独学ガイド/理工学一般/高校の復習をどうやるか?

知ったかぶり教育に騙されないように編集

小学校・中学校の復習をせず、いきなり高校の復習をしよう編集

理工学を理解できるようになるために、高校レベルに到達するための勉強法では、理科の勉強の場合可能なかぎり、なるべく早期に高校の『物理基礎』や『化学基礎』『生物基礎』などの教科書を、いきなり読み始めてください。なぜなら、たとえどんなに中学レベルの理科の教科書・参考書を詳しく読み込んでも、そもそも中学教科書では説明を省略している箇所が多くあるので、理解しきれないのです。中学教科書で説明を省略された内容が、高校で詳しく説明されるのでなるべく早めに高校教科書を読み込む必要があるのです。

理工学を理解するためでなく、単に一般常識・教養として知りたいなら小学校~中学校の参考書を読み込むのでもいいかもしれません。しかし、いくらそういう知識をつけても、まったく理工学を理解できるようにならないでしょう。

『科学と人間生活』という科目がありますが、大人の復習としては、この教材は不要と言っても過言ではないかもしれません(そもそも書店に行っても、『科学と人間生活』の参考書は無いでことが多いはずです)。この科目、実態は進学校でない高校とかでの文系生徒や、工業高校とかの生徒が生物学分野を短時間で終わらすためのものだとも言えるかもしれません。普通科高校で進学高校なら、高校1年の理科ではいきなり『生物基礎』などを勉強します。工業高校などの高校生は専門科目などで理科の時間がかぎられていますので、こういう科目も必要でしょう。しかし、一般の大人には不要と考える人も多いような教科です

「進学校レベルの『生物基礎』の勉強をいきなり始めても大丈夫か?」と不安に思う人もいるかもしれません。しかし、1990年代の高校生はいきなり今の『生物基礎』に相当する『生物I』を底辺高校とかでも勉強してたので平気のはずです。 小中学校の教科書は、数式で三角関数が使えないなどの事情があったり、技術系以外の進路の人にも合わせて書かれているので、物理のしくみの説明のレベルは、だいぶ表面的です(たとえば、斜面をすべる物体の力学を、中学では三角関数を使わないで説明するので、だいぶ浅い説明になる)。なので、なるべく高校の教科書を先に読みましょう。どうしても中学レベルの基礎知識の学力を固めたい場合でも、まず先に「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」などの高校理科の入門レベルの教科書を読み、そのあとに中学理科の参考書に戻るほうが効率的でしょう。

世間では、多くの人が「理系の人は、小学校で習うシロツメグサとかオオイヌノフグリとかに詳しいハズ!」とか勝手に期待している人がいますし、そういう感じの言説がときどき教育評論で見受けられます(小学校レベルの生物の雑多な知識の大小で、『学力低下』とかを語る教育者や教育評論家がチラホラいる)。しかし、そんなことはないのです。

理系の人なら、名前だけなら「シロツメグサ」とか聞いたことがあれど、だからと言ってもテスト問題をいきなり出されて「シロツメグサは、どんな植物だったか答えよ」などと問われても、ほとんどの理系の大人はいちいち覚えてないでしょう。

なぜなら、シロツメグサの生態とか、高校生が覚え続けるほどの価値は無いに等しいからです。これは決してWikibooks日本語版の一部の編集者だけがそういってるのではなく、よく高校生の勉強法として高校生物の勉強のはじめに、教育者から学生に注意や指導されることの多い話です。

理科の学習で優先して学ばなければならないこととは、物理法則・化学法則などの自然法則や生物学であれば細胞の仕組みといった全生物にも共通する現象などです。それ以外の個別の知識は、知らないよりかは知ってたほうが望ましいというだけのことであり、けっして優先して覚える必要は無いのです。高校の教科書には優先して覚えなければならない内容が精選・抜粋されて書かれています。ぎりぎり、中学の教科書がそうかもしれません。いっぽう、小学校あたりの教科書は子供にとってのイメージしやすさを優先するため、生活的な情報が多く科学的には覚える価値の低い情報も多く記載しています。(小学校で習う知識は、安全とかに関わる情報でない限り、(シロツメグサの詳細みたいな知識における)理解・暗記は後回しでもいいのです。

もしかしたら数学では、中学の教科書が必要になる人もいるかもしれません。しかし、それも中学レベルまで戻ればもう十分です。小学校レベルに戻る必要は無いに等しいのです。中学レベル数学にもどる場合であっても、(自分の中学時代が不登校児とか不良でない限り)せいぜい中学3年生~高校受験レベル(平均的な難易度の高校の受験)まで戻れば十分でしょう。そもそも「教科書に載ってる事項」と「覚えなければならない事項」は違います。世間の多くの人は教科書に載ってるだけの内容においては、実際のところ小中学校レベルで切っても覚えれていません。小中学校の教師が授業で細かく説明して、ようやく世間の人はなんとか覚えるわけです。


世間には、小学校の教科書に書いてあることを勘違いして「自分は(小学校レベルの知識を)すべて覚えている」とか思っている残念な人がいて、そういう人が他人に「小学校の教科書はすべて覚えろ」とか要求したりしますが、まったくの非現実的と感じる人もいるような勉強法なので、推奨いたしません。だいたい、そういってる本人(「自分は(小学校レベルの知識を)すべて覚えている」)ですら、まともに覚えられていないでしょう。

よくクイズ番組などで小学校レベルの生物などの知識を問う問題が出ますが、裏をかえすとクイズ番組とかでしか活用できないような瑣末な知識なわけです。(いわゆる「雑学」と呼ばれるものです)

普通科高校の理科とか工業高校とかで習う知識を問う問題は、ほぼクイズ番組には出ません。しかし、本当はそういった知識こそ、社会で必要な知識です。

シロツメグサとか、人間の骨の骨格の各部の名前とか、小学校の理科の教科書に書いてありますが、中学受験でもしない限りほとんどの人はそういった内容を暗記していません。英語の検定教科書でも、中2の教科書にティラノサウルスは英語でtyranosaulsとか書いてあっても、中学生はほとんど暗記できてないでしょうし、スペルを覚えていなくても、そういった知識を必要とする場面に出会わない限り困らないでしょう。シロツメグサも、ああいうのと同じです。

いつまで経っても高校の教科書を勉強し始めない人は、ほとんどの場合は基礎固めをしているわけではなくて、単に用語の暗記だけで理科テストの点を取ろうとしている人です。

一部の間違った教育評論家の教育評論に騙されないように編集

中学高校レベルの教育評論は数学や理科・地歴公民の専門知識がなくても可能なので、一部のあまり学力のない大人でも評論に参加できます(評論内容が正しいかどうかは、ともかく)。世間には、そういった大人も多く、同じようにまちがった内容の教育評論をしている教育評論家もいます(何を「間違っている」と受け止めるかは人それぞれですが)。代表的な例が、1999年の書籍「分数のできない大学生」を誤読した(というか、読んですらない)人の教育評論です。そういう名前の書籍が1999年にベストセラーになったので、世間の現実を知らなかったりあまり学習しない人達はタイトルを鵜呑みにして、「今どきの文系の大学生は、偏差値の高い大学でも、分数もできない」と誤解しました。しかし、この書籍をきちんと最後まで読めばわかりますが実際に(偏差値の高い大学の文系学部の)大学生が苦手であることが多いのは二次関数です。書籍中でも二次関数が苦手な人が多いことが主張されています。書籍中でも、偏差値ごとに輪切りにした大学グループの文系学部と理系学部とで実際に高校レベルの試験をさせて、比較調査をしておりそれらを根拠にて二次関数が苦手な人が多い事を結論づけています。なので、読者が高卒の人なら、復習の開始をすべき単元、学生時代に普通に勉強し人の場合、高校1年復習讐から始めるか、せいぜい中学3年レベルからの復習の開始でも十分でしょう。小学生むけのドリルなどは中学校の数学がそれなりに出来れば理工学の勉強には(小学校ドリルの復習は)不要と言えるでしょう。つまり、そうでない学力の低い大人が多い(全員ではありません)ということです。中学レベルの方程式の計算のできる人に対して小学校ドリルの計算練習をさせようとする大人がときどきいます。しかし、無視しましょう。

『分数のできない大学生』の刊行の後、続刊として『小数のできない大学生』『算数のできない大学生』とシリーズの刊行が続いたのを見れば、国の理想とする知能の大人なら「大学生の多くが、実際に分数ができないわけではない」と気づきそうなものです。しかし残念ながら世間にはそれに気づけない大人が多かったようでした。1999年当時『学力低下』が話題になりました。しかし、現代の視点からみれば、学力低下しているのはむしろ当時の大人の方でした。どういうことかと言えば、大学生よりも本を正確に読む国語力のない「いまどきの大学生は分数もできない」と読み取ってしまいさらにそれを主張しているのでした。

さて、今でも世間の教育評論では低学力な大人によるまちがった教育評論が形を変えつつはびこっています。世間には統計学の基礎が身についてない人も多く、そういった人が非現実的と感じる人もいるような教育評論を支持してしまいます。なので、非現実的と感じる人もいるような教育評論が通説になっています。

間違った評論家のパターンとして、統計用の数学の用語を暗記していても全く統計的な分析法が身についてない評論家も多くいます。しかし、世間も同様に統計学の用語を暗記するくらいで手一杯の人も多く、それによってか間違った教育評論の分析がなかなか淘汰されません。

とりあえず、比較調査の無い統計は統計学的にほぼ無意味、あるいは低い価値だと言っておきましょう(あくまで一人のウィキメディアンの考えであることをお忘れなく)。サンプル数が多くてもまったく比較調査をされてない人によっては読んでて頭のいたくなるような統計分析をする評論家もいます。であるからして、高校の復習のさいは、「脳をきたえるトレーニング」とか「読解力をきたえる訓練」とか「インド式 かけざんトレーニング」とかは不要です。普通に高校入試レベル(私立を含む)の平均的な受験国語や受験算数の受験勉強をして合格点をとれる能力があれば、当面の読解力や計算力などは十分でしょう。読解力はたしかに必要ですが、市販の「○○力をきたえる!」といった類の教材では、残念ながら読解力などは身に付かないでしょう。

