ここでは、高校数学の「三角関数」で学習した事項を再確認すると共に、高校では触れなかった幾つかの概念を補完する。また、高等学校とは違う流儀で解説する箇所もある。
まずは素朴な定義を紹介する。
直角三角形ABCを考える。角Cが直角であるとき、角Aを とおく。このとき、三角形の直角に対向する辺ABを斜辺、角Aに対向する辺BCを対辺、残りの辺CAを隣辺という。斜辺をr、対辺をy、隣辺をxとおくと、三角比は以下のように定義される。
- 正弦: (sinは「sine」の略)
- 余弦: (cosは「cosine」の略)
- 正接: (tanは「tangent」の略)
- 余接: (cotは「cotangent」の略)
- 正割: (secは「secant」の略)
- 余割: (cscは「cosecant」の略)
は三角形の内角なので、定義域は当然 である。 のときはcsc・cot、 のときはsec・tanがそれぞれ定義不能になる(ゼロ除算が発生するため)。
それぞれの定義から、以下の公式が導かれる。
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また、余角( )に対して正弦・正接・正割を定義すると、以下が成り立つことがわかる。(余角の公式)
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余弦・余接・余割の「余」はここからきている。英語の「co-」は「補」という意味の接頭辞なので、和名と英語名がある程度対応していることがわかる。
逆に、余角に対して余弦・余接・余割を定義すると以下が成り立つ。(余角の公式)
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有名角における三角比の値
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最低限これを覚えておけば、他の公式で使いたい値を導き出すことができる。
また、三角比では値を必ずしも有理化する必要はない。
一般の(実)三角関数を考える前に、角の概念を拡張する。
平面上で点Oを中心として半直線OPを回転させるとき、OPを動径、その最初の位置を示す半直線OXを始線という。
動径が左回転のときの回転角を正の角、右回転のときの回転角を負の回転角と定める。
このようにして、角を回転の向きと大きさを表す量として拡張したものを一般角という。一般角 に対して始線OXから角 だけ回転した位置にある動径OPをθの動径という。動径は一周(360°回転)すると元の場所に戻ることから、動径の一致する角を動径の表す角という。動径の表す角θのうち、 または の範囲にあるものを偏角という。
半径1の扇形において、孤の長さが であるときの角度を と定める。「rad」は「ラジアン」と読むが、無次元量なので特に断りがない限り省略することとする。このようにして角度を定める方法を弧度法という。今まで用いてきた、一周を360°とする角度の定め方は度数法という。角度θに対する弧長を と書く場合があるが、弧度法においては常に である。
円周長の公式より であるが、一周を表す弧度の係数が2なのは気持ち悪いので、 と定めてτを用いることにする。則ち、 である。
弧度法から度数法への変換は上の関係式を用いてできる。
偏角をαとしたとき、弧度法を用いると動径の表す角は ( は整数)と表せる。
xy平面上で原点Oを中心とする半径rの円を考える。円上の点A(x, y)からx軸に下ろした垂線の足をBとする。このとき、 とすると直角三角形AOBを考えることにより先ほどと同様の三角比の定義ができる。ただし、先程とは違い定義域は実数全体である(ゼロ除算が発生する場合を除く)。
三角比は のみに依存するため、 の関数である。関数 を正弦関数、以下余弦関数、正接関数、余接関数、正割関数、余割関数という。6つを総称して三角関数(円関数とも)という。後ろの3つは前の3つの逆数であることから特に割三角関数と呼ばれる。
半径1(単位円)の場合を考えると、 が常に成り立つ。
単位円の図を書くことにより、以下が直ちに導かれる。
- の値域:
- の値域:
- の値域:
- の値域:
- の値域:
- の値域:
より以下が導かれる。(ピタゴラスの基本三角関数公式)
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- 但し、三角関数 について であることに注意。(通常の関数とは異なり、 ではない。)
両辺を で割るとそれぞれ以下を得る。
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単位円の図から、以下の公式が導かれる。(負角の公式・補角の公式)
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ここから、正弦関数・正接関数が奇関数、余弦関数が偶関数であることがわかる。
また、動径の周期性より以下が成り立つ。
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更に、以下の公式が成り立つ。
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これらの公式は後述の加法定理を用いることで容易に証明できる。
正弦関数・余弦関数のグラフは下のように特徴的なカーブを描く。これを正弦曲線(サインカーブ)という。
正接関数のグラフは以下のようになる。
漸近線は直線 (nは整数)
