高等学校保健体育保健/精神の健康

このページ「高等学校保健体育保健/精神の健康」は、まだ書きかけです。加筆・訂正など、協力いただける皆様の編集を心からお待ちしております。また、ご意見などがありましたら、お気軽にトークページへどうぞ。

基本的に本Wikibooks の記述は、教科書、参考書と銘打たれていますが、信頼度はそんな高くなく、読者はそれぞれ自己責任で、眉に唾をつけながら、あくまで参考程度にあまりここをあてにしないで読むのが一番良いと思います。

このページの一編集者は今後新課程の検定教科書を取り寄せて、読んだうえ、このページの再編集や一部移動を試みたいようですが、そもそもここの記述をやたら独断で移動させることは、ウィキメディアやクリエイティブコモンズのルールとして正当なのかね?

まあそれを成したところで、面倒なのでいちいち抗議はせず、基本的に一編集者H は淡々と原則的にはこのページのみ今後整備していく予定です。

生物学的な予備知識(※高校生物の一部)編集

脊椎動物の脳の構造と働き編集

 
ヒトの脳の構造
 
ヒトの脳の横断面
 
興奮の伝導経路

感覚器で受けた刺激の情報は感覚神経によって脳(のう、brain)へ送られ、 脳はその情報を判断し、 運動神経によって効果器に情報が送られ反応する。

脊椎生物の脳は大脳(だいのう、cerebrum)、間脳(かんのう、diencephalon)、中脳(ちゅうのう、midbrain)、小脳(しょうのう、cerebellum)、延髄(えんずい、medulla oblongata)からなる。 ヒトの脳には約一千億個のニューロンがあり、そのニューロンには数千のシナプスがあり、複雑なネットワークを形作っている。

  • 大脳

大脳の構造は、左右の半球に分かれており、それら左右を結ぶ脳梁(のうりょう、corpus callosum)がある。 両半球は表層は大脳皮質(だいのうひしつ、cerebral cortex)でおおわれており、ニューロンの細胞体があつまって灰色をしているため 灰白質(かいはくしつ)という。 内部には大脳髄質(だいのうずいしつ、cerebral medulla)があり、多くの神経線維が通っていて白色をしているため 白質(はくしつ)という。 大脳皮質には、新皮質(しんひしつ、neocortex)と、古皮質(こひしつ)および原皮質(げんひしつ)からなる辺縁皮質(へんえんひしつ)がある。ヒトの大脳では新皮質が発達している。ヒトの古皮質および原皮質は、大脳に囲まれており、そのため内側に古皮質および原皮質が隠れている。

新皮質には視覚・聴覚など感覚の中枢があり( 感覚野(かんかくや) )、また、運動の中枢があり( 運動野(うんどうや) )、また、記憶・思考・理解などの学習を必要とする精神活動をつかさどる中枢( 連合野(れんごうや) がある。 辺縁皮質は、本能などを司る。辺縁皮質にふくまれる海馬(かいば)という部分が記憶を主につかさどる。

  • 脳幹

中脳・間脳・延髄を 脳幹(のうかん) という。

  • 間脳

間脳の位置は中脳と大脳の間に位置し、構造は視床(ししょう、thalamus)と視床下部(ししょうかぶ、hypothalamus)に分かれている。視床下部に自律神経系の中枢があり、体温の調整や内臓の働きを調整している。また、視床下部は脳下垂体(のうかすいたい)とつながっており、ホルモンの分泌を調整しており、血糖値を調整している。視床は大脳への感覚を中継する。

  • 中脳

中脳の構造は、間脳の後方、小脳の上方に位置している。 中脳の働きは、間脳と小脳との通路になっている。眼球運動や瞳孔反射の中枢、聴覚反射、姿勢制御などを司る中枢がある。

  • 小脳

小脳の構造は、大脳の後下部に位置している。 小脳には、体の平衡、筋肉の運動機能を司る中枢がある。

  • 延髄

延髄の構造は、脳の最下部に位置し、脊髄に続いている。 延髄には、呼吸・血液循環(心臓の拍動)・消化などを司る中枢がある。


延髄より下の体の右側は、脳の左側が担当する。延髄より下の体の左側は、脳の右側が担当する。なぜなら、神経が延髄を通るときに、多くの神経で、左右が交差するからである。したがって脳の右側が損傷すると、体の左側が麻痺(まひ)・不随(ふずい)になる。

参考: 血液脳関門(けつえき のうかんもん)
(※未執筆)

自律神経系編集

自律神経(autonomic nerve)は、意思とは無関係に、他の器官に情報を伝える神経である。 自律神経はホルモンに比べて、比較的早く、局所へ作用する。 自律神経には、働きの異なる二つの神経系があり、交感神経(こうかんしんけい、sympathetic nerve)と副交感神経(ふくこうかんしんけい、parasympathetic nerve)とに分けられる。

交感神経は、敵と戦うなどの身体が活動的なときや緊張状態のときに働く。一方、副交感神経は、休息したりなどの身体が非活動的なときに働く。

たとえば、動物が、敵と戦うとか、あるいは敵に襲われて逃げなければならない、ときの神経の働きを考えよう。

まず、緊急事態なので緊張をするはずである。そこで、交感神経が働く。敵と戦うにしても、逃げるにしても、すばやく力強く活動をする必要があるので、心臓の拍動が激しくなって、血行が良くなる。また、呼吸が活発になることで、すばやく力強く動けるようになる。いっぽう、敵から攻撃されたときの出血を減らすため、血管は収縮している。交感神経の働きは、このような働きになっている。

このように、交感神経は、闘争(そうそう)や逃走(とうそう)のときに、よく働く。この「闘争や逃走」のことを、英語でも fight or flight (ファイト・オア・フライト)という。

多くの場合、交感神経と副交感神経は、反対の作用を持つので、拮抗(きっこう)的に働く。交感神経と副交感神経は、同じ器官に分布している事が多い。

交感神経は、脊髄から出て、交感神経節を経てそれぞれの器官に分布している。

副交感神経は、中脳延髄および脊髄の末端から出ている。

自律神経は間脳の視床下部に中枢がある。

神経の末端からは、情報伝達のための神経伝達物質が放出される。 交感神経の末端からは主にノルアドレナリンという神経伝達物質が分泌される。副交感神経の末端からは、主にアセチルコリンという神経伝達物質が分泌される。

※ 2022年以降の新カリキュラム用編集

この単元を読むにあたって編集

※ 2022年から、精神疾患(せいしんしっかん)についての記載が検定教科書に導入される予定です。精神疾患については現在、躁うつ病(そううつびょう)や統合失調症など、医学としての症状名が与えられています。心身症については、『中学校保健/欲求やストレスへの対処と心の健康』に記述があります。

さて、精神医療に関する概念的な命題として、脳と精神・心は同じものなのか? という疑問があります。これは哲学の問題としては古くから語られる、心身問題と同様の課題でもあるでしょう。

そして多くの精神医学者は脳と心が同じものだと考えているようです。事実上こう考えると、話は簡単になり、多くの実務上の判断が非常に明解にはなるでしょう。

しかし脳が我々の内観、意識を生み出す仕組みも不明ですし、こころがこう感じたとき脳がこう作用するという見解ができたとして、必ずその指定のように心が感じている保証はどこにもない。

そこでこの項目では心の問題をひとまず棚に上げて、自然科学としての脳の調査、研究の方法を少し記述します。

まず一番ポピュラーな検査項目は、脳波です。よく言われている説明で「アルファー波が出ていると、脳が落ち着いているので健康に良い、いっぽうベータ波は落ち着いていないので体調としてよくない」という指摘ですが、これ自体は俗説として切り捨てる立場の人も多いようです。

認知症の人が症状として落ち着いた状態でいる場合ば,アルファー波が出ているようです。認知症と診断される人はベータ波が出づらくなっている、という検査事例もあるようです。ホラー映画を見ている人が怖がってるので、「きっと脳波は活発的だろう」と研究者が測定してみたら、むしろ脳波は普段よりも落ち着いていた、というような調査結果も知られています。

核磁気共鳴の物理現象を応用して、脳の断層撮影をする MRI という検査方法もあります。これによって、脳の各部の血流の活性化を知ることができます。しかし、熱が与えられただけで脳の血流が増えることもありますし、この手法では精神の解明に大した貢献をしていることにならない、という指摘もあります[1]

