高等学校世界史B/ラテンアメリカ諸国の独立

カリブ海地域編集

 
トゥーサン・ルーヴェルチュール

キューバのとなりの島でハイチという島国がある。 このハイチは19世紀初頭、フランスの植民地だった。 しかしフランス革命の影響で、ハイチで黒人奴隷による解放運動が起き、トゥサン=ルヴェルチュールを指導者とした。

ナポレオンは弾圧しようとフランス軍を派遣した。

トゥサン自身はナポレオン軍に逮捕され獄死した。 しかし、独立解放軍は戦ってフランス軍をやぶり、1804年に、黒人国家のハイチが誕生した(ハイチ革命)。


ラテンアメリカ地域編集

 
シモン=ボリバル

ラテンアメリカ地域の多くはスペインの植民地になっていたが、しかしナポレオンがスペインを占領したことなどもあり、スペイン本国が混乱した。

このような混乱(スペイン本国の混乱、フランス革命)の影響に乗じて、クリオーリョ(植民地生まれの白人)が中心になって独立運動を起こし、1810〜20年代ごろに独立する。


ラテンアメリカ北部(現:ベネズエラあたり)では、クリオーリョのシモン=ボリバルによる独立運動が起き、南部(現:アルゼンチンあたり)ではクリオーリョのサン=マルティンによる独立運動が起き、ラテンアメリカの多くの国はスペインからの独立に成功した。

また、ポルトガル領ブラジルでは、1822年にポルトガル王子がブラジルで即位して独立を宣言した。

独立運動中、イギリスやアメリカは独立運動を容認していた。

なぜなら、イギリスの首相カニングは、スペインの影響力が弱まればイギリスの影響力が強まると期待したので、ラテンアメリカでの独立運動を容認した。

また、アメリカ合衆国大統領モンローは、1823年、モンロー宣言を出し、その宣言ではアメリカ合衆国はヨーロッパ地方の問題に干渉しないかわりにヨーロッパも南北アメリカの問題に干渉すべでないと主張した。

経済では、独立したラテンアメリカ諸国は、独立後もプランテーション経営が続いた。