なぜ強度を計算するのか? 編集

工業高校の『機械設計(きかい せっけい)』という科目では、おもに材料の力学について習います。図面の書き方の科目は『製図(せいず)』あるいは『機械製図』などの科目で習うでしょう。材料の力学を教育するのは、設計をするさい、製品が壊れないような形の製品を設計する必要があるからです。工業科目で物理の計算をする目的は、こわれない製品を生産するためです。

どのような製品も、まずは壊れない製品を設計する必要があります。

あなたが消費者だったとして、壊れやすい商品をアナタは買いたいですか? たとえば壊れやすい自転車を買ったとして、その壊れやすい自転車に乗って運転したとして、その自転車が壊れてアナタはケガをしたいですか?

実際に設計をする場合は、まずは製品が壊れないことや安全性などを優先して設計する必要があります。強度(きょうど)(意味:壊れにくさを数値化したもの)や耐久性や安全性を優先して設計します。機能の便利さなどの追求をした設計は、優先順位が、その次以降でしょう。

なので機械工学系の学生の勉強では「どういう形状の物体が壊れやすいか」を学ぶ必要があります。「その壊れやすい形状の物体に、どういう方向の力が加わると壊れやすいか」も学ぶ必要がありまう。

このように、製品に加えられる力に対する、その製品の部材の力学的な壊れにくさや壊れやすさを学ぶ学問が、「材料力学(ざいりょう りきがく)」です。なので材料力学は、安全性を重視する設計においては大切な学問であり、そのため工業高校の機械科などの機械工学を教育する学校では材料の力学が優先的に教育されるのです。


数学の知識や物理の知識などは、設計の手段です。設計の目的ではありません。なので、物理学的に興味深い力学の知識であっても、科目『機械設計』では紹介されないこともあります。

機械設計では、主に力学的な破壊について考えるので、力学計算を学ぶわけです。

(※ なお、製品の破壊の原因は、かならずしも薄いところが切断する破壊とはかぎらず、たとえば「酸に対する耐食性が要求される使用環境なのに、材料に耐食性のない材料を使ってしまった」のような化学的な原因の場合もありうる。そのような事を勉強する科目は、化学など別科目である。なので高校生は、安全な設計のために、けっして工業高校の科目だけばかりを勉強するのではなく、さらに普通科高校でもならうような化学や物理なども学ぶ必要がある。)

もっとも、工場労働者が実際に工場で行う作業のほとんどは、加工や組み立てなどの製造であり、その次に行うことは図面を描くことでしょう。その次くらいに行うのは、あとの節に述べる耐久試験などの実験でしょう。おそらく、工場で力学計算を普段から行う企業は少ないでしょう。すべての項目を計算していては大変に手間がかかりますから、自社製品の成果を流用することも多いでしょう。

たとえ計算をしても、どっちみち、その計算で合ってるかどうかを検証するために、実物による実験が必要になります。

製造業において、設計値が合理的かどうかの最終的な根拠は、実物による実験です。


さて設計者による部品の計算については、部品メーカーなどがユーザーに必要なデータをあらかじめ計算しておいて、製品カタログなどに記載されている場合もあります。たとえば構造材などの部品を買うときに、その部品メーカーの製品カタログなどに「この部品の耐荷重は○○kg」などというように、設計に必要なデータをあらかじめ部品メーカーが求めておいて、カタログに強度データなどが書いてある場合もあります。もしくは規格などで、その部品の耐荷重などが決まっている場合もあります。

たとえ製品カタログに部品の強度データなどが書いてあっても、その強度を持つ部品を、どう利用するべきかは設計者が判断しなければなりません。また、部品を組み立てたあとの製品の各種データの計算は設計者が計算しなければなりません。

実験の必要性 編集

企業の製品開発では、単に耐久性については計算をするだけでなく、最終的には実験をして耐久性や安全性などを確認する必要があります。

このような耐久性や安全性などの確認のための実験は、「耐久性試験(たいきゅうせい しけん)」とか「実証実験(じっしょう じっけん)」などと呼ばれます。

工場での実証実験と、理科の実験とは、目的が異なります。小中高校の理科の実験の目的は、理科の法則について理解を深めるのが目的だったりします。

ですが、実証実験の目的は、「理解を深める」こととは目的が異なります。実証実験や耐久試験の目的は、もし不具合があれば不具合を見つけ出し、実験結果から得られた情報を参考に不具合対策をされた再設計をすることが目的です。