MRI による脳の観察のほかに、遠赤外線を使って脳を外部から観察する方法もあり、そのような遠赤外線を使った人体内部の観察方法を「光トポグラフィー」といいます。そのような遠赤外線によっても酸素化ヘモグロビンを観察できることから脳の各部の血流が分かりますが、しかし成果は今のところその程度か、あるいはそれから少し発展した程度であり、脳と精神についてはあまり解明されていないのが現状です[2]

脳内神経物質や脳内ホルモンが現在活性化中かどうかや分泌中かどうかを解剖などをせず非侵襲的に正しく測定する方法は、現在のところありません[2]

本ページでは精神疾患とよばれる状況について、精神医学会で診断される症名や用語の大まかな説明を行います。

現代の精神科の方針として、薬物投与が主流になっています。歴史的には、脳外科手術(ロボトミー手術)が問題視され、それよりも比較的に安全であり、問題が生じることも少ないとみなされている、薬物投与が普及していきました[3]

ロボトミー手術は脳を不可逆的に切断する行為ですから、確実に倫理的に不適で、道義的な逸脱行為だと思います。

精神疾患の判定基準は、1980年代ごろからアメリカが主導して基準の国際共通化を進めてきました[4]

1990年代からは、国連WHOなどが判定基準の作成を主導しています。(しかし実際はアメリカの影響がかなり大きいようです。)また、精神疾患の判定の国際基準としては、ICSDやDSMがあります。

用語の意味編集

  • 躁うつ病

躁うつ病とは、気分が明るくなったり、気分が暗くなったりする極端を経過する状況。躁(そう)が、気分のあかるい状態のことで、うつは「憂鬱」(ゆううつ)の鬱。

うつ病などの状態にある人が、自殺を図ることを精神医学の専門用語で「自殺企図」、漫然と「死にたい」と思うことを「希死念慮」(きし ねんりょ)という。

  • 躁(そう)病

気分が常に明るすぎると気も大きくなり、自動車運転などで事故をひき起こす可能性も大きくなるだろう。それに性格が明るすぎるのも、行動が大胆に、奇矯になってしまうので、周囲が異常を感じ、精神科の受診を勤務先などが強く勧める場合もある。「うつ」状況が無くとも、「躁」病だけでも疾患として扱われている。[5]

アメリカでも西欧でも、そして日本でも、内気や内向性は(強気・外向的に比べて)、弱いこと・病的なことだと見られている。実際には、世間的には好ましいとされる「饒舌で自信溢れる態度」というものも、単なる強気なだけの態度かもしれず[6]、空疎な出任せを撒き散らすだけの迷惑な人物かもしれないないが[6]、結局多くの先進国では、強気なだけでも饒舌で自信溢れる態度というものが好まれている。

禁治産者について

2005年ごろのラジオ番組で、「なんで、うつ病の治療で会社の工場に復帰して仕事しようとしている私が、院内の集団カウンセリングで出会った知人の、作家を目指している「躁」病の知人の精神障碍者と同じふうに世間から見られるのか、正直言って私は納得いかないです」などのような体験談・感想が放送されていたことがあった。

要するにこの人の世界観、人間観は、このようなものであろう。

世間の人たち

(↑ より上位の人間)

うつ病の治療で会社の工場に復帰して仕事しようとしている私

(↑ より上位の人間)

作家を目指している「躁」病の精神障碍者


しかし本来この問題について、あるいは普遍的に人間性を考えた時、こういう世界観がむしろ妥当ではないだろうか[要出典]

世間の人たち

(⇔ 等位)

うつ病の治療で会社の工場に復帰して仕事しようとしている私

(⇔ 等位)

作家を目指している「躁」病の精神障碍者

(⇔ 等位)

精神科医

かつて、民法などには「禁治産者」(きんちさんしゃ)という制度があり、あまりに注意散漫だったり、知的な問題が深い場合には、権利を制限できる制度があった。この制度は2000年(平成12年)に成年後見制度に置き換わる形で廃止された。

この問題に関してはとくにコメントしないが、一般的な話として、もし自分自身の権利を主張するなら、他人の権利も尊重しなければならないだろう。もしこの世に最大の権力、権利を持っている最大権利者がいるのなら、彼は、他者の権利も最大限に尊重しなければならないだろう。

  • 統合失調症 (とうごうしっちょうしょう)

精神科医が統合失調症と診断する要素としては、「考えがまとまらない状態が長く続く」、「幻覚が見える」、「幻聴が聞こえる」などがある。

一般的に「意識を統合するのに失調する状態」とみなされているようだ。

「統合失調症の結果、怒りやすくなることがある」という説明もある一方で、「統合失調症の結果、落ち込んで行動力の無くなることがある」という対立するような説明がなされることもある。

ただ、この説明は矛盾しているのではなく、精神科医はどちらも統合失調症の特徴としてとらえており、一人の人物が長いスパンでこの両方の状況に陥ることがあるとみなしているようだ。

実際、躁うつ病の躁と鬱も矛盾している。

おそらく現実の医療現場で精神科医たちがやっていることは、投薬によって受診者を弱らせ、怒りやすくなる状態を、落ち込んで行動力がなくなる状態に落とし込んでいるのだろう。

実際に精神科医たちがどういう意識でそれを行っているかはよくわからないが、現実問題として多くの現場でそれが通用しているし、そうすることで、受診者が奇矯な社会問題を起こすことは少なくなり、精神科の医師たちが、世間から社会的な責務を果たしていないと責められることも少なくなる。

統合失調症は遺伝的な要因が少なからずあるとみなされているようだ。

その根拠として、

(1)世界的にどの国でも発生率が一定している事、

および

(2)養子に出された人の、生物学的親と養親とで、生物学的親が統合失調の場合、子の統合失調も多いという統計がある事、

などが根拠になっている。

医学書などでは、「養子なので、生物学的親の教育の影響は無いだろう」という判断のようだ。

さて、このWiki は編集が重ねられているので、今となっては正確な状況は再現できないが、現編集者H は、ここで以前、上の文章に続けて、

ただこの主張がどこまで正しく、的を射ているかはよくわからない。

と、記述した。

正直このページの開設編集者S の文章を読んでまともな内容に修正するのは、異常なまでに大変だしストレスも多大なので、個人的にそれほど内容に興味のないこの記述は軽く流して、単なる素朴な感慨としてよく分からないと書いたのだが、と、いうのは、(1)(2)から統合失調症が遺伝要因だと結論するのは、結構因果関係の理解が難しい。

今はちょっと時間かけて検討してみたので、因果関係の納得も出来たのだが、然しこの記述に関して、編集者Sは、次のようなコメントを書いた。

(※ 誰が分からないの?編集者個人?「なら勉強してね」としか。(以下略))

しかし読者の素朴な理解できないという吐露に、「知らんがな、なら勉強してね」と放言して平気なこの人物、こんな人間が行っているのは、教育どころか単なる自己満足の暴力に過ぎないだろう。

そして以前、現編集者はこうも書いた。

そもそも統合失調症というのは、特定の診断基準とされている特徴を満たすある程度心の状態に問題を抱えているように見える人を、精神科医たちが病気だと診断、決めつけているだけで、例えばこの文章の著者自身は、心の病気などは存在しないと思っている。ちょっと変わった精神状態を持っている、そういう人ってことじゃあ駄目なの?

まあこの主張自体に、意味がある、と認める人間でさえ、せいぜい世では5人に一人ぐらいだろう。

しかしこういう発想って、常日頃、あなたは心の病気なのよ、とか、お前ビョーキだよ、とか言われて社会で虐げられて生きている人にとっては、ある意味救いを感じられる、ある程度意味のある考えでアイデアだとは思うが、それに関して前編集者S がつけたコメントがこれである。

(←知らんがな。出典のある情報をもってこいよ。ハッキリいって教科書執筆の邪魔だ。)

果たしてこんな人間が執筆する教科書に意味があるだろうか?

