本章では戦術学について触れ、以後の学習の導入とする。

※ ひとくちに「軍事学」といっても多くの分野がある。一般的な戦術理論や、自国の軍事力や仮想敵国の分析、戦争を遂行するための法律や行政などの研究、などなど多々あろう。事評論家の兵藤二十八が言うには、世界的には、戦術理論などの方法論はあくまで当面の間だけ合理的な戦術・戦略だと考えられている仮説にすぎないと世界的には考えられており、軍事学の基本は歴史分野である「戦史」が基本である、とのこと。

実際、2022年に勃発したロシアによるウクライナ侵攻により、それ以前に欧米の軍事で主流だった理論、具体的には交戦相手としてテロリストばかりを想定した戦術理論を採用していた欧米各国の軍隊は、理論の修正をせまられた。テロリスト相手には合理的だった、(おそらくは機動力を重視してか)平地を野営地として弾除けのタコ壺の穴も地面に彫らないで見晴らしのいい平地で宿営していたウクライナ側支持の外国人部隊が、ロシアからの攻撃によって壊滅した、という事例もある。一方、同じ戦場でうまく生き延びれたウクライナ側外国人部隊は、第一次大戦・第二次大戦にならって森林などにひそんで、地面に穴を掘ってそこに隠れるなどして(おそらくは敵からの奇襲攻撃に対する防御重視かと思われる)国の部隊だった。

このように、「戦術」の理論はあくまで仮説であるので、実際の戦争で起きた事実にもとづき、注意ぶかく修正や更新をしていく必要がある。

戦術とは何か

編集
 
ワーテルローの戦いに至る部隊の機動をまとめたもの。戦術を理解する場合には物事を概念化して図上にまとめると分析や処理が行いやすい。

戦術(Tactics)とは戦闘で与えられた手段を最大限に使いこなして任務を達成する技術である。より具体的な言い方をしている6世紀のビザンチン帝国軍の言葉を借りれば「戦術とは秩序を持って兵士を戦闘陣形に組織し機動する科学である」と言えるだろう。戦術に対して戦略という言葉があるが、これは戦術よりも大局的な視点に立って部隊を運用する科学・技術である。その関係については日本海軍の秋山真之提督は「戦術の上に立ってこれを指導し、戦闘の時、地、兵力を定める」ものが戦略であると区別している。しかし戦略はそれ自体が大きなテーマでもあり、簡単に説明することは出来ない。

優れた戦術家は戦術的知能の習得が不可欠であるが、これに関連して必要な要素は広範であり、主要な要素としては集中力、創造性、専門知識、情報処理能力、問題解決知能などがある。このような戦術的知能は学習できるものばかりではなく、判断のセンスという才能が重要である。これは数学の問題のように演繹思考で論理的に解答を導き出すような判断力ではなく、例えば相互に矛盾している二つの任務が与えられた問題、また一見したところ解決が不可能と思われる問題などを解決するような知能である。しかし戦術的知能は深いテーマであり、洞察力や記憶力、問題や解決策の概念化、行為の一貫性などありとあらゆる要素の集合体である。ここでは大部隊を指導する戦術ではなく、下士官が実施する小部隊の戦術について述べる。

戦術問題

編集

例えば以下のような状況を想定したとしよう。まず一般状況として、陸続きになっているA国とB国があり、A国がB国の侵略を受けたために戦争が勃発した。あなたはA国の軍人として32名から成る歩兵小隊を率いる指揮官であり、この部隊に与えられた装備は兵士一人当たりに与えられた自動小銃26丁と6丁の軽機関銃、定数の弾薬、迫撃砲一門と重機関銃一丁と定数の弾薬、さらに建築物を破壊出来る爆薬、対戦車地雷2個、輸送トラック一台である。あなたに与えられた任務は派遣された地域に架かっている橋を敵の攻撃・占領から防御してこれを保持することだ。これは後に後続する大部隊が到着するまでの時間的な猶予を獲得するためである。

周辺の地形としては都市部から離れ、森林が点在する平地である。作戦地域の中央部に約5メートル程度の河川が南北に走っており、舗装道路が東西に伸び、河川には車両が一台ずつ通過できる古い石橋が架かっている。石橋の西側すぐの位置には廃村が残っており、道路周辺に障害物はなく、約1キロメートル先まで見通すことが出来る。敵については、上級部隊から伝えられた情報、すなわち敵は国境の位置から考えて東方より進攻すると考えられる、敵の主力部隊は別方面に進攻しているものの別動隊が進攻する以外は不明である。