工業高校の科目では、『機械実習(きかい じっしゅう)』などの科目で、実証実験や耐久性試験などの実験方法を習うでしょう。


さて、企業の実務で実験をするには、試作品の組み立てをしないと実験のやりようが無いので、機械設計者には試作品の組み立てや実験装置の組み立てなどの技能も要求されます。

試作をして実験をしてみて、場合によっては、試作品には製品に必要な耐久性が足りなかったことが実験結果で分かる場合もあるでしょう。他の不具合が発見される場合もあるでしょう。

このように不具合が発見された場合、設計をしなおします。なので、上司に不具合を報告します。

けっして設計をしなおさずに、そのまま製品化してはいけません。また、けっして不具合を報告せず隠しては いけません。

製造物責任法(せいぞうぶつ せきにんほう)」という法律があり、メーカーなどのような生産者は製品の安全に責任を負います。もし、生産者が製造物の不具合による安全上の危険を知りつつ販売したら、違法になる場合があり、法的に生産者が処罰される場合があります。

不具合を報告して、設計をしなおすのも、設計の仕事のうちです。

新製品の開発では、試作品を設計して、実験をして不具合を見つけ出し、不具合を直した設計をしなおし、修正した設計にもとづいた試作品を組み立て、また再実験をして不具合を見つけ出していくことで、不具合を減らしていき、不具合が見つからなくなるまで行います。


製品の販売の前に、実験を出来るだけ多く行って不具合をつぶしていくのは、もちろん必要ですが、会社には時間や金銭に限りがあるので、販売後に不具合が発見される場合もあります。 製品の保証期間内なら、もちろん、ただちに会社は製品を設計しなおし不具合に対応する必要があります。


設計とは何か? 編集

 
図面と寸法の書き方の例。なお、斜めの斜線でハッチングしてあるのは、仮想的な断面図を表している。
寸法は、製作に必要な情報なので、普通は必ず記載される。その他、斜め部分(テーパと言う)の角度も製作に必要な情報であるため、記載される。円筒部を直径で表しているのは、製作時に直径についての情報が必要だからである。工具の径は、ふつう直径で示される。


設計では、曖昧さ(あいまいさ)を無くすため、図面などで指示します[1]

機械を作る際には、あらかじめ、どういう機械を作るべきか、明確にします。

この際、単に構想(こうそう)を練るだけでなく、最終的に「実際に、どういう形の物を作るのか?」ということが製作者に分かるように、製図(せいず)などで図示します。これが設計(design)です。

製図の図面に記載するのは、長さなどの寸法のほかに、材質や要求する精度などのような製造に必要不可欠な情報は、図面に記載します。

その製品のすべての寸法を、設計者が決めて図面で指示する必要があります[2]。また、決して情報不足などで制作者に迷いを生じさせてはいけません[3]

また、図面のすべての寸法は、「公差」(こうさ)が指定されていなければなりません[4]。「公差」とは、許容可能な誤差の範囲のようなものです。詳しくは製図などの授業で習います。

このとき、製造法については、製図には描きません。なぜなら、製造法は、同じ製品でも工場の設備によって製造法が変わるからです。 もっとも製造不可能な製品を考えても無駄になってしまうので、設計者は製造法も頭の中で考慮に入れておく必要があります。


製図は、他人が読んでも、分かるように描きます。あなたの描いた図面は、(就職先および取引先の)会社の他の従業員も読むことになるからです。

製図は、製造現場の従業員が読んでも分かるように描きます。たとえアナタ自身が製造課の人間であっても、アナタ以外の人間が製造を行う場合もありうるのだから、他人が読んでも分かるように描かないといけません。また、新人の描いた図面の場合、まず上司が読んで許可を出すかどうか判断するので、上司が理解できるように描かないとダメです。製造現場の人間が理解できないような図面には、上司は許可を出さないでしょう。