精神医学と心理学編集

精神・心理系の資格制度

精神科医とカウンセラーは異なる資格である。 精神科医は精神医学に基づいた診療を行う医師であり、一方でカウンセラーは心理学の知見に基づいて依頼者の抱える問題や悩みにアドバイスを与える相談員である。カウンセラーに医師免許は不要。「精神療法」とは通常、カウンセリングのことである。カウンセリングという意味での精神療法は法的には「医療行為」ではなく、健康保険の対象ではない。[7]

なお、カウンリングは無資格でも行えるが、しかし有資格者によるカウンセリングとしての「認定カウンセラー」という資格も存在しており、日本カウンセリング学界が認定している。

カウンセリング

心理カウンセリングで大切にされる原則として、カウンセラーは基本的に相談者の話をよく聞く、聞き手になることが大事である。一方、クライエントに対して明確な解決策を直ちに提示することは基本的にはない。これは精神医学者のフロイトの技法にもあり、クライアントに自らを語らせ、治療者はただそれを誠実に聴くことに徹することで、クライアントに良い影響を与え、悪い症状が緩和されることを期待する。この対面による対話から得られる良い結果を、フロイトは除反応(Abreaktion)と呼んだ。

フロイト流カウンセリングへの反対論

ただ、即物的な解決策は示されないので、この方法に疑問をもつ精神医学者も存在していて、たとえば医学博士の岩波明『精神科医が狂気をつくる 臨床現現場からの緊急警告』でもカウンセリングの効果が疑問視されている[8]

また、相談者の抱えている問題を、相談者の家族の問題、つまり簡単に言えば、親などの家族が悪いから問題が起こると断定的に語られることも多いと、岩波氏は指摘している[9]

また、岩波氏は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と言う言葉について、本来ならPTSDは大規模な災害(大地震など)や戦災などで心にショックを負った人の状況だから、(「親にきつめに叱られた」などのように)ささいな家族関係のトラブルやショックをきっかけにPTSDになるという言説を行うのは問題があると指摘している[10]

小説や映画でも、心的外傷が生活や性格に悪影響を与えるというテーマを中心に語られる物語は非常に多い[11]

「トラウマ」(英: trauma)という表現も知っておきたい。意味は、現在のPTSDとほぼ同じである。21世紀になって「PTSD」という言い回しが普及する前は、PTSDと同じ状況やその原因である心の傷のことを「トラウマ」と読んでいた。

高校の英語の検定教科書でも、20世紀の国際問題などを解説した英文で「trauma」という表現を見かける[12]

ブルーノ

医師にして心理学者のブルーノ・ベッテルハイムは、子供たちや心理的な困難を抱えている人たちの問題の多くの原因は、養育者の不適切な暴力的な態度などの後天的な原因であると主張していた。彼個人も一生涯にわたり抑鬱という問題を抱えており、妻を癌で亡くした6年後、1990年に自殺を遂げた。その直後に彼の経歴詐称や患者に対する問題行動の数々が明るみに出され、ベッテルハイムへの評価は暴落した。 (以上 2文、 Wikipedia の記述から引用)。ブルーノの運営する診療所では50%の患者が回復したと彼は喧伝しているが、しかし具体的な患者のデータはまったく公表されていない[13]

ある編集者の雑感

上記 2小項目の記述は、以前の編集者がかなり熱心に記述した文章をもとに再構成したが、しかし結論としては、今現在の編集者は、現代のカウンセリング手法、徹底的に相談者の話をよく聞き、余計なことは言わず、具体的な解決策は提示しないという手法を断固支持する。

具体的な解決法を示す奴が偉くて物事をわかっていると思い込んでいるのは、単に万能感が欲しい底の浅い愚か者だからだろう。

精神医学に関する諸々、雑感編集

心理学におけるフロイトとユングの影響

精神医学の分野では、この項目ではとりあえず、ジークムント・フロイト(Wikipedia)カール・グスタフ・ユング(Wikipedia)の 2名を重要人物として挙げておく。

フロイトの主張は、精神不調の原因を性欲に結び付けることが多く[14]、後の議論でその点を指摘し、疑問視する意見は多い。ユングもフロイトが多くの議論で性欲を精神問題の原因に結びつける事を批判している[15]

しかし何かにつけて性欲に言及するのは確かにおかしいという感覚はあるが、しかし一方で性欲は人間の基本的な情欲ではあろう。誰にとっても一生にわたって重要なテーマだし、それと精神の問題を結びつけるのはそれほど不適ではない、という考え方もできる。

フロイトは、性欲に限らず衝動的ではあるが生存や子孫繁栄に必要な本能的欲求をまとめて「エス」と命名して定義し、特に性欲に限っては「リビドー」と命名した。

美学や宗教学では、母が子を愛するような愛情のことを「アガペー」といい、一方で男女間での性行為やその快感を目指すような肉体的な愛情のことを「エロス」と言う。「リビドー」も、おおむね、「エロス」を心理学・精神医学的な文脈において解釈したものであると言って良い[16](入門的、第一段階、当初の理解)。

ユングとフロイトは彼ら個人的にも対立し学説も対立したが、しかし両者の主張にも共通点がある。それは、人間の心理には、意識の他にも「無意識」が存在するという考えであり、フロイトとユングで若干の解釈の違いはあるものの、しかし「無意識」という概念がある事自体は共通している[17]

ユングはフロイトよりも若い世代の心理学者であり新しいが、しかしユングの登場によってフロイト派の学説が葬り去られたわけではなく、たとえばより若い世代の心理学者エリクソンの学説は、フロイト理論に立脚している[18]

フロイトの理論は、現在からみればあまり生物学的でないように見える。そのためユングをはじめとする次世代の研究者からは批判対象になっているが、然しフロイト登場の当初は、旧来の価値観(例えば宗教的な価値観)と比べて、生物的であった、或いは生物的に見えていた、という事実がある。

フロイトも、自身の分析法を生物学によるものだと認識していた[19]

「死の本能」の提唱

フロイトの従来のリビドー論では、ヒステリーなどは説明がつくかもしれませんが、しかし自殺をうまく説明できませんでした。

そこでフロイトは、自殺もまた本能に基づく行動であるとし、(リビドー的な)「生の本能」と対峙する「死の本能」(ドイツ語では「デストルドー」)を提唱しました。この「死の本能」論は、当時から大反発を受けました[20]

フロイトによれば、心の奥底では「生の本能」と「死の本能」とが葛藤をしているとの主張[20]

しかし、心理学では「死の本能」論に対する反論もある。生存のための外敵への本能的な攻撃が、本来なら外側へ向かうはずなのに、自分に向かっている。それが自殺である。という主張だ。日本では心理学者の岸田秀がそのような議論の元フロイト批判している[21][22]

哲学や思想への影響

一方、近代ヨーロッパにおいてフロイトの脚光後、哲学や思想において、哲学者・思想家のフーコーやラカンが、フロイトの精神分析の言説を取り入れた[23]。今ではフロイトの権威もかなり褪せて、批判的に語られることも多いが、歴史的に重要な著名人で、思想的にも社会に大きな影響を与えた精神医学上の大きなインパクトであることは間違いないだろう。

一方でユングやエリクソンなど、フロイト理論を批判的に検証した心理学も発展した。

特に心理学に限らず、あらゆる学問は批判と再検証と議論の繰り返しだ。社会や権威者や自己本位な賢人気取りたちがいくら思想や学説の真偽や優劣を断定的に判断したところで、全ての研究者、学問者、そして個人と集団が、真理を求めて今後も探求を続けていくしか、行く道は無いだろう。

ヒステリー

特定のネガティブな精神状況や態度のことをヒステリーと一般的に呼ぶことがある。国語辞典ではこの言葉の意味として、「わずかなことでも、感情をおおげさに表すこと」[24]と、示している。

医学の言葉としては、昔は使用されていたが、現代では、症状を正確に示していないとして、この言葉を使わないようにしている。

現代ではこの状況は身体化障害、あるいは転換性障害と解離障害の二障害に分離して考える。

大雑把にこの障害状況を記述すると、「身体に異常が無いにもかかわらず、心的な原因でうまく動かせない等の障害が起きること」とされていて、女性に多いと昔から言われている[25]。そもそもヒステリーという言葉が、「子宮」を意味する古典ギリシア語の ὑστέρα に由来している。

「ヒステリーは女性の病気」というのは、古代ギリシアの時代から、医学者ヒポクラテスなどが同様の発言をしている(ただし、当時はヒステリーという言葉は無く、別の言い回しだった)。ここでいう「ヒステリー」も俗語の意味とは違う可能性が高い[25]

時々フロイトがヒステリー患者の治療をしたのがフロイト心理学の端緒となった、と言われることがあるが、しかし正確には、当初のヒステリー患者を診察をしたのは医師ブロイアーであり、フロイトはブロイアーとの共同研究の成果を、彼との共著『ヒステリー研究』で発表した。

