数学では,「正しいこと」と「正しそうなこと」は厳しく区別されている. 正しそうに見えた主張が結局は成り立たたないことが分かった,という経験を積んできたからでもあるし,論証を積み重ねて進んで行くという数学の性格から,ある段階で間違いが入り込むと以後のすべてが無駄になってしまうおそれが大きいからである. そのため,数学の論証では,誤りを犯さないように記号を工夫して見やすくしたり,論理的な構造をはっきり意識するようになってきた. ここでは,普通に用いられる論理的な記号を説明する. 数理論理学そのものに関心がある方はその方面の成書で勉強して頂きたいが,論証を進める力になるものは,あくまでも数学的な対象への深い理解であることを強調しておきたい.
命題とその結合(命題論理) 数学では,日常言語と違って,原理的に「真」か「偽」かのどちらかに定まっている文のみが議論の対象になり,これらを命題と呼ぶ. 少し例を挙げると,「今日は暑い」という文は,日常の場面では「今日私は暑いと感じている」ということの表現であることが多く,この用法の場合には「真」とか「偽」を問題にするほうがおかしい. 「今日は暑い」という文を真偽の定まった「命題」として受け取るためには,前提として「今日は暑い」ということの定義が,たとえば「最高気温 28 度以上は暑いという」というようにはっきりあたえられなくてはならない. 一方「真」か「偽」かのどちらかに原理的に定まっている文といっても,「真偽のどちらかが成り立っているのかすでに分かっている文」とは異なるわけである. 分かりやすい例で言えば,「円周率