また、どちらかというと読解力よりも、作文力のほうが必要です。論理的な文章を書く作文力のことです。論理的とは、反論のしようがない文章、あるいは反論しても(反論が)専門家などから支持されない文章のことです。けっして、単に論理学の用語をちりばめれば「論理的」な文章になるわけでないので、勘違いされないように。

どんなにその教育評論の支持者の数が多くとも、支持者の人数は無関係です。そもそも、学問では支持者の人数が多いことは学問の根拠になりません。

支持者の数を気にする人に向いてる職業は政治家や芸人や宗教家などです。政治学科や芸能学科とかに進学したい人は、どうぞ小学校のカリキュラム研究でもしてください。しかし、このページは、理工学の勉強法を説明する本ですので、クイズ芸人とかになりたい人は、他の書籍やウェブサイトをご覧ください。

大学レベルの化学・生物の知識からは、高校レベルの化学・生物の知識を導けない編集

大卒の化学卒あたりの学者は「大学の化学を覚えれば、高校の化学を暗記する必要は無くなる」などと言ったりしますがデマなので騙されないようにするべき、という人もいます。同様の例をあげると、たとえば「ルイス酸を覚えれば、高校の○○を暗記する必要はなくなる!」などと言ったりしますが、どの物質がルイス酸に相当するかを覚える必要があり、結局、暗の負担は減らないか、増えます。また、量子化学の法則を理解すれば、高校の○○を暗記の必要がなくなる」とか言いますが、その『量子化学』とやらの法則には不規則的な変化(軌道の混成や分裂など)が多く、結局その不規則的な変化を暗記する必要があります。そもそも不規則変化の多い量子化学の学説が、実際正しいか『法則』なのか疑問がありますが、既得権益的に大学の科目になっているせいでまともに検証されないことがほとんどだと言えるでしょう。

なぜ高校の復習が必要か編集

理由1: 海外の大学の学部生は日本の高校3年レベル編集

2020年現在の日本の高校レベルの数学と理科の内容は、まだアメリカなど諸外国の大学レベルです。 海外では、三角関数の微分積分を大学に入ってから習う国もあります。また、外国で高校で三角関数の微分積分を習う場合であっても、高校が4年制で19歳で三角関数の微積などを習う国もあります。バカロレアの「発展数学」は19歳が対象です。あれを高校3年生でやるのだとかいう詐術に騙されてはいけません。

ともかく、日本の高校レベルの復習は、海外での大学レベルの勉強にそのまま、つながります。

よく、知ったかぶりの現実を知らなかったりあまり学習しない人達文系が教育評論で「アメリカみたいに大学入学は簡単にすべき。代わりに大学の卒業を難しくするべきだ。」とか現実味を帯びていない言葉をホザいていますが、現実を知らなかったりあまり学習しない人達が海外の大学の実態を知らないでホザいてるだけなので無視しましょう。

アメリカの大学の学部の数学と理科は、実は日本の高校3年~大学2年レベルだったりします。しかも、アメリカの大学受験には、物理や化学などの理科が無かったりします。

実際、一昔前にあったテレビ番組『MIT白熱教室』とかみると、日本の高校レベルのことを、大学教養の物理として説明しています。


つまり、「アメリカの大学は入学後が厳しい、卒業は難しい」の実態は、単に、日本だと高校レベルの数学や物理・化学を習得してない現実を知らなかったりあまり学習しない人達が、落第させられてるだけです。

「アメリカの大学の卒業が難しい」といっても、結局、欧米の大学の理系科目でやってることは、日本の大学受験範囲の理系科目の勉強と、日本の大学入学後の教養課程と専門基礎科目のレベルだったりします。

ネット上では、現実を知らなかったりあまり学習しない人達が知ったかぶりで「日本の高校の授業は、欧米の大学教養のレベルだというのはデマだ」とかデマを言っていますが、和訳された洋書などに証拠がありますので、きちんと読みましょう。たとえば欧米の数学書では、から、アメリカの大学専門基礎レベルの数学書の翻訳(H.P.スウ原著の『工学基礎演習シリーズ』など)が出ていますが、たとえば複素解析の翻訳本を読むと、もちろん教科書の前半は、日本の高校の教科書レベルの計算問題です。

また、理科では、フィンランドの中等課程の理科教育を和訳した教材が化学同人(出版社名)から販売されていますが、「中等課程」というのは中学校のことではなく中学~高校のことですので、勘違いしないようにしましょう。内容は、日本の『化学基礎』(化学I)あたりのレベルまでです。

また、文系科目のハナシですが歴史学では、スタンフォード大の歴史学教授が、各国の中学高校の教科書問題について調べていて「日本の高校歴史教育の教科書の(特に山川出版の世界史Bは)レベルは、アメリカの大学レベル」だと評しています。


海外では大学受験浪人が一般的でない国も多いのです。浪人するにしても院受験から、という国も多いのです。

あと、よく「アメリカの大学では数学科が多く、数学科卒の需要が多い」と言われても、上述のことからも分かるように、アメリカの学部レベルの4年間の数学の内容って、日本の学部基礎レベルの大学2年~3年前期くらいまでの内容なので、日本の数学科関係者は勘違いしないように。


あと、アメリカの大学の学生で優秀な理系の人材とは、留学生だったりします。ユダヤ人とかインド人とかです。当然、かれら留学生は、日本の大学受験レベルの勉強は、高校生くらいの若い頃にしてるわけです。

ほかにも、出羽守がよく「でもハーバード大学のエリート教育では、日本の受験エリートとは違って、(以下略)」とか言いますが、そもそもMITとカリフォルニア工科大学(「カルフォルニア大学」とは別の大学)がアメリカの大学で理工系に優れた業績のある大学です。ハーバード大は医学系では優れた大学ですが、理工系はあまり有名ではありません。その医学系も、アメリカの医学部は院からなので、結局、医学部の入学までに日本のように大学受験レベルに相当する数学と理科を習得してるわけです。

ただし、今後の日本の理系離れ如何によっては、2030年ごろには日本とアメリカのカリキュラムは1年ほどしか離れていないかもしれません。差が縮んでいるのは事実です。40年前、日本のカリキュラムはソ連の直下とまで言われていました。

理由2: そもそも大学教育は残り世間的に受け入れられていない編集

2010年代のいまの高校で「情報」教科ってあって、ASCIIコードとかパリティとか、教えていますよね?

あの教育内容って、ほんの2003年くらいまで大学で教えてたレベルなんです。

西暦2001年ごろのインターネットやパソコンなどの普及で、社会においてコンピュータ科学の需要が増えたから、高校生でも情報科学・情報工学の要点が分かるように、教育方法が改善されて工夫されたのです。

このように、実用的かつ普遍性の高い学問って、高校生でも分かるように、教育内容が改革されて、大学教育よりも先に高校や中学で教育されるようになるのです。

高校の生物学なんかも、2010年代の今の高校の生物II(専門生物)とかの内容は、岡崎フラグメントとかバイオテクノロジーとかの内容が、やはり2003年くらいまでは大学入学後に教えてた内容なのです。


工業高校の教科書とか読むと、オイラーの材料力学とか、電気回路へのフーリエ級数の応用とかを、材料の転位の理論を、高校生に分かるように、しかも実用的を高めた教育内容にして教えてたりしてて、感心するでしょう。


また、普通科高校の数学や理科についても、じつは普通科高校の高校3年の数学3Cとか物理II・化学II・生物IIなどの理系科目にある単元は、工業高校など職業高校の生徒の勉強にも役立つように、レベルの高い内容の数学・理科の単元が選ばれています(そうしないと、工業高校や就職先の企業などから苦情が起きるので)。

では「大企業が、採用活動で高卒でなく大卒を研究職・開発職などで優先的に採用してるのは何か?」というと、単なる、学歴フィルターによる足切りです。

なので、大学で習うことって、じつは、ほとんどが「高校で教えるほどの価値が無い」と大学教育まで後回しになった残り、搾りなんですね。

例外的に数学とか医学などで、「どうしても高校生レベルに噛み砕いて教えるのは無理!」な感じの大学教育もありますが、しかし、ほとんどの大学教育は、「高校生に分かりやすく教えるほどの価値が無い。あとまわしでいい。」って見なされてるわけです。


読者が現実を知らなかったりあまり学習しない人達だと勘違いしてそうだが忠告するが、もしも残りものにされた分野が「真実だけど単に役立たない」「多くのサラリーマンには役立たない」だけなら、まだマシ。

下手したら、そもそも抽象的なだけの言説で真実を覆いかくしたりする可能性があるから、残りものなのである。「(サラリーマンのビジネスに役立たないだけでなく、)研究にも役立ってないのに、既得権益のせいで、なぜか淘汰されない」「教育ビジネスとしての大学教員の既得権益にしかなってない」の場合もある。

世間の現実を知らなかったりあまり学習しない人達は、単に「役に立たない」だけのものを、なぜか脳内で勝手に「真実だけど役立たない」と自己正当化を補って脳内変換するので、厄介である。

大学教授どもは認めたがらないが、後回しにされた学説や計算技術は、そういう可能性が否定しきれないから、後回しになってるのである。


そのような残りものの大学教育ですが、しかし日本では、まるで「抱き合わせ商法」( 「抱き合わせ商法」とは、たとえばゲームショップで人気作(ドラクエとか)と一緒に売れ残りの不人気作のゲームを売るみたいなアレ )みたいに高校卒業後の工学などの専門教育と大学教育が結びついているので、良質な専門教育を受けるために、しかたなく大学進学せざるを得ないのです。専門学校に行くと不良みたいな人達現実を知らなかったりあまり学習しない人達りだから、仕方なく大学に、となってるわけです。

大学教育を擁護するなら、せいぜい、大学教育なんて、高校教育のための補足事項です。「補足」と断るのは、たとえば、音楽とか絵画の芸術の創作活動とかでも、たとえば高校まで芸術活動をしてこなかった人達が、大学でいきなり達人になるわけ、ないでしょう。ああいうのと同じです。

