財産及び資本

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およそ事業に投下せられた資本は、瞬時たりとも静止することなく不断の運動を続けている。しかし、資本そのものは一種の抽象的価値であって、それ自らでは存在することができないで、具体的な存在形態を必要とする。その最も単純なものは貨幣である。経営とは実に資本を運動過程に置くことで、これを資本の存在形態の側から見れば、それを種々に変化せしめることを意味し、即ち貨幣を土地建物・機械器具・原料・労力・商品となし、更にそれらが売掛金・受取手形・預け金などを経て、再び貨幣に復帰することにほかならぬ。資本がその循環中に採るところの存在形態たる具体的財貨のことを財産 Property, Vermogen (oの上に線)と称し、簿記上これを資産 Assets, Aktiva とも称する。

資産は、それが従来採り来たった形態を捨てて、他の新形態に転化するに要する時間の長短によって、固定資産と流動資産とに分けられる。

このように財産は、資本が一時的に採るところの存在形態である。そしてかかる存在形態の中に含まれている価値、即ちそれらの貨幣価値額の合計を資本 Capital, Kapital という。かくて資本は自らの形態なく、なんらかの財貨に体現していなければならぬ。ただし、その体現形態が何であるかは問わない。それゆえ、資本はその形態よりもむしろ発生原因を基礎として区別せられる。即ち循環過程の外部で成立して、新たに循環過程に入り来たったものか(流入資本・増資)またはその内部で循環過程中に成立したものか(損失・利益)の区別がこれである。

負債

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債権(社債)。負債は負の財産(自分の借金)か他人資本(他人からの投資金額)か?負債の定義で資本は変わる。前者負債財産説では財産と負債の差の正味身代のみが資本であり、後者負債資本説では負債と自己資本の和すなわち手元にある財産全ての価値総額が資本である。

事業には資産のほかに、将来他人に一定額を支払うべき債務も存在するのが常であって、これを負債 Liabilities, Schulden という。負債が財産の一種であるか、または資本の一種で資産即ち財産と対立させられる概念であるかについては、大いに議論のあるところである。これは結局負債の性質に対する観点の相違に帰する。

(1) 負債の財産性
従来簿記の通説は、負債を資産とともに財産視して、両者を同一概念中に含める。この立場からは、財産とはその存在形態について直接価値を決定し得るものであり、資本とはかかる財産の計算の結果始めてその価値が定まるところの、抽象的計算的概念である。ところで負債は、支払手形や売掛金などのように、その存在形態につき直接にその価値を評定し得るから、資本ではなくて財産である。しかしてそれは法律上の所謂債務で、将来同額の適当な財貨を、資産の中から分離引渡すべきものである。それゆえ負債はマイナスの性質をもつ財産である。よってこれを消極財産と称し、これに対して資産を積極財産と呼ぶ。ゆえにこの見解にもとづけば負債は財産であって、資本は負債が存在する限り、これを資産から差し引いたものである。この意味で資本のことを純財産または正味身代ともいう。これを数学的方程式をもって示すならば A - P = K である。ただし、Aは資産を、Pは負債を、Kは資本を表す。
(2) 資本の負債性
次に負債を資本視する説によれば、財産とは事業に存在する具体的財貨のことで、資本はこの財貨に含まれる価値の総額である。即ち財産と資本とは事業所属の諸財貨を二つの異なる方面から見た観念で、財産は財貨の具体的方面であり、資本はその抽象的方面である。前者は経済的観念であるが、後者は多分に法律的色彩を有し、財貨の権利がなんびとに帰属するかという所有関係を表す。かくてこの説に従えば、負債は他人資本と呼ばれ、自己資本とともに資本観念に含められ、財産即ち資産と対立させられる。さればこの説では A = P + K である。

負債が果たして財産であるかまたは資本であるかは、簿記の学問的地位を経済学の一文科とするか、または経済学とは全く別個のものとするかによって異なる。前の立場をとる限り、その概念規定は経済学と同一でなければならないが、後の立場をとるならば、簿記独自の見地から、その概念を規定して差し支えない訳である。従来簿記では負債を財産化したが、簿記理論を経営経済学的に基礎づけようとの試みが盛んとなるにしたがい、これを資本視する傾向になった。けだし、

