「高等学校日本史B/古墳とヤマト王権」の版間の差分

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江田船山の江田は濁点の「えだ」ではなく濁点なしの「えた」と読むらしい。
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埼玉県の稲荷山古墳から見つかった鉄剣には、<big>'''ワカタケル'''大王</big>(ワカタケルだいおう、ワカタケルおおきみ)の名が刻まれた文が、刻まれてあります。文を読むと、この地方の王は、ワカタケル大王に使えていたらしいです。
 
熊本県の 江田船山(え ふなやま)古墳 にも、おなじ名前の刻まれた鉄刀(てっとう)があり、ワカタケル大王の支配する領域が、関東地方から九州までの広い範囲(はんい)に、およんでいたことが、分かります。
 
正確に言うと、当時はまだ漢字しか文字がなかったので、稲荷山の鉄剣には115字の漢字が刻まれており、その漢字の中に「獲加多支鹵大王」(ワカタケル大王)という名が、刻まれています。