だいたいね、もし大学教育が補足でなくて本質なら、先にそれを教えればいいんですよ。実際、日本の高校の理科でも、たとえば化学で習うポーリングの電気陰性度みたいに、(たしか、)諸外国では大学で教えてることを日本では高校で教える場合もあります。(たしか、)電気陰性度とか自由電子は、外国では高校で習わない場合もあります。


よくダメな大学教授どもは「高校と大学の教育は違う。大学の教育こそ、本物の教育だ!」とか現実味を帯びていない言葉をほざいていますが、大間違っていると感じる人が多い言葉なので、騙されてはいけません。


庶民の皆さんは、「大学教育」と聞くと、まるで秘伝のようなノウハウか何かがあると誤解しがちです。

しかし、そもそも近代的な科学(サイエンス)とは、職人芸的な秘伝をなるべく追放して(例外的に実験分野なので、どうしても対人的に直接指導したり、あるいは手先の器用さなどが必要な分野もあるが)、なるべく客観的な方法で多くの人が検証できるようにした、改革された知識体系こそが近代学問なのです。


だいたい、高校の教科書を書いてるのは大学教授だし、進学高校の教育は受験に合わせて行われますが、受験問題を作成するのも大学教員です。

もし高校教育が偽物なら、高校教科書を書いてる東大教授とかも偽物の学者だし、東大とか京大とかの受験問題を作ってる教授とかも偽物になるはずですが、もちろん、そんなわけ、ありません。

現実を知らなかったりあまり学習しない人達学者すぎて高校教科書を書く能力のない、三流の大学教授とかが「大学の教育こそ、本物の教育だ!」とデマを言ってるだけですので、騙されてはいけません。


もし、ある学生が大学受験の偏差値が高く、数学3Cとか物理IIとか理科4科目も含めて受験の5教科の成績が良いのに、ある大学教科書で学部1〜2年生むけ科目の教科書の練習問題を解こうとしてみても極端に難解だったり煩雑だったりしたら、それ、大学側の教育のほうがピント外れと思った方が良いですよ。

ともかく、そもそも大学教育は残りものです。「大学教科書よりも高校教科書のほうが教材として優秀」だと思ったほうがいいでしょう。大企業の新卒採用だって、大学の教育内容をあまり信用してないから、予備校などの出す偏差値ランキングで各大学ごとに新入社員の定員を決めたりして選んでいるわけです。

ただし、勘違いしてならないのは、けっして高校教師じたいが優秀なわけではないことに注意しましょう。あくまで高校は教科書や文部省の制定するカリキュラムと一部の受験参考書が優秀なのです。

しょせん、高校教師には大した競争もありません。そもそも、高校教師には「大学の学者を目指したけど、研究成果が上がらず、大学に残れず、大学教員になれなかった」ような人が、高校教師に就職していたりします。


大学が残りもの教育なのに世間では、しばしば大卒の人達が自己正当化のために「大学で学問の正しい勉強と研究の仕方を学べる」とか言いますが、もし本当にそうだったら、その学問の仕方やその研究成果などを高校生や高卒就職組とかにも教えてやればいいんであって(少なくとも公立大の卒業生なら、税金で学んでるんだから、そんくらい恩返ししてもらいたいもんだ)、なのにそれをせずに「仕方」(それば・・・ですが)とか「成果」やらを隠してるんですから、彼らは残りものなだけでなく人間性もカスですね。


人生で大切な、科学教育の学問の根幹は、高校教育までにほとんど教わっているか、学校で習わなくても芸術やプログラミングみたいに自分でも勉強できることであり、大学教育なんて、そのための補足事項です。


三流の学者は、電気物理のファラデーの逸話などを例に出して「大学で習う事は、すぐには役立たないけど、100年後くらいに、とても役立つ場合があるので研究しなければならない」とか言うことがあります。

しかし三流の学者のいう「百年後」が今だったり、すでに過去だったりします。20世紀の前半に量子力学や相対性理論やら素粒子論や宇宙論などが提案されて、100年目のころが21世紀前半の今です。

三流の学者は、「産まれた現実を知らなかったりあまり学習しない人達りの子供は、何の役に立つか分からなくても、育てなければならない」とかの比喩で擁護したりしますが、もはや相対性理論も量子力学も、100歳近い年齢であり、もはや産まれた現実を知らなかったりあまり学習しない人達りの理論ではないのです。

いったい、現代物理に分類される理論は、いつになったら子供から大人になるのでしょうかね?

近代物理とか近代数学とかのうち、現代であまり産業などに役立ってない理論は、残念ながら、大人になれなかったようです。


理由3 :大学教授には学説が仮説だと分かってない現実を知らなかったりあまり学習しない人達学者も多い編集

医学部などだと、実験事実や統計的事実と、学説とは、区別して教わることになります(少なくとも、タテマエ的にはそう)。学説は、あくまで仮説です。なので、医学書を読むと、「~~と考えられる」とか「~~の可能性がある」など、控えめな表現になっています。

なんで、わざわざ理学部・工学部でなく医学部の医学書の話をしたかというと、 つまり理学部・工学部の教授のなかには、学説と実験事実の区別のついてない現実を知らなかったりあまり学習しない人達学者も多いのです。

どんなに高名な学者のいった学説でも、学説は仮説です。

高校の理科の教科書は、ほとんどは「こういう実験をすると、毎回、こういう結果になった」という実験事実そのものが書いてあります。その実験も、理科実験室や、せいぜい幾つもある大企業の工場の設備で実験できるような実験が多く取り上げられています。

(※ 例外的に、高校物理にある素粒子や宇宙論は、世界で1つ~2つしかない特定の実験設備に頼ってたりする、学説が多い。なので、これらの分野には、あまり教育的な価値は無い。実際、1990年代は高校物理では、ああいった素粒子論は教えてなかった。欧州セルンでしか実験できない事とか、日本のカミオカンデでしか実験できないこととか、特定の一箇所でしか実験できない「実験事実」は、果たして本当に実験事実なのか、もしかしたら別の場所で実験してみたら別の結果が出るんじゃないかとか、そういう不安がつきまとうわけです。)


研究では、実験結果に応じて、自分で立てた学説ですら、学説を修正する能力が求められます。

たとえば、2018年ノーベル医学賞をとった抗pd-1受容体などの免疫チェックポイント阻害剤は、当初、見当違いのアポトーシスの受容体だと思われていたので、「プログラム・デス」program deathということでpd-1という名前がついているのです。しかし、彼らの研究チームは、実験を進めていくにつれ、アポトーシスとは無関係らしいことに気づいたので、学説を修正していき、そして必要な実験を続けていったわけです。


理学部や工学部では、困ったことに、実験事実と学説を混同してるヒトもいます。

たとえば、量子力学の電子スピンは、実験事実ではありません。実験事実なのは、シュテルン=ゲルラッハの実験や、アインシュタイン=ドハース効果の実験です。

ところが、学説に過ぎない電子スピンを、世界各国の現実を知らなかったりあまり学習しない人達大学では、あたかも真理かのように教えて、大学1年の化学の授業で暗記させたり、そういった教科書も著作したりする、三流の物理学者や電子工学者や暗記現実を知らなかったりあまり学習しない人達化学者などが、後を絶ちません。

そして案の定、まったく応用に結びつきません。

「スピン」理論で応用に結びついてるのは、陽子と中性子の核スピンの、核磁気共鳴法への実用です。電子スピンは、(学説への応用を除くと、)まったく実用化していません。スピン注入トランジスタとか、いつになったら実用化するんですか?

このように学説を修正できない現実を知らなかったりあまり学習しない人達学者もいます。たとえば「昔のノーベル賞を取った高名な学者が、こういってたから~~」と言う理由で、いまだに量子力学とかをそのまま暗記してるような人もいます。


量子力学で「パウリの排他律」というけど、新説に慎重で批判的だと知られるパウリがお墨付きを与えたから凄いとか言われるけど、そういう属人的な評価は科学の証明ではないのです。

どうも物理学者の現実を知らなかったりあまり学習しない人達どもは、必要条件と十分条件の違いが理解できてないようです。数学の授業で「必要条件」「十分条件」と学習しても、それを応用できない現実を知らなかったりあまり学習しない人達のようです。


プランクのいうエネルギー量子化も、それはそもそも、本来は熱輻射の量子化という学説であって、果たして全てのエネルギー単位が本当に量子化してるかどうかは検討が必要ですが、しかし世界各国の大学では「万物のエネルギー単位が量子化してる筈」だという宗教が、まかり通っています。

そういう宗教を信仰しないと、これらの分野の物理学科の研究室は卒業できないようになってしまってるからです。


まるで法学における憲法学会みたいです。


大学には「学問の自由」というのがあるので、法律で現実を知らなかったりあまり学習しない人達の勘違いを否定するわけにも行きません。現実を知らなかったりあまり学習しない人達な政治家に投票するのも権利なのと同じように、現実を知らなかったりあまり学習しない人達な学者の現実を知らなかったりあまり学習しない人達な学説が存在するのも「学問の自由」です。


なので、高校卒業までは学問の自由が無いので、一見すると堅苦しそうにも見えますが、裏を返すと現実を知らなかったりあまり学習しない人達学者をノサばらせない環境ですので、高校の理系の教育には高品質な教材(教科書・参考書)が多くあります。

だから、まずは高校の復習をしましょう。

高校の復習をどうやるか?編集

高校3年レベル以上の学力が無い場合、まずは高校の学問から勉強してください。

けっして進学高校の高校生と同じペースで受験勉強してはならない編集

日本の大学教授には世間知らずのヒト(あんな奴ら「人」ではなく「ヒト」でいいや)が多く、大人なのに法律とか簿記とか、まともに知らないヒトも多くいます。特に理系の大学教授には、そういうヒトが多くいます。登記とか、連帯保証制度とか、まともに知りません。

で、理系の大学では、こういう世間知らずの大学教員たちが、大学では自分たちの専門現実を知らなかったりあまり学習しない人達の経歴を正当化するために、偏ったハイペースの授業カリキュラムを展開しており、ほぼ毎日、その学科の専門科目現実を知らなかったりあまり学習しない人達りを勉強してないと、授業についてけないようないハイペースで授業をします。