  • イ、純財産すなわちいわゆる資本の中には、元入資本のように負債と同じ意味の直接に価値を算定し得るものがある。
  • ロ、負債をマイナス量とすることは、単なる数学的な考え方に過ぎないで、現実にはマイナスの財産なるものは存在しない。
  • ハ、負債もそれ自体では存在しえず、必ず存在形態としての資産を必要とすること、資本と変わりがない。

されば理論上は負債資本説に加担すべき点が多いのであるが、初学者にとっては負債財産説の方が了解しやすい。それゆえ本書では後の立場をとって説明するであろう。

負債は支払期限の長短によって、長期負債と短期負債とに分かたれる。前者はそれが発生後二営業期間以上支払期限の到来しない負債であり、短期負債は一営業期間内にその支払期限の到来する負債である。社債や長期借入金は前者に属し、買掛金や支払手形などは後者に属する。

資本の負債性

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一般に簿記では経営組織のいかんを問わず、事業そのものとその所有主とを、立場の相対立する別個の人格者とみなし、事業の会計は事業が主体であって、資産はすべて事業が所有し、負債はすべて事業が負担するものと見る。かかる観点よりすれば、資本は事業がその所有主に対して負担する一種の債務であって、それは第三者からの借入金と同じく負債の概念に含められる。もちろんこの場合、事業対所有主の関係は、事業対第三者の関係とは異なり、まったく内部の関係にすぎないから、資本と負債とは全然同一のものではなく、後者の対外負債に対し前者を対内負債と呼んで、負債に準ずるものとされる。けれども事業とその所有主とを分離し、会計を事業の会計とするのは正しいが、資本を所有主に対する事業の債務とするのは誤りである。

資本はその発生原因によって、狭義の資本と損益とに分かたれ、更に前者は会社経営の場合には、最初事業に投下せられた元入資本と利益の留保によって生ぜる積立資本とに分かたれる。

損益

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市場。原価100円の商品を120円で売れば20円の利益が生じる。

資本の循環は、単なる形態の変化のみにとどまらないで、循環過程中において、新たなる価値を増殖するものである。かく資本の循環過程中に生ずる新たなる価値を利益 Profit, Gewjnn と称する。反対にかかる過程中に価値の滅失を生ずることもあって、これを損失 Loss, Verlust と呼ぶ。例えば原価100円の商品を120円で売れば20円の利益が生じ、また貸金に対し30円の利息を受け取れば、それだけの利益が生じる。これに反して、例えば原価100円の商品を90円で販売すれば10円の損失を生じ、また借金に対して20円の利息を支払えば、それだけの損失を生ずる。かくて利益も損失もともに資本そのものである。それゆえ資本が財産をその存在形態となすように、損益もまたその存在形態たる財産の増減をその発生に伴うものである。即ち

資産の増加
利益の発生 ─ 資本の増加
負債の減少
資産の減少
損失の発生 ─ 資本の減少
負債の増加

損益は現実に循環している資本の増減であるから、それは事業の外部から新たに事業に投下せられ、または循環過程から引き上げられた資本の増減とは異なる。このゆえに所有主の出資による資本の増加や減資による資本の減少は、損益でない。

損失には混同すべからざる二つの種類がある。ひとつは商品が盗難にかかったり、また建物・機械等が火災のために焼失毀損されたりするように、永久的の資本減少となるものであり、他は広告費や給料等の支払いのように、収益をあげるため一時的の犠牲に供せられるものである。前者を純粋の損失と称し、後者を特に経費と呼ぶ。経費 Expenses, Aufwand は、他日収益 Income, Leistung によって償われるを普通とし、その償われない部分は、結果から見て純粋の損失と同じになる。

取引

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財産や資本に変動を引き起こす事件を取引 Transaction, Geschäftsfallという。ここに変動とは、事業の内部で、もしくは事業と外部との関係において、生ずる財産または資本の価値的増減を意味する。通俗に言う取引は、自己の意思に基づいて他人との間に引き起こせられる関係を意味するも、簿記上の取引はより広く解せられて、自己の意志に基づかない事件であっても、その結果において財産や資本に変動を引き起こす限り、これを取引と称する。ゆえに例えば家屋や商品等の焼失・毀損、金銭・物品等の盗難・紛失および貸金の貸倒し等もすべて一種の取引である。これに反して通俗には取引と言われるものでも、それが財産または資本に変動を生じない限り、簿記上では取引とは言わない。例えば家屋や土地等の賃貸借は、占有の移転は生じても所有権の移転を生じないから、財産資本に変動をきたすことなく、従って簿記上の取引ではない。ただし、その結果生ずる賃貸借料の授受は明らかに取引である。

