\}^2}|\Delta x|\le \widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}=\left|\int_{x}^{x+\Delta x} \sqrt{1+\left\{f'(t)\right\}^2}\, dt\right|\le\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta_M \Delta x)\right\}^2}|\Delta x|</math>
を得る。よって
:<math>\frac{\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta \Delta x)\right\}^2}}{\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta_M \Delta x)\right\}^2}}\le\frac{\mathrm{P}\mathrm{Q}}{\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}}\le\frac{\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta \Delta x)\right\}^2}}{\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta_m \Delta x)\right\}^2}}</math>
ここで、
:<math>\lim_{\Delta x \to0}\frac{\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta \Delta x)\right\}^2}}{\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta_M \Delta x)\right\}^2}}=\lim_{\Delta x \to0}\frac{\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta \Delta x)\right\}^2}}{\sqrt{1+\left\{f'(x+\theta_m \Delta x)\right\}^2}}=1</math>
より、はさみうちの原理から、
:<math>\lim_{\Delta x \to0}\frac{\mathrm{P}\mathrm{Q}}{\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}}=1</math> ■
さて、今度こそ問題の極限を求めてみよう。
;証明
本文と同様にθ>0をまず考える。
:<math>f(x)=\sqrt{1-x^2}\ (-1\le x\le1)</math>
として、''y'' =''f'' (''x'' )上の''x''座標が''x''である点をP,''x''+Δ''x''である点をQとし、
:<math>\angle \mathrm{P}\mathrm{O}\mathrm{Q}=2\theta\ \mathrm{r}\mathrm{a}\mathrm{d}</math> (ただしOは原点)
とする。すると、ラジアンの定義より、<math>\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}=2\theta</math> となり、また図形的考察によりPQ=2sinθであることが分かる(Oから弦PQに垂線を下ろすと分かりやすい)。ここで
:<math>\lim_{\Delta x \to0}\frac{\mathrm{P}\mathrm{Q}}{\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}}</math>
を考えると、Δ''x''→0のとき、θ→+0であるから、上で証明したことを用いると、
:<math>\lim_{\Delta x \to0}\frac{\mathrm{P}\mathrm{Q}}{\widehat{\mathrm{P}\mathrm{Q}}}=\lim_{\theta \to+0}\frac{2\sin \theta}{2\theta}=\lim_{\theta \to+0}\frac{\sin \theta}{\theta}=1</math>
θ<0のときは本文と同様である。以上より、循環論法に陥ることなく、
:<math>\lim_{\theta \to0}\frac{\sin \theta}{\theta}=1</math>
が示された。■
 
このように、この循環論法を避けるのは少々難しい。循環論法を避けるために三角関数の微積分を後回しにして、この証明のための道具が揃うまで話を進めるのはこと「学習/教育」においてはどう考えても非効率的で、そのような回り道をするのは本末転倒である。ということで、「循環論法」と聞いて教科書に不信感を抱いた君も、ここまで読めば致し方ないことに納得してもらえたと思う。
 
ところでこの循環論法を避ける方法はこれだけではない。sin''x''及びcos''x''を''x''の非負整数乗の無限級数で定義する方法や、[[w:微分方程式]]を用いて定義する方法などが考えられるが、前者は少なくとも教科書に載せるには向かないし、後者はどう考えても高校範囲外である。ここで解説することはしないが、興味があれば次に示す参考文献を読んでみるといいかもしれない。
*「三角関数の研究」山口格、http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/13556/1/7_p1-23.pdf (PDF)(ここまでに示した循環論法を避ける3つの方法の解説と、その周辺の三角関数の話題)
*「循環論法で証明になっていない」川中宣明、http://sci-tech.ksc.kwansei.ac.jp/~kawanaka/sinx.pdf (PDF)(この問題の全体的な解説と、sin''x''及びcos''x''を''x''の非負整数乗の無限級数で定義する方法の簡単な紹介)
 
それにしてもこのコラムをここまで読み進めた君の好奇心は大したものである。君の成長を期待している。
 
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