設計前の構想を練る段階のときでも、なるべく、実際に3面図の程度でよいので製図します。

企業では、このような製図のため、製図室があるのが普通です。おそらく多くの企業で、設計部門の部屋が、製図室を兼ねてることが普通でしょう。

最近では、機械製図はコンピューターで行います。このようなコンピュータ製図のことをCAD(キャド、英: computer aided design)と言います。

組み立てや機械加工などを行う製造現場は忙しいので、製造現場では製図などの設計を行うことは無理です。

たいていの製造業では、設計を行う部屋 と 製造の部屋 は別になります。

ただし、別の部屋と言っても、設計と製造の部屋は、中小企業の工場では、同じ建物内で近くにあるのが普通です。

部屋が遠いと、情報交換や情報共有をするのに不都合だからです。

中小企業で機械製品の設計を行う場合、設計者も自社の加工や組み立てなどの製造を手伝うのが一般です。新製品の設計をした場合、製品の細かいことは設計者本人しか知らないことが多いからです。特に新人の場合、新人教育上の理由もあり、新人の設計担当は製造現場を手伝うことになるでしょう。

 
図面の例。なお、右下の枠内には、本来は製品名や設計者、材質などの情報が描かれるが、この図では空白になっている。
 
図面の写真。

製図と絵画とのちがい 編集

製図では、形を描きますが、絵画などの芸術などと違い、美しい製品を考えることは、機械設計では目的ではありません。

美しい製品を考える職業は、機械設計の技術者とは異なる職業です。 意匠(いしょう)設計などをしている工業デザイナーの職業では製品の美しさを考慮して芸術的な設計をするのが工業デザイナーの仕事ですが、しかし機械技術者の仕事内容と工業デザイナーの仕事内容とは異なります。

機械計算には加工や組み立てや力学などの専門知識が必要であり、工業デザイナーにはそれらの専門知識は難しいので、機械技術者が機械設計の業務を行うわけです。

工業製品の機械設計も、工業デザイナーの意匠設計も、言葉では同じ「設計」という用語を用いており、英語でも同じく "design" と言いますが、仕事内容が大きく異なるので混同しないでください。


機械製図は、三次元のコンピューター・グラフィックス映像(いわゆる 3D-CG )などとも異なります。 機械製図は矛盾なく描く必要があります。コンピューター・グラフィックスも、数式によって計算された映像なので幾何学的には矛盾はありません。ですが目的は あくまで それぞれ別です。

最近ではコンピューター・グラフィックスのソフトウェアも大量生産のノウハウを取り入れているので、機械工業の大量生産のためのノウハウと共通するような部分も少しはありますが、しかし目的は あくまで それぞれ別です。


修理可能な設計を心がけよう 編集

上記のいくつかの章で、設計には、不具合の修正・修理なども含まれることを説明しました。

不具合を修正や製品の修理をできるようにするためには、最初の設計の際、もちろん、今後の修正のための追加的な加工や分解・再組み立て などをしやすいように設計する必要があります。


しかし素人が設計すると、しばしば、分解困難な設計をすることがあります。

よくありそうな事例は、製品の修理のための分解のさい、たとえば、仮に「G」という部品が壊れているとして、Gだけを交換したいのに、なのに取り外すのがGとそれをとめてるネジだけでなく、さらにAとBとCとDとEとFと言う別の部品と、それらA~Fをとめているネジ類も交換しなければならない、というようなオカシな設計が、しばしば散見されます。


このような設計ミスの起きる原因は、いろいろと考えられますが、ありがちな根本原因として、無意味な小型化や、無意味なネジの削減があります。

たとえば、

・ Aをとめるネジを廃止して、かわりに部品BでAを固定する。(△ あまり良くない)
・ 以下、同様に、部品Cで部品Bを固定する。部品Dで部品Cを固定する。・・・(△ あまり良くない)

という設計をすると、必要なネジが減りますので(たとえば、部品A~Fを固定するネジを減らせるので)、馬鹿の目には一見すると「部品コストをさげるので、合理的だ」と錯覚しがちです。また、必要部品が減るので、小型化も行われます。