まだしも教授本人が登記・連帯保証とかの仕組みとか知らないだけならいいけど、理系の大学生がそういうのを勉強しようとしても邪魔するようなカリキュラムを、理系の大学教員たちはカリキュラムで組んでいます。


「でも偏差値の高い理系大学では、文系科目の教授にも、高名な論語学者とか経済学者とか社会学者とかニュース解説者とか、いるじゃないか?」とか思うかもしれませんが、単に教員として在籍しているだけです。その文系の学者自体、理系科目の勉強は大して出来てませんし、もう一方の理系科目の教授たちも全く文系科目や社会科を勉強してません。

「でも経営工学の科目とか、最近の大学には、あるじゃないか?」とかいうかも知れませんが、一部の大学の一部の学科にしかないことと、あっても教育内容が形骸化 & 実務から乖離しており、商業高校レベルの法知識すら教育できてません。

「でも理系でも東大理系卒とかで大企業の社長のヒトとかいるじゃないか?」と反論されるかもしれませんが、日本のああいう大企業の社長はサラリーマン社長です。


ともかく高校の理科教育も、そういう理系の大学の悪しき慣習の影響を受けており、高校理科の専門『化学』・専門『生物』などの科目のセンター試験対策が、工業高校の機械工学や商業高校の簿記や民法などの実学などと勉強が高校3年間では両立できるようになっていません。

それどころか理科どうしでも、センター試験ですら、現役の高校3年間のうちにセンター試験対策するのすら、もはや困難な分量になっています。(物理基礎・化学基礎・生物基礎までならギリギリで可能かもしれないが(部活などは入らないか幽霊部。受験勉強以外の読書は一切しない。などの条件が必要)、専門物理・専門化学・専門生物・専門地学を入れると、3年間では、もう無理。)



対策

また、このような状況への対策として、社会人で高校大学レベルの学問を独学しようとする学生は、けっして「5教科の受験勉強が終わってから、工学や商学を勉強しよう」と思うのではなく、なるべく高校レベルの5教科の勉強をしているうちに、工業高校の機械工学・電気電子工学や商業高校の簿記・民法などを勉強するように心がけたほうがよいでしょう。

センター試験対策は無視する編集

実際に赤本を読んでみて確認したところ、センター試験の理科や数学は、現実を知らなかったりあまり学習しない人達文系に合わせて作られています。

日本の受験国語が実務とズレているのは、よく教育評論で指摘されていますが、センター試験の理科と数学も同じです。

あんなセンター試験の理科みたいなのを解けなくても、少なくともwikibooksというwebサイトで高校理科の教科書を著作するくらいのことは可能です。


たとえば、センター試験の生物や化学では、引っ掛け問題みたいなのが多くあります。しかし、そもそも実社会では、紛らわしい概念は説明に用いない事こそ、実務です。(国語で、そもそも試験問題にされないような文章を書くことこそ、実務で要求される能力なのと同じです。)

ああいうセンター理科みたいな悪門を「本格的な理科の勉強」と思ってはイケマセン。

センター試験では4択問題とか5択問題とかよくあって、選択肢の中からそれっぽい選択を選ぶのが受験テクニックになっています。しかし実社会では、そんな都合よく4択~5択の選択肢なんてありません。


困ったことに世間のニワカ理系どもは、引っ掛け問題みたいな試験対策を必要とする問題であるほど「思考力を要求する良問である」とか擁護するので、悪問がまったく淘汰されません。当然、その引っ掛け問題を解ける自分のことを「思考力の高い優れた人材」とか思ってやがります、現実を知らなかったりあまり学習しない人達のくせにさ。

どうしてもセンター理科を勉強するなら、なるべく「物理」科目みたいに、文系受験生の少なそうな科目から優先的に勉強しましょう。

センター試験の理科は、

(良問) 物理 > 化学 > 生物・地学 (悪問)

の順に、文系受験生が多い科目ほど、実務とがズレた出題現実を知らなかったりあまり学習しない人達りになります。

また、センター試験の生物・化学は、実質的に暗記科目とかしており、やたらと細かい知識を問う問題現実を知らなかったりあまり学習しない人達りです。

この理由は、センター試験では、科目が選択式なので、物理などの計算の多い科目の受験生が不利にならないように、暗記問題の多い生物では、細かい知識を問う問題が多いのです。


2010年以降の現在では国立大卒が全てセンター試験を受験してるので、人達は自己正当化のため「センター試験は良問である」などと擁護しますが、しかし本当は、センター試験の導入の黎明期の1990年代には、当時の大学教員からはセンター試験制度が批判されてたのを知っておきましょう。


旧課程は不要編集

むかし、『生物I・II』とか『化学I・II』とかの教科がありました。

高校の復習では、旧課程は不要です。

その理由は、そもそも旧課程の構成が時代遅れだからです。これは生物学が例として分かりやすいでしょう。

昔の大学レベルの生物学は、今とは違い、比較的に博物学的な内容でした。しかし西暦2000年ごろから急速にバイオテクノロジーが発達し、そして西暦2005年ごろから大学生物学ではDNAなどの最新の理解をもとに再構成しなおす教育改革が行われ、大学の生物学教育がしだいに改革されていき、そして高校でも西暦2015年以降に現代的な教育法による新課程が適用されるに至ったのです。

西暦2000年ごろの教育評論で、生物学者の大学教員の教育評論などを読めば、当時の(比較的に)博物学的な大学生物学の教育内容を批判している論説などもありました。(背景事情として当時、『分数のできない大学生』シリーズが売れていて、それで大学では教育評論が活発だった。)


ネット上では、旧課程の『生物I』の範囲と比べて新課程の『生物基礎』の範囲が教科書では狭いことで、新課程を「学力が低い」などと批判する言説もありますが、しかし旧課程には上述したような時代遅れと言う欠点があります。

「物理」科目みたいに旧課程と新課程であまり違いの無い科目もありますが、だからといって、わざわざ旧課程の教材を探す手間は不要でしょう。


文系科目の要求水準編集

文系科目の暗記は不要編集

大学の理系科目の勉強では、高校の文系科目の受験レベルの暗記は不要です。「脱ゆとり教育」の現在なら、せいぜい市販の高校用のワークブックなどで一般の公立高校の定期試験レベルに文系科目が出来れば、もう十分です。

そもそも、今の中学校(高校ではなく)の社会科の教科書レベルは、昔の高校の地歴公民の、高校の教科書レベルです。

2010年代の現代では(補助金による予算の多い)国立大のセンター試験科目に文系科目が入っているので、あたかも日本の科学者は高校時代は文系科目の成績が良かったかのように誤解しがちです。

ですが、実は大学入試で国立大が5教科入試を始めた時期は、共通一次の導入時からです。また、共通一次の配点の方式も、理系学部の配点は、理系科目を重視する、いわゆる今で言う「傾斜配点」です。

共通一次以前の入試は、実は国立大のほとんども3教科入試でして、数学・理科・英語の3教科のパターンです。現代の私立理系の3教科入試は、昔の国立大の理系学部の入試方法を真似ただけです。


現代日本では、世間の現実を知らなかったりあまり学習しない人達文系の暗記現実を知らなかったりあまり学習しない人達どもが、自分たち文系が理系科目をまともに勉強してないのを棚にあげて(物理IIどころか物理Iも分からない現実を知らなかったりあまり学習しない人達文系は世間に多い)、理系の人に過度な文系科目の学習を要求してきます。

その際、あたかも昔から日本の理系の大学入試では文系科目が課されたていたかのようなデマを流しますが、しかし所詮はデマなので無視しましょう。彼ら現実を知らなかったりあまり学習しない人達文系はデマを流すくせに、自分たちは理性的で冷静だと思ってるあたり、人間性が本当に劣悪ですね。

高度経済成長期という実績のある時代の国公立大の大学入試の教科数は、基本的に3教科入試です。入試でセンター5教科とか言い出したのは、不動産バブルが弾けて日本が平成の長期不況に入った前後のころからです。

あと、導入初期のセンター理科は、物理Iや化学Iなど、現実を知らなかったりあまり学習しない人達文系向けのイージー版であるI科目までしか出題されず、物理IIや化学II・生物IIとかはセンター試験に出なかったことも覚えておきましょう。当然、数学IIIとかもセンター試験に出ないわけですね。そのうち現実を知らなかったりあまり学習しない人達文系が歴史を捏造しだすだろうから、私たちは対策を備えておかなければなりません。

あと、ハナシは変わりますが、企業の年配の人とかは、現代の入試の動向に疎く、センター入試に数学IIIが出ないこととか、まったく知らない人もけっこう多くいたりします。特に高卒の社長とかだと、こういう入試制度の情報を、まともに知りません。日本の中小企業での大卒採用は、こういう入試情報オンチの人の気分で決められていたりします。

文系の教育は改革が放置されてきた

いくつか前の節で主張した、「大学の教育は残りものだけど、高校の教育は精選されている」的な主張と食い違ってるじゃないかと思うかもしれません。「高校の文系教育も精選されてるのではないか?」と思うかもしれません。ですが、食い違ってないのです。日本の高校教育で内容が精選されてるのは、理系の科目だけです。

文部省が2020年以降に教育カリキュラムを大幅に改革する理由は、日本の文系の大学教授たちが、文部省が長年、教育改革を文系に要求してきたのかかわらず、しかし文系の学者の怠慢によって教育がぜんぜん改革できてなかったので、ついに文系の学者の教育の既得権益の一部に引導を渡すために教育改革をするのです。

『歴史総合』『地理総合』とか新科目が出てくる理由は、それまでの大学入試で大学側が、理系の受験生にはセンター試験とかで『世界史B』とか要求するのに文系受験生には『生物I』とかで済ますみたいな、明らかに理系に不利な不公平なことを長年、日本の文系の学者や大学がしてきたからです。

高校国語の『現代文』『古文』のくくりが廃止されて『論理国語』・『文学国語』に分かれるのも、背景事情として、文部省は大学などに改革要求として「日本の国語教育では今後は文学教育だけでなく、論理的な文章を読み書きする教育もしてきてね。」とか「分かりづらい悪文を読解する教育でなく、そもそも悪文を書かない作文の教育をしてね。」とか長年、文部省は大学側にお願いしてきたにもかかわらず、しかし大学の文学者が既得権益を守るために、ひたすら文学の解釈暗記みたいな大学入試を出してきて、高校教科書もそれに合わせてきたという、背景事情があります。

