ここでは「伯夷列伝」の後半部分である、「天道是か非か(天道是邪非邪)」を解説する。
白文と書き下し文
編集
或曰「天道無親。常与善人。」若伯夷・叔斉、可謂善人者、非邪。積仁絜行如此而餓死。且七十子之徒、仲尼独薦顏淵為好学。然回也屢空、糟糠不厭、而卒蚤夭。天之報施善人其何如哉。 盜蹠日殺不辜、肝人之肉、暴戻恣睢、聚党数千人、横行天下、竟以寿終。是遵何徳哉。此其尤大彰明較著者也。 若至近世、操行不軌、専犯忌諱、而終身逸楽富厚、累世不絶、或択地而蹈之、時然後出言、行不由径、非公正不発憤、而遇禍災者、不可勝数也。余甚惑焉。儻所謂天道、是邪非邪。 |
或ひと曰はく、「天道に 近世に至り、 |
- ^ 天道無親。常与善人。:『老子』第79章の言葉。
- ^ 七十子之徒:孔子の高弟70人。『史記』孔子世家には72人とある。
- ^ 仲尼:孔子の字
- ^ 回也屢空:『論語』の「先進編」からの言葉。「空」は食物が乏しくなること。
- ^ 糟糠:酒のかすと米のぬか。粗末な食事のこと。
- ^ 蚤夭:若死にすること。
- ^ 盜蹠:伝説上の盗賊。w:盗跖を参照。
- ^ 不辜:罪のない人。
- ^ 肝:「膾」(なます)の字の誤りとされる。膾は生肉を細切りにした古代中国の料理。
- ^ 暴戻恣睢:乱暴で勝手な振る舞い。
- ^ 彰明較著:明白である。「較」は「明」と同じ意味。
- ^ 不軌:道に外れること。
- ^ 忌諱:禁令。
- ^ 累世:子孫。
- ^ 或択地而蹈之:仕えるべき場所を選んで仕える。
- ^ 行不由径:『論語』の「雍也編」の言葉。行いが公明正大であること。
現代語訳
編集ある人は言った、「天の道は特定の人だけを親しくするようなことはしない。いつでも善人の味方である」と。伯夷・叔斉のような人は善人というべきものだろうか、そうでないのだろうか。(ふたりは)人徳にかなった行いを積み重ね、清廉潔白な行為を行って、しかも餓死した。それに(孔子の)七十人の弟子の内、仲尼はただ顔淵だけを学問好きな者として推薦した。しかし、回はしばしば経済的に困窮し、粗末な食事さえ満足に取れず、とうとう若死にした。天が善人に報いるとは、いったいどういうことなのか。
盜蹠は毎日罪のない人を殺して人の肉をなますにして食べ、乱暴で勝手にふるまい、数千人で徒党を組んで、天下の中を暴れまわったが、結局天寿を全うした。これは何の徳によるものだろうか。これはもっとも(矛盾が)はっきりとしている物である。
近い時代といえば、品行が悪くて道に外れ、もっぱら法で禁止されていることを犯していても、生涯遊び楽しみ裕福な暮らしをし、子孫代々続いていく者、あるいは仕えるべき場所を選んで仕え、言うべきときに発言し、公明正大で、それだけに心を奮い立たせるも、災難に遭うような者は数え切れないほどである。(だから)私はひどく戸惑うのである。もしかすると、世間で言う天の道ははたして正しいのだろうか、いや正しくない。