閉鎖系がある状態から別の状態に変化したとき、閉鎖系の内部エネルギー変化ΔUは、エネルギー保存の法則より、変化の過程で外界から系に入ってきたエネルギー量に等しい。変化の過程で閉鎖系が外界から得た熱量Qは、内部エネルギー変化ΔUから、変化の過程で外界が系にした仕事Wを引いたものとして定義される。

すなわち、熱量Qは仕事以外の方法で系に加えられたエネルギーである。熱量Qが正の値のとき、系は熱を吸収したと言い、負の値のときは、系が熱を放出したと言う[注釈 1]

熱量Qを、前章で学んだ熱エネルギーと混同しないように気を付けよう。系に蓄えられている熱エネルギーは、外界から得た熱量Qがゼロであっても、外界から仕事をされると増加する。熱エネルギーは化学エネルギーと同様に系の内部エネルギーUの一部であるのに対して、熱量Qは仕事Wと同様に系の内部エネルギー変化ΔUの一部である。

系の始めの状態の内部エネルギーをUinitialとし、変化後の終わりの状態の内部エネルギーをUfinalとすると、内部エネルギー変化ΔUは次式で表される。

すなわち、ΔUは状態量Uの差として表されるので、始めの状態と終わりの状態を指定すれば、一意に定まる。それに対して仕事Wは、系の変化の仕方により異なる、非状態量である。したがって、熱量Qの定義式から、熱量Qも仕事Wと同様に非状態量であることが結論される。閉鎖系の熱力学第一法則の式、

は、熱量Qと仕事Wのそれぞれは変化の過程に依存する物理量であるが、それらの和Q + Wは変化の過程には依らない物理量であることを示している。

系の分類 編集

外界とエネルギーをやり取りする方法に基づいて、系を4つに分類できる。開放系の熱力学第一法則の式にはプラスアルファの項が付いている。この項は、物質の出入りに伴って出入りするエネルギーの分である。この項の扱いが面倒なので、この教科書では開放系は扱わない。化学熱力学の公式の多くは、外界と物質交換しない閉鎖系について成り立つ式である。断熱系は、熱の出入りが一切禁じられた、特別な閉鎖系である。断熱系の内部エネルギーの変化量は、系になされた仕事に等しい。孤立系は、外界とエネルギーのやり取りが禁じられているので、孤立系の中でどんな変化が起こっても内部エネルギーは変化しない。

第一法則に基づいた系の分類
物質 仕事 第一法則の式
開放系  
閉鎖系 ×  
断熱系 × ×  
孤立系 × × ×  

力学的エネルギーと内部エネルギー 編集

 
砲丸を床から持ち上げても、砲丸の内部エネルギーは変化しない。

物体に仕事がなされても、物体の内部エネルギーが変化しない場合がある。1個の砲丸を系として考えよう。床に置いてある砲丸を持ち上げるには仕事をしなければならないが、このとき砲丸になされた仕事は、重力による位置エネルギーに変換される。持ち上げる仕事は、砲丸の内部エネルギーを変えない。つぎに、砲丸投げの選手が砲丸を放り投げると、選手が砲丸にした仕事は、砲丸の運動エネルギーに変換される。この仕事で砲丸の熱エネルギーは変化しない。中学理科で学んだように、地球上で運動している物体は、重力による位置エネルギーと物体の速さの2乗に比例する運動エネルギーを持つ。これら2つの力学的エネルギーと内部エネルギーを合わせて物体の全エネルギーと呼ぶことがある。閉鎖系の熱力学第一法則の式 ΔU=Q+W は、全エネルギーの変化量が内部エネルギーの変化量に等しい場合に成り立つ式である。

典型的な化学熱力学の問題では、系は始め静止状態にあり、変化後に再び静止した状態を終状態とするので、系全体の運動エネルギーは変化しない。重力による系の位置エネルギー変化については、厳密にいえば変化している場合もあるが[注釈 2]、特記ない限りは無視してよい。ジュールの熱の仕事当量の実験のように、重りの高さが変化する実験では、重りは外界として扱うのが普通である。

力学的仕事 編集

外界が系に及ぼす力を外力と呼び、外力がする仕事を力学的仕事と呼ぶ。力学的仕事により、系は動いたり、変形したり、かき混ぜられたりする。もっとも重要な力学的仕事は、系の体積変化に伴う仕事である。

外圧pextが一定の条件下で、系の体積がΔV変化したとき、外界が系にした力学的仕事Wは次式で与えられる。

 

外圧pextが常に系の圧力pに等しいとみなせるほどゆっくりと、系の体積がV1からV2まで変化したとき、外界が系にした力学的仕事Wは次式で与えられる。

 

