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冷戦

東西対立

第2次世界大戦の終盤、米英ソの3国首脳は戦後の国際体制について会談した(ヤルタ会談)。しかし、戦後、ソ連が進駐していた東ヨーロッパには、ソ連の支援を受けて社会主義国が多く誕生した。

アメリカ・イギリスは、このような東ヨーロッパの状況を、ソ連の侵略としてとらえて警戒した。この米ソの対立を冷戦という。イギリスの前首相チャーチルは冷戦について、1946年、ソ連がバルト海からアドリア海まで「鉄のカーテン」を降ろしてヨーロッパを分断しているとして、ソ連を批判した。

アメリカは1947年に共産主義国を封じ込める目的でトルーマン-ドクトリンを発表した。また、西側諸国を経済援助する計画のマーシャル-プランを発表し実施した。さらに、英米を中心とする西側諸国の軍事同盟的な国際機構として、北大西洋条約機構NATO(ナトー)、)を設立した。

いっぽう、ソ連も対抗して、1947年にヨーロッパの共産党の連携組織であるコミンフォルム(国際共産党情報局)、1955年に軍事同盟であるワルシャワ条約機構(WTO。1991年解体)、COMECON(コメコン)(東欧経済相互援助会議。1991年解散)などを設立した。

1949年にはソ連も核実験に成功し、核兵器開発と軍拡競争に突入していく。一方、米ソは世界の覇権をかけて争い、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、その他アフリカでの民族紛争に両国は介入していった。この間、米ソは直接戦争をすることはなかったが、戦争の当事国が米ソの後ろ盾を得ていたため、この当時の戦争は両国の代理戦争とよばれた。

多極化の始まりと雪解け

1962年にソ連がキューバにミサイル基地を建設したことからキューバ危機が起こる。米ソの直接戦争さらに核戦争への危惧が起きたが、両国が自制したため、危機は回避された。

1960年になると、社会主義どうしでも、ソ連と中国は国境紛争などで対立した。

冷戦の終焉

1991年、ソ連は崩壊し、冷戦は終了した。

※ ソ連崩壊後からしばらく十数年のあいだ、アメリカに匹敵する他国はなく、そのあいだアメリカが世界で唯一の超大国となった。

核問題と核軍縮

核問題

核問題・軍縮問題の動き
1945年 アメリカ、広島と長崎に原爆を投下
1949年 ソ連、原爆実験
1949年 英、原爆実験。米、水爆実験
1954年 アメリカ、ビキニ環礁で水爆実験、
「第五福竜丸」が被ばく
1955年 ラッセル=アインシュタイン宣言
第一回原水爆禁止世界大会が日本で開催
1960年 フランス、原爆実験
1963年 部分的核実験禁止条約(PTBT)を米英ソが調印
1964年 中国、原爆実験
1968年 米英ソが核拡散防止条約NPT)に調印
1972年 米ソ、戦略兵器削減条約(SALT I)に調印
1978年 第一回国連軍縮特別総会
1979年 米ソ、戦略兵器削減条約(SALT II)に調印
1987年 米ソ、中距離核戦力(INF)全廃条約に調印
(2019年にアメリカが離脱して失効)
1991年 米ソ、戦略兵器削減条約(START I)に調印
1993年 米ロ、戦略兵器削減条約(START II)に調印
多国間で化学兵器禁止条約
1996年 国連総会、包括的核実験禁止条約(CTBT)を採択
1997年 国連、対人地雷全面禁止条約を採択
1998年 インド・パキスタン、核実験
2004年 米ロ、戦略攻撃兵器削減条約に調印
2008年 クラスター爆弾禁止条約
2009年 クラスター爆弾禁止条約を日本などが調印
2004年 米ロ、新戦略攻撃兵器削減条約に調印
2017年 国連総会、核兵器禁止条約(TPNW)を採択
2019年 アメリカ、INF全廃条約から離脱して同条約が失効

冷戦中の米ソは核兵器を増やした。

米ソは核兵器の保有を正当化するため、核兵器を持つことで、核兵器を持たない他国などは核保有国からの報復を恐れるので、戦争を防止できるという核抑止論を主張した[1]。しかし、この核抑止論は、米ソの核兵器の軍拡競争を引き起こすことになった。

なお、米ソはこのような軍拡競争により、冷戦の末期には軍事費の財政負担が大きくなっていった。

さて、冷戦期には、米ソなどで核軍拡が進んだが、それらを批判する核軍縮の世論も国際的に高まった。1950年代、科学者のアインシュタインたちは、原子力の平和利用および核兵器の廃絶などを訴えるラッセル・アインシュタイン宣言を出した。この宣言を受け、科学者たちによって、反・核兵器を訴えるパグウォッシュ会議が結成された。

