「高等学校古典B/西鶴諸国ばなし」の版間の差分

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口語訳を記述
品詞分解を記述中
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内助よろこび、日ごろ別して語る、浪人仲間へ、「酒ひとつ盛らん。」と、呼びに遣はし、幸ひ雪の夜(よ)のおもしろさ、今までは、くづれ次第の、柴(しば)の戸を開けて、「さあこれへ。」と言ふ。以上七人の客、いづれも紙子(かみこ)の袖(そで)をつらね、時ならぬ一重羽織(ひとへばおり)、どこやらむかしを忘れず。常の礼儀すぎてから、亭主まかり出(い)でて、「私仕合はせの合力(かふりよく)を請(う)けて、思ひままの正月をつかまつる。」と申せば、おのおの、「それは、あやかりもの。」と言ふ。「それにつき上書きに一作あり。」と、くだんの小判をいだせば、「さても軽口なる御事。」と見て回せば、杯数かさなりて、「よい年忘れ、ことに長座(ちやうざ)。」と、千秋楽をうたひ出し、燗鍋(かんなべ)・塩辛壺(しほからつぼ)を手ぐりにしてあげさせ、「小判もまづ、御仕舞ひ候(さうら)へ。」と集むるに、十両ありしうち、一両足らず。座中居直り、袖などふるひ、前後を見れども、いよいよないに極まりける。
 
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83 行
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あるじの申すは、「そのうち一両は、さる方へ払ひしに、拙者の覚え違へ。」と言ふ。「ただ今までたしか十両見えしに、めいよのことぞか。とかくはめいめいの見晴れ。」と上座(じやうざ)から帯をとけば、その次も改めける。三人目にありし男、渋面(じふめん)つくつてものをも言はざりしが、膝(ひざ)立て直し、「浮世(うきよ)には、かかる難儀もあるものかな。それがしは、身ふるふまでもなし。金子一両持ち合はすこそ、因果なれ。思ひもよらぬことに、一命を捨つる。」と思ひ切つて申せば、一座口をそろへて、「こなたに限らず、あさましき身なればとて、小判一両持つまじきものにもあらず。」と申す。「いかにもこの金子の出所(でどころ)は、私持ち来たりたる、徳乗(とくじよう)の小柄(こづか)、唐物屋十左衛門(からものやじふざゑもん)かたへ、一両二歩(ぶ)に、昨日(さくじつ)売り候ふこと、まぎれはなけれども、折ふしわるし。つねづね語り合はせたるよしみには、生害(しやうがい)におよびしあとにて、御尋ねあそばし、かばねの恥を、せめては頼む。」と申しもあへず、革柄(かはづか)に手を掛くる時、「小判はこれにあり。」と、丸行灯(まるあんどん)の影より、投げいだせば、「さては。」と事を静め、「ものには、念を入れたるがよい。」と言ふ時、内証より、内儀声を立てて、「小判はこの方へまゐつた。」と、重箱の蓋(ふた)につけて、座敷へいだされける。これは宵に、山の芋(いも)の、煮しめ物を入れて出だされしが、その湯気にて、取りつきけるか。さもあるべし。これでは小判十一両になりける。いづれも申されしは、「この金子、ひたもの数多くなること、めでたし。」と言ふ。
 