電気的仕事 編集

 
電池は化学エネルギーを電気エネルギーに変換する。
 
希硫酸に電圧をかけると水が電気分解されて水素ガスと酸素ガスが生成する。

系と外界の間でやり取りされた電気エネルギーを、電気的仕事と呼ぶ。電気的仕事Wの符号は、系が電気エネルギーを受け取ったときに正とし、系から電気エネルギーが取り出されたときは負とする。 化学熱力学では、

  1. ジュール熱の発生
  2. 電気分解
  3. 化学電池の放電反応

の3つが重要である[注釈 3]。いずれの場合も、系に電極を2つ付ける。電位が高い電極を+極、電位が低い電極を-極と呼ぶ。系内に電気が流れると、これらの電極を介して系と外界の間で電気エネルギーがやり取りされる。やり取りされた電気エネルギーの大きさは、次式で与えられる。

 

Veは2つの電極の電位差で単位はボルト、Iは電流で単位はアンペア、tは通電時間で単位は秒である。系内を+極から-極に向かって電気が流れるとき W > 0 であり、系は電気エネルギーを得ている。系内を-極から+極に向かって電気が流れるとき W < 0 であり、系から電気エネルギーが取り出されている。上に挙げた3つの例では、ジュール熱の発生と電気分解が W > 0 であり、化学電池の放電反応が W < 0 である。

  1. ジュール熱の発生
    氷水に浸したニクロム線を、外部電源につないでしばらく通電すると、氷が少し融ける。ニクロム線を系として、この系に出入りするエネルギーを熱力学的に考えてみよう。通電前の状態を始状態とし、通電終了後に少し時間をおいて、系が始めの温度に戻った状態を終状態とする。そうすると系の終状態と始状態は全く同じ状態であるので、内部エネルギーの変化はゼロである。したがって系が得た熱量Qは、定義式より、
     
    となる。すなわち、外界(外部電源)から系に与えられた電気エネルギーはすべて、外界(氷水)に熱として放出されている。
  2. 電気分解
    希硫酸に白金電極を2つ入れて、電極を外部電源につないで適当な電圧をかけると、電気エネルギーを得たH2OがH2とO2に分解される。電気分解では一般に、外部電源から系に加えられた電気エネルギーが化学エネルギーに変換される。ただし、外部電源から得たエネルギーのすべてが化学エネルギーに変換されるわけではない。図の装置で電気分解を行った場合、発生したガスの分だけ系の体積が増しているので、体積変化に伴う仕事がある。さらに電解槽の中を電気が流れるとき、希硫酸の電気抵抗のため、電気エネルギーの一部は系の熱エネルギーに変換される。簡単のため、部屋の温度が25℃に空調されているとすれば、電気分解終了後にしばらく待つと、この熱エネルギーは熱として外界に放出されて、系の温度は25℃に戻る。これを終状態とすると、内部エネルギー変化は次式で表される。
     
  3. 化学電池の放電反応
    化学電池は、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する系である。簡単のため乾電池を系とすると、体積変化に伴う仕事はゼロである。放電前後の電池の温度が同じであれば、系の内部エネルギーが減った分(−ΔU)から、利用価値のない熱として捨てられた分(−Q)をを引いたものが、系から取り出された電気エネルギー(−W)になる。
     

熱量Qと熱エネルギー 編集

温度の異なる2つの物体を触れ合わせると、接触面を介して高温の物体から低温の物体へエネルギーが移動する。このとき、物体の体積変化に伴う仕事が無視できるなら、低温物体の熱エネルギーの増加量は高温物体の熱エネルギーの減少量に等しい。したがって、温度差のある物体間を移動するエネルギーを熱量と呼ぶのはもっともなことである。今の場合、熱量Qを吸収した物体の熱エネルギーはQだけ増加し、熱量Qを放出した物体の熱エネルギーはQだけ減少している。

一方、物体の体積変化に伴う仕事が無視できない場合は、物体の熱エネルギーの変化量は熱量Qと一致しない。このことを例題で見てみよう。

例題
ピストン付きのシリンダーに入った単原子気体を系とする。外圧一定の条件下で系の温度がΔT変化したときの、内部エネルギー変化ΔU、系になされた仕事Wおよび系が吸収した熱量Qを求めよ。ただし、気体の物質量をn、気体定数をRとし、始状態と終状態の系の圧力は外圧に等しいとする。
解答
単原子理想気体の内部エネルギーは U = 3/2nRT と表される。したがって内部エネルギーの変化量は次式で表される。
 