アスペルガー症候群

近年「アスペルガー症候群」という用語がよく話題になるが、この考え方に関する疑問が各国の医学会から提出されており、一説では「アスペルガー症候群」に限っては実は精神疾患ではなく個々人の倫理観の問題だろうという指摘もされている[26]。しかしそもそも『精神疾患』とは何だろうか?『個々人の倫理観』とは何だろうか?この二つの言葉の違いとは何だろうか?物事や人間の精神、気持ちについて、とりあえず勢いのあるそれらしい言葉を当てはめれば理解した気になってしまう人間が非常に多いように思われるが、言葉尻の力に酔いしれているうちは、何一つ理解して知ったことにはならないだろう。

精神医学の研究・診断編集

実験動物のラットの主観、心的内面(「クオリア」という)を知ることは事実上不可能だろう。ラットが投薬などで幻覚・幻聴を体験できるのかどうか、知るすべは今のところない[27]

精神疾患の原因を遺伝子に求める動きもある。しかし、たとえば医学書『標準精神医学』を読んでも、双子(一卵性双生児など)に注目した症例の統計解析をしても、精神疾患に関しては原因遺伝子などは特定できていない[28]のが実情である。

そもそも現編集者H の主張では、(まったく同意、合意は得られていないが)精神の問題は社会の問題でもあり、医療として、病気として扱うこと自体疑問視しているので、原因遺伝子などという言葉自体ナンセンスに思える。

心理学の世界でもこれは病気とみているだろうが、例えば書籍『心理学・入門 心理学はこんなに面白い』では、「精神病の原因は特定されていません」との記述がある[29]

しかし心理、神経に隣接する問題で,身体的な病気と考えても良い場合もあるだろう。精神疾患以外の病気のひとつであるハンチントン病という神経病の場合、世界各地の双子たちの症例の有無などの解析により、原因になりそうな候補の遺伝子が絞り込めている[28]

とちらにせよ精神疾患の場合は、明確な身体の病気のように、「原因菌や原因細胞を顕微鏡で探して判定」、のような生物学的な診断はできない。

そこで現代の精神科医たちは、国際的に認められている症状チェックリストをもとに、判定を行っている。世界保健機関のICD(国際疾病分類)や、アメリカ精神医学界のDSM(診断・統計のマニュアル)に、精神疾患の症状のチェックリストも紹介されており、それにもとづく診断基準を精神疾患では利用することになる[29]

精神医療の実務編集

精神医療の実務では、通常は、精神療法・行動療法などで状況の改善を進めていく。精神療法の補助や円滑化のために、薬物療法が用いられる場合が普通である(対症療法)[30]

精神科周辺の救急医療では、他者への障害行為や自殺・自傷などに及ばないかぎりは、患者に不審な言動などがあっても投薬をしないでおくのが一般的な方針になっている。[31]

精神保健福祉法(正式名称「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」)では、強制入院の基準として、「入院させなければ(中略)自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある」(第29条)としている。強制入院とは、分かりやすくするために当wikiではその言葉を使っているが、法律上は「措置入院」という。強制入院の事例として、たとえば向精神薬などの不適切な大量使用などによる中毒(症状として呼吸困難やけいれん など本人の身体上の危険もある)のさいの強制入院がある[32]

精神保健福祉法にもとづく強制入院について、入院の判断基準の実情は、その精神疾患の患者が、刑法に違反する行為をしそうかどうかで判定されるのが通常である。ただし、強制入院の患者の割合は少なく、入院患者の50%以上は、患者本人から(家族ではなく患者本人から)の同意による任意入院である。[33]

殺人・放火など重大な刑法犯の精神疾患については、「医療監察法」(いりょう かんさつほう)という、専門の法律で対処される。統計では、すでに犯罪を犯した精神疾患の刑法犯の多く(約3分の2)は、診察の結果、統合失調症であると診断されている[34]

いずれにせよ精神疾患は犯罪や人間性の否定、破壊とともに語られることが多く、あらゆる人が真摯に、深く考えて、その本質や現実を見出す必要があるだろう。

そのほかの精神疾患編集

記憶力の障害や睡眠障害など、詳細は不明だが、脳と関係があるとみられる様々な障害があり、精神疾患に分類される。

健忘症編集

「てんかん」という、脳波の乱れる病気がある。「てんかん」自体は、物忘れではない。

現代では行われてない治療法だが、かつて「てんかん」治療法として欧米で、脳の側頭葉の連合野などの一部を切除して切り離す手術が行われ、この手術をロボトミーといった。

こういったロボトミー的な手術によって患者の「てんかん」そのものは収まったのだが、しかし患者の性格や各種の思考などの脳活動に異常が見られた。このため、ロボトミーは現代では行われないのが普通である。(現代の「てんかん」治療は主に、薬物によって症状を治めるのが通常。)

この手術を受けた或る(ある)患者は、物覚えが悪くなり、手術前に覚えたことは普通に覚えているのだが、しかし手術後に新しく物事を覚えるのが困難になるという前行性健忘症(ぜんこうせい けんぼう)になった[35]

健忘、物忘れ、物覚えが難しい、と一言で言っても様々な状況があり、過去のことは覚えているのか、過去のことも忘れているのか、割と簡単に記憶が保持される状況はないのかなど、個別に詳細に事実関係を見出し区別する必要がある。

認知症編集

認知症も、医学上、法律上精神疾患とみなしています。

かつては痴呆症とも呼ばれ、高齢者に多いと見られている症状です。

精神疾患というと非常にネガティブなイメージが付きまとうので、年齢を重ねて老化したうえでの自然な退化は、一般的な精神疾患とは別物だという意識はあるかもしれません。

感染症による認知症

HIVウイルス(いわゆるエイズ)の感染によって物質的に脳細胞が破壊された結果起こる脳活動、心的活動の障害も、認知症として症例を扱います[36]

梅毒(ばいどく)の神経・脳への感染の進行による、障害も、クロイツフェルト・ヤコブ病(いわゆる狂牛病のヒト感染)によるスポンジ脳症による障害も、認知症と見ます。

これらの感染症による認知症は、症状として、統合失調症のような状況が見られる場合もあります。(最も高齢による認知症でもそう見える場合あるんじゃない? と、一編集者H は思うけど…)

記憶障害編集

記憶障害もまた、精神疾患だと考えている。

認知症は、症状の初期では、基本的に新しい事を覚えるのが苦手になるが、すでに覚えていることは比較的に保たれやすい[37]

アルコール依存症でも、記憶力が低下したり、事実でない事を事実・体験と認知する症状がある。(コルサコフ症候群というものとの関連も指摘されている)。

事故による頭部挫傷による記憶障害、一酸化炭素中毒による記憶障害、なども精神疾患として扱う。

外的な要因による精神疾患編集

身体、脳の外因的な影響によっても、人間の精神活動は影響を受ける。頭部挫傷などにより記憶障害や気分の異常などが起きる場合もあるとされている。

また、ウイルス性の脳炎の影響でも、精神状態が不安定になると指摘されている。[38]

また、シンナーや有機溶剤などの化学物質や薬物などの影響により、人間の気分は変わる。(※ シンナー遊びの悪癖だけではなく、ペンキ塗りなど、建物の外装・内装でも有機溶剤を使うので、職業病として、ある。)

精神疾患の原因は、内的心理的な原因だけではなく、外因的な脳や身体機能に原因を求めることもできる。

身体原因として、内臓は動脈や静脈の血管を介して脳と繋がっているので、内蔵疾患が精神の状況に影響を及ぼす可能性も考えられている。

睡眠障害編集

「夜なのに寝付けなくて、困っている」あるいは、「発作的に、不定期に急に寝てしまう」(ナルコレプシー)などの睡眠障害も、精神疾患として分類される。

※睡眠のメカニズムについては、検定外高校生物に多少記述がある。

失行や失語編集

失行

「服を着よう」と思ってるのに、胴体や筋肉は正常であるが、おそらく脳のなんらかの機能障害で、服を着るための動作をうまく出来ないような事態を、「失行」(しっこう)という[39]

行動する意欲があり、筋肉なども正常なのに、何らかの中枢神経の異常により行動できない状態が、失行である。

失語

医学でいう「失語」(aphasia)とは、脳卒中・脳梗塞などの大脳障害や、認知症により、言語がうまく使えなくなる事。言葉がたどたどしくなったり、二語や三語ずつしか、一度の会話でしゃべれなくなる。[35][40][39]

精神医学でも救急医学でも、"失語"はそういう意味でとらえている。脳卒中や脳梗塞で、脳の言語をつかさどる部分が損傷し、言語障害になる、という[40]

精神疾患とは何か?編集

さて、時々世の中には、精神疾患の原因が、分泌異常のような生理学的・器質的なものなのか、それとも、社会環境や性格、あるいは親の育て方や自分自身の人間性とか、とにかく理由を求めて、決めつけておしゃべりばかりしているようだが、すべて馬鹿げたことだろう。