この状況において指揮官であるあなたは何を問題と設定し、どのような解決策を講じるべきであろうか。またその解決策を実行するにおいて考慮しなければならない事項としては何が考えられるか。

解答一例

編集

この状況においては複数の解答が作成しうるため、以下で述べることではなかったとしても、実行可能性があり、あるいは計画に矛盾や問題がない限り正答でありうる。また以下のように解答の内容ほど詳細に計画が立てられていないとしても、要点が得られているかが重要である。ここでは戦術問題の解答の一例を述べる。

この状況での任務は「橋という重要地形を確保・保全」することによって後続の主力部隊を支援することになる。これを達成するために必要なことははっきりしている。それは味方と同規模あるいはより大規模な敵部隊が進攻してきた場合にでも橋を完全に守るため準備を行って敵の攻撃に徹底抗戦することである。

まず敵部隊の攻撃を防御するためには周辺地域の地形を考えて河川及び廃村を利用して防御陣地を作ることが考えられる。つまり地形に対して塹壕構築や銃座の配置、地雷設置などの作業を施して戦闘で優位に戦う準備である。この場所で考えられる陣地構築としては、まず橋の出入り口に対戦車地雷を設置して敵の装甲車等の侵入を阻む。さらに橋を迂回して西側の川岸に遠隔地で上陸し、そこから防御部隊に奇襲を試みる可能性を配慮して廃村を拠点として全方位に防御陣地を構築して廃村を防御する。

兵士の配置としては3名が重機関銃、3名が迫撃砲を担当し、衛生兵2名を除いて残りの24名は警戒部隊と待機部隊に分ける。歩兵8名は1個分隊であり、24名から3個分隊が成るため、2個分隊で警戒を行い、1個分隊が待機と休養を行って定期的に警戒任務を交代するようにし、戦闘が開始されたら速やかに待機部隊が予備兵力として交戦地域に応援できるように打ち合わせた。警戒する部隊からは廃村の建築物の上部に2名ほど配置して広域視界を確保し、東西南北の全方位に対して監視を行う。警戒部隊は橋正面に対する防御陣地と南北正面の陣地に配置する。

重火器の配置については敵部隊が殺到すると考えられる石橋に対して銃口を向けて廃村部に配置し、その位置は偽装・隠蔽する。さらに迫撃砲は橋の入り口に対して向けながら廃村部の中心に配置し、必要に応じてその方向を転換できるように全方位の射撃図を用意して射撃を準備する。これら火砲や重火器及び全ての陣地は発見されないように偽装・隠蔽を施し、敵の偵察で発見されないようにする。さらに最悪の事態を想定し、敵が橋への侵入を許して廃村に突入し、占領されることがほぼ確実になった時点で橋を爆破、その間に部隊をまとめて輸送トラックを用いて速やかに後退し、後続の主力部隊と合流する要領を全員に周知させた。

以上がまず指揮官として採るべき対処であると考えられる。防御をここでは取り上げたが、防御戦術は軍事史においてもあまり変化がない戦術分野である。この問題で重要なのは目的の明確化、偽装を十分に施して敵に防御の実体を隠蔽する情報保全、与えられた戦力を効果的に配置する計画性、さらに敵のあらゆる攻撃を想定する警戒である。実際に戦闘が開始されれば再び状況は流動化し、得られる情報は不確かなものとなり、問題は複雑化し、より困難な決心が求められることになる。

演習問題

編集
  1. 戦地へ向けて長距離の行進を行う場合に最低限準備しなければならない装備を挙げよ。
  2. 部隊が水域を通過する際に必要な装備と適切な手順について述べよ。
  3. 奇襲を受けたために部隊の隊形や指揮機能が混乱している状況で、前線にいるあなたはまず何を行うことが妥当か述べよ。
  4. 敵に効果的な攻撃を行うために必要な情報は何かを挙げよ。
  5. あなたの近所で防御を行う上で利用できる地形を挙げ、その理由を説明せよ。