10.3 構文解説
文1 の主部は אַנְשֵׁי סְדֹם で、 רָעִים 以下が述部であるが、 その構造については以下 3 通りの解釈が可能である。
(1) לְיהוה 《ヤハウェに対し》は חַטָּאִים だけを修飾し、 מְאֹד は述部全体を修飾する。すなわち [ מְאֹד ] [( לְיהוה חַטָּאִים )וְ( רָעִים )]。
(2) לְיהוה も מְאֹד もともに חַטָּאִים だけを修飾する。すなわち [(לְיהוה מְאֹד) חַטָּאִים]וְ [רָעִים]
(3) לְיהוה も מְאֹד もともに רָעִים וְחַטָּאִים を修飾する。すなわち [לְיהוה מְאֹד] [רָעִים וְחַטָּאִים]
協会訳(創世記1313)等は第 2 の、上の訳は第 3 の解釈にしたがうもの。
文2 は二つ節から成る(節とは文より小さく句より大きい言語単位。このように文と同じ形をしていることが多いが、文の一部をなしているため、文と区別して節と呼ぶ)。第一の節の主部は אַתָּה 、述部は עַם רַב である。 עַם は集合名詞(個物―この場合は人―の集合を表す名詞)であるから、 רַב という形容はその構成要素に対するもの、すなわち《多くの民族》ではなく《多数の人々から成る民族》ということ。《多くの民族》は複数形 עַמִּים רַבִּים で表される。第二の節は接続詞 וְ に導かれた従属節で名詞句 כֹחַ גָּדוֹל と לְךָ とから成る。 לְךָ は文1 に出た前置詞 לְ に二人称男性単数接尾代名詞 ךָ が付いた形。文1 の לְיהוה が修飾句として機能しているのに対し、ここの לְךָ は述部として機能している。לְ の意味は日本語のニに近い。ただし לְ は前置詞であるのに対し、ニは後置詞で、この点でもヘブライ語と日本語は対蹠的である。
文3 では前置詞 בְּ と名詞とが結合した前置詞句(10.4参照)が三つ並べられて、述部の中心たる כָּבֵד を修飾している。例えば英語などのように、同じ前置詞の繰り返しを避けて最初の一つだけで済ますということは、ヘブライ語ではしないのが原則である。これは連語句において同じ連語が繰り返されるということ(7.4.2)と同類の規則であって、同格関係にある二つの名詞句においても守られることがある。例えば
לְעַבְדְּךָ לְיַעֲקֹב | 《汝のしもべヤコブに》 |
אַנְשֵׁי הָעִיר אַנְשֵׁי סְדֹם | 《その町ソドムの人々》 |
文4 は名詞句 עֵץ הַחַיִּים と前置詞句 בְּתוֹךְ הַגָּן とから成る。文2 におけると同じく、名詞句と前置詞句が〈主―述〉の関係で統合された名詞文である(前置詞句については 10.4参照。
文5 の主部は指示詞 זאׁת 。この文だけでは分からないが、創世記2章の文脈では「女」を指しているから女性形なのである。 הַפַּ֫עַם は時を表す副詞で、 בָּשָׂר מִבְּשָׂרִי が述部である。ここでは、前置詞 מִן と בְּשָׂרִי とが結合した前置詞句が בָּשָׂר を修飾している。
文6 の主部は אַתָּה 、述部は צַדִּיק מִמֶּנִּי 。 צַדִּיק אַתָּה 《きみは正しい》だけでも文として成立するが、 צַדִּיק はこの場合相対的な概念を表しているので、比較の基準として מִמֶּנִּי 《私より》を補っているのである。この מִמֶּנִּי は文5 にあった前置詞 מִן に接尾人称代名詞の נִי 《私》が付いた形であり、英語の than I に相当するわけだが、形容詞の方は英語のように more や -er を付けたり、better のような「比較級」に変化することはない。ついでながら最上級という文法範疇も、ヘブライ語には無い。この点、ヘブライ語は英語などより(מִן)日本語に近い。
例:
יָפָה הָאִשָּׁה מֵהַמַּלְכָּה | 《その女は女王より美しい》 |