「高等学校古典B/漢文/侵官之害」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
昔者(むかし)、韓(かん)の昭侯(しょうこう)酔ひて(よいて)寝ぬ(いぬ)。
編集の要約なし
95 行
このような儒家を否定する韓非子の思想のため、性悪説の思想家として、韓非子が分類される場合もある。
 
戦国時代の秦王(のちに秦の始皇帝になった)は、この韓非子の時代と同じ時代か、ややあとの時代の人間であり、韓非子などの法家の思想に秦王は感激し、始皇帝の政治にも法家の思想が採用された。しかし、秦王の政治は、中国を統一するまでは、なんとか上手くいったが、始皇帝の死後に秦帝国はすぐに滅亡する。秦の統一後から、たったの15年後に滅亡する。
 
 
韓非子は、けっして善意にもとづく人情の価値をすべて否定しているのではなく、人情が法律をないがしろにすることを批判しているのである。個人の人情よりも、法律のほうが客観的であり、法律を重視すべき、としたのである。