小型化や部品数削減に対する過剰な信仰をしているビジネスマンや経済評論家も多いので、企業の労働現場でも、しばしば、無意味な小型化が見過ごされてしまいます。


もちろん、上記のような「部品Cで部品Bを固定する。部品Dで部品Cを固定する。・・・」という設計は、現実の製造業では、たいていの場合、設計ミスであり、不具合の修理の際に よけいな手間が発生するだけです。

最悪の場合、上記のような設計ミスは、そもそも分解不可能になる場合もあり、もし部品が1つでも故障をすると、製品全体の買い替えの必要が発生してしまう場合さえ、ありえます。


なぜ、wikibooksでこのようなことを忠告するかというと、世間には、この手の設計ミスをする連中は、けっこう多いのです。馬鹿の設計ミスには巻き込まれないように、読者は気をつけましょう。


製造業に限らず他の産業でも、今後の修正の方法を無視した設計ミスのある製品・作品などは、けっこう散見されます。そしてまた、そのような設計ミスを賞賛する、頭の悪い消費者・観客なども多いので(製品が小型化して高密度になるので、馬鹿消費者は「この商品は質が高い」と誤解する)、あなたたち高校生は、世間の馬鹿とは距離をおきましょう。

無意味な全部品の自社設計はヤメよう 編集

学校などだと自分で設計する方法を教えるので、学校を出たばかりの技術者の卵は、製品をなんでも自分で部品から設計しようとします。

しかし、実際には、部品などは既存の市販品や流通品がありますので、それらを活用しましょう。

畑村洋太郎 編著『実際の設計 新訂新版』でも、「市販品で使えるものは、中身をしっかり理解して、ぜひそれを使うべきである.」という記述があります[5]


むろん、すべてを市販品にしてしまっては、そもそも自社での製品の設計の必要性が無いので、最終的には自社独自の設計が必要になります。


かといって、むやみに、なんでもかんでも、自社独自にするのも不合理です。


また、よほど高額で売れない限り、1個~少数個数しか売らない物品などのために、わざわざ部品や製品を設計をするのは、さけましょう。


テレビの未来ロボットアニメとかだと、特注生産の1点モノのロボットとかが、あたかも高性能なように書かれます。しかし現実の世界における、少数生産の特注品は、その製品のために、追加的にメンテナンス方法の開発の手間などが発生してしまい、非効率・低性能になってしまいかねません。費用的にも、特注品などは割高になってしまいます。

また、むやみに特注や少数生産をしてしまうと、数年後の修理のさい、部品が不足することも、ありえます。最悪の場合、そもそも、部品が生産中止になっていて修理不可能(そして結局、新製品の規格品への交換)などの結果におちいる場合もありえます。

部品メーカーからしても、少数しか生産しない製品のために、部品メーカーは、いちいち部品を作ってくれないのが普通です。景気のいい時代は特注品の部品をつくってくれた部品メーカーが、不景気になって特注品をつくってくれなくなり、よって特注部品を使った製品が修理不可能になった・・・のような事例も、ありえます。


ともかく、むやみに特注・少数生産をすると、メンテナンス性が悪化します。


なので、よほど特別な理由が無い限り(研究開発用とか)、特注はヤメましょう。


いっぽう、特注的な設計を減らして、なるべく既存の規格品に合わせれば、検証・開発の手間も減りますし、部品調達もしやすいし、いいことづくめです。


最近は減りましたが、しかし、いまだにビジネスマンの中にも、独自設計や特注などに、過剰な信仰をしている人も残っています。気をつけましょう。

  1. ^ 畑村洋太郎 編著『実際の設計 新訂新版』、日刊工業新聞社、2023年4月14日 改訂新版 第12刷 発行、P12
  2. ^ 畑村洋太郎 編著『実際の設計 新訂新版』、日刊工業新聞社、2023年4月14日 改訂新版 第12刷 発行、P12
  3. ^ 畑村洋太郎 編著『実際の設計 新訂新版』、日刊工業新聞社、2023年4月14日 改訂新版 第12刷 発行、P12
  4. ^ 畑村洋太郎 編著『実際の設計 新訂新版』、日刊工業新聞社、2023年4月14日 改訂新版 第12刷 発行、P12
  5. ^ 畑村洋太郎 編著『実際の設計 新訂新版』、日刊工業新聞社、2023年4月14日 改訂新版 第12刷 発行、P12