そもそも精神とは、心とは何か? 脳とは、体とは何か? 我々が生きているこの宇宙とは何か? 生きて死ぬこととは何か? 重要なことは何一つ知らないのが我々だろう。

時々世間では脳科学者とか、物理学者とか、なんか科学的ですごそうな人が、もっともらしいことを得意げにしゃべっているが、ぜんぶインチキの自己満足だろう。

しかしここであまり大言壮語するのもやはり問題があるので、前編集に基づいて、精神疾患というものについての考え方を少し記述していきたい。

まず一点、米国で、器質的な原因だとされている種類の精神障害が、本当に器質が原因なのか、たびたび学術的な場でも議論されているという[6]

1970年代に、当時の精神医学に欺瞞があることに気づいて改革を唱えた精神医学者がいた。ヘンリー・スピンカーというDSMを制定する実行委員会の一員の人物であり、彼は、精神疾患の対象をもっと狭くするべきだ、つまりあらゆる人間性に関する問題が、精神疾患という安易な解釈に貶められている、と、主張した[41]。しかし21世紀の現代、「精神医学」の対象となる病気はどんどんと増えているのが現実だ。残念ながら日米のマスメディアなどでは、「精神病患者への差別の無いように人権擁護を啓蒙する」などと称して、スピンカ-の警戒したような誤った「精神医学」の使われ方のほうを吹聴している欺瞞がのさばっている。

アメリカの診断基準の DSM-IV は、当初はこれは単なる研究用の「申し合わせ」のようなものにすぎなかったが、なのにこれの権威が一人歩きしていき、聖書というか『不磨の大典』のような権威的な扱いを受けるようになってしまった[42]。DSMなどのマニュアルは存在すれど、しかし複数の別々の精神科医がためしに一人の精神病患者に対して診断をマニュアルに従ってそれぞれ下してみると、マニュアルに従ったにもかかわらず、各医師ごとのマニュアルの解釈の違いにより、診断結果も医師ごとに異なる場合もよくあり、つまりDSMなどの信頼性なんてその程度のものであり、DSMはせいぜい参考程度のものでしかない[43]

ジャーナリストや評論家などによって、現代の精神医学のあり方を傲慢だとして批判する動きもある。たとえば米国の大学教授クリストファー・レーン著『乱造される心の病』では、その各章のタイトルを見れば「第2章 感情が病状にされる」、「第3章 内気は病気になった!」と題うっており[44]、アメリカ精神医学界の診断マニュアルそのものを信用に値できないものとして手厳しく批判している。

一説としてうつ病の原因を脳内のセロトニン不足とする「セロトニン欠乏説」というのがある。しかし極度の不安や苦悩の原因は、必ずしもセロトニン分泌不足ではない可能性が高いとされており、セロトニンが分泌されていても不安の大きい人もいるし、そうでない人もいる[45]。しかしセロトニン分泌の不足が原因だという学説も一部ながらある。このように精神医学では不明な事も多い。だがアメリカの製薬会社が、セロトニン分泌の薬を売りたいがために、学説の一つに過ぎないセロトニン不足説を、あたかも証明されつくした定説かのように誇大な宣伝をしている[45]。私たち日本人には困った事に、日本の製薬会社は、アメリカの製薬会社と業務提携をしている。

クリストファー・レーン著『乱造される心の病』だけがそういってるのではない。日本の精神科医・岩波明も彼の著書『精神科医が狂気をつくる 臨床現場からの緊急警告』で、セロトニン仮説は仮説にすぎず、科学的には全くセロトニン仮説は証明できていないと言及している[46]

うつ病のセロトニン欠乏説の証明の不十分さと同様の問題、統合失調症でも似たような問題があり「ドパミン仮説」というのがある。覚醒剤がドパミンを過剰に分泌させ、しかも統合失調症と似たような幻覚を引きおこすこと等の理由から、統合失調症の「ドパミン仮説」を導き出している。しかし「ドパミン仮説」も医学的には証明されていない。

なお、うつ病の治療薬の多くは、脳内のセロトニンまたはノルアドレナリンの濃度を高める作用をもち、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、SSRI、SNRI、NaSSA、など幾つかの種類がある[47]。セロトニンに特化したものとしてはSSRI(選択的セロトニン阻害薬)という種類の薬で、脳内のセロトニン濃度を上げることもよく行われる。だが、この薬SSRIに速効性は無く、効果の発現までに2週間は掛かる[48]

日本のマスコミも、精神疾患について正しく語っているとは思えない。筆者がある日 NHK を見ていたら、統合失調症について、ふつうの体の病気と同じように、器質の病気としてもっともらしい説明をしていたが、見ている方は非常に違和感があった。

また、マスコミが統計について、数字について語るとき、メディアリテラシーの格言のひとつとして、「マスコミが件数を報道するときは率を、マスコミが率を報道するときは件数を確認するのが良い」という警句があるという。

さて、この項目の結論として、こういうことを書いておこう。仏教には「末法思想」(まっぽう しそう)というものがあるそうだが、今現在がまさにそれかもね。あらゆることが逆さまだし、正しいことを言って行うやつは一人もいない。

未分類編集

五大疾病編集

厚生労働省が注意を呼び掛ける四大疾病(よんだい しっぺい)「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞(いわゆる心臓病)」「糖尿病」に2011年に、精神疾患が加えられ、五大疾病と言うようになりました。

「脳卒中」という言葉は、医学的には「脳血管疾患」という言い方のほうが厳密なようです。(※ 第一学習社の2021年版デジタルパンフの表記がそう。)

4大死因編集

日本人の4大死因は多い順に、がん、脳血管疾患、心疾患、肺炎です。五大疾病とは少し違います。

第一学習社の2021年版予定の検定教科書デジタルパンフレットで、「肺炎」(はいえん、pneumonia [49])が日本人の4大死因のひとつである事が紹介されています。

その他編集

妄想編集

妄想も精神疾患に分類している。原因は多様かつ不明。本Wikiでは深入りしないし出来ない。

病的な妄想としてよく例に挙げられるのは、「自分の考えが他人に盗聴されている、考えが周囲に漏れている」、「自分は神である」、など。

特に大きな理由がないまま自然に妄想を抱きやすくなることがある一方で、麻酔などの薬物治療の副作用により、一定期間の間、妄想をしやすくなる場合もある。

てんかん編集

「てんかん」(漢字は「癲癇」)という、発作的に短時間(10秒程度)のあいだ、意識が消失・不明瞭になったり[50]、あるいは、短時間、身体の痙攣(けいれん)が起きる症状がある。神経疾患であり、かつ精神疾患であると考えている。

古くから知られている症状であり、確実な史料として、古代ギリシアの医者ヒポクラテスが、てんかんは、神がかりではなく(当時は『神聖病』と言われていた)、肉体的な病気であるという主張をしていることが彼自身の著書に残っている[51]

東洋では、やや不明確だが、古代中国の三国志の曹操(そうそう)は少年時代の悪戯の演技で、てんかんの振りをして大人を困らせた、というエピソードが伝えられている。(ただし、中世に作られた小説の『三国志演義』や、近現代の歴史小説(大正時代の前後に活躍した吉川栄治など)の創作かもしれない。だとしても、(第2次世界大戦後の現代と比べて)比較的に古い時代から「てんかん」は知られていることになる。)

西洋では、古代ローマ帝国の政治家カエサルも、一説には「てんかん」であったと言われている。事実上曹操やカエサルが「てんかん」であったかどうかは定かでないが、少なくとも当時から既存の概念として「てんかん」に相当する症状のあることが医療者や知識人達に知られていたことは確かだろう。

てんかん発作時の脳波の測定をすると、発作時の10秒ていどの間だけ、脳波の波形の振幅が大きく乱高下する[52]。なお、脳波の測定技術は1929年に発明された。そのため、1930年代から、てんかんの脳波測定の研究が始まっている。

脳波の異常がみられることから、脳の器質的な病気だとも見なされている。しかし一般に「てんかん」は知能の低下はもたらさない[53]

てんかんの患者は、医師から職業指導を受ける際、てんかん発作が重大な事故を引きおこす仕事(たとえば交通機関の運転)には就職せずに避けるよう、指導される[54]

一時期てんかんの発作による大きな自動車事故が多発したので、自動車免許更新時に、そういう問題を抱えている人を見出すためのアンケートが添付されるようになった。現時点(2022)でもその配慮は継続中だろう。

