聖書ヘブライ語入門/前置詞(1)/前置詞、前置詞句

10.4 前置詞、前置詞句

前置詞は名詞句の前に置かれて、その名詞句と文中の他の名詞句または動詞句との意味的関係を表す語である。 日本語の格助詞(ガ、ハ、ノ、ヲ、ニ、ヘ、ト、ヨリ、カラ、デ等)にほぼ該当するが、ヘブライ語では、既に見たように、ガ、ハに当たる形式はなく、ノは前置詞で示される場合もあるが、多くは連語句によって表される。なお、いうまでもないことだが、ヘブライ語の前置詞が日本語の格助詞と一対一に対応するわけではない。

前置詞とそれに支配された名詞句とによって構成された句を前置詞と呼ぶ。これは便宜的な名称であって、名詞句が名詞と同じ働きを持つ句であるようにして前置詞句全体が前置詞と同じ働きをするわけではない。文1 の ‏ לְיהוה ‎、 文2 の ‏ לְךָ ‎(代名詞も名詞句に属する)、文3 の ‏ בַּמִּקְנֶה בַּכֶּ֫סֶף וּבַזָּהָב ‎、 文4 の ‏ בְּתוֹךְ הַגָּן ‎、 文5 の ‏ מִבְּשָׂרִי ‎、 文6 の ‏ מִמֶּנִּי ‎ はいずれも前置詞句である。 前置詞句は、文1 文3 文5 文6 では他の名詞句を修飾しつつそれと統合されて、もう一つ上位の名詞句を構成している。 文2 文4 では前置詞句が他の名詞句と〈主―述〉の関係で統合されている。このような機能は、既に学んだように、名詞句の機能そのものである。従って前置詞句は名詞句の一種であり、前置詞は名詞の一種だと見ることができる。ただし、これは性・数の標識を持たず、連語形として用いられる名詞であり、意味的には、上述のように、それ自体では存在しない、関係概念を表す点が特徴的である。例えば 文2 の ‏לְ‎ を仮に《所有》という名詞と考えると、‏ כֹּחַ לְךָ ‎ という文は《力は汝の所有》→《力は汝のもの》=《力が汝にある》となり、‏ כֹּחַ לְךָ ‏ という名詞句は《汝の所有なる力》=《汝の力》となる。

聖書ヘブライ語における各前置詞の意味を一義的に定義することはできない。 ‏לְ‎ を ニ としたように、一応それに近い日本語の助詞を引き当てるならば、 ‏בְּ‎ は「存在の場」を表す ニ、‏ מִן ‎ は「原点、出発点」を表す ヨリ、カラ ということになろう。