先程の公式とグラフの双方から、正弦関数と余弦関数の周期は 、正接関数の周期は であることがわかる。
三角関数に代入する を に変えると、周期は 倍される。
回転行列を とする。
θだけ回転してからφだけ回転するのとθ+φだけ回転するのは同じ操作なので、
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- rhs
- lhs
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(1,1)成分と(2,1)成分を見ると、以下が成り立つことがわかる。ただし、複合同順である。(三角関数の加法定理)
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(上の式)/(下の式)を考えると、簡単な式変形により以下を得る。
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上の3つの式の逆数をとることで割三角関数の加法定理を得る。
を考えることで倍角の公式を得る。
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3倍角まではよく使うので、自然に覚えるだろう。
2倍角の式を変形することで、以下を得る。(半角の公式)
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加法定理の式の和や差を考えることで、以下を得る。(積和の公式)
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更に変形することで以下を得る。(和積の公式)
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三角関数の和 について、実数平面上に点 をとる。
このとき、Pが半径 の円周上にあると考えて と変形したとき、線分OPを動径とみた回転角を とおくと が成り立つ。よって、加法定理の逆より である。
このように、正弦と余弦の和を正弦関数で表すことを正弦合成という。
平面上にとる点を に変えたとき、動径OQの回転角を とおくと同様にして を得る。
このように、正弦と余弦の和を余弦関数で表すことを余弦合成という。
合成した式は加法定理で展開すると元に戻る。
動径の回転角の値は、三角方程式 を解くことにより簡単に求まる。
点Oを中心とする単位円において、始線をOD、動径をOA、 とする。
AからODに下ろした垂線の足をCとすると、三角関数の定義より である。
半直線ODと点Aにおける単位円の接線の交点を とすると、 の正接について考えることで であることがわかる。これが「正接」という名の由来である。
また、 より が導かれる。 が円の割線であることが「正割」という名前の由来である。
点OからOEに垂直な直線を引き、直線AEとの交点をFとする。このとき、二角相等より ∽ なので であり、 と求まる。
について より、
である。
これにて、6つの三角比を単位円の図に図示することができた。
三角比は更に幾つか存在する。
嘗て重要視された三角比として、正矢と余矢がある。
それぞれの定義は以下である。
- 正矢: (versinは「versed sine」の略)
- 余矢: (cvsは「coversed sin」の略)
線分OFと単位円の交点をHとすると、 である。
正弦・余弦・正接・余接・正割・余割・正矢・余矢の8つの三角比は日本では八線と呼ばれ、値を記した数表が作られたり伊能忠敬が測量の計算に用いたりした。
なお、曲率をr、弧長をθとすると曲線の矢高(やだか、円弧の高さ、弦と弧の最長距離を表す)は と表される。また、単振り子の回転角をθとするとその位置エネルギーは である。
あまり使われないが以下のような三角比も定義されている。
- (vercosは「versed cosine」の略)
- (cvcは「coversed cosine」の略)
の値域は であったため、実際には半分にした値が数表・計算に用いられていた。
- (havは「half versed sine」の略)
- (hcvは「half coversed sine」の略)
- (havercosは「half versed cosine」の略)
- (hacovercosは「half coversed cosine」の略)
更に、以下のような三角比も存在する。
- (exsecは「exterior secant」の略)
- (excscは「exterior cosecant」の略)
中心角θ、半径Rの扇形の端点における二本の接線の交点と弧との距離は と表される。この式は鉄道のレールを敷設する際に利用された。
先程の単位円においては である。
中心角θに対する弦の長さを と書き、三角比のように扱った時代もあった。(crdは「chord」の略。)
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これらの三角比は計算機の無かった時代、三角関数表を用いて大量に手計算をする必要があった時代に需要があったものである。何れも正弦・余弦・正接を用いて簡単に表せるため、現在は関数電卓やコンピュータの発達により態々これらの関数を定義したり各関数の数表を利用する必要は無くなった。(余接・正割・余割も高校範囲から消え、大学においても活躍の機会が減りつつある)。
最後に、単位円と各関数に対応する辺の図を載せる。
単位円と各三角関数に対応する辺