地政学は短命な歴史を経ている。本格的な地政学は七年戦争や普墺戦争などの戦争を経験したドイツにおいて始まり、理論的な完成を見る前に第二次世界大戦においてドイツと日本の帝国政策の学問的な基礎として用いられたため、戦後において地政学の軽視や蔑視がなされて研究は停滞した。現在でも冷戦期を通じて米国において地政学の研究は続けられ、批判地政学という従来の地政学研究を見直す研究動向も見られ、発展途上にある。地政学はその発展段階、その理論内容などからいくつかに区分することが出来るが、ここでは発展段階から地政学の歴史を概観する。

地政学的な発想の起源は古代ギリシアにおいてヘロドトスやプラトンの思索にその一端が読み取れる。ヘロドトスの『歴史』において民族の存亡がその置かれている地理的な環境によって大きく左右されることをペルシア戦争を戦ったギリシア民族の居住する地理的な環境の観察を引き合いに出して論じている。地理と人間社会の関係は極めて密接なものであることは、古代文明がいずれも河川付近に農耕適地を築き、段階的に都市国家を発展させていった歴史からもうかがえる。

地政学の本格的な研究は近代のドイツから始まる。まず政治と地理についての政治地理学の研究者であったリスト、トライチュケ、フンボルト、リッター、ラッツェルたちによる研究が行われた。これをルドルフ・チェレーンが地政学という名称を与えて枠組みを築いた。この地政学の枠組みは20世紀のドイツ陸軍将校であったカール・ハウスホーファーによって大陸国家系の地政学が構築された。また地政学の研究はイギリスやアメリカにおいても実施され、アルフレッド・セイヤー・マハンやハルフォード・マッキンダーは海洋国家系の地政学の 理論を確立する。

このような地政学の理論の発展は、第二次世界大戦においてドイツと日本において戦争指導の理論的な基礎としても用いられた。ハウスホーファーによって研究された地政学研究は特に勢力圏の拡張を進める国家政策に理論的な正当性を付与するものとして用いられた。

戦後においてもアメリカによる封じ込め政策に見られるように地政学の研究が安全保障政策に影響を与え、新しい地政学の系譜を生み出した。