多重人格は少ないようだ編集

『ジキルとハイド』や『24人のビリー・ミリガン』など、ひとりの人間に複数の人格が宿ることを題材にした映画やドラマや小説は多いが、しかし精神疾患としては、そのような症例は少ないようであり、そもそも医学的には「多重人格」のような病名も無く、精神医学の医学書にも「多重人格」などという病名は紹介されていない。

これらの小説・映画などでは、別人格に変わっている間の記憶が無いが、しかし、現実の人間はなかなか記憶を失わないようである。

統合失調症が多重人格のことだと思われることはあるようだが、(かつて「精神分裂病」と呼んでいた)、この症状では幻覚が生じたり判断力が低下したりはするが、しかし、けっして人格が別人として豹変するわけではない。

「精神分裂病」(英: Schizophrenia)を多重人格のことだと見なしてしまう誤りは、日本だけのことではなく、医学書『カールソン神経科学テキスト』によると、欧米でも同様の誤謬が時々あったようだ[55]

認知症も多重人格とは全く別物だろう。記憶を失う場合も多いようだが(物忘れ)、認知症の初期は昔のことはよく覚えているのが普通。どちらにしろ多重人格と関係あるようには見えない。認知症の人がストレスで怒りっぽくなることはあるかもしれないが、人格が別になったとは見なせないだろう。

実質的には、「多重人格」は、小説のなかのフィクションに過ぎないのが実態であろう。

精神障害という言葉もあるけれど…編集

精神障害という言葉は、精神疾患よりさらに広い意味を持つようだ。統合失調症は精神疾患であり、精神障害であると見ていいだろうが、例えば、反社会性パーソナリティ障害のような、生理的ではないとみなされる、人間性に関する問題も「精神障害」という[56]

※パーソナリティ障害とは…精神疾患ではなく、かといって神経組織の生理的な、「神経」疾患というものでもなく、人格・人間性に起因するような障害がパーソナリティ障害と呼ばれる。パーソナリティ personality は、人格・性格を意味する英単語。
医学者達は、『パーソナリティ障害』の医学的な定義をあげるかもしれないが、しかし、それは学者たちの都合による机上の空論であり、あまり実用的な意義は無い。
特に、『反社会性パーソナリティ障害』について限定すれば、その名の通り、反社会的な性格という障害、という程度の意味でしかなく、実際にマスコミ報道や社会評論などでも、そのような意味で用いられている。医学者の机上の空論による定義は、実社会では真実ではない。とはいえ、ある Wikibooks筆者はこの問題について医学者がどう語っているかは興味があるので、情報を持っている方はここに書き込んでいただきたい。
たびたび、犯罪事件の逮捕された容疑者が、精神鑑定により「反社会性人格障害」または「反社会性パーソナリティ障害」と診察される場合があり、社会学者や有識者達が、そのように、「パーソナリティ障害」の意味を説明している。

また、法律的には、障害者福祉法などで、精神障害も福祉の対象になっている。

PTSD編集

戦災や大災害などのストレスを体験すると、日常生活に戻っても、警戒感や恐怖感などが長期間ずっと抜けない場合があり、PTSD(心的外傷後ストレス障害、ピーティーエスディー)と言う。

大事件などが起きるたびにメディアではたびたび「PTSD」の語句が話題になるが、この問題の生理的な分析も明確ではなく、現在決定的な治療法は無い。

歴史的には、1970年代のベトナム戦争の従軍アメリカ軍兵士たちの、帰国後のアメリカでの生活中にも警戒感・恐怖感などが長期間抜けていない、ということが、話題に取り上げられたのが、PTSDという用語の誕生である。

治療法としては、PTSD患者が投薬治療を希望する場合は、とりあえず抗うつ薬(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が処方されるのが通常であるが、しかし効果はいまひとつであり[57]、決定的な治療法にはならないとされている。

その他、患者に体験を語らせて、自己分析したり客観視するなどの方策もある。しかしこれもまた、効果は必ずしも、それほど良くない[58]

適応障害編集

例えば社会人が新しい職場で、仕事や人間関係がうまくいかないため、会社に行くのが不安で、なじめないで困る、こういう事態が、適応障害(てきおう しょうがい)と呼ばれる。日本だけでなく欧米などでも、世界的に、適応障害と診断された患者には、彼が望めば、抗うつ薬(こううつやく)などが処方される。

医学的、生理学的に、適応障害に関して、生物学上の知見は得られていないので、詳細不明のまま、心理的な問題が生じるとして、精神医学上の一分類とするしかないだろう。

診断を下された患者も、会社をやめるのではなく、投薬をつづけながら、会社に通う、または休職しながらも会社員として勤務先に所属したままにしている(そういう人が、「治療」を希望する。そうでない人は、事実上退職したり転職している)。

なお、うつ病自体が、欧米では20歳前後の年齢(※wiki注:欧米でも高卒・大卒の新卒の就職の時期に近い)で発症する事例が多いという統計が知られている[59]。日本では、20歳前後だけでなく、さらに中高年にも比較的に、うつ病が多いという統計がある[59]

また、精神疾患の診断基準は、国際的に共通化が進められており、すでにある程度確立しているが(実態はアメリカが基準)、しかし、労働環境や教育制度などの社会制度は共通化していない、国際的な差異がある。

また、転職を尊重するアメリカの雇用慣習と、(現在では不況・その他の理由で終身雇用が民間で実現されない場合が多いが)終身雇用を理想像とする日本の雇用慣習が、日米の「適応障害」の労働者の背景として、大きく異なっている。

日本の漫画では、高校生活や大学受験や大学生活など学校生活を話題にした物が多いので、そのため受験の心理的ストレスのノイローゼなどを描いた作品もある程度あるが、しかし実際の社会では、(明治時代ならともかく)受験なんて、学費があれば、とりあえずどこかの学校に進学できるから、大多数の人には(家庭が裕福なら)比較的に楽なのではないだろうか。受験よりも、就職活動やその後の仕事を続けるほうが大きな心理的ストレスである事が、実情だろう。

コミュニケーション障害

「コミュニケーション障害」とは、もともとの医学的な意味では、盲目(もうもく)や、耳が不自由など、主に身体障害により、コミュニケーションが円滑に行えない状態をいう。

ネット上や、若者たちは、人付き合いが下手な人のことを「コミュ障」と言うが、正当な医学としての用法ではない。

ただし、「社会的コミュニェーション障害」という概念が近年では提唱されており、そこには、場の雰囲気が読めないなどの意味があり、ややネットの用法に近い。

ただ、場の雰囲気が必ずしも正しい保証は無く、たとえば戦前の日本の世論が戦争賛美に突入していく空気(雰囲気)の形成過程の研究をした(戦後の)評論家の山本七平『空気の研究』などの文献もある。なお、この文脈での「空気」のように、なんとなく賛同しないといけないかのような雰囲気のことを「同調圧力」という。

高等学校の『歴史総合』科目でも、たとえば清水書院の検定教科書で、同調圧力に流されないようにする意義が説明されている。しかし同調圧力に流される人は、結局その発想が正しいと考えているのであり、人間の世界観、人間性自体の問題かもしれない。

この教科書の記述では、同調圧力に乗っかることは、戦前のナチスや日本の戦争賛美を、戦後の或いは当時の日独の国民が平和主義の空気に流されて批判した事と同じだ、と、書いてあったと、前編集者は書いてあったけど、これ本当の事か?

因みに前編集者のその記述そのものはこれ↓だけど…

歴史総合のその記述を意訳すると(そのまま書いたら著作権違反でアウトだし長いので意訳)、周りが正しいといってるから自分でも正しいと思うのなら、それ戦前のナチスや日本の戦争賛美を空気に流されて批判した当時の日独の国民と同レベルかそれ以下なのでを批判できませんよ、的な内容を、教科書的な婉曲的な文体で書いている。

なんだかこの文章自体ぐちゃぐちゃで、この編集者は結局何をしたいの?

戦時中の両国民のナチス賛美や戦争賛美が同調圧力に流されることだって書いてあったんじゃあない?

さて、ここで前編集者は、軽々しく「空気」とか「雰囲気を読む」能力が大事だと主張する精神医学者や心理学者を批判しているけど、これこそまさに、「要出典」だな。それ誰? 現編集者の知る限りでは、心理学者や精神医学者は、基本的にはそういう主張はしないはず。まあたまにはそういう人物もいるかもしれないけど…。まあとにかくこの話については、編集者Suj の大好物、出典を出してくれよ。

大体戦前のドイツや日本でナチ党や戦争推進が支持されていたのは、ある意味事実だと思うし、むしろそういう歴史理解の人の方が多いだろう。兎に角編集者Suj は常に少数派の一般的でない主張を取り上げて批判して愚弄するけど、これって単に人の落ち度を見つけ出して、自分が偉い、賢いという気持ちに浸りたいだけじゃあないの?