外圧pextが一定の条件下で系の体積がΔV変化したとき、系の体積変化に伴って外界が系にした仕事は W = −pextΔV と表される。始状態と終状態の系の圧力が外圧に等しいことと、理想気体の状態方程式 pV = nRT を使うと、系になされた仕事は次式で与えられる[注釈 4]
 
熱量Qは、定義式 Q = ΔU − W から計算する。
 
解説
単原子理想気体の熱エネルギーは内部エネルギーに等しい。この例題は、熱エネルギーの増分が一般には熱量Qとは異なることを示している。ΔT > 0 であれば、今の場合、系に吸収された熱量Qの60%が気体の熱エネルギーとして蓄えられ、残りの40%は気体が外界にする仕事により力学的エネルギーに変換される。

物体の体積変化に伴う仕事が無視できる場合でも、物体の熱エネルギーの変化量が熱量Qと一致しないことがある。具体例として、以下の3つの現象を考える。

  1. ジュール熱の発生
  2. 摩擦熱の発生
  3. 化学反応

これらの現象はそれぞれ、電気的エネルギー・力学的エネルギー・化学エネルギーが、熱エネルギーに変換された後に熱として外界に放出される、と考えると理解しやすい。以下、それぞれについて、

  • 熱の出入りがない場合、すなわち Q = 0 の場合、
  • 終状態の温度が始状態の温度と同じ場合、

を考える。

  1. ジュール熱の発生
    • 熱の出入りがない場合、外部電源から系が得た電気エネルギーVeItがそのまま系の熱エネルギーに変換される。Q = 0 であるが、系の温度は上昇する。
    • 終状態の温度が始状態の温度と同じ場合、前節でみたとおり Q = −VeIt である。終状態の系の熱エネルギーは、始状態と変わらない。
  2. 摩擦熱の発生
    2つの固体をこすり合わせるには、摩擦力に逆らう外力が必要である。この2つの固体を系とすれば、摩擦により系の温度は上昇する。
    • 熱の出入りがない場合、摩擦力に逆らって外力がした力学的仕事Wがそのまま系の熱エネルギーに変換される。Q = 0 であるが、系の温度は上昇する。
    • 外界の温度が一定に保たれている場合、摩擦した後にしばらく放っておくと、系の温度は始めの温度に戻る。摩擦による摩耗・融解・発火などがなければ、終状態は始状態と同じ状態であり内部エネルギーも同じである。したがって、系の熱エネルギーは変化していない。摩擦力に逆らって外力がした力学的仕事Wがそのまま外界に熱として放出されている。
  3. 化学反応
    何があっても容積が変化しない、堅固な容器内での反応を考える。そうすると、特別な仕掛けを施さない限り、外界が系に仕事をすることも系が外界に仕事をすることもないので、W = 0 である。
    • 熱の出入りがない場合、Q = 0 でもあるので、内部エネルギーは変化しない(熱力学第一法則)。しかし、化学結合の切断・生成・組み換えにより、系の温度は変化する。系の温度が上昇する反応を発熱反応と呼ぶ。発熱反応では、化学エネルギーが熱エネルギーに変換されている。系の温度が低下する反応を吸熱反応と呼ぶ。吸熱反応では、熱エネルギーが化学エネルギーに変換されている。
    • 外界の温度が一定に保たれていて、容器が熱を通す材質で作られている場合は、反応終了後にしばらく放っておくと、系の温度は始めの温度に戻る。ただし、容器内の物質は化学反応により別の物質に変化しているので、終状態は始状態と同じ状態ではない。したがって終状態の温度が始状態の温度と同じ場合でも、化学反応により内部エネルギーは変化している。発熱反応では ΔU = Q < 0 であり、おおまかには、系の内部に蓄えられていた化学エネルギーが熱として外界に放出されている[注釈 5]。吸熱反応では外界から熱を吸収するので ΔU = Q > 0 である。

注釈 編集

  1. ^ 高校化学の反応熱と同じ記号を使うが、符号が逆なことに注意。
  2. ^ ピストン付きのシリンダーに入った気体を鉛直方向に圧縮すると、気体の重心の高さが変化するため、重力による位置エネルギーがわずかに変化する。
  3. ^ 化学電池の充電反応は、電気分解の一種とみなせる。
  4. ^ 一般に、Δ(X)は状態量Xの変化量を表す。今の場合、丁寧に書けば pextΔV = pextV − pextV = pV − pV = Δ(pV) = Δ(nRT) となる。
  5. ^ 「おおまかには、」という断りが入るのは、反応前後で系を構成する分子の数や種類が違うので、温度が同じでも熱エネルギーは異なるからである。