文系の学者は、『学問の自由』を口実にして、教育改革に抵抗してきたのです。理系では、高校教育では余計な暗記を減らすために用語の平易な言い換えや、構成の大幅な変更(たとえばDNAは昔は高校3年で習ったが、今は中学3年でDNAを習う。そのため、昔は中学や高校1年で教えてた内容でも、今は高校3年に後回しにしている)とかを続けてきたのに、文系の学者たちは改革を無視・放置してきました。

文系科目で内容の精選されているのは、中学卒業までの内容です。それほどまでに、文系の学者は、入試内容の改革や教育内容の改革を放置してきたのです。

どうしても文系科目を勉強したいなら、なるべく『歴史総合』や『論理国語』の教育が実施されて検定教科書が出版されてからにしましょう。


英語は高校標準レベルでいい編集

明治時代とか戦前昭和の旧制高校のエリート高校生が東大受験とかに向けて勉強してた受験英語の水準ってのは、じつは戦後では日本の私立大の平均的な偏差値50あたりのレベルの大学入試問題とかと同じくらいのレベルの問題です。ひょっとしたら、戦前の東大入試の英語は、戦後の高校英語の教科書レベルかもしれません。これは1990年代ごろに英語学者の川成洋(かわなり よう)が調べ上げて著書で発表しています。

つまり戦後の受験の英語教育が、レベルが低かったことを示しています。

英語力なんて、「脱ゆとり教育」の現在なら、当面は高校の教科書レベルで十分です。

英語力よりも、数学や理科の知識を国際水準にまで引き上げることのほうが重要です。これは、1999年以降に出版された『分数が出来ない大学生』シリーズで数学者の戸瀬信行(とせ のぶゆき)などが昔から主張していることです(当時、いちぶの私大では英語の1科目入試とかが流行していたので、それへの反論として主張していた)。まあ、日本は既に国際的には理系科目のレベルが高いのですが・・・。日本の高校レベルは、欧米では大学教養レベルですので。


なお、現在の日本の高校で習う英単語は、欧米の小中学校のレベルです。

で、理系分野の論文とかでは、あまり文学的な言い回しとか、使いません。英語は世界共通語なので、平易な言い方を使うように、世界中の科学者が心がけているのです。

理系人材に必要な語学力は、当面は、日本の高校必修レベルで十分です。

ちょっとくらい教科書にある語法の典型例と違ってても、実際の科学技術の翻訳の実務では問題ありません。そもそも、もし to と for など似た意味の前置詞なのに、ある動詞のあとにつく前置詞を取り違えるだけでも意味が大幅に変化するような語法・構文は、そもそも実用性が乏しい語法・構文ですので、教育的に不適切です。go to と go from のように前置詞の意味が正反対ならともかく、高校レベルのある単語の語法で to と for を違えたくらいでは、実際の翻訳の実務では、問題ありません。

また、go on (続く)とか、理系英語の実務では使いません。continue のほうが正確ですし、誤解も少なくなります。正直、語法はかなり実務では不要です。

このgo on のcontinue の言い換えのように、日本の高校生にとって意味の紛らわしい語法は、欧米人にとっても、やはり意味が紛らわしく、なるべく使用の避けられる語法なのです。

少なくとも、いちいち語法の細部を暗記しないと使えないような語法は、科学技術では不要です。英語の勉強は、基本的な文法・構文と、英単語の基本的な意味だけを覚えればよく、そのために例文を何回か書き取りすれば十分です。語法の勉強は、その単語のニュアンスをつかむために勉強すれば十分です。

なので、もし入試でこういう細かな語法を要求する大学がそれば、そもそも実務とズレていますので、なるべく勉強を無視しましょう。(たぶん、そのうち文部省から引導が、高校・大学の英語科目に渡されるでしょう。英語科目でも、高校国語『論理国語』や歴史科目『歴史総合』のように、文部省から引導が何らかの形で渡されるでしょう。)

例外的に、医学用語とか生物学用語とかの名詞でラテン語とかドイツ語の名詞がありますが、せいぜい名詞レベルです。ラテン語とかの文法を学ぶ必要は無いのです。

しかも、そういうドイツ語とかを実用できるようになるのは、まずは高校~大学専門基礎レベルの生物学・基礎医学(生理学・薬理学など)を学習したあとです。


日本の大学入試では英語が必須なので、英語のメリットを過度に主張する人がいます。ですが、学習時間というコストを払うことになりますので、英語の勉強はホドホドにしときましょう。英語に勉強に時間を投入しすぎると、そのぶん物理など他科目の勉強時間が減ります。


また、英米人の企業や機関などが、自国の立場を優位にするために、諸外国に英語スキルや英会話のメリットを過度に主張したりします。しかし、それは外国をマインドコントロールするための宣伝工作です。発展途上国のフィリピンや南米のように、たとえ英語やスペイン語だけが話せても、工業技術が未熟なら、フィリピンや南米諸国のように発展途上国です。英米ではホームレスでも英語を話せたりします。ドイツ国なんて、英語ではなくドイツ語を話しますが、しかし工業技術が高度なので先進国なわけです。

そもそも翻訳の実務では実務での、外部公表するような正確かつ流暢な英作文は、普通の世界企業では、アメリカ人やイギリス人のアメリカ出身・イギリス出身の英語話者が行います。日本人は、彼ら英米出身の英語話者に日本の情報もしくは東アジアの状況を伝えられれば実務では十分なのです。

逆の立場で考えれば分かりますね。日本に出張している外国人の科学者に、いちいち日本語で流暢に作文させますかね? せいぜい、日本滞在中の欧米出身の科学者に日本語を書かせるなら、カタコトでもいいので日本の小学校レベルの日本語でも丁寧文で書いてくれれば、十分でしょう。

※読者が外務省とかを就職先に志望するならハナシは別ですが、そもそも本件は理工系の勉強法のハナシですので、外務省とかは無視します。

高校必須でない英単語は、理系の専門用語を除けば、後回しにすべきです。どうしても高校必須を超えた単語を勉強するにしても、入試基礎レベルとかでも十分です。

復習に必要な教材編集

高校数学Iから高校数学IIIと、高校理科の物理II・化学II・生物IIの参考書が、必要です。

高校理科を、まだ物理・化学・生物・地学の4科目とも、市販の参考書(数研出版チャート式および文英堂シグマベストなど)を読み終えてない場合は、少なくとも物理・化学・生物の参考書は何回か読んだほうが良いでしょう。

「わたしは高校時代は文系コースだったので、数学IIIや物理IIなどは習ってない」という人は、まずは検定教科書を購入してください。読者のみなさんの地元の、教科書取り扱い書店で(読者のみなさんの高校入学の時に、高校教科書を購入しにいった、あの書店です)、検定教科書を注文できるはずです。

高校の参考書は一般的に、検定教科書を読んだことを前提にしており、検定教科書では省略された詳細を説明するスタイルが一般的です。なので、文系コースだった人が、いきなり参考書を読んでも、全体像をつかみづらく、非効率です。

2010年代の今のところ、参考書業界の出版状況では、参考書だけでは高校レベルの入門的な独学は困難な状況ですので、文系コースだった人には検定教科書が必要です。


以降の説明では、前提として、数学IIIや物理II・化学II・生物II の検定教科書を、人生で少なくとも1度は通読して読んで、その教科書の計算問題なども、ひととおり発展問題くらいまでは練習した、ということを前提に説明します。


また、駿台文庫(すんだいぶんこ)の「微分積分」の参考書か、または、『モノグラフ』シリーズの「積分」の参考書を、数学IIの学習時に購入しておいてください。

なぜなら、積分の本来の定義は、高校の教科書に書いてある定義(微分の逆演算)とは異なり、「区分求積法」(くぶん きゅうせきほう)による定義が本来の定義です。たしか、モノグラフや駿台の分野別参考書で扱われているはずなので(※ 未確認)、購入して勉強しておいたほうが良いでしょう。

大学の物理で用いる積分では、本来の積分の定義でないと、あまり役立ちません。 しかも、化学など他科目でも、大学物理の知識が用いられるので、もし積分の本来の定義にもとづく理解をしてないと、物理だけでなく化学などの他科目にも波及していき、被害が大きいのです。

なので、駿台文庫(すんだいぶんこ)の「微分積分」の参考書か、または、『モノグラフ』シリーズの「積分」の参考書を、数学IIの学習時に購入することで、本来の積分の定義を学ぶ必要があります。

「大学では、生物は化学になり、化学は物理になる」編集

高校では、「物理」科目と「化学」科目と「生物」科目は、あまり、お互いの内容を使いませんでした。

しかし、大学では、そのような制限は、取っ払われます。

一般に、大学の理科教育を評して、「大学では、生物は化学になり、化学は物理になり、物理は数学になる」などと言われます。

なので、まずは、高校の数学IIIと物理IIと化学IIと生物IIを、すべて教科書レベルは習得しておく必要があります。

なお、さらに「大学では、数学は哲学になる」などとも言われますが、しかし、ここでいう「哲学」とは、公民科目の「倫理」科目とは意味がまったく違いますので、あまり気にしなくて良いです。


大学受験の受験参考書を用いた、高校復習の方法編集

さて、高校生向けの参考書を用いた復習の説明に入ります。

問題集は入試平均レベルまでを編集

理科では、チャート式やシグマベストだけでは、計算練習・問題練習が不足する場合があるので、参考書とは別に問題集が必要です。

入試平均レベルの問題集を購入して、計算練習をしてください。理科では、参考書だけだと、典型的な例題や基本問題しか描いてない場合があります。

数学の問題集も、ついでに購入してしまいましょう。数学は、高校参考書でも計算問題が多くあるので、問題集は買わなくても対応できますが、どうせ理科の問題集を買うのだから、ついでに数学のも買ってしまいましょう。ただし、数学の問題集は、入試平均レベルまでで良いです。