しかしたまにはSuj もいい出典を記述する。2018時点のある精神科医の言明。「ほかの国では許容されるレベルが、日本では問題視されてしまう。日本は国家レベルで空気を読むことを国民に求める風潮があり、人々は互いに完璧を求めすぎているように思います」[60]

同調圧力は問題だが、俺は偉い、俺の都合のいい人間になれ圧力も問題、兎に角他人を自分の意に染むように動かそうとするあらゆる不正な圧力は大問題だろう。

芸術家や作家は、本来このような不正な圧力に抗する作品を作るべきではないか、という主張ももっとも。お金を稼ぎたいから同調圧力をあおる作品を書くことはあるかもしれない。しかしここで前編集者は、作家の質は、消費者の質に比例する、と結論しているが、本当に悪いのは消費者ではないだろう。まずその作品を作る作家が一番悪いし、その作家がそういうインチキな作品を作るよう誘導する、企業や業界も相当悪いんじゃあないの?そうしないと売れないっていうんだろうけど、自分たちが馬鹿だと思っている人たちを喜ばせてお金を得る業界なんて、そもそもこの世に要らないんじゃあないの?

文字は読めても文脈が読めないという精神的な症状もあるようだが、これが病気だとするなら、教育の工夫では解決しないだろう。そもそもアメリカの方が日本の国語教育より論理的な文章読解、文章記述について優れているというというのは本当なのか?正しくその課題について分析できているのか?

アスペルガー症候群に関しては、国際基準そのものが疑問視されており、一部の学者たちからは「基準のほうが間違っているのではないか?」という批判意見が出ている[61]

アスペルガー症候群は、最近では「自閉症スペクトラム」の一部と考える、そのような分析がなされている。

労働環境が劣悪だと見られている日本では、本来ならブラック企業のパワハラとして処分されるべき事例が、労働者側の適応障害や「うつ」や「社会コミュニケーション障害」などの精神疾患として分類されてしまうような、馬鹿げた事態も頻発しているだろう。

企業に雇われている産業医は、企業側に有利な診断をくだす傾向があり、たびたびジャーナリズムでは産業医による精神科診断について問題視されている。

過食症と低体重編集

BMI「17」以下程度で、神経性の低体重とみなす。

BMIの正常値の下限は「20」と見て、平均値は22である。

大量の食事をした後、吐き出すことを繰り返すような習慣が見られると、神経性の過食症と診断されることになるだろう[62]

過食症の原因として、参考文献には、「生物学的な要因のある可能性も考えられる」[63]と、ある。

人類の食環境が改善したのが、20世紀以降の比較的に現代、だから過食については、現代以前は、ほぼ統計が無い。

日本では1960年以降、過食や低体重などの診断の数が統計的には増えたことが分かっている。ただし、この時代、日本のメディアで「ダイエット」ブームがあったので[64]、それの影響もあるだろう。

過食の治療には抗うつ薬が用いられる[65]。一方、極度の神経性低体重の治療法は、投薬ではなく、入院しての食事習慣のトレーニングや、症状がひどい場合は点滴など[66]が多いようだ。

ADHD編集

主に、幼児や小学生程度の児童について、その子が騒ぎすぎたり落ち着きがない状態を症例とみている。まわりの大人たちにとって、教育活動や仕事に支障が出る。

ADHDは、注意欠陥・多動性障害(attention deficit hyperactivity disorder)の略。幼児や児童、あるいは知能が児童と同程度とみなされている知能障害者に限定して使われる場合が多い。

とはいえ、成人の ADHD も診断される(成人の2.5%)。学童のほうが割合が多い(学童の5%)[67]

普通の幼児・児童でも、幼少のときは、さわいだり歩き回ったりする場合があるので(その場合も「多動」という[68])、ADHDに関する診断を下すことは難しい。

医学者たちは、ADHDの原因を脳のドーパミンやノルアドレナリンなどの分泌異常としており、実際に薬物治療でも、それらのホルモンに関係のある投薬がなされる。

だが、投薬には批判的な意見も学会やジャーナリズムなどから出されており、アメリカの製薬会社の利権中心の暴走では?という批判もある。(NHKクローズアップ現代の報道などでも紹介されている。)

ここで前編集はいきなり躾の問題に突入してるのだが、しかし躾って何でしょうね?正しく育てられないまま大人になった人物、それこそよく躾されないまま大人になった人間ほど、子供の教育の話題で躾躾と連呼するものだけど、とにかく自分は一番甘えて、甘やかされて生きている人間なのに、子供や立場の弱い人間に対しては、徹底的に叩くことがお好みらしい。

アメリカや日本の現代では、子供に対して暴力やきつめの対応をとることは、忌避されている。一部の保守派のパワハラ親父たちは、この状況が気に入らないようで、子供にきつめの対応をすることを批判している人物を、すぐ児童虐待と騒ぎ立てるヒステリーおばさんに例えてよく揶揄している。

ODD(反抗挑戦性障害)という子供の精神疾患とみなされている状況があるようだが、アメリカでは一部の児童に投薬が行われている。この対応について「その子に必要なのは投薬ではなく、イギリス式の躾(しつけ)の厳しい乳母では?」という批判を言うジャーナリストが居る(『ワシントン・ポスト』のサリー・サテルとクリスティーナ・ホフ・ソマーズの社説など)[69]

基本的に子供に対する精神的問題を理由とする投薬(実際には大人に対しても)は、どう考えてもいいことには思えないが、じゃあそのイギリス式の躾(しつけ)の厳しい乳母とやらはそんなに素晴らしいものなのかね?

そんなこと思ってるんなら、自分の子供や自分周りの子供たちはみな、そのばあさんに預けてみりゃあいいんだよ。さぞかし性格の歪んだ意地悪な人間が出来上がると思うけどね。

むしろそんなこと言ってる保守派のパワハラ人間たちも、みんな大人の権利取り上げて、その婆さんに躾される人生を一生送ってみればいいんじゃあない?

また、イギリスでも、『タイムズ』記者のロジャー・ドブソンが上述サリーらと同様の批判的な意見を『内気にはうんざり』という皮肉的なタイトルの記事だが述べている[70]

しかし今現在の筆者はこの記事を直接読んでないので大した論説は出来ないが、この場合の内気というのは、子供に力で躾するのを嫌がって、薬を与えている態度を内気だと言っているのだろうか?

まあ何度も書くが、子供に対して精神的な問題を理由に薬を処方すること自体は、どう考えてもよくないが、正当な会話もせずに、力や権力で特定の行動をさせようとする態度が、本当に正しくて、勇気のある行動だろうか??

フランスの現代思想家タレブは著書『反脆弱性』で、精神医学における、子供への「薬漬け」の問題を批判している。タレブによると、精神医学の薬漬けの問題が起きる社会的な仕組みは、たとえば全体主義国などで政治がどんどんと統制を強めていくことになる現象や、あるいは金融業界でバブルなどが起きる仕組みと同じで、世間の中途半端に賢いだけで自分が賢人だと思っているような人たちが「自分たちの知らない物事」を「存在しないもの」として扱うことが原因だとしている。

今現在の著者はこのタレブの原著に当たっていないので、大したことは書けないが、『全体主義国などで政治がどんどんと統制を強めていくことになる、あるいは金融業界でバブルなどが起きる』こと自体は事実だろうが、その原因はすべて世の中の馬鹿、愚か者のせいだって言ってるわけ? そしてこのタレブとか、この文章を書いた前編集者は、それを上から見て批判することのできる最上級の賢人ってわけ?

頭おかしいの?

しかしこれはこの思想家のタレブが悪いのではなく、この人の権威に乗っかって、インチキな持論を世に語りたがっている前編集者が、徹底的に馬鹿馬鹿しい人間だということだろう。

小学校の教師としては、授業中に騒いだり、歩き回ったりする生徒がいれば、対応には苦慮するだろう。それこそ昔はかなり、暴力的、権威的な教育が行われていたから、そんな児童は徹底的に制裁の対象になり、恐怖政治が敷かれた学校で、教師はその職務を全うできるというわけだ。そして世の保守派のパワハラ親父たちは世の中をそういう状態に戻したくて、一日中狂った言論を弄している。

しかし実際問題としては、現在の教育現場で教師が対応できなくなるような児童が現れた場合は、 ADHD と診断されることになるだろう、ではその子はその後どうなるか?