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140 行
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== 品詞分解 ==
=== 一 ===
榧・かち栗・神の松・やま草 の(格助) 売り声 も(係助) せはしく(シク・用) 、餅 つく(四・体) 宿 の(格助) 隣 に(格助) 、煤 を(格助) も(係助) 払は(四・未) ず(助動・打消・用) 、二十八日 まで(副助) 髭 も(係助) そら(四・未) ず(助動・打消・用) 、朱鞘 の(格助) そり を(格助) かへし(四・用) て(接助)、「春 まで(副助) 待て(四・命) と(格助) 言ふ(四・体) に(接助)、 是非に(副) 待た(四・未) ぬ(助動・打消・体) か(係助)。」と(格助)、 米屋 の(格助) 若い(ク・体・音便) 者 を(格助) 、にらみつけ(下二・用) て(接助)、 すぐなる(ナリ・体) 今 の(格助) 世 を(格助) 、横 に(格助) わたる(四・体) 男 あり(ラ変・体)。 名 は(係助) 原田内助 と(格助) 申し(四・用) て(接助)、 かくれ も(係助) なき(ク・体) 浪人。 広き(ク・体) 江戸 に(格助) さへ(副助) 住みかね(下二・用)、 こ(代) の(格助) 四、五年、 品川 の(格助) 藤茶屋 の(格助) あたり に(格助) 棚 借り(四・用) て(接助)、朝 の(格助) 薪 に(格助) こと を(格助) 欠き(四・用)、 夕べ の(格助) 油火 を(格助) も(係助) 見(上一・未然) ず(助動・打消・終)。 これ(代) は(格助) かなしき(シク・体)、 年 の(格助) 暮れ に(格助)、女房 の(格助) 兄、 半井清庵(なからゐせいあん) と(格助) 申し(四・用) て(接助)、 神田 の(格助) 明神 の(格助) 横町 に(格助)、 薬師 あり(ラ変・終)。 こ(代) の(格助) もと へ(格助)、 無心 の(格助) 状 を(格助)、 遣はし(四・用) ける(助動・過・体) に(接助)、 たびたび(副) 迷惑ながら、見捨てがたく(ク・用)、金子(きんす)十両 包み(四・用) て(接助)、 上書き に(格助) 「貧病 の(格助) 妙薬、金用丸、よろづ に(格助) よし(ク・終)。」 と(格助) 記し(四・用) て(接助)、内儀 の(格助) かた へ(格助) おくら(四・未) れ(助動・尊・用) ける(助動・過・体)。
 
=== 二 ===
内助 よろこび(四・用)、 日ごろ(副) 別して(副) 語る(四・体)、浪人仲間 へ(格助)、「酒ひとつ 盛ら(四・未) ん(助動・勧・終)。」 と(格助)、 呼び に(格助) 遣はし(四・用)、 幸ひ(副) 雪 の(格助) 夜 の(格助) おもしろさ、 今 まで(副) は(係助)、 くづれ次第 の(格助)、 柴 の(格助) 戸 を(格助) 開け て(接助)、 「さあ(感) これ(代) へ(格助)。」 と(格助) 言ふ(四・終)。 以上 七人 の(格助) 客、 いづれ(代) も(係助) 紙子 の(格助) 袖 を(格助) つらね(下二・用)、 時 なら(助動・断・未) ぬ(助動・打消・体) 一重羽織 、どこやら(副) むかし を(格助) 忘れ(下二・未) ず(助動・打消・終)。 常 の(格助) 礼儀 すぎ(上二・用) て(接助) '''から'''(格助)、 亭主 まかり出で(下二・用) て(接助)、「私(代) 仕合はせ の(格助) 合力 を(格助) 請け て(接助)、思ひまま の(格助) 正月 を(格助) つかまつる。」 と(格助) 申せ(四・已) ば(接助)、おのおの()、「それ(代) は(係助)、あやかりもの。」 と(格助) 言ふ(四・終)。 「それ(代) に(格助) つき(四・用) 上書き に(格助) 一作 あり(ラ変・終)。」 と(格助)、 '''くだんの'''('''連体''') 小判 を(格助) いだせ(四・已) ば(接助)、 「さても(感) 軽口なる(ナリ・体) 御事。」 と(格助) 見 て(接助) 回せ() ば(接助)、杯 も(係助) 数 かさなり(四・用) て(接助)、 「よい(ク・体、音便) 年忘れ、 ことに(副) 長座。」 と(格助) 、千秋楽 を(格助) うたひ出し(四・用)、 燗鍋・塩辛壺 を(格助) 手ぐり に(格助) し(サ変・用) て(接助) あげ(下二・未然) させ(助動・使・用)、「小判 も(係助) まづ(副)、御仕舞ひ(四・用) 候へ(補丁・四・命)。」 と(格助) 集むる(下二・体) に(接助)、十両 あり(ラ変・用) し(助動・過・体) うち、 一両 足ら(四・未) ず(助動・打消・終)。 座中 居直り(四・用)、 袖 など(副) ふるひ(四・用)、 前後 を(格助) 見れ ども(接助)、 いよいよ(副) ない(ク・体、音便) に(格助) 極まり() ける(助動・過去・体)。
 
