高等学校国語総合/漢文/管鮑之交
管鮑(かんぽう)の交わり(まじわり)
予備知識
編集登場人物の管仲(かんちゅう)は、この文中の昔話の当時は商人であり、当時は政治家ではない。
管仲(かんちゅう)は、のちに斉(せい)の国の宰相(さいしょう)になったが、当時は商人である。文中に戦という文字が何度かあるが、最初の「戦」は、商売のことであり、実際の戦争ではない。
鮑叔(ほうしゅく)は、管仲(かんちゅう)の友人であり、商売でも協力者。
春秋時代の話。
出典は『十八史略』。
現代語訳
編集管仲(かんちゅう)という人物がいた、字(あざな)は夷吾(いご)という。 以前、鮑叔(ほうしゅく)と一緒に商売をしていたことがある。 管仲(かんちゅう)は分け前を、自分に多く(= 管仲に多く)、取っていた。 (しかし、)鮑叔(ほうしゅく)は、このことで管仲(かんちゅう)を欲張りとは思わなかった。 なぜなら、管仲(かんちゅう)が、貧乏なことを知っていたからである。
以前に(管仲は)、何度か(商売の)事業を立ち上げて、(その事業はすべて失敗して)かえって貧乏になってしまった。 鮑叔(ほうしゅく)は、(管仲を)愚かだとは思わなかった。 時勢(じせい)によって、ものごとが上手く行く時もあるし、上手く行かないときもあることを知っていたからである。
以前に(管仲は)、何度か戦いにでて、その度ごとに逃げた。 鮑叔(ほうしゅく)は、(管仲を)臆病だとは思わなかった。 管仲には、(彼が面倒を見なければならない)老いた母がいたことを知っていたからである。
(そんな鮑叔のことについて、)管仲は言った、「私を生んだのは父母であるが、私を理解してくれるのは鮑叔さんである。」
書き下し文
編集管仲(かんちゅう) 字(あざな)は夷吾(いご)。 嘗て(かつて)鮑叔(ほうしゅく)と賈す(こす)。 利(り)を分かつ(わかつ)に多く(おほく)自らに(みづからに)与ふ(あたふ)。 鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)貪(たん)と為さず。 仲(ちゆう)の貧しき(ひんしき)を知れば(しれば)なり。
嘗て(かつて)事(こと)を謀りて(はかりて)窮困(きゅうこん)す。 鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)愚(ぐ)と為さず(なさず)。 時に(ときに)利(り)と不利(ふり)と有る(ある)を知ればなり。
嘗て(かつて)三たび(みたび)戦ひて(たたかひて)三たび(みたび)走る(はしる)。 鮑叔(ほうしゅく)以つて(もつて)怯(けふ)と為さず(なさず)。 仲(ちゅう)に老母有るを知ればなり。 仲(ちゅう)曰はく(いはく)、「我(われ)を生む(うむ)者(もの)は父母(ふぼ)、我を知る(しる)者(もの)は鮑子(ほうし)なり。」と。
桓公(かんこう)諸侯(しょこう)を九-合(きゅうごう)し、天下を一-匡(いっきょう)せしは、皆(みな)仲(ちゅう)の謀なり(はかごとなり)。一にも則ち(すなわち)仲父(ちゅうほ)、二にも則ち(すなわち)仲父といへり(ちゅうほといへり)。
語句
編集・菅仲 ー 春秋時代、斉(せい)の桓公に仕えた名宰相。 ・字 ー 成人した時につけた名。 ・嘗て(かつて) - 以前に。過去のことについて説明するときの表現。 ・与(と) - 「鮑叔(ほうしゅく)と賈す(こす) 」の「と」の部分。「与」は原文中にある語句。「与 A 」で「Aと一緒に」の意味。書き下し文では「と」と訓読する。 ・鮑叔 ー 斉の大夫(たいふ)の職に就いていた重臣。 ・賈 ー 商売をする。 ・多自与 ー 自分の方に多く取る。 ・貪 ー 欲ばかり。 ・窮困 ー 行き詰まって苦しむ。 ・走 ー 逃げる。 ・怯 ー 臆病。 ・三 - 回数が多いことを表す場合に、漢文でよく用いられる比喩的な表現。実際の回数とは、限らない。 ・九合 ー 一つに集めまとめる。「九」は「糾」に通じる。 ・一匡 ー 乱を治めて、天下を統一する。「匡」は、正す。 ・不以為貪 - 「A以B為C」で「AがBをCだと思う」の意味。「A以為C」はBを省略した形である。「鮑叔不以為貪」は「鮑叔不以管仲為貪」の省略形。貪欲かどうかが、この文の話題になってる相手は管仲であり、鮑叔ではない。「不」があるので否定形であり、最終的に「鮑叔不以為貪」は「鮑叔が管仲を貪欲だとは評価しない。」の意味。 ※ なお、「貪」は「たん」と読む。
語釈
編集- 賈 - 商売する。店を構えて商売する。いっぽう、これに対して、「商」は「行商」の意味。
- 貪(たん) - 欲張り。貪欲。「たん」と読む。
- 走 - 逃げる。
- 怯(きょう) - 卑怯(ひきょう)。臆病(おくびょう)。
- 知 - 理解する。分かる。
- 管仲(かんちゅう) - のちに斉の宰相になる。
- 鮑叔(ほうしゅく) - のちに斉の重臣になる。
- 字(あざな) - 古代・中世の中国で、男子の成人のさい、本名の他に付ける別名。
- 鮑子(ほうし) - 鮑叔(ほうしゅく)のこと。「子」は敬称。
似た熟語
編集「刎頸の交わり」(ふんけい の まじわり)が、よく例として挙げられる。
この他にも、「知音」、「水魚の交わり」、「竹馬の友」(晋書)など、似た意味の語は多い。