「高等学校古典B/西鶴諸国ばなし」の版間の差分

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口語訳を記述中
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== 大晦日(おおつごもり)は合はぬ算用 ==
*こういう話
ある浪人たちが宴会を開いた。客は七人。主催者も客も浪人である。
 
宴会の途中、主催者の持っていた小判十両を包み紙ごと客に見せ、宴会の終わりに回収して枚数を確認したら、なんと一両足りず九両である。客たちの間に、誰かが小判一両を盗んだのか、という疑いが生じてしまった。主催者は騒ぎをしずめようと、自分がもともと一両使ってしまっていたことにして、騒ぎをしずめようとしたが、客たちは、先ほどは確かに十両あったはずだ、と言い、騒ぎがしずまらない。ついには、運悪く小判を持ち合わせていた人が、疑いをかけられることを不名誉とし、自害するとまで言い出す。
 
さらにあたりを探していたら、今度は、もう二枚小判が出てきて、合計で十一両になってしまい、今度は逆に、小判が一両あまってしまった。
客の誰かが騒ぎをしずめるために、一両を出したのだろう、と主催者は考え、この一両を持ち主に返そうとするが、仲間を気づかってか名乗り出ない。
 
問題が解決しないので、いつまでたっても帰れない。
 
そこで、主催者は一計を思いつき、客を一人ずつ帰すことにして、帰る際に持ち主が見られることなく小判を持って帰れるように、離れの庭に小判一両を置くことにした。持ち主が回収してくれ、という事である。
 
客を全員帰してから、主催者が最期に庭を確認したら、小判がなくなっていたので、誰かが回収したはず、その誰かとは持ち主が回収したということにしよう、ということにした。
 
こうして、騒ぎを解決させた。
 
場慣れした武士の機転とは見事なものだ。
 
=== 一 ===
*大意
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:・千秋楽(せんしゅうらく) - 宴会の終わりの挨拶のこと。
:・紙子(かみこ) - 和紙で作られた着物。安価なため、貧しいものに流行った。
:・燗鍋(かんなべ) - 酒を温めるための鍋。
:・ - 。
:・ - 。
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=== 三 ===
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あるじの申すは、「そのうち一両は、さる方へ払ひしに、拙者の覚え違へ。」と言ふ。「ただ今までたしか十両見えしに、めいよのことぞかす。とかくはめいめいの見晴れ。」と上座(じやうざ)から帯をとけば、その次も改めける。三人目にありし男、渋面(じふめん)つくつてものをも言はざりしが、膝(ひざ)立て直し、「浮世(うきよ)には、かかる難儀もあるものかな。それがしは、身ふるふまでもなし。金子一両持ち合はすこそ、因果なれ。思ひもよらぬことに、一命を捨つる。」と思ひ切つて申せば、一座口をそろへて、「こなたに限らず、あさましき身なればとて、小判一両持つまじきものにもあらず。」と申す。「いかにもこの金子の出所(でどころ)は、私持ち来たりたる、徳乗(とくじよう)の小柄(こづか)、唐物屋十左衛門(からものやじふざゑもん)かたへ、一両二歩(ぶ)に、昨日売り候ふこと、まぎれはなけれども、折ふしわるし。つねづね語り合はせたるよしみには、生害(しやうがい)におよびしあとにて、御尋ねあそばし、かばねの恥を、せめては頼む。」と申しもあへず、革柄(かはづか)に手を掛くる時、「小判はこれにあり。」と、丸行灯(まるあんどん)の影より、投げいだせば、「さては。」と事を静め、「ものには、念を入れたるがよい。」と言ふ時、内証より、内儀声を立てて、「小判はこの方へまゐつた。」と、重箱の蓋(ふた)につけて、座敷へいだされける。これは宵に、山の芋(いも)の、煮しめものを入れてだされしが、その湯気にて、取りつきけるか。さもあるべし。これでは小判十一両になりける。いづれも申されしは、「この金子、ひたもの数多くなること、めでたし。」と言ふ。
 
