白黒写真の暗室作業/プリント
ネガ上では画像は小さく、白黒が反転しています。これを引き伸ばし機[註 1] で大きく投影し、印画紙にプリントして白黒を元に戻すと、普段目にする写真ができます。
薬品の準備
編集プリントには現像液・停止液・定着液の3 種類の薬品を使います。それぞれの働きは基本的にはフィルム現像の場合と同じです。ただし現像液は印画紙用の方が作用がはるかに強力です (フィルム用を印画紙に使ってもほとんど像が出ないし、逆に印画紙用をフィルムに使うとコントラストの高いネガになってしまう)。[註 2]
各薬品と最後の水洗のために、印画紙が入る大きさのバットとトング(竹ピンセット)が4組必要となります。液の量はバットの大きさに依り、印画紙の全面が浸るように液の深さが 0.5 – 1 cm 程度になる量が必要です。
各薬品とも液温が20℃から大きくずれていると効力が弱まり、仕上がりに悪影響を及ぼします。特に温度が低い場合は反応が進まないので、冬場は湯煎かヒータで温める必要があるでしょう (20℃に自動調節される熱帯魚用ヒータが安価で便利です。ただし、完全に液面下に沈めなければならないので必要な液量は多めになります)。各薬品をバットに入れて並べ、水洗用のバットを蛇口の下に置けば準備完了です。[註 3]
プリントの工程
編集通常のプリント
編集前準備
編集引き伸ばし機に引き伸ばしレンズ[註 4]を取り付け、イーゼルを引き伸ばし機の台版上に置き、使う印画紙の大きさに合わせて羽根の位置を動かします。ネガはネガキャリアに挟み、ブロワで埃を吹き飛ばしてから引き伸ばし機に差し込みます。
暗室の灯りを消し、引き伸ばし機のランプを点けます。拡大されたネガの像がピントの外れた状態でイーゼル上に映るので、大きさとピントを合わせます。この時にレンズのしぼりを開放(一番小さいF 値)にすると像も明るくピントのずれも分かり易いです。また、フォーカススコープ(ピントルーペ)を使うと像を拡大して見ることができ、ピントを確実に確認できます。
大きさとピントが決まったら、レンズの絞りをF8 にセットします。引き伸ばしタイマに露光時間をセットし [註 5] 、引き伸ばし機のランプを消します。
露光
編集印画紙を出す前にセーフライト以外の灯りを全て消す必要があります。イーゼルに印画紙をセットし、タイマのスイッチをオンにすると引き伸ばし機のランプが点いて露光されます。
現像
編集露光の終わった印画紙を、現像液のバットに表を下に向けて一気に入れます。印画紙を完全に液に触れさせてから、トングで持ち上げて表を上に向けます。攪拌は、ときどきバットの縁を少し持ち上げて波を起こし、液が印画紙全面に一様に穏やかに循環するように行います [註 6]。
(もし初めてのプリントなら、印画紙に自分の撮ったものが現れてくるときの感動をじっくり体験してください!)
現像時間は現像液と印画紙の組合せによって1–3 分程度の範囲で決まっています。プリントの濃さを見て現像を伸ばしたり早めに切り上げたりせず、いつも一定の時間現像するようにすること。
停止
編集現像が終わったら印画紙を取り出し、すぐに停止液に滑り込ませ5 秒以上連続攪拌します。停止液に現像液用のトングが触れないように気を付け、もし触れてしまったら現像液のバットに戻す前に水で洗うこと。
定着
編集停止が終わったら、停止液をよく切って定着液に入れ、攪拌します。定着液に沈めた後は灯りを点けても大丈夫です。定着時間は、迅速定着液の場合は連続攪拌で30–60秒、迅速タイプでない場合は5 分程度です。
水洗
編集定着時間が過ぎたら流水での水洗に移ります。水洗用バットに水洗済みプリントが溜っていたら、定着液が付いた状態のプリントを入れる前に取り出しておきましょう。 RC 紙 [註 7] の場合は2 分水洗すれば十分です。バライタ紙 [註 8] の場合は薬品が染み込むため、そのままでは1 時間程度の水洗が必要です。水洗促進剤を説明書に従って使う方がよいでしょう。
乾燥
編集水洗が終わったら洗濯ばさみなどで吊るして乾燥させ、プリントの完成です。洗濯ばさみは紐を図2.2 のように通して用いるとプリント同士がくっつきにくく、狭いスペースにたくさん吊るせるのでお薦めです。
試し焼き
編集小さく切った印画紙で試し焼きをすることで仕上りを前もって確認でき、何度も焼きなおして印画紙を無駄にするのを避けることができます。