1954年に第五福竜丸がアメリカの水爆実験で被爆(ビキニ事件)し、船員1名が放射線障害により半年後に死亡した。これを受けて、翌年に広島で第一回原水爆禁止世界大会が開かれた。

1968年には核兵器拡散防止条約(NPT、Treaty of the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)が調印され締結した。NPTにより現在、アメリカ・イギリス・ソ連・フランス・中国の5カ国以外は、核兵器を持たないことになっている[2]。当初のNPTは、フランスや中国が、米ソ中心の条約だとして反発していたが1992年にフランスと中国はNPTに加盟した。

一方、 1974年にインドが核実験を、1998年にパキスタンが核実験を行った。北朝鮮が2006年に核実験を行った。また、イスラエルには核保有の疑いがある。こうした国々は2022年現在、NPTを締結していない。

核管理や軍縮など

1963年にはアメリカ・ソ連・イギリスの3カ国が部分的核実験禁止条約PTBT、Partial Test Ban Treaty)に調印。地下核実験を除く、大気圏内、大気圏外、および水中での核実験をPTBTは禁止した。

また、非・核保有国に対して、国際社会が原子力発電などのような原子力の平和利用を認める条件として、核物質の軍事転用を防止するために、国際機関による査察として、国際原子力機関IAEA、International Atomic Energy Agency)による査察の制度が導入された。

また、1970年代に米ソのあいだで、軍備管理の戦略兵器制限交渉SALT、読み:ソルト、Strategy Arms Limitation Talks)が進められた。SALTは、兵器の数を制限したり、兵器の運搬手段を限定したするものであり、けっして核廃棄を目的としてはいない。

このSALTのような、軍備の廃棄や削減を目的としていない場合、「軍備管理」といい、軍縮とは区別するのが一般的な用法である(※ 検定教科書では、そうしている)。

なお、SALTは2回あり、SALT 1 が1969〜72年、SALT 2 が1972〜79年である。

80年代に入り、米ソのあいだでも核軍縮が進む。 1987年にアメリカとソ連のあいだで中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)が調印された。(※ 時事: 2019年2月、今後、ロシアがINF全廃条約から離脱するかもしれない。)

※ 2023年現在の高校教科書では、2019年にINFがすでに「失効」したことになっている[3]

冷戦終了後の90年代には米ソ(米ロ)のあいだで戦略兵器削減条約(START、読み:スタート,Strategic Arms Reduction Treatys)が調印された。

なお、1995年に、核拡散防止条約(NPT)が無期限延長された。

地下核実験については1996年に包括的核実験禁止条約CTBT)は国連で採択されたが、未発効である。 インド・パキスタン・北朝鮮はCTBTに未署名。アメリカ・中国・イスラエル・イランなどはCTBTに未批准。

なお、核爆発をともなわない未臨界(臨界前)核実験は、CTBTでの禁止の対象外といわれている。

核兵器以外にも、国際的に禁止・規制されている兵器がある。 細菌兵器などの生物兵器や、毒ガスなどの化学兵器が、1928年のジュネーブ条約で禁止されていた。 これらの生物化学兵器の禁止の条約を発展させたものとして、1975年に生物兵器禁止条約が発効し、1993年には化学兵器禁止条約が採択された。

近年では、1999年に対人地雷禁止条約オタワ条約)が発効し、2010年にはクラスター爆弾禁止条約が発効した。

なお、クラスター爆弾とは、小さな子爆弾がいくつも入った親容器を投下するという方式の兵器である。クラスター爆弾は不発弾が出来やすく、また広範囲に被害が及ぶので、使用が問題視されていた。

1990年代には戦略兵器削減条約(START、Starategic Arms Reduction Treaty)が制定。2010年にはアメリカとロシアの間で新START条約が調印され2011年に発効した。

アメリカ・中国・日本などが、北朝鮮の核実験やミサイル発射を問題視し、2003年には六カ国協議が開かれ、参加国として米国・ロシア・中国・韓国・日本・北朝鮮の6カ国の代表者が協議したが、とくに進展しなかった。

2017年に国連総会は核兵器禁止条約を採択した。だが、核保有国および日本は批准していない。核兵器禁止条約は、核兵器の使用および保有を禁止する条約である。

非核地帯

いくつかの国で、非核地帯をも受けようという動きもある。ラテンアメリカのトラテルコ条約(1967年)、東南アジアASEANの東南アジア非核地帯条約(調印1995年、発効1997年)などがある。東南アジア非核地帯条約の通称は「バンコク条約」[4]

東南アジア非核地帯条約では、核実験を禁止している。東南アジア非核地帯条約には、ASEANの全10か国( インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジア)が加盟している。

