ここでは、上代語について解説する。なお、このページの表音文字は歴史的仮名及び現代仮名を用いる。

上代語とは

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ウィキペディア上代日本語の記事があります。

上代語とは、古墳〜奈良時代に用いられていた日本語のことである。弥生時代までの日本語は日本祖語という。一般的に「古典」と言われる文章は、言語学的には上代語・中古語(平安初期〜平安後期)・中世語(平安末期〜室町)・近世語(江戸〜明治初期)に分類される。現代文で扱われるのは近代語(明治中期〜昭和初期)・現代語(昭和中期〜現在)である。中等教育においては、中古日本語が最も頻繁に扱われる。

例えば、『古事記』『日本書紀』『風土記』『万葉集』などが、上代語で書かれた文章である。時代があまりにも古いため現存する資料はあまり多くなく偽書も多いが、江戸時代に本居宣長などの国学者の尽力で、上代語の多くが解明された。

表記

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仮名文字が生み出されたのは中古語の時代であり、上代語の時代は漢字のみを用いて文書を書いていた。

大和民族は、漢字伝来以前から神話などの伝承を口承してきた。大陸から漢字が伝わると、様々な工夫を施しながらそれらの口伝を文書に書き記せるようになった。『日本書紀』は、当時の中国語の表記法(すなわち漢文)をそのまま用いて書かれた。『万葉集』は、日本語の音を漢字に当てた万葉仮名と、漢字の音ではなく意味を日本語に当てた略体歌という形式で記された。『古事記』は、その両方とも異なる変体漢文を用いた。また、両者を折衷し、付属語や活用語尾を訓点のように小書きにした、宣命書という形式も用いられた。

万葉仮名には、音読みを当てる音仮名と訓読みを当てる訓仮名の2通り存在した。1字で2音節を表すこともあるほか、特殊な読み方を当てる義訓、言葉遊びの要素を含めた戯訓も存在する。

当時、漢文は当時の中国語(中古漢語)読み、万葉仮名は上代語読みをしていたが、中古語の時代に入ると訓読法の開発で漢文も日本語として読めるようになった。

発音

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音便が生じるよりも前の時代なので撥音(ん)・促音(っ)は存在せず、拗音(ゃゅょ)・二重母音(ai auなど)も基本的になかったとされる。

また、借用語を除けば、濁音およびラ行音は語頭には立ち得なかったとされるほか、縮約形もあまり多くなかった。

中古語以降とは違い、「キ・ヒ・ミ・ケ・ヘ・メ・コ・ソ・ト・ノ・モ・ヨ・ロ」及びその濁点は、2種類の発音があった。

中古初期と同様にア行・ヤ行の「え」は区別して発音され、中古と同様に「い・ゐ」「え・ゑ」の発音も区別された。

また、ア行・ヤ行の「い」を区別したとする説もある。


文法・語彙

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音便がないので、活用語は活用表の通りに接続する。

動詞

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動詞の活用は中古以降とほぼ変わらないが、カ行下一段活用の「()る」は上代語ではワ行下二段活用の「()う」であった。

つまり、活用の仕方は全部で8種類であった。

また、「体言+あり」は縮約しない元の形が用いられた(「さり→さあり」など)。

後述のク語用法が存在するほか、已然形のみで中古以降の「已然形+ば」と同じ確定条件を表せた。

形容詞

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中古以降とは異なり、形容詞の未然形・已然形活用語尾として「-け・-しけ」が存在した(「-」は語幹)。

また、活用語尾「から・かり・かる・かれ」は、縮約しない元の形である「くあら・くあり・くある・くあれ」も混在して用いられた。

語幹に「く」をつけて名詞化するク語用法や、語幹に「み」をつけて「〜ので」という原因・理由・根拠を表すミ語用法が広く用いられたほか、シク活用でも名詞を修飾したり、終止形で連体修飾したり、用言を修飾したり、語幹に連体格助詞「の」を伴ったりするなど、語幹の働きが中心で活用形の分化は不十分であった。

形容動詞

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僅かしか存在しない。

形容詞と同様にク語用法が存在した。

助動詞

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「る・らる」の古い形として「ゆ・らゆ」が存在する。尊敬の意味はなく、受け身・可能・自発の意味を表す。

両者とも下二段活用であるが、「らゆ」は「()」の未然形に接続し打消しの「ず」を伴って不可能を表す「寢らえず」以外の用例が見つかっていない。

中古以降では「見ゆ」「思ほゆ」「思ゆ」「聞こゆ」などの動詞に化石化して残る。


使役・尊敬の助動詞「す・さす・しむ」とは別に尊敬の助動詞「す」が存在した。前者の「す」は四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に接続して下二段に活用するが、後者の「す」は全ての活用語の未然形に接続して四段に活用する。

中古以降では「思す・思ほす・聞こす・遊ばす」などの尊敬動詞に化石化して残る。


推定・婉曲の助動詞「めり」は、上代語では用例が一つしか見つかっていない。


上記の他、反復・継続の助動詞「ふ」が存在した。四段動詞の未然形に接続して四段に活用する。

上代の時点で既に化石化しつつあり、中古以降では「語らふ・移ろふ・住まふ」などの動詞に化石化して残る。

助詞

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「つ(津)」は連体修飾格の格助詞で、体現に接続した。

中古以降は「沖つ白波」「昼つ方」「天津風(あまつかぜ)」「綿津見(わだつみ)」などの特定の用法で用いられ、現代語では「()()」に化石化して残る。

なお現代語で用いる反復・継続の「つ」は、並列の助動詞「つ」の名残である。


起点・経過点・手段・比較の基準を表す格助詞「ゆ・ゆり・よ」は「より」の古い形で、「田子の浦ゆ」などと用いられた。


「な」は自己の希望・意志・勧誘・他への願望を表す終助詞で、未然形に接続する。


「ね」は他への願望を表す終助詞で、現代の終助詞・間投助詞「ね」とは用法が異なる。

未然形や否定を表す副詞の呼応「な〜そ」の直後に接続する。


「かも」は「かな」の古い形で、詠嘆・詠嘆を含む疑問・詠嘆を含む反語・願望を表す終助詞である。

係助詞「か」と係助詞「も」が連結した、詠嘆の複合係助詞「かも」としての用法も存在する。

体言・連体形に接続するが、係助詞用法では已然形にも接続する。


「なも」は「なむ」の古い形で、他への願望を表す終助詞、強意を表す係助詞である。

前者は未然形、後者は種々の助詞・ミ語用法の後ろに接続する。


東国方言

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東国方言とは、奈良時代頃の東国で話されていた方言である。防人歌(さきもりのうた)東歌(あづまうた)に見られる。なお、上代当時、東国の範囲は文献によりまちまちで、統一されていなかった。

東国方言では、格助詞「に」に相当する格助詞「な」、現在推量の助動詞「らむ」に相当する現在仮想の助動詞「なも」、推量助動詞「む」に相当する推量の助動詞「も」が存在した。

東国方言の例を挙げると、「いく(息)」「かご(影)」「かつ((かど))」「くむ(雲)」「けとば(言葉)」「さ(無事な)」「ささこる(捧げる)」「ちまり(留まる)」「つきる(告げる)」「つく(月)」「つし(土)」「にぷ(新たな)」などがある。