近江弁には、会話のなかで話題に出している人物について、下に見ている存在であることを表す助動詞があります。

~やる

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主に湖東と甲賀で、「ほほえましいなあ」「世話が焼けるやつだなあ」などプラスの感情を込めて使われる表現です。直接の関係があるかどうかは不明ですが大阪弁と共通します。丁寧形は「~やります」ですが、ほとんど使われません。過去形は「~やった」、否定形は「~やらへん」または「~やらん」になります。

すべての活用で「連用形+やる」の形で使われますが、年配層では五段活用で「連用形+ゃる」と言うこともあります。

この赤ちゃん、ミルクよう飲みやるなあ。 HH HLLL, HLL HL LHLLHL
この赤ちゃん、ミルクをよく飲むねえ。
なんべんも起こしてるのに、全然起きやらへん。 LLLHL HHHHHLL, HHHH LHLLLL
何度も起こしているのに、全然起きない。
昨日うちの孫がもんできやった。 HLL HHH HLL HHHHLL
昨日うちの孫が帰省してきた。

進行形は「~てやる」の形で使われます。意気込みなどを表す際の「~てやる」とはアクセントが異なります。

東京の大学に行ってやる。
子供の近況を聞かれた親が「我が子は東京の大学に在学している」と答えるような場合は HHHHH HHHHH HHLL
受験勉強中の学生自身が「絶対に東京の大学に進学するぞ」と意思表明するような場合は HHHHH HHHHH HHHH

~(や)んす

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主に湖北と湖西で、「ほほえましいなあ」「世話が焼けるやつだなあ」などプラスの感情を込めて使われる表現ですが、年配層では軽い尊敬語として使う人もいます。地域や世代による細かな言い方の違いが多い表現でもあります。丁寧形はありません。過去形は「~(や)んた」または「~(や)んした」です。否定形は「~(や)んせん」が一般的ですが、「~(や)んへん」「~(や)んさへん」「~(や)んしゃへん」などの言い方もあります。

※よく誤解されますが、近江弁の「~やんす」には「そうでやんす(そうです)」や「私も行きやんす(私も行きます)」のような丁寧語としての使い方はありません。

五段活用では「a+んす」の形が一般的ですが、一部の地域では「i+やんす」や「e+んす」という形もあります。

この赤ちゃん、ミルクよう飲まんすなあ。

上一段活用・下一段活用では「連用形+やんす」の形で使われます。「居る」に「やんす」を付けると、頭の「い」が弱まって「いやんす→やんす」になることが多いです。

なんべんも起こしてるのに、全然起きやんせん。

カ変では「きやんす」「きゃんす」「こんす」の三種類の形があり、そのうち「こんす」は農村部に多い形です。農村部の年配層では「ごんす」と言うこともあります。

昨日うちの孫がもんできゃんた。

サ変では「しやんす」「しゃんす」「さんす」の三種類の形があり、そのうち「さんす」は農村部に多い形です。

この子はよう勉強しゃんすんやわ。
この子はよく勉強するんだよ。

進行形は「~てやんす」の形で使われますが、湖西の一部では「~たんす」と言う地域もあります。

東京の大学に行ってやんす。

~(や)んせ」という命令形もあり、主に年配層が目上以外に優しく命令する時に使われます。湖西の朽木には「~(や)いせ」という形もあります。

長浜へきゃんせ。
長浜へおいで。

~よる

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県全域で、「アホなことをしているな」「余計なことをしてくれたな」などマイナスの感情を込めて使われる表現ですが、特に男性のくだけた会話では、親しみを込めて使うこともあります。共通語の「~やがる」に近いですが、「~やがる」は面と向かって本人にも直接使えるのに対し、「~よる」は本人には直接使いません。丁寧形は「~よります」ですが、ほとんど使われません。過去形は「~よった」、否定形は「~よらん」または「~よらへん」になります。

すべての活用で「連用形+よる」の形で使われますが、五段活用の一部で「行きよる→いっきょる」「死による→しんにょる」のように変化することがあり、湖北ではさらに「いっこる」「しんのる」のように変化することがあります。上一段の「居る」は頭の「い」が弱まって「いよる→よーる」と言うことがあり、カ変・サ変は「きよる→きょーる」「しよる→しょーる」と言うことがあります。

はよ行け言うてるのに、全然行きよらへん。 LL HL HHHHLL, HHHH HHHLLL
早く行けと言っているのに、全然行きやがらない。
わしの分まで、みな食べよった。 LLL HLLL, HL LHLL
私の分まで、全部食べやがった。

進行形は「~てよる」になりますが、ニュアンスが「~とる」とかぶるため、ほとんど使われません。

ええ加減なこと言うてよる。 LLLLHL HL HHHLL
いい加減なことを言ってやがる。

対象を下に見ているというよりも、会話のラフさや臨場感を強めるために「~よる」を付け足していると思われる使い方もあります(特に主語が無生物の場合)。

どんどん水が流れてきよったんや。 HLLL HHH HHHH HLLLL
どんどん水が流れてきたんだ。