数学の問題集のなかには、とても難問の多い問題集もあります。そのような問題集は、現代の理工系の大学での勉強には、ほぼ不要です。

世の受験生の中には、理科や社会科の勉強をせずに、数学と英語だけを重点的に勉強して、私大の数学科の難関大学の入試で、高得点を取ろうとする人がいて、また、そういう入試方法をする私立大学があるので、そういう人向けの難問の問題集が、あるのです。

また、文系志望の受験生向けに、国公立の難関の文系学部や、私大文系の入試数学の一部では、数学1Aや数学2Bの、やたらと難しい問題が、入試にはあります。

そういう難問をあつめた難問集を、物理や工学などをめざす我々は、相手にしては、いけません。じっさい、工業高専(工業高等専門学校)むけの数学や物理の教材を読んでも、数学1Aとかの受験数学の難問なんて、ぜんぜん扱ってませんし、高専の3年生までの数学や物理は、普通高校の教科書の問題と、ほぼ同レベルです。受験数学のような重箱の隅をつつくような難問なんて、解けなくても大学レベルの理工学を理解することは十分に可能です。

もしかしたら時代によって、教育政策の変化などによって高校参考書のレベルが変動することがあるので、もしこのwikibooks学習方法の記事が書かれた時期から年月が経ってしまい状況が変わってしまったら、とりあえず(未来の)その時代の高専あたりの教科書を参考に、理工学に必要な数学・物理の平均的な難度を推測するのがよいでしょう。

とにかく、現状(2018年ごろ)では入試発展レベルの問題集は、なるべく無視する必要があります。


では、計算問題の多くある参考書・問題集を購入したとして、使いかたを説明します。

計算問題などは、章末問題を除いて、発展問題までは解きます。

(たいていの高校数学の参考書では、問題の順序は、 例題 → 基本問題 → 練習問題 → 応用問題 → 発展問題 → 章末問題 、のような順序であろう。)

大学入試の理系科目の入試問題の種明かしをすると、実は、平均的な数学や理科の大学入試問題のいちぶは、大学で習う内容を、高校生でも分かるように高校で習う数学を用いて説明した問題が、いくつか出題される場合があります。そのような大学レベルに入り込んでいる入試問題が、受験参考書の、応用問題~発展問題あたりに、しばしば、ひそんでいます。

特に、高校3年で習う数学3や、物理II、化学II、生物IIの、参考書の応用問題~発展問題あたりに、ひそんでいることが多いのです。

なので、標準的な受験参考書にある、応用問題~発展問題までは、いちおう計算練習をしておいたほうが、良いのです。


それが終わってから、大学レベルの勉強をしたほうが効率的です。

なお、上記のハナシは、検定教科書のハナシではなく、あくまで参考書のハナシです。検定教科書しかない場合で、検定教科書で計算練習をする場合は、なるべく章末問題も問いてください。


理科3科目の参考書の『チャート式』シリーズと『文英堂シグマベスト』シリーズは、両方とも買ってしまいましょう。

それぞれの参考書には、一部、大学レベルの事が書いています。基本的にはチャート式のほうが記述が細かいのですが、ところどころシグマベストのほうにしか書いてない話題もあります。また、チャート式の理科は練習問題がやや不足しがちです。

いきなり大学レベルの教科書をあれこれと十何冊と買うよりも、まずは高校参考書および大学受験参考書の定番である、『チャート式』シリーズと『文英堂シグマベスト』シリーズの理科3科目の参考書の6冊(3科目×2社=合計6冊)に書いてあることを抑えてしまうほうが、安上がりです。

6冊というと価格が高そうですが、しかし大学教科書の値段と比べたら、高校参考書は安上がりです。 大学教科書の価格の相場は高く、たとえば比較対象として高校チャート式の6割(60%)くらいの厚さの大学教科書でも、値段はチャート式の6割増し(つまり値段は160%)だったりします。 なので、高校参考書6冊を買ってしまうほうが、遥かに安上がりなのです。

なお、高校3年生の範囲のカリキュラムに対応してる参考書を、もちろん買ってください。参考書の中には、センター試験対策などの目的で、高校2年生レベルまでしか対応してない参考書もあります。

では、上述の高校レベルの内容を勉強してある事を前提に、以下の文に、大学レベルの理工学の勉強法を説明します。


中古は不要。古典的な参考書はほぼ不要。編集

中古は不要編集

理科では、中古の教科書・参考書は使い物になりません。たとえば、生物学では、昔は今よりも、DNAについて教えるのが遅かったという時代もあります。(当時はまだ、バイオテクノロジーが、今ほどに発達してなかったなど。) 

昔は、iPS細胞どころかES細胞すら知られていなかった時代すら、あります。

化学でも、導電性プラスチックどころか生分解プラスチックすら、まったく世間一般には知られていなかった時代もあります。

なので、すくなくとも2010年代の当面のあいだは、参考書の購入では、かならず新品を買いましょう。生物学や化学などの、暗記系の要素が比較的に強いとされる科目では、中古は使い物になりません。

古典的な参考書はほぼ不要編集

高校カリキュラムが定期的に変更するので、運わるく、変更後のカリキュラムに欠陥がある時代もありますが、変更前の旧カリキュラム版の参考書が必要になる場合もありますが、しかし、たとえ、そのような場合でも、変更後の新カリキュラムに対応した理科の参考書も、購入しておきましょう。

また、あまりにも変更後のカリキュラムの評判が悪い場合には、参考書の出版社や、予備校の出版社が、旧カリキュラムを基準にした参考書を出版しますので、われわれ読者は、安心して書店で参考書を購入すれば充分です。

なお、書店では、社会人向けに、「むかしの理科のカリキュラムに、現代の内容を加えた説明をする参考書」がありますが、それは検定教科書を購入してない人に向けた教材ですし、また、大学進学を目指していないこともあり、現代の大学レベルの学習には不十分です。

また、「むかし懐かしい入試問題の数学の難問を集めました」的なキャッチコピーの参考書は、われわれには、しばらくは不要です。(ああいう本が必要な職業は、大学教師や教育学者の側でしょう。) 昔の参考書は、難問集にかぎらず、現代とは傾向がズレていますので、後回しにしましょう。

というか、そもそも昔の教育のほとんどがダメだったから、改革が行われるハメになり、その改革の結果、現在の教育になってきたのです。中には昔の教育の中にも、現代に役立つのに忘れられてしまった知見もあるでしょうが、大多数は単にダメだったから淘汰されただけです。

たとえば、昭和~平成10年ごろまでの日本では、今よりも、大学入試の難問を解く能力が、過大に評価されていた時代があったのです。その後、大卒の就職難などの不況や、コンピュータ産業の発展などにより、現代人に必要とされる知識が変わっていることに社会が気づき、そして高校教育の内容が修正され、入試の出題傾向も修正されていったという経緯があります。

高校教育は文部科学省などの圧力により修正されていっていますが、しかし2019年の現在ですら大学の理工系の学部では、理系では大学教育の内容がまともに修正されていません。

国語の勉強で、そもそも読解しづらい悪文を書かないことこそ本物の国語力のように、工学でも、本当は、そもそも計算のヤヤコシイ問題をつくらない事こそが設計のノウハウです。規格や実証試験や実験結果や作図などを援用して、なるべく問題を初等的に置き換えます。

たとえば、耐久試験など各種の実証試験の結果を援用することにより、そもそも、実務では多くの計算が不要になります。しかし大学では実証試験を無視し、実務では本来計算のする必要の無い問題をつくり、それを試験問題として出題します。

また、工業規格なども、計算を省略する目的に役立ちますが、しかし大学では規格の存在を無視します。

つまり、工学の計算練習というのは、本来は、原理を理解できれば充分なのです。また、けっして、受験問題を短時間で解くような高速の計算は、本来は不要です。

実務で必要な実証試験には、月日が掛かります。そういう月日の掛かる仕事をコツコツと努力してくれる人こそが、本来は技術者に必要なのです。 また、実証試験をするには、数学・物理だけでなく、工具や工作機械などの取り扱いに習熟することも必要です。しかし、そもそも大学教員自体、そういう工具を取り扱えない人たち現実を知らなかったりあまり学習しない人達りです。大学教授たちは、自分たちの価値を否定する、工具や工作機械などの練習は、軽視します。、大学教員こそ、自己改革の不足しているダメ人間なのです。

日本国をふくむ多くの国の大学教育は、こういった実証試験などの実務を無視し、大学入学後の定期試験でも受験問題のような小難しい試験現実を知らなかったりあまり学習しない人達りを出題しており、大学の授業もその対策に合わせています。

もし誰かが大学教育を修正しようと思っても、伝統工芸のように大学教育が神聖化されてしまっており、大学教員たちの集団は修正しようとしません。なるほど、過去の宗教ってのは、こうやって教育産業の人達が既得権益化していって成立していったんだなあ・・・と勉強になりますね。『信教の自由』とは『学問の自由』や『言論の自由』とも結びついているようです。

現在の大学教育の内容が時代遅れだと思ってる人は、そもそも大学に就職したがりません。 つまり、理系大学の時代遅れっぷりの分からない現実を知らなかったりあまり学習しない人達現実を知らなかったりあまり学習しない人達りが大学に就職したがります。つまり、カルト化しているです。

日本の大学の実態はこのような体たらくなので、なるべく改革の進んでいる高校の勉強を優先しましょう。

アメリカの大学に先端技術がある理由は、けっして「大学だから」最先端なのではありません。「アメリカ合衆国さま だから」先端的なのです。、もしアメリカ様が教育改革をして「中学と高校でも科学研究を始めるぞ~~」って決定したら、今度はアメリカの高校が先端になります。

ちなみに、理系の大学の実験装置を設計・製造している職業の人は、じつは民間企業の工員です。製造だけでなく設計も、民間企業の技術者です。分野によっては、中小企業の高卒の人とかが、実験装置を設計していたりします。(設計者は試作品を自分で組み立てたりするので、ある程度の製造の知識も必要になる。)

大学の研究者は、実験装置を自分たちの研究室に合わせてカスタマイズしているだけです。せいぜい、大学生は、部品の一部を組み立てているだけです。

なのに大学教授たちが大間違っていると感じる人が多い言葉で、まるで自分たちが設計しているかのように喧伝しますが、しかし間違っていると感じる人が多い言葉なので騙されてはいけません。

