5.5. 性

性は日本語には無い文法範疇の一つである(4.3.1)。ヘブライ語の名詞はすべて、テクストの中では、男性または女性の標識を帯びて現れる。ドイツ語やギリシア語と違って中性(男性でも女性でもない性)というものは無い。敢えて「性」と呼ぶのは、この文法上の区別が、 נַ֫עַר《若い男》― נַעֲרׇה《若い女》のように、人間を表す名詞において自然的な性別と一致するからである。形態上は、男性形のゼロ(すなわち、例えばギリシア語の男性語尾-ος に見られるような積極的な形をとらない)に対し、女性形は -ā, -at, -et 等の接尾辞によって明示される。性と数の標識が常に一つに融合していることは上に述べた(5.3)。ここに挙げた形はすべて単数系である。明示的な女性接尾辞を備えていない名詞はすべて男性である、とは限らない。たとえば עִיר《町》が女性名詞であることのように性が文法範疇だというのは、性が、例えば女性名詞の表すものは女性的な性質を含んでいるといった(そういうこともあるかも知れないが、それは別問題である)、個々の単語だけの問題ではなく、二つ以上の語が統合される場合に一致(=呼応)という形で必ず表面化することだからである。女性形でないにも拘らず女性扱いされる名詞は、 他に יׇד《手》、דֶּ֫רֶךְ《道》、עַ֫יִן《目》、אֹ֫זֶן《耳》、אֶ֫רֶץ《地》、חֶ֫רֶב《剣》、נֶ֫פֶשׁ《魂》、רוּחַ《霊》等がある。しかし我々のテクストでは、少数ながら、これらが男性扱いされている例もある。また、自然的な性別と文法的な性別は大体一致しているが、これもすべての形で明示されているとは限らない。例えば、

אׇב 《父》― אַם 《母》、 תַּ֫יִשׁ《雄山羊》― עַז《雌山羊》、 חֲמוֹר《雄ロバ》― אׇתוֹן《雌ロバ》、 אַ֫יִל《雄羊》― רׇחֵל《雌羊》

語幹に -ā などの接尾辞を付けて女性形を作るとき、アクセント(強勢の置かれる位置)が移動するため、それに伴って語幹の母音が変化する語がある。その規則は、複数接尾辞の付く時の規則と同じであるから、次の課でまとめて述べる。