試し焼きでは、印画紙の端から少しずつ光が当たらないよう覆っていきながら何回かに分けて多重露光します。つまり、始めに露光した後に少し覆って露光し、覆う部分を少し大きくして露光し、…と繰り返すことで一枚の印画紙上に露光量の違う部分ができるようにします。
試し焼きのコツとしては
- 露光時間を細かく刻みすぎない(合計露光時間の1/8 程度まで)
- 画面内で一番暗い部分・明るい部分の両方を含める
- 画面上でもともと濃さが変化している向きに段階露光するのは避ける
- 定着まで終えて液を切って(できれば水洗・乾燥まで終えて)から、十分な明るさの下で観察する
などが挙げられます。急がば回れ、という諺どおり、試し焼きは納得できるまで何度でもやり、満足行く露光・号数が決まったら本番に移りましょう [註 9]。
ベタ焼き
編集ベタ焼き(contact print) とは、その名の通りネガを印画紙に密着させてプリントした物です。何を写したかが一目で判るためインデックスとして使えるだけでなく、活用すれば綺麗なプリントを作るための手掛かりをいろいろ知ることもできます(ベタ焼き活用法も参照して下さい)。 これは6切印画紙の上にネガを並べて露光することで作ります。コンタクトプリンタという専用装置にネガをセットして使うか、ネガシートごと印画紙上に置いてガラス板などで押さえるとよいでしょう。
プリントに変化を付けるには
編集一度プリントし始めると、もっと綺麗に自分のイメージ通りにプリントしたくなってくると思います。基礎となる「何をどう変えるとプリントがどう変わるのか」と、それらを応用した簡単なテクニックを以下で説明します。
基礎事項
編集濃度は露光時間で決まる
編集画面全体の濃度を変えるには印画紙に光を当てる量を変えます。光を当てる時間を長くすればするほど濃度が濃くなります(やりすぎればもちろん真っ黒になります)。また、露光時間を長くする代わりに引き伸ばしレンズの絞りを開いてやっても強い光が当たるようになるので濃いプリントになります。ただし、普通は絞りは毎回一定にしておき、露光時間で調整します [註 10]。 露光時間が極端に長い場合や短い場合を除き、絞りはF8 にします。
コントラストは号数で決まる
編集コントラストによっても写真の印象は大きく変わります。
印画紙には号数grade という数があって、これを変えると同じコマをプリントしても白と黒の差をより激しくしたり穏やかにしたりできます。2 号を標準として号数が高いほどコントラストが高くなります。印画紙によってあらかじめ号数の決まっているもの(号数紙Graded paper)と、引き伸ばし機にフィルタを掛けることで号数を変えるもの(多階調紙Multigrade paper, Variable Contrast paper)とがあります。[註 11]
コントラストが高い写真を「硬い」「硬調」、低い写真を「軟らかい」「軟調」(低すぎると「眠い」)などとも言います。 [註 12]
大きさは引き伸ばし機の高さで決まる
編集大きくプリントしたければ引き伸ばし機のヘッドを上げます。ただしピントがボケるので合わせ直す必要があり,ピントを動かすと多少画面の大きさが変わるのでまたヘッドを上下させ、…と何度か繰り返すことになるかもしれません。
また、大きくした分だけ光が拡がって弱まるので、露光時間を延ばさなければいけません。引き伸ばし機の高さを2 倍にすれば面積はほぼ4 倍になるので露光時間も4 倍になります(図2.5)。一方、コントラストは画面の大きさを変えても変化しません。引き伸ばし機の支柱に目盛を付け、各印画紙での高さを記しておくと便利です。[註 13]
応用
編集焼き込み・覆い焼き
編集画面の一部だけ露光時間を増減して濃くしたり薄くしたりすることもできます。これは、穴を開けた厚紙などを通して一部だけに光を当てる「焼き込み」(図2.6)や、切った厚紙に針金などの持ち手を付けたもので一部を隠す「覆い焼き」(図2.7)によって行います。遮蔽物を印画紙のすぐ上ではなく少し離してやると、影がピンぼけになるため濃さが周囲となだらかに馴染みます。
焼き込み・覆い焼きはあくまで作品の主題を引き立てるための隠し味として用いましょう。やったのがひと目見て判るような厚化粧は禁物です。
濃度ではなくコントラストを部分的に変える例は「分割階調プリント法#部分的にコントラストを変える」の節を参照して下さい。
トリミング
