「高等学校日本史B/奈良時代」の版間の差分

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単元『高等学校日本史B/律令国家への道』2018年6月9日 (土) 20:43‎ から、墾田永年私財法の以降を、奈良時代の単元に移動。飛鳥時代と区別するため。高校教育では区別するので。
 
長屋王の変
1 行
== 権力闘争 ==
奈良時代の初期には、藤原不比等が権力をにぎった。(なお、大宝律令を制定したのも、彼が中心。また、中臣鎌足の子。)
 
藤原不比等は娘の宮子(みやこ)を文武天皇と結婚させた。さらに、文武天皇と宮子の間に生まれた皇太子(のちの'''聖武天皇''')に、娘の'''光明子'''(こうみょうし)を嫁がせた。
 
(724年、三世一身(さんぜい いっしん)の法(ほう)。)
 
(724年、聖武天皇が即位。)
 
不比等が死去すると、後続の'''長屋王'''(ながやおう)が権力をにぎって、長屋王は左大臣まで登りつめたが、不比等の子の4兄弟の策謀により、729年に長屋王は謀反の疑いをかぶさられ、729年に長屋王は自殺に追い込まれた('''長屋王の変''')。
 
なお、不比等の子の4兄弟はそれぞれ、武智麻呂(むちまろ)・房前(ふささき)・宇合((うまかい)・麻呂(まろ)。
 
== 経済など ==
* 税について。<span style="color:red"><big>墾田永年私財法</big></span>(こんでん えいねん しざい の ほう)
この時代に農民は貧しくて、税の負担は重く生活が苦しく、多くの農民は竪穴住居に住んでいた。<span style="color:red"><big>山上憶良</big></span>(やまのうえの おくら)のよんだ<span style="color:red"><big>貧窮問答歌</big></span>(ひんきゅう もんどうか)には、このころの農民の苦しい生活のさまが歌われている。