ラテンアメリカ、南太平洋、アフリカ、東南アジアに、非核地帯が広がっている。

現代の国際政治

PKO

停戦監視団、選挙監視団。平和維持軍(PKF)などが派遣されている。

国連憲章で定められている「国連軍」とは、PKFは別の組織。

国連憲章にもとづく正式な国連軍は、まだ一度も編成されていない。朝鮮戦争のときのアメリカ軍を中心とした「国連軍」は、国連憲章で定められた「国連軍」編成の正式な手続きには基づいていない。よって、国連憲章にもとづく正式な国連軍は、まだ一度も編成されていない。


※ 日本では、慣習的に、PKFのことを「国連軍」という場合がある。テレビのニュース番組などでもPKFのことを「国連軍」という場合もある。

国際連合と国際機構

※ 未記述


その他、紛争や時事

中東および北アフリカでは2011年にチェニジアやエジプトやリビアで長期独裁政権が倒れ、「アラブの春」といわれた。しかしシリアは内戦におちいった(多数の死者が出て、「春」とは到底言いがたい)。

イラクやアフガニスタンでは、イスラーム過激派勢力が台頭する傾向にある。イラクやシリアなどで台頭しているイスラム過激勢力が、この数年後から「イスラーム国」(IS)を名乗っており、彼らは自分たちを宗教「国家」だと自称している。


アメリカは(中東よりも)東アジアへの関与を強めようとしている傾向である。(第一学習社『世界史A』の見解。「中東よりも」とは言ってないが、東アジアとは言ってるので。アメリカ国の予算や兵員にも限りがあるので、相対的に中東への関与はうすまることになる。)

※ 東シナ海や南シナ海の近隣で軍事的に台頭をつづけている中国に対抗した措置であろう。(第一学習社『世界史B』でも、米国の話のあと、いきなり中国の南シナ海などでの軍事的な台頭の話をしている。検定教科書では言及してないが、国際政治評論では上記のような背景がある。)
※ 2003年のイラク戦争については、中学などで解説済みなので省略する。その他、パレスチナ問題については高等学校地理B/地誌_西アジア#パレスチナ問題

2014年、ロシアによるクリミア併合により、NATO諸国とロシアとの対立が深まった(実教出版の2022年時点での旧課程「政治経済」の見解)。 なおロシアは、2008年にもグルジア(ジョージア)に侵攻している。

2014年のクリミア併合の背景としては、ロシアがNATOやEUの東欧への拡大をおそれており、前々からNATOなどの東欧への拡大にロシアが反発していた。(※ 第一学習社『世界史A』が紹介。)


(※ 将来の記述の準備: )2022年、ロシアがウクライナに攻め込んで、・・・(将来の教科書が出てから書く)


「人間の安全保障」などの、従来の軍事に片寄った安全保障とは違った新しい概念の提唱など、学問は発達した。しかし実際の紛争やら深刻な人権侵害などが起きた際の問題解決のための枠組み作りは、(国連なども放置はしてないが、しかし)なかなか進んでいないのが現状である。(※ 第一学習社『世界史A』の見解をもとに、wiki側でやや補足) 

このため、おそらくだが2010~20年代の国際秩序は、第二次大戦直後・冷戦的な古い秩序から新しい国際システムへの移行期にあるのだろうと考えられる。(※ 第一学習社の『世界史A』時代の見解をもとに、後知恵だが2022年のウクライナ戦争など後世の知見を合わせて本文を書いている。)

日本の防衛と安全保障

日本の防衛と安全保障

日本は、武器輸出三原則として、自国の武器輸出に規制をしていたが、2014年に安部政権によって一部を改正した「防衛装備移転装備三原則」になった。この武器輸出三原則および防衛移転装備三原則は、非核三原則とは別の規制である。

思いやり予算」によって、1970年代から、在日米軍の費用の一部を日本が肩代わりしている。日米安保条約では、「思いやり予算」は義務づけられていない。

1987年まで、防衛費の年間予算をGNPの1%をこえないとする、GNP1%枠があった。1987年の中曽根内閣が1%枠を撤廃。


冷戦の終結して、日米安保の役割りが見直され、1996年には日米安保共同宣言が出された。

2001年にはアメリカで同時多発テロが起きたことをきっかけに、日本ではテロ対策特別措置法(2001年成立、2007年失効)が制定された。

2003年にはイラク復興支援特別措置法(2003年成立、2009年失効)が制定され、自衛隊がイラクの復興支援のため、イラクに派遣された。

外国から日本が武力攻撃を受けた場合の「有事」(ゆうじ)の対応を定めた法律として、2003年に有事関連3法が制定され、2004年に有事関連7法が制定された。

2009年には、ソマリア沖での海賊の攻撃による被害から船舶を護衛するために自衛隊を派遣するため、海賊対処法が制定され、自衛隊が派遣された。

なお、2007年に防衛庁(ぼうえいちょう)が防衛省(ぼうえいしょう)に昇格した。

2014年、安部政権は防衛移転装備三原則を閣議決定により定めた。


沖縄の基地問題

在日米軍基地の総面積の75%は沖縄県にある。沖縄県民の意見には、県内の米軍基地の縮小や県外移設などを求める声が強く、沖縄の負担を減らすために日米地位協定の見直しを求めている。


