物体の内部に蓄えられているエネルギーを、その物体の内部エネルギーと呼ぶ。内部エネルギーはおおまかには、

  1. 物体を構成する原子・分子・イオンの熱運動の運動エネルギー、
  2. 化学結合に蓄えられているエネルギー、
  3. 物体を構成する原子・分子・イオンの間に働く分子間力による位置エネルギー、

の総和に等しい。熱運動の運動エネルギーを熱エネルギーと呼び、化学結合に蓄えられたエネルギーを化学エネルギーと呼ぶ。分子間力による位置エネルギーは、熱エネルギーに含めることもあれば、化学エネルギーに含めることもある。

  1. 温度が高いほど、原子・分子・イオンなどの物体を構成する微粒子の熱運動は激しい。したがって、系の熱エネルギーは、温度が高いほど大きい。絶対温度をT、気体定数をRとすると、微粒子1molあたりの熱エネルギーはRTの程度であり、室温では RT = 8.31 JK−1mol−1×298 K ≒ 2.5 kJ/mol である。系の温度が100℃高くなると熱エネルギーは1 kJ/mol 程度大きくなる。
  2. 化学結合に蓄えられている化学エネルギーは、温度が変わってもほとんど変化しない。系の化学エネルギーは、化学結合の切断・生成・組み換えにより数十kJ/mol~数百kJ/molくらい変化する。結合エネルギーが小さいほど、結合に蓄えられている化学エネルギーの量は多くなる。例えば1molのH21/2molのO2の結合エネルギーの和は、432 kJ + 1/2×494 kJ = 679 kJであり、1molのH2Oの結合エネルギーの和 918 kJより小さい。すなわち水素ガスと酸素ガスの混合気体の持つ化学エネルギーは、ガスの燃焼反応により得られる水蒸気の化学エネルギーよりも多い。この反応が孤立系(外界とエネルギーをやり取りしない系)で起こったなら、反応により減少した化学エネルギーの分だけ熱エネルギーが増加し、その結果として系の温度が上昇する。
  3. 分子間力による位置エネルギーは、気体>液体>固体の順に低くなる。一般に、位置エネルギーの低い場所から高い場所に粒子を移動するにはエネルギーが必要である。おおざっぱには、気体と液体の内部エネルギーの差は蒸発潜熱に相当し、気体と固体の内部エネルギーの差は昇華潜熱に相当する。

編集

いくつかの系について、その内部エネルギーUの内訳をみる。nは系の物質量、Tは絶対温度、Rは気体定数である。

  • 単原子理想気体
     
    貴ガス原子の間に働くファンデルワールス力は小さいので、常温常圧の貴ガスは理想気体とみなせる。単原子分子には化学結合がないので、化学エネルギーはゼロ。単原子理想気体の内部エネルギーは、したがって、熱運動の運動エネルギーに等しい。
  • ファンデルワールスの状態方程式にしたがう単原子気体
     
    ファンデルワールスの状態方程式にしたがう気体では、分子間力による位置エネルギーは気体の密度n/Vに比例して低下する。その比例係数は、ファンデルワールス係数aに等しく、分子間力が強いほど内部エネルギーは小さくなる。
  • 二原子理想気体
     
    二原子分子の熱エネルギーは、分子の回転運動のため、単原子分子よりも1molあたりRTだけ大きい。また、分子の結合エネルギーD0が大きな分子ほど、内部エネルギーは低くなる。分子内原子の熱振動のエネルギーは、常温のH2, O2, N2, HX(Xはハロゲン)ではRTよりずっと小さいので無視できる。F2, Cl2などハロゲンの単体では熱振動のエネルギーが無視できない大きさになるので、上式の右辺に熱振動エネルギーの項が加わる。
二原子分子の結合エネルギーD0[1]
分子 分子式 D0 / kJ mol−1
水素 H2 432
酸素 O2 494
窒素 N2 942
フッ化水素 HF 566
塩化水素 HCl 428
臭化水素 HBr 362
ヨウ化水素 HI 295
  • 多原子分子の理想気体
     
    Umrot(T)は分子1molあたりの回転運動の熱エネルギーである。多原子分子の回転運動の熱エネルギーは、CO2のような直線分子では二原子分子と同じくnRTだが、H2OやCH4のような非直線分子では3/2nRTとなる。
     
    Umvib(T)は分子1molあたりの熱振動のエネルギーである。H2Oのような特別な例外を除いて、多原子分子のUmvib(T)は無視できない。気体の熱容量が温度によって変わるのは、主としてこの項のためである。Eatは原子化エネルギーと呼ばれ、1molの分子に含まれる化学結合をすべて切り離すのに必要なエネルギーである。
分子の原子化エネルギーEat[1]
分子 分子式 Eat / kJ mol−1
H2O 918
アンモニア NH3 1158
メタン CH4 1642
二酸化炭素 CO2 1052
  • 液体水銀
     
    右辺第1項は、単原子理想気体の内部エネルギーである。Lmvapは1molあたりの蒸発潜熱である。−RTは、1molの水銀が蒸発するときに外界がする仕事の近似値である[注釈 1]。蒸発潜熱そのものではなく、−n(LmvapRT)が水銀原子間に働く引力による位置エネルギーに相当する。水銀に限らず、液体金属の内部エネルギーは、同じ温度の金属蒸気の内部エネルギーから蒸発潜熱を引いてnRTを足したものにほぼ等しい。アルゴン、クリプトン、キセノンなどの比較的沸点が高い貴ガスの液体の内部エネルギーも、同じ式で表される。ヘリウムやネオンのような沸点の低い液体では、体積変化に伴う仕事をnRTとする近似が悪くなる。
  • 液体
     
    Umg°は蒸気1molあたりの内部エネルギーであり、第2項が分子間力による位置エネルギーに相当する。分子からなる液体だけでなく、溶融塩の内部エネルギーも同じ式で表される。

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 蒸発するときの体積変化は正 (ΔV > 0) なので、外界が系にする仕事は負 (W = −pextΔV < 0) になる。液体の体積が蒸気の体積に比べて無視できるくらい小さく、さらに蒸気が理想気体とみなせる場合は、ΔV = V(気) − V(液) ≒ V(気) ≒ nRT/p と近似できる。

出典 編集

  1. ^ 1.0 1.1 日本化学会 編『化学便覧 基礎編 改訂6版』丸善出版、2021年、表10.12-1