前編集者はこう書いている。

"ADHDの児童は隔離され(専門の教育施設などに隔離)、そして投薬を中心とした治療が続けられる"

これが一般的な事実かどうかは確認が必要だが、しかしケースとしては確実にあるだろう。

さらにこの子供の薬漬けやしつけだのの議論の結果前編集者はこんな感慨を述べている。

"人類の教育は幼稚であり、「批判的思考」等を主張しながらも、みずからの自称「民主主義」など国の建前を疑うことは出来ないのが先進国の未熟さである。"

どうもこの文章、何度読んでも意味がうまく取れないのだが、とにかく他人を幼稚、未熟と批判し、自分は、成熟した大人物だと言ってるんだろうね。自称民主主義って何だろう? 真の民主主義なんてほんとにあるの?

どうしてもここの項目の記述は本題の ADHD から離れた、前編集者の批判になってしまうのだが、そもそもこの項目の記述の目的は、前編集者が熱に浮かれて書き散らした不適切な項目文章を修正するために書かれているから、その内容も含まざるを得ない。

そして前編集者はどう考えても ADHD とは関係ない中学社会科の『新しい歴史教科書をつくる会』の教科書をほめちぎる記述をしてるんだけど…

まあ俺は読んだことないからどんなのかは知らないけど、これって、小林よしのりとか、西尾幹二とかが絡んでるやつでしょ?

小林よしのりは漫画家として、描く漫画は凄く面白いと思うけど(探偵気取りの女の子が「その先は言わないで!!!」なんて言うやつ、すごく面白かった^^ )、人間的、思想的、倫理的には、下の下の最悪の馬鹿馬鹿しい奴だと思うけどな…。

あと西尾幹二は、これはこの人だと思うんだけど、昔テレビで、雅子さんは仮病だなんて言ってたよ。これはいいわけ?事実だから問題ないってわけ?

そしてこの前編集者は、先進民主主義国家の独善を批判して嘆いているんだけど…まあそれが独善なのは事実だけど、独善っていうのなら、あんたの方が 1億倍独善で愚か者じゃあない? これはこの Wikibooks にあんたが書き散らかした大量の狂った文章を読んだら、誰もが思うことだよ。

"民主主義とは本来、思想家ヴォルテールの言うように「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という立場であるべきだ"

反対意見を言うやつの権利を命かけて守る?だってその反対意見は俺を殺す意見なんだよ?

俺がここであんたをある程度擁護して受け入れているのは、俺自身が変わり者で、世間からはじかれて生きてきた人間だから、せめて自分は他人にそういう態度で接したくないと思ってるだけ。民主主義なんて糞喰らえだな。

"しかし往々にして形骸化しやすく、民主主義的とされる言論以外を弾圧・差別する形骸化の事態になりやすい。"

まあ難しい話だね。だけどそう云うあんたの文章が、差別と弾圧に満ちているのはなぜなの?

じゃあ最後にあんた的な人間が大好物な、偽善者という言葉について書いておく。まあ綺麗ごとばかり言うが中身のない実際には全然いいことをしていないような人物をこうやって罵るんだろうが、まあそういう人物が偽善者だとして、そういう言葉を吐いて満足してるあんたら保守派のおしゃべり野郎はさしずめ本悪者だな。善のかけらもない、有害だけの不愉快な人間だ。それなら口だけでもいいことを言う偽善者のほうがまだまし。

精神疾患の遺伝子から、米国、日本の教育や科学リテラシーについて、その他もろもろの雑感編集

遺伝子工学やバイオテクノロジーの分野で「精神の〇〇疾患の遺伝子が特定」との学会論文がときどき発表される[要出典]。ナチス・ドイツが行った「優生学」(障害者などに、結婚させずに、子供を作らせないことで、将来的な障害者を減らそうとする政策)の議論とも関連するだろうか。マスコミ界隈でときどき話題になる[要出典]

今のところ、「統合失調症」や「うつ病」の遺伝子が発見されたという論文の多くは、少なくとも2011年の時点では、それらの新説はその後の追試験で否定されている[要出典]。 医学雑誌などで紹介されるような論文では、その後に論文の説が的中して確定していく普遍性のある妥当な学説は、1割程度であると言われている[71]

遺伝子や受容体、物質を対象とした科学実験により、物質構造は解明される。しかし解明されるのは「物質」。遺伝子や受容体の物質的な振る舞いが、精神とどう結びついているのか、臨床の精神科医の納得するようなレベルで解明されることは、学会論文では、今のところ少ないのが現状[要出典]

たとえばフランスの現代思想家タレブも、彼の著書で、多くの論文は妥当性を持たず、10年、20年後には、正しい主張と認められず消えていく、という[要出典]

多くの学問分野で、現代で妥当性があると見られている学説は、大学1、2年で学習する、その教科書に書かれているものだと、タレブは指摘する[要出典]

数学、理科では、アメリカの大学の学習内容は、日本よりやや簡単で、1~2年で学習することは日本では多くの場合高校で学習しているという[要出典]

あるメディアによると、「現代の倫理に反する記述のある小説は読みたくない」とアメリカの大学生が主張し、古典を学習させる大学を訴訟した例がかなりあるらしい[72]

そして同じくアメリカの法学部では、犯罪の惨状を調べる精神的なストレスを受けないで、法学を学習したいと望む学生もいるらしい[72]

然しそれはそれ。多少の不適切行為や発想は誰にでもあるもので、あまり妥当だと見えない訴訟もどの国でもある。

自分がまっさらに優秀で偉い人間だと確信して、日々、他人の落ち度ばかり探し回り、それを見つけたら得意げに非難、批判する人間こそ、一番くだらない人間だろう。

米国での「ゆとり教育」の施策の多くは、米国フェミニズム政治運動に基づく、と、米国の女性哲学者クリスティーナ・ホフ・スマーズは指摘していて、著書『The War against Boys』に記述がある。

ゆとり教育では理系科目の簡素化が図られたが、クリスティーナの主張では、女子は数学や物理の成績が悪いので、数学教育や物理学などはフェミニズム運動家にとって政治運動に都合が悪いからその方針がとられたという。

ただ、現編集者は多少そういう意図もあるかもしれないが、大きく見るとやはりその狙いだけでゆとり教育が選ばれたのではなく、この哲学者の主張は事実誤認があると思う。(←事実誤認という出典を出せ。by E.Suj.)( ←じゃあクリスティーナの主張(あるいはあんがいE.Suj.の主張だったりして…)が正しいという出典・証拠は?by E.H.)。

そもそも女子が数学物理苦手なら、今の課程が難しすぎるから、もうちょっと簡単にした方がいいって言ってるだけじゃないの?

知能検査の話編集

知能検査では、IQが100程度なら常人だとされる。IQが80~70以下なら、知能障害などの疑いがあるとされている。

精神科では、患者の診断の参考にするため、知能検査をする場合がある。

ちなみにこんな話がある。近代ヨーロッパの著名な数学者ポアンカレが当時の知能検査(ビネー式検査)を受けてみたところ、きわめて悪い点をとったという。

知能検査で出題される図形問題なども、もし厳密に数学的に図形の性質を証明しようとすれば、とてつもなく困難である。(むしろ、証明が不可能かもしれない。) しかし、大多数のテスト受験者は、数学的な証明をしようとなんて考えない。

ビネー式知能検査が発明された時点で、アインシュタインは成人だったようなので、世にあるアインシュタインの IQ の話はかなり怪しい。

参考文献・脚注編集

  1. ^ 岩波明『精神科医が狂気をつくる 臨床現現場からの緊急警告』、新潮社、2011年6月15日発行、225ページ
  2. ^ 2.0 2.1 岩波明『精神科医が狂気をつくる 臨床現現場からの緊急警告』、新潮社、2011年6月15日発行、216ページ
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  4. ^ 『標準精神医学』、医学書院、第7版、331ページ
  5. ^ 『標準精神医学』、医学書院、第7版、355ページ
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  10. ^ 岩波明『精神科医が狂気をつくる 臨床現現場からの緊急警告』、新潮社、2011年6月15日発行、57ページ
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  31. ^ 『ER実践ハンドブック』、羊土社、2019年5月25日第4刷発行、492ページ
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  41. ^ 『乱造される心の病』、81ページ
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