既に述べたように、簿記は財産又は資本の変動を記録し計算するものであるから、取引は簿記記録の対象である。即ち取引が発生すれば、できるだけ迅速にこれが記帳計算をしなければならない。ただし事業内部で起こる財産や資本の変動は、それが発生した時直ちに記帳されないで、定期に特殊の方法でその変動を捕捉した上で記帳をなすことが少なくない。

取引は、それが正味身代に及ぼす関係を標準として、損益取引と交替取引とに分かたれる。前者は損益発生の原因となり、資本に増減を引き起こす取引であって、例えば広告料を支払い、貸金に対し利息を受け取るごときである。これに反して、後者は損益の発生に無関係な取引で、商品を現金で買い入れ、借金を現金で返済するごときである。

勘定

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およそ取引が発生すれば、財産または資本に変動を生じ、その結果を明らかにするため、簿記はこれを記録計算せねばならぬ。しかるにこの計算は、財産全体または資本全体として行うよりは、それを構成する要素たる、個々の財産部分または資本部分について行なう方が、より合理的である。例えば現金または商品なる資産の項目が、取引によってどれほど増加し、どれほど減少し、したがってその残高がどれほどであるかを計算するごときである。それゆえ、簿記では財産や資本の構成部分について、これを種類性質に応じて分類し、それらが取引によって受けた影響を個別的に記録計算する。このように簿記で同種類同性質の財産や資本の構成部分について行う個別的記録計算方法を勘定 Account, Konto といい、特別の形式を用いて行う。勘定が狭義に解せられるときには、まったく形式的意味に限られて勘定形式のことを指す。勘定は相互に区別するため名称が付与せられ、この名称を勘定科目 Title of Account といい、各勘定に対して帳簿に設けられた場所のことを勘定口座という。勘定を用いて記録計算を行うことは、簿記の一大特色である。

勘定口座の形式に二つある。一つは標準式、他は残高式と称せられる。標準式の口座は次掲のように中央から全く同一形式の左右二つの側に分かたれ、一般に左側を借方 Debit, Soll 右側を貸方 Credit, Haben と呼ぶ。

××勘定
(借方)(貸方)
日付摘要丁数金額日付摘要丁数金額
  1. 日付欄は取引が記録せられる月日を記入するためのもので、それは大体において取引発生の日である。
  2. 摘要欄は取引の要領を簡単に記入するためのもので、普通には取引が分解された反対側の勘定科目を記入する。
  3. 丁数欄は、原始記録の丁数即ち該記入がいかなる帳簿の何ページから来たかを示すためのものである。
  4. 金額欄は取引の金額を記入するためのものである。

この形式の勘定口座では、取引の結果現在高がいくらになったかは、左右両側の合計金額を比べて見なければ知ることができない。

次に残高式の勘定口座は、標準式のごとき同一形式の左右両側を有する代わりに一つの側のみを有し、ただ金額欄だけ左右両欄を備え、ほかに残高欄が併設される。かくて勘定口座の表す財産または資本の増減とともに、その残高が併記せられ、これによっていつでも現在高を知ることができる。

××勘定
日付摘要丁数借方貸方借又貸残高

帳簿

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取引を記録するために紙葉を集めたものを帳簿 Books, Bücher という。簿記は取引を帳簿に記録して、具体的な計算をなすことを要件とするから、帳簿は簿記実行の技術的な要件である。いかなる事業でも、その会計を整理するためには、いくつかの帳簿を用いる必要がある。ただし、その数・名称・様式等に至っては業種・規模・取引の性質・その多寡等によって同じでない。帳簿はその体裁上綴込式・カード式・ルーズリーフ式等種々に分かたれ、最近ではカーデックス式・バインデックス式等も用いられる。


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