たとえるなら、理系の大学の研究は、官僚の仕事のような外注です。技官のようなものです。『黒部の太陽』こと黒部ダムを作ったのは、通産省(現在は経済産業省)の官僚ではなく、土建会社の作業員です。

科学研究でも、実際に中枢部品を研究しているのは企業です。

昔の教科書は役に立たない?編集

最近の学習指導要領はスカスカにされているため、あえて昔の教科書を復刻しようという動きが高校と大学で見られます。典型例が「新装版 アントンのやさしい線型代数」です。

小学最強の教科書は「尋常小學算術緑表紙(啓林館)」、中学最強は「現代化新訂数学復刻版(啓林館)」、高校最強は「高専数学シリーズ(大日本図書)」で、これが覆ることは25年はないと思われます。ただし、前二者は復刻版なので在庫がなくなれば終わりになるし、わざわざこれを買うくらいなら新装版の体系数学(2020年から発売)と赤チャート(2022年から発売)のほうがましですが、一読を薦めます。

暗記しなくていい分野編集

平均的な受験問題にある知識は、1年後にこれから大学進学して、それらの専門の学科に進学する人には必要かもしれませんが、しかし受験問題のなかには、一般人には技術者ですら暗記の必要のない問題もあり、じつは当面のあいだ進学する気にない人にとっては、不要な(暗記問題の)知識も、受験問題集などには多くあります。

たとえば、化学のマニアックな反応や、生物のたとえばクエン酸回路とかの細かい物質名(イソクエン酸とかオキサロ酢酸とかの順序)は、機械工学や電気工学などの技術者には、暗記の必要は無いのです。実社会では、専門外の細かい知識は、仕事で必要になったときに、文献を調べて確認すればいいのです。

もちろん、「その知識は、どういう内容か?」「どの単元を調べれば、それらの知識が書いてあるか?という事を知るためには、それらの反応や回路などの知識の書かれた教科書に目を通しておく必要があります。


センター試験の化学や生物にも、しばしば、マニアックな暗記問題が出ますので(教科書にある知識はセンター出題範囲なので、そういう暗記問題も出さざるを得ないのだろう)、あまりセンター試験の権威を鵜呑みにしてはいけません。


ネット上では国立大の文系学部卒の人達とかがセンター試験を受けた自身の自己正当化のために「理系を目指すならセンター理科なんて解けて当然!」とか現実味を帯びていない言葉を言いますし、また、まともにセンター試験を解いてきてない団塊世代~バブル世代とかも似たような知ったかぶりをいう場合もありますが、しかし大学レベルの理科の全然できない文系人達のいう事を信じるのではなく、実際に理科のできる私立理系や国立理系の人のいうことを信用しましょう。また、理工学を分かるようになりたいのなら、理工学のできない医学部受験マニアとかのいう事を聞くのではなく、実際に大学レベルの理工学のできる人のいう事を聞きましょう。


多くの大卒理系の技術者は、暗記できている知識なんて、中学校レベルや一般の高校の定期試験レベルあたりに、毛の生えた程度です。仮に、せっかく細かい知識をたとえ大学入試のために一時的に覚えても、年月がたてば、たいてい忘れてしまいます。


化学・生物などの細かいことを暗記する暇があったら、まず先に、その教材を最後まで通読してください。そして、まず入門的な問題集にある、入門的~標準的な問題から、解く練習をしてください。1科目を通読し終わったら、つづけて2科目め、3科目め・・・、を学習していってください。


理科だけでなく、受験数学の難問とかも、技術者には、習得する必要のない知識です。受験数学などの難問対策の暇があるくらいな、まず先に、物理や化学・生物などの基本的な問題の計算練習をしましょう。


数学のカリキュラム変更への対応編集

優先して対応すべき分野編集

高校の数学カリキュラムでは、しばし現実を知らなかったりあまり学習しない人達リキュラム変更で、分野「複素数と複素数平面」が高校範囲外(つまり大学範囲)になったり、または逆に高校範囲になったりします。

ほかにも、分野「行列と行列式」が大学範囲になったり高校範囲になったりします。

この2分野(「複素数と複素数平面」および「行列と行列式」)は、大学の教科書では、あまり初歩的な説明はしてくれません。なので、もし読者のみなさんが高校時代に習っていない場合、高校レベルの参考書でこの2分野を扱っているものを探す必要があります。

書店の参考書コーナーにある『モノグラフ』シリーズ、または駿台文庫(すんだい ぶんこ)の分野別数学(数学者の清 史弘 (せい ふみひろ)が著作している)が、このような分野別の数学の参考書で、しかもカリキュラム変更などで入試範囲外になった分野も含めて説明していますので、うまく活用してください。


優先しなくてもよい分野編集

さて、分野「微分方程式」も、しばしば大学の範囲になったり高校範囲になったりもします。しかし分野「微分方程式」は、わざわざ高校参考書で買わなくても、大学の教科書でも、微分方程式の初歩的な計算練習が多いのが探せるので、当面は無理をして買う必要はありません。(もちろん、買っても特に問題ありません。

微分方程式よりも、積分の本来の定義が書いてある参考書を、優先的に勉強してください。積分の本来の定義は、高校の教科書に書いてある定義(微分の逆演算)とは異なり、区分求積法による定義が本来の定義ですので、もしモノグラフや駿台の分野別参考書で扱われていたら(※ 未確認)、購入して勉強しておいたほうが良いでしょう。


このほか、統計の分野が、もしかしたら、統計分布のガウス分布(正規分布)の性質などが大学の範囲になったり高校範囲になったりするかもしれませんが、しかし大学入学後に、あまり統計の公式を使いませんので、分野「統計」では範囲外の分野は後回しでも良いです。また、どっちみち、理系の大学で習う物理などで用いる確率・統計には、高校レベルの丸暗記は通用しませんので、なので、範囲外になった「統計」の一部分野の学習は、後回しにしましょう。


昔から高校範囲外の数学編集

このほか、積分の本来の定義は、高校の教科書に書いてある定義(微分の逆演算)とは異なり、区分求積法による定義が本来の定義ですので、もしモノグラフや駿台の分野別参考書で扱われていたら(※ 未確認)、購入して勉強しておいたほうが良いでしょう。

そのほか、ベクトルの外積(がいせき)計算が高校の範囲外ですが、駿台文庫の数学の「ベクトル」の分野別参考書に書いてあり、しかも大学物理で頻繁に用いるので、余裕があれば、ベクトル外積も、勉強しておくと良いでしょう。

もっとも、大学側の物理数学などの教科書でもベクトル外積の計算練習をしますので、あまり慌てる必要がありません。

ついでに、この参考書(駿台文庫の数学の「ベクトル」)で「四平方の定理」と呼ばれてる定理が、大学での材料力学(ざいりょう りきがく)の公式の導出で活躍しますので、興味があるなら、買うのも良いでしょう。(まあ、多くの大学では、残念ながら材料力学の授業では公式を暗記させるので、この「四平方の定理」は証明しないのですが・・・)

あと、整数論が、いちぶの公式が高校範囲外ですが、高校生でも理解しやすい公式があり、モノグラフや駿台文庫で、高校範囲外の整数論の公式をあつかった参考書があるので、興味があるなら、買うのも良いでしょう。

駿台文庫の分野別数学(数学者の清 史弘 (せい ふみひろ)が著作している) は、巻数が少ないので(約11巻)、いっそ、ほぼ全ての巻を買ってしまうのもアリです。1冊900円くらいなので、全部買っても1万円くらいです。

『モノグラフ』をすべて集めるのはお金と時間の無駄なので、必要になりそうな科目だけ購入してください。

そのため、チャート式やシグマベストなどを、事前に購入して、問題練習しておく必要があります。

化学について編集

数研チャート化学とか文英堂シグマベスト化学とか、ああいう定番の参考書をひととおり読み終えて、基礎的な計算練習などを終えたら、次のステップとして、三省堂から出ている高校化学の参考書『化学I・IIの新研究』(卜部吉庸 著)を、読み込なしましょう。

三省堂から出ている高校化学の参考書『化学I・IIの新研究』(卜部吉庸 著)に、普通科の範囲外の話題がいろいろと書かれています。液晶の材料の話題とか、合金の組成の話題とか・・・。あの工業的な話題の元ネタは、工業高校とか大学教養化学の教科書に書いてある話題です。

三省堂のそれは入試には使いづらいですが、しかし普通科範囲外の独学に便利なので、買って読んでおきましょう。卜部吉庸のあの本は、けっして鵜呑みにするのではなく、資料集みたいな感じで、副読本として扱いましょう。卜部吉庸のあの本の発展内容は、本来なら大学などに進学してから勉強する内容を高校生むけに紹介しているわけですから、どこかしら不正確なところはあります。しかし、だからって、けっして卜部さんがダメ人間なわけではなくって、そもそも高校生向けに噛み砕いて説明するってことは、そのように、若干、不正確にならざるを得ないわけです。

まあ、卜部さんの本には単純に間違ってるところもありますが、そもそも、学術書はそういうもんです。新しいことを書くってのは、間違いもあるものなのです。 大学教授の書く実験物理学とか実験化学とかの本を読んでも、実際に実験装置を作ってあげてる機械工学のエンジニア視点で見ると勘違いしている部分とかもありますが、放っておかれてるだけなんですが、しかし大学教授の人達は誤りに気づいてないらしい。

文句があるなら、卜部さん以上にああいう総覧的な本を書けばいいのですが、しかし文句現実を知らなかったりあまり学習しない人達りで誰も書きません。そういう文句現実を知らなかったりあまり学習しない人達りの人は、あまり相手にしないほうが得策ですよ。まあ、そういう文句マンが大学教授とかしてたりするんで、厄介ですけど。


とにかく、いちいち工業高校の教科書を「工業材料」「機械設計」「電気基礎」・・・と何科目も(教科書取り扱い店で)注文するのは、けっこう面倒です。

当面は卜部吉庸のあの本などの、高校化学の参考書で、済ませてしまいましょう。

「大学教科書ではなく高校参考書では説明不足では?」と不安に思うかもしれませんが、だとしても、どっちみち大学教養の教科書ですら説明不足ですし、工業高校の教科書でも説明不足です。