編集拡大した画面の一部だけを切り出してプリントすることをトリミングと言います [註 14]。 画面の縦横比や形を変えたり、広い意味では印画紙の一部だけにプリントして他を余白にするのもこれに含まれます。
トリミングを行う是非については人によって意見が割れます。避けるべきという立場からは、「撮った瞬間のインスピレーションを殺すことになる [註 15] 」、「ネガを通常より大きく拡大するため画質が悪くなる」といった理由が、自由にやってよいという立場からは「表現に最適な枠を決めるのはカメラではなく被写体そのもの」、「創造の機会が増えて新たな発見につながる」といった理由が挙げられます。
片付け
編集満足するまでプリントしたら、薬品を片付けましょう。印画紙用現像液は疲労が進むのが速いため、1 日以上経ってからの再使用はお薦めしません。廃液は環境汚染を起こさないためにも、廃液処理業者に引き取ってもらいましょう。停止液は流して構いません。定着液は何度か再使用できるので、使用後は元のボトルに戻しましょう。使ったバットとピンセットは水洗いして乾燥させます。
引き伸ばし機からネガを外し忘れないように。レンズも外して乾燥剤の入った容器にしまうとカビを防げます。また、埃を避けるために引き伸ばし機本体にはカバーを掛けて下さい。セーフライトを消したかなどを確認し、暗室を出ましょう。
脚注
編集- ^ 2024年現在、以下で説明する機材の多くは製造中止となっているため、新たに暗室作業を始めるにはレンタル暗室を利用するか、中古品を買いそろえる必要があります。
- ^ 定着液はフィルムと同じ銘柄が使えますが、同一の使用液をフィルムと印画紙で使いまわすことは避けます。フィルムから溶け出した色素が印画紙を汚染したり、印画紙の紙粉がフィルムに付着することを避けるためです。
- ^ 夏場で液温を下げる場合は、特に現像液のバットを一回り大きなバットの中に置き、間に冷水や氷を入れて調節します。
- ^ レンズの焦点距離は35mmネガの場合は50mm程度、ブローニーでは75mm以上が一般的です。
- ^ 正確な露光時間は後述する試し焼きで決めます。ただし、機材と引き伸ばす大きさが同じなら毎回それほどは変化しないので、慣れればある程度推測できるようになります。
- ^ トングで印画紙をつまんでひらひらさせる攪拌方法より現像ムラが起きにくく、液量もわずかで済みます。また、トングの先で印画紙を突くと、圧力カブリと呼ばれる黒い斑点が生じるので注意します。
- ^ 両面をプラスティック層でコートした紙(レジンコート紙)を用いた印画紙。ほとんど吸水せず、平面性が高い。
- ^ 伝統的な、プラスティック層のない印画紙。表面の質感が良いため、美術作品としてのプリントによく使われる。濡れた状態では柔軟で、そのままでは完全に平らに乾燥させるのは難しいため、パネルに張る・両面を厚紙と板で挟んで重石を載せるなどの状態で乾燥させる。また、乾燥すると黒い部分が少し濃くなる(ドライダウン)。
- ^ 本番は試し焼きと全く同じ露光方法で行ったほうがよい。一回で露光するのと複数回に分けるのとでは、合計時間が同じでも結果が違う場合があります。これはランプの点灯・消灯による誤差や感光材料の特性のせいで露光量が単純な足し算にはならないためです。
- ^ 絞りを1 段変えるごとに光量は2 倍変化するので細かな調整ができないのと、絞りを開けると画面周辺だけ光が少なくなったりピント合わせの失敗が目立ちやすくなったりするため。
- ^ 2024年現在、号数紙は日本国内で殆ど市販されておらず、多階調紙と号数フィルターを使うのが一般的です。
- ^ 試し焼きから露光時間や号数を判断するときの基本は「まずハイライト(明るい部分)が描写できる露光時間を決め、その露光時間でシャドー(暗い部分)を号数で調整する」ことです。
- ^ プリントサイズが小さい場合、レンズと印画紙が近すぎて作業しづらいことがあります。このときはレンズの焦点距離を長めのものに変えてヘッドを高くしたほうが便利です。プリントサイズが同じ場合、絞りは同じままです。
- ^ 和製英語。英語ではプリントするときに一部を切り取るのはcropping と言い、仕上ったプリントを鋏で切るのをtrimming と言います。
- ^ 一切やるべきではないという主義をとる場合、ネガのコマより外まで含めた縁の黒いプリントにしてトリミングを行っていないことを示す場合があります。これにはネガキャリアの枠をやすりで削って広げたものを使います。