=== 三 ===
あるじ の(格助) 申す() は(係助)、「そ() の(格助) うち 一両 は()、 さる() 方 へ(格助) 払ひ() し() に()、 拙者 の(格助) 覚え 違へ。」 と(格助) 言ふ()。「ただ今 まで() たしか() 十両 見え() し() に()、 めいよ() の(格助) こと() ぞ() かし()。とかく() は() めいめい の() 見晴れ()。」 と() 上座(じやうざ) から() 帯 を() とけ() ば()、 そ() の() 次 も() 改め() ける()。 三人目 に() あり() し() 男、 渋面(じふめん) つくつ() て() もの を() も() 言は ざり() し() が()、 膝(ひざ) 立て直し、「浮世(うきよ) に() は()、かかる() 難儀 も() ある もの かな()。 それがし は()、身ふるふ まで() も() なし()。 金子 一両 持ち合はす こそ()、因果なれ。 思ひ も() よら ぬ() こと に()、 一命 を() 捨つ る()。」 と() 思ひ切つ て() 申せ() ば()、 一座 口 を() そろへ() て()、「こなた() に() 限らず、あさましき() 身 なれ() ば() と() て()、 小判 一両 持つ() まじき() もの に() も() あら() ず()。」 と() 申す。「いかにも() こ() の() 金子 の() 出所(でどころ) は()、 私 持ち来たり たる()、 徳乗(とくじよう) の() 小柄(こづか)、唐物屋十左衛門(からものやじふざゑもん)かた へ()、一両二歩(ぶ) に()、昨日(さくじつ) 売り() 候ふ() こと、まぎれ は() なけれ() ども()、折ふし わるし()。 つねづね 語り合はせ たる() よしみ に() は()、生害(しやうがい) に() および し() あと に() て()、御尋ね() あそば() し()、かばね の() 恥 を() 、せめて() は() 頼む。」 と() 申し も() あへ() ず()、 革柄(かはづか) に() 手 を() 掛くる() 時、「小判 は() これ に() あり()。」 と()、 丸行灯(まるあんどん) の() 影 より()、 投げ いだせ ば()、 「さては。」 と() 事 を() 静め、 「もの には()、 念 を() 入れ たる() が() よい()。」 と() 言ふ() 時、 内証 より()、内儀 声 を() 立て() て()、「小判 は() この方 へ() まゐつ() た()。」と()、 重箱 の() 蓋(ふた) に() つけ() て()、座敷 へ() いだされ() ける()。 これ は() 宵 に()、 山 の() 芋(いも) の()、 煮しめ物 を() 入れて 出だされ し() が()、 その 湯気 にて()、 取りつき ける() か()。 さ() も() ある() べし()。 これ() で() は() 小判 十一両 に() なり() ける()。 いづれ() も() 申され し() は()、 「こ() の() 金子、ひたもの() 数多く なる() こと、 めでたし()。」 と() 言ふ。
 
=== 四 ===
亭主 申す は()、 「九両 の() 小判、 十両 の() 詮議(せんぎ) する() に()、 十一両 に() なる() こと()、 座中 金子 を() 持ち合はせ られ()、 最前 の() 難儀 を()、 救は() ん() ため() に()、 御出だし(いだし) あり()し() は() 疑ひ なし()。 こ() の() 一両 我が方(かた) に() 、 納む べき() 用 なし()。 御主(ぬし) へ() 返し たし()。」 と() 聞く() に()、 たれ() 返事 の() して も() なく()、 一座 異 な() もの() に() なり() て()、 夜更け鶏(どり) も()、鳴く 時 なれ() ども()、 おのおの() 立ち かね() られ() し() に()、 「この() うへ() は() 亭主 が()、 所存 の() 通り に() あそばされ() て() たまはれ()。」 と() 、願ひ() し() に()、 「とかく() あるじ の()、 心まかせ  に()。」 と() 、 申され() けれ() ば()、 か() の() 小判 を() 一升枡(いつしようます) に() 入れ() て()、 庭 の() 手水鉢(てうづばち) の() 上 に() 置き() て()、「どなた に() て() も()、 こ() の() 金子 の() 主、 取ら せ られ() て()、 御帰り() たまは() れ()。」 と() 、御客 一人 づつ()、立たし() まし() て()、 一度一度 に() 戸 を() さしこめ て()、 七人 を() 七度(たび) に() 出だし() て()、その() 後(のち) 内助 は()、 手燭(てそく) ともし て() 見る に()、 たれとも 知れ ず()、 取つて() 帰り ぬ()。 あるじ 即座 の() 分別、 座なれ たる() 客 の() しこなし、 かれこれ() 武士 の() つきあひ、 格別 ぞ() かし()。