  • 普天間基地の移設問題

日本の外交問題

戦後補償について

第二次世界大戦の戦時中に日本による侵略などによって被害を与えられたとされる韓国や中国・東南アジア諸国などへの賠償について、日本政府はサンフランシスコ条約や二国間条約(日韓基本条約など)などで賠償済みだという立場をとっているが、その日本の解釈を批判する外国(主に韓国や中国)があり、おもに韓国などの世論が、日本国を批判している。韓国の世論は、戦時中の日本が朝鮮人に与えた被害について、日本に謝罪や賠償を要求している。

労働者の「強制」動員問題

戦時中、朝鮮半島などの労働者(男も含む)が、戦時中に日本に強制的に移住させられて(たとえば炭鉱など)働かされたが、韓国などはこれが人権侵害であるとして問題だと主張している。

これを、近年のマスコミ報道などでは「徴用工」問題という(2022年に本文を記述)。過去、これを「強制連行」問題とも言った。(※ 2022年、報道された教科書写真では、まだ用語の名前が決まっていないようである。)

※ 2022年度の教科書検定の前から、この問題は紹介されている。

※ ただし、自民党政権は、2021年4月には「徴用」・「動員」などが適切だという閣議決定を出している。

※ 「強制連行」という言い方だと、慰安婦の強制連行説との区別がつかなくて紛らわしいので、「徴用工」のほうが正確と指摘する人もいる。慰安婦は、別に日本で働いたわけではない。徴用工とは(似ている点もあるが)別問題である。

慰安婦問題

日韓の賠償問題には慰安婦(いあんふ、いあんぷ)問題という外交問題がある。「従軍慰安婦」(じゅうぐん いあんぷ/いあんふ)問題ともいう。

慰安婦問題とは、どういう問題かというと、戦時中に日本軍などは戦場ちかくの基地などで兵士の性欲処理のための売春婦を雇っていたのだが、韓国の世論などが言うには、この朝鮮人婦女が日本軍によって強制連行され奴隷的に性行為をされたのではないか、という韓国の疑念があり、韓国の世論などが、朝鮮人の慰安婦は強制連行された性奴隷(せいどれい、英:sex slave)だと主張している。

※ 2010年台、自民党政権は「従軍慰安婦」ではなく「慰安婦」という表記を推奨しているが、しかし教科書検定では「慰安婦」の用語と紹介した上で、補助的に「従軍慰安婦」という表現を使った教科書が検定を通過している。

戦時中、朝鮮半島や台湾は日本領だったので、日本人の売春婦と同様に、朝鮮人や台湾人の慰安婦も存在しているというわけである。

よく慰安婦の「強制連行」の話題を韓国などは主張するが、しかし軍や官憲による慰安婦の強制連行を立証できるような証拠は見つかっていないと文科省は検定意見をつけている。(※ 近年の教科書検定では、こういう検定意見がついている。2019年に本文を追記)。

しかし、過去に政権与党である自民党は、1993年に「河野談話」(こうのだんわ)によって、慰安婦が慰安所で働かされたことをお詫びする文面の声明を出している。(※ 2022年度の教科書検定で、河野談話を紹介した教科書が検定を通ったことが報道されている。)なお、当時の河野洋平 内閣官房長官の発表した談話であるので「河野談話」という。

日韓基本条約などで日本の賠償をしないことが決まったことと慰安婦問題の兼ね合いについて、この賠償放棄とは日韓両政府の国家間の賠償のみに限定するべきだという主張が内外の一部にあり、日本国から被害を受けたとされる韓国人個人への賠償としての個人補償(こじんほしょう)、または当時関わった日本企業などから韓国人個人への個人補償を求める意見がある。

韓国の世論は、韓国政府には個人補償の費用を請求せず、日本の政府が補償の費用を払うべきだと主張している。

(※ 範囲外? :) 2015年の日韓合意で慰安婦問題について日本の外務大臣は、戦時中の慰安所の「軍の関与」について「お詫びと反省の気持ち」を表明した。 しかし強制連行については、日本政府は(日本が慰安婦を強制連行したとは)認めていない。

  1. ^ これがいわゆる「恐怖の均衡」である。検定教科書でも「恐怖の均衡」の用語は紹介されている。
  2. ^ 核拡散防止条約では、米ロなど核保有国による核兵器の製造は禁止されていない(※ 2009年センター倫理に出題)。
  3. ^ 実教出版
  4. ^ 東南アジア非核地帯条約についてはセンター試験(2018年度)で問われた。