大学教養化学の教科書を読んでも、三省堂参考書や工業高校教科書と比べ、あまり、つっこんだ話題は書いてません。せいぜい、微分などの数式が、大学教養化学の教科書は多いくらいです。

大学の専門科目で、微分などの数式をつかった授業が多いので、数式の多めの教養教科書は大学教授にウケますが、しかし独学者である我々にとって、そんな大学教員の都合、知ったことではありません。


結局、大学教養の教科書では情報不足で、あとから大学専門課程の教科書などを買うとかの事になるので、なら当面の我々は、三省堂の高校参考書で代用しましょう。


なお、高校の理科資料集を見ても、情報量が少なすぎて( 高校1年生とかも読むわけだし、内容を削減してある )、高卒後の独学にあまり役立ちません。

三省堂の参考書に書かれた発展内容は雑多な話題かもしれませんが(だからこそ、他の参考書では省かれているわけだし)、しかし、誰かが雑多な知識も記憶する必要があります。

学問の成果を、誰かが後世に受け継ぐ必要があります。

なぜなら、既に先人によって解明されてる事を、再度 しらずに研究してしまうのは、時間の無駄ですから。 「理論は経験の節約である」(アインシュタイン)と、科学の世界では、よく言われます。

思うに、この意味の「理論」とは、けっして単に形式的な公式とかの「理論」だけでなく、もっと広い意味で、経験を省くための知識の集大成のことでしょう。なら、すでに解明された事を後世に伝えることもまた、「理論」でしょう。

なお、アメリカの大学教養化学の教科書を読んでも、あまり具体的な化合物とか、書いてなかったりして、不便だったりします(※ アメリカの大学入学統一試験のSATに、理科は無い。なので、アメリカの高校生は理科をあまり深く勉強しない。) アメリカの大学教養化学の教科書は、当面は、あんまり役立たないのでスルーしましょう。(もっとも、教科書をつくる教員レベルの職業の人には、アメリカの分厚い化学教科書の使いみちはあり、一般の教科書では省略される細かい内容を調べる際の参考文献として、役立つ。しかし、学生レベルの段階では不要です。)

医学部受験の物理編集

医学部むけの物理参考書を読むと、たとえば、ドップラー効果をつかった血流測定器の仕組みを問う問題とか、あるいは、医学用の光学顕微鏡の仕組みの問題とか、応用の話題が書かれてたりする場合があるので、余裕があれば目を通しておくのも、良いでしょう。


大学教科書を読むのは高校数学3が一通りマスターしてから編集

タイトルのとおり、大学教科書を読むのは高校数学3が一通りマスターしてから のほうが合理的です。

理由は分かりませんが、数学3の分からない人が、大学レベルの物理とか化学の公式を暗記できても、(理由は分かりませんが、)なぜだか実社会ではできの悪い人です。

頭脳のいい技術者な人は、なぜか知らないが、高校数学3の微分積分が出来ます。

なので、最低限、微分積分をだいたいマスターしてから、大学教科書を読みましょう。

もちろん、教科書レベルの計算問題は、あらかた解けるように練習してから、です。また、偏差値45ていどでいいので、数学3をふくむ数学の大学入試問題を解けるようにしましょう。(「偏差値45」というと簡単そうですが、しかし高校3年生になった現実を知らなかったりあまり学習しない人達りの子は理系偏差値40とかですので、それよりも上げる必要があります。)

高校の教科書は説明をハショってる部分もあるので、理科の独学では大学教科書を読む必要も生じる場合もあるかもしれませんが、しかしそういうのは、数学3の計算練習をした後から、です。

いったん大学レベルの生物と化学の教科書を読む編集

高校の理科は、高校2年生を終えた現実を知らなかったりあまり学習しない人達りで高校3年生になった現実を知らなかったりあまり学習しない人達りの人に向けに作られており、そのため、高校の生物科目の教科書では、高校の化学式をまともに使えません。微分積分も、まともに理科の教科書では使えません。

でも、普通に数学3と理科4科目を勉強していれば、さすがに高校レベルの数学・生物・化学・物理は組み合わせできるようになります。

高校の生物と化学は、一通り教科書・参考書を通読したら、なるべく早めに1回は大学教科書の生物科目と化学科目の入門レベルの教科書を読んでしまうのがいいでしょう。ただし、高校の数学3の教科書レベルをひととおり計算練習をして、偏差値45くらいまで上げたあとです。


そこまでの学力があれば、意外と、高校生でも、大学教養の生物と化学は、読めます。その後、必要に応じてまた高校カリキュラムの復習に戻りましょう。

さすがに、大学レベルの物理は数式が習ってないので難しいですが。


高校カリキュラムや高校教科書をつくる人の言い分を考えると、たぶん、ああいうふうに各科目を独立した構成にしないと、たとえば、もし、物理・生物・化学・数学を全部あわせて総動員する教科書とカリキュラムをつくってしまうと、現実を知らなかったりあまり学習しない人達高校生が定期試験の対策勉強で悪用したりして、

・物理のテストなのに、生物・化学の用語の暗記で乗り切ろうとしたりする現実を知らなかったりあまり学習しない人達高校生。

みたいな野郎が発生したり、 あるいは、現実を知らなかったりあまり学習しない人達高校教師が、

・物理なのに、生物みたいに用語暗記現実を知らなかったりあまり学習しない人達り出る定期テスト。

みたいな定期試験をつくったりしかねないので、おそらく文部省は仕方なく科目ごとに独立して教える必要があるのでしょう。


おそらく文部省は、高校教科書の指導要領で、現実を知らなかったりあまり学習しない人達生徒・現実を知らなかったりあまり学習しない人達教師の悪用しそうな丸暗記勉強カリキュラムなどの抜け穴を作らせないように、あえて教育内容を制限しています。


たとえば、物理学の教科書で、もし「良かれ」と思って機械工学とか工学の応用知識を教える内容に改革してしまうと、きっと現実を知らなかったりあまり学習しない人達生徒・現実を知らなかったりあまり学習しない人達教師が物理の計算練習をサボる口実に悪用しかねないのです。


なので、高校教科書だけでは、実社会に必要な情報が身につきません。


なので、ある程度、高校教科書や参考書を勉強したら、いったん大学教養課程の勉強に入りましょう。

その後、必要に応じてまた高校カリキュラムの復習に戻りましょう。


さて、教養課程の生物および化学の教科書の内容の、けっこうな割合が、高校で習った理科の組み合わせです。

なので、高校の勉強が実は途中でも、大学教養レベルの生物や化学の入門書は、読めてしまいます。


(※ つぎは『独学ガイド/理工学一般/大学レベルの勉強法』)

プログラミングの勉強を始めよう編集

1990年代の昔の理系の金持ち高校生は、プログラム言語のBASIC の勉強をしていました。(利用者:すじにくシチュー氏の見解なのですが、親や親戚が中古でもらってきた廉価版パソコンというものに触れた貧乏な国公立理系志望高校生も勉強していました。)

大学入試には出ませんでしたが、1980年~90年代の目鼻の聞く中高生は、「これからの時代、プログラミングの技術が必要になるだろう」と思って、数学 1 A・2B の教科書にあるBASICプログラミングを独学で勉強していたものです。

高校生どころか、小学生~中学生でも、勉強してた人はいます。図書館で昔の子供向けの『マイコン入門』みたいなタイトルの書籍を読むと、小学生むけのBASIC入門の説明が書かれていたものです。


今では、高校の『情報』科目でも、ひょっとしたら Java Script とか紹介されると思いますので、そういうのを、かじっておいてください。

たとえプログラマーにならなくても、プログラミングで、どういう感じのことができるのか、知っておいてください。

今ここでウィキの画面を見られるってことは、読者のみなさんがパソコンを操作できる環境にあるので、プログラムの勉強をできる環境でしょう。


さて、プログラム入門の段階では、画像出力の機能のあるプログラミング言語を使うと、分かりやすいのでオススメです。

それは、現代では、 Java Script か、(マイクロソフト社の)Visual Basic などになります。(Visual C ではない、無印のC言語は画像関係が弱い(というか、C言語だけでは画像出力が出来ない)。なお、マイクロソフト社のC言語系の製品の名前は正確には『Visual C++』および『Visual C #』である。)


なお、現在では、マイクロソフト社の表計算ソフトで、高校レベルの三角関数などの簡単な計算は行えるので、プログラミングでの数学計算の方法を暗記する必要は無いのです(たとえば、「三角関数の数値を計算するプログラム例」とかは暗記は不要)。

補記編集

今までの内容は、利用者:すじにくシチュー氏が単独で書かれたものです。すじにくシチュー氏の執筆に感謝いたします。ただし、大規模な高校数学の削減がコロナ禍で予想されるため、こちらの勉強法がよいのではないかということを補います。迷った末に、彼の記述を残すことに致しました。

どの本を読めばよいのか編集

小学算数をやり直したい場合は受験研究社の「自由自在」、中学と高校の数学をやり直したい場合には数研出版の「チャート式」が優れています。自分に合った本を選んでください。

現行の学習指導要領または2025年以降の学習指導要領に慣れ切った人々にとっては、昭和期の有名な数学書は過去の指導要領に完全依存した設計になっているため、かなり読みにくく感じられるはずです。全く歯が立たないという方もいるようです。小学生ですら土曜日には全く授業がありませんから、それは当然というものです。

そうなることを防ぐために、高校の「チャート式」数学を終えた後「幾何の有名な定理 (共立出版)」→「行列と線型変換 (NextPublishing Authors Press)」→「現代数学序説 集合と代数 (ちくま学芸文庫)」→「微分積分学 (ちくま学芸文庫)」→「新装版 解析学概論 (裳華房)」の順で読んでみてください。これで大丈夫です。

今挙げた5冊の本は、昭和30年代の理系志望の高卒生なら「自明」だった内容でした。

日本の高校までの数学の学習指導要領は、点にならない科目を全く教えないために数学の本質からは逸れています。2025年以降の共通テストの数学IAおよび数学IIBCは、かつての昭和期の高校数学の密度とは大きく異なっているので注意してください。