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主催者(=内助)の言うには、「そのうち一両は、ある所に支払ったので、(十両あると思ったのは)私の記憶違いでした。」と言う。(しかし、)「たった今まで、確かに十両あったのに、不思議なことだ。ともかく、各自の身の潔白を(証明せよ)。」と上座(にいた人)から帯を解くので、その次(の人)も(帯を解いて身を)改めた。三人目にいた人が、渋い顔をして、物を言い、「世の中には、このような不運な事もあるものだ。拙者は衣服をふるうまでもない。小判一両を持ち合わせていることこそ、(不運な)運命のめぐりあわせだ。(疑いをかけられるのは、)思いもよらないこと、(自害して)一命を捨てる。」と思い切って申すので、一同は口をそろえて、「あなたに限らず、(浪人して)落ちぶれてるからって、小判一両を持ち合たないはずではない。(=浪人でも小判一両くらい持ち合わせてる場合だってある)」と申す。(答えて、自害すると言い出した三人目が言うには、)「そのとおり、このお金の出所は、私が持っていた徳乗(とくじよう)の小柄(こづか)を、唐物屋十左衛門(からものや じゅうざえもん)の所へ、一両二歩(ぶ)で、昨日売りましたこと(が一両の出所)、間違いはないけれども、時期が悪い。」
 
 
いつも(親しく)語り合はせている縁(えん)としては(ぜひ皆様)、自害におよんだ後に、お調べあそんで、屍(しかばね)の恥を(晴らしてくれるよう)、せめては頼む。」と申しも終わらないうちに、(刀の)革柄(かわづか)に手を掛ける時、(誰かが、)「小判はここにある。」と、丸行灯(まるあんどん)の影より投げだせば、「さては(見つかった)。」と事を静め、「ものには、念を入れるがよい。」と言ふ時、台所より、妻が声を立てて、「小判はこちらの方へ来ていました。」と、重箱の蓋(ふた)につけて、座敷へだした。これ(=重箱)は宵に、山芋の煮しめ物を入れて出したが、その湯気にて、取りつきけるか。そういうことも、ありうるだろう。(しかし、)これでは小判十一両になってしまった。どの人も申すには、「この金子、ひたすら数が多くなること、めでたい。」と言う。
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*語句(重要)
:・それがし - 拙者(せっしゃ)。男性の自称。鎌倉時代以降に用いられた。
:・ - 。
:・持つまじきにもあらず - 「まじき」は打消当然の助動詞「まじ」の連体形、「ず」は打消しの助動詞「じ」の連体形。二重否定によって、強い肯定を表している。
:・ - 。
:・あさましき身 - 落ちぶれた身
:・さもあるべし - そういうこともあるだろう。
:・いづれも - どの人も、どなたも、などの意。
:・ - 。
*語注
:・めいよ - 不思議なこと。面妖(めんよう)のなまりか。
:・ - 。
:・十面 - 不機嫌な面
:・徳乗(とくじょう) - 後藤徳乗(ごとうとくじょう)という彫金家のこと。
:・ - 。
:・唐物屋 - 中国からの輸入品などを売っている店。工芸品なども扱っていた。
:・歩 - 江戸時代の貨幣の単位。四分で一両になる。
:・生害 - 自害
:・かばね - しかばね(屍)。
:・内証 - 奥の間、台所など。応接間では無い場所。この作品では台所のことだろう。
:・ひたもの - ひたすら。
:・ - 。
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=== 四 ===
*大意
内助の考えるに、だれかが騒ぎを沈めるため一両を出したことになり、その一両を内助は持ち主に返そうとするが、誰も名乗り出ない。また、解決しないので、帰るに帰れない。そこで内助は、小判を外の庭の手水鉢の上に置いて、帰る際に持ち主に取ってもらうように言い、そして一人ずつ戸を閉めて帰すことにした。その後、内助が見ると、小判はなくなっていたので、つまり誰かが持ち帰ったことになる。
 
こうして、騒ぎは解決した。
 
場慣れした武士の機転とは見